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第二章(10)魔術を支配する日

サラの薬指の絆創