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第二章(12)夕暮れの道場にて

夕暮れと同時に見学者は帰宅し、潮が引くように道場は静けさを取り戻す。

サラは、熱気がひいていく道場を見渡しながら、今までのこと振り返った。


なんだかこの2ヶ月弱、すごくすごく濃い時間だった。

サラ姫に召喚されて、過酷な砂漠の旅で死にかけて、盗賊に拉致されて……ジュートと出会った。

オアシスの国についてからは、自分の未熟さと戦って、リコやカリム、アレクという”戦友”ができた。


「サラ、飯行かないのか?」


道場に立ち尽くすサラに、声をかけてきたのはカリムだ。

代謝が良いカリムは訓練時に大量の汗をかくため、今では朝昼晩と3回お風呂に入る。

今日は少し暑かったので、夕食前に一風呂浴びたようだ。


「うん……考えてたの。なんだか、いろんなことがあったなと思って」


そうだな、と同意して、カリムは道場の畳に寝転んだ。

せっかくキレイにシャンプーしたのに、また髪にホコリがついてしまうよと、サラは言いかけてやめた。


カリムは自分の見た目とか、自分がどう見られているかには、まったく無頓着なのだ。

道場へ来る少女たちの一部は、確実にカリムファンなのだか、未だに会話どころか目線すら合わせようとしない。

それだけ、訓練に集中しているということだ。


カリムは仰向けになったまま、軽く目を閉じて呟く。


「アレクが、サラに感謝してたぞ」


男同士だからか、かなりの時間をペアで訓練したからか、アレクとカリムはずいぶん仲良くなった。

サラは、初対面の2人の様子を思い出して、クスリと微笑む。

2人はこっそりつるんで、夜の城下町へ遊びに行ったりもしているらしい。

置いてきぼりをくらったリーズが「ズルイよ兄さ〜ん」とまとわりついている光景をたびたび見かける。


アレクは、大人だし、とても優しい。

一度懐に入れた者には面倒見がよくなるところは、とっても盗賊らしいなとサラは思った。

きっと私やリコのことも、懐の深いところまで受け入れてくれているはずだ。

なぜなら、サラたちは「俺のことは遠慮なくアレクって呼べよ」と命令されたから。


未だにリコは、アレクを呼び捨てにすることに戸惑っているようだ。

うっかり「アレクさん」と呼んでは、アレクから拳骨まんじゅうと、たまにセクハラ攻撃をくらっているが、リコはかまってもらって心底嬉しそうだ。

セクハラされてはしゃぐリコを見るたび、サラは心の中で「いやん、まいっちんぐ」とアテレコしていた。


きっとリコは、アレクが好きなんだ。

アレクの方は、リコを妹分として可愛がっているように見えるけれど……


アレクはなかなか本心を見せないので、実際はどうなのか、サラには分からなかった。

普段はマジメな話をしようと思っても、すぐセクハラでかわしてしまう。


アレクが真剣になるのは、この道場に居るときだけだ。


サラの心に浮かぶのは、ずっと自分を見守ってくれていた、指導者としてのアレクの眼差し。

サラは、もう一度道場を見回しながら、訓練のことを思い出していた。


 * * *


攻撃系の魔術を受け止めることができるようになったサラは、翌日パートナーチェンジした。


「次に武力の確認を行う。サラ、カリム、お互い聖剣で打ち合え」


覚悟していたこととはいえ、やはりサラの心は恐怖に震えた。

風の聖剣を構えたカリムの強さが、何よりその闘志が、びりびりと空気を伝わってサラの心を震わせた。


カリムの存在を怖い、傷つけられると思った瞬間。

サラに、スイッチが入った。


初めて黒剣をアレクに向けたときと同じ。

自分の理性が封じられ、黒剣と同調していくのを止められなかった。

そのままカリムへと攻撃を加えたサラは、剣術では一歩も二歩も上をいくカリムを、確実に追い詰めたのだ。


『ダメだ、サラ。そこまでだ』


気付いたときは、止められた黒剣と、至近距離に悲痛な表情のアレクがいた。

激しく打ち合うサラとカリムの剣の中心に、アレクの聖剣が挟まり、どちらの動きをも止めていた。

よほど無理な体勢をさせられたのか、アレクは「俺もう年なんだから、こきつかうなよ」と苦笑した。


あのとき、アレクが間に入ってくれなければ、サラはきっとカリムを切りつけ、傷を負わせていただろう。

アレクから隙があると指導を受けたカリムは、今まで見たことがないような、険しい表情をしていた。

サラはまた土下座して謝ったが、カリムはサラの体を乱暴に抱き起こし、「俺の力不足だ」とだけ語った。



その後サラは、何度もカリムと剣を交わした。

自分の方が、黒剣を支配していると実感できるまで。

黒剣の力とサラの肉体が上手く同調したとき、その太刀筋は美しく、軌跡が残像に見えるほど早かった。

剣のスピードに振り回されずにすんだのは、地道な基礎訓練のたまものだろう。


サラが黒剣を操れるようになると、アレクから次の指令が下される。


「サラ、カリムの攻撃を避けずに受けてみろ」


カリムはアレクに反論しようとしたが、これもサラの能力確認のためと察したのか、しぶしぶうなずいた。


「いいよ。遠慮なくやっちゃって」


サラは、目を閉じてカリムの剣の衝撃を待った。

魔術訓練のときと同じように、自分の心を強く持ち、怖がって襲いかかろうとする剣を押さえ込んだ。


魔術ではダメージを受けないサラも、直接攻撃では普通の人間と同じようにダメージを受ける。

黒剣も、サラの意識の支配下では、沈黙する。

確認したかったのは、その2点。

そして、サラはケガを負った。


ケガといっても、右肩に大きなアザができた程度なのだが、2〜3日は触れると飛び上がるほど痛かった。

唇を噛んで謝罪するカリムに、サラは「お互い様だよ」と笑った。

あのときから、カリムとの信頼関係も、ゆるぎないものになったような気がする。


「お前の弱点は物理攻撃だな。剣を最大限活かして、全ての攻撃をかわせるようになれ」


アレクの激が飛ぶ中、サラはカリムと戦い続けた。

時には、剣を奪われたという想定で、素手による攻撃も行った。

合気道でカリムを投げてみると、アレクもカリムも「その技は何だ?」と詰め寄ったので、サラは慌てて「ネルギ王族に伝わる奥義です」と微妙な説明でごまかした。


その後、リコやナチルとペアを組むことで、癒しと補助系の魔術をすべて体験した。

どんな種類の魔術でも、魔力を持たないサラには効果が無い。

ただ、癒しやスピードアップなどの補助魔術も跳ね返せると気付いたときは、アレクも「お前を味方にすると便利だな」と面白がっていた。


 * * *


最後の課題は、アレクとの対戦。

今までとは違って、容赦ない魔術攻撃を受けた。


ぶつけられた魔術の一部を吸収し、威力を減らした上で、一部を跳ね返す。

武道大会で強力な魔術師と当たったとき、魔術反射で相手に深刻なダメージを与えて、失格にならないために。


相手がどんな種類で、どんな威力の魔術を放つのか、瞬時に見極めるだけでも至難の業。

その上、どのくらい吸収するかも判断しなければならない。


吸収するには、サラが相手の存在そのものを受け入れることが必要だ。

サラは何度もアレクを傷つけながら悟った。

リコの魔術を受け止めることができたのは、長い旅を共にしてきた親友だったから、すんなりと上手くいったのだ。



『戦うことは、相手を信じること』



初対面の、しかも自分への敵意を振りかざす武道大会の対戦相手に、そんなことができるのだろうか?

アレクは苦悩するサラを叱咤し、サラが力尽きて倒れるまで訓練に付き合った。



さまざまな角度から行われた訓練で、サラの能力は少しずつ明らかになっていった。


サラが操りやすい魔術は、火、風、光。(攻撃系)

逆に操りにくい魔術は、水、木、土。(防御系)


操りにくいとはいえ、防御の魔術や結界も、サラが相手の体に直接触れただけで消えてしまうことも分かった。

アレクは「お前の力、刺客とかヤバイ人間に利用されかねないから、このことは極秘に」と真剣な表情で言った。


ちょうどその頃から道場が騒がしくなってきたので、サラの訓練は基礎体力と素早さを上げるセルフトレーニングが中心となった。


「魔術師と対戦する場合も、魔術を放たれる前に相手を打撃で倒すように」


アレクはさも簡単そうに命じてくるが、求められるスピードや体力は尋常ではない。

サラの体は毎日悲鳴を上げ続けた。

箸を持つだけで痛みを感じるほどの筋肉痛を繰り返した結果、着実に体は引き締まり、動きが軽くなっていった。


明日は、第二道場がオープンする。

こちらの道場は完全クローズドとなり、大会前の総仕上げだ。

剣士、魔術師と、それぞれが攻撃・防御の魔術を合わせて使ってきたときの、細かなシュミレーションを確認する。


卒業試験は、アレク、リコ、カリムが敵となり、3対1で戦うこと。

この3人に勝利できたなら、サラは誰をも凌駕する強さを身につけたことになるだろう。


 * * *


「サラ?」


ぼんやりと回想していたサラに、寝転んだままのカリムが、首だけこちらを向いて声をかける。

サラは「ゴメン、ぼーっとしちゃった」と微笑んだ。


この道場に足を踏み入れたとき、私は本当に弱かった。

アレクには、いろいろなことを教わったし、どんなに感謝しても足りないくらいなのに。


「そうそう、アレクが私に感謝って、どうして?」


しいて言えば、果物屋のオジサンが、毎日美味しいフルーツをくれるきっかけを作ったくらい?


サラが首を傾げながら問いかける。

カリムは、くすんだ天井の木目を見つめながら、アレクの気持ちを代弁した。


「アレクにとって、この自治区で一番の課題は、人種差別だったんだ」


サラを中心として、広がっていった交流の輪。

一番驚いていたのが、アレクだった。


見かけによらずシャイなアレクにとって、サラの王子キャラは衝撃的だったらしい。

アレクは、サラが気軽に女子モテしたり、怒った親が怒鳴り込んできても逆に取り込んでしまったりするたびに、内心カルチャーショックを受けていたそうだ。

そして、貴族でも荒っぽい自治区の男でも態度を変えず、笑顔で接するところを見てきた。


「きっと王宮で、悪意にさらされることなく純粋に育ったのだろうと、アレクは言ってたぞ」


カリムはくすっと笑い、つられてサラも笑った。

自分が身代わりの姫であることは、まだアレクたちには内緒だ。

無事に王城へ行き、使命を遂げたら打ち明けようとサラは決めていた。


「もうすぐ、大会だな」


心地よい体の疲れが、カリムの頭を麻痺させているのだろうか。

今日のカリムは、いつになく饒舌だ。

サラはうなずくと、カリムの隣にごろんと寝転んだ。

訓練中は何度も痛い思いをさせられたこの畳が、今はやわらかくサラの体を受け止めてくれる。



武道大会のことを考えると、サラの胸はツキンと痛む。

昨日リコに起こった、悲しい出来事。

アレクから、今のリコでは大会で勝つことはできないからと、戦力外通告を受けてしまったのだ。


3人の中では、1人実力の足りないリコ。

全員同時参加の予選中、サラはきっとリコをかばってしまうだろう。

それを見越したアレクは、足手まといになるくらいなら出場はあきらめろとリコに告げた。

サラとカリムは何も言えず、道場を飛び出したリコを見送った。


そして、今朝。

一晩泣きあかしただろうリコは、まだ赤く腫れぼったい瞳のまま、笑顔で言い放った。


「ハッキリ言っていただいてありがとうございました。これからはサラ様のサポートに徹します」


と。


リコはこの国に来てから本当に強くなったと思う。

人は、自分以外の誰かのために、こんなにも変われるんだね。


ねえ、ジュート。



「……私も、少しは変わったかな?」



思わず口に出てしまった、ジュートへの言葉。


カリムは「ああ、たぶんな」と呟いて、横に寝転んだサラの手をそっと握った。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











全体、サラちゃんの回想風にしてしまいました。だって話がなかなか進まないんですもの……作者の技量の無さでスンマセン。鬼アレク様の指導っぷりちゃんと描けなくて残念。リコちゃんのドキドキ片思い&まいっちんぐっぷりも。だけど、カリム君の勇気ある行動だけは書きたかったんです。大学サークルorゼミ合宿経験者の皆さま!こんな甘酸っぱい経験ございますでしょーか?なんとなく夜に気になる子と2人っきりになれて、語りモード入って……うっぷす。カリム君には手をつなぐくらいがせいいっぱい。それを親愛ゆえの励ましと受け取る小悪魔サラ。頭はジュートのことでいっぱい。あー甘じょっぱ。

次回、第二章ラストに向けてこれから大会突っ走ります。新キャラ、こっそり登場です。

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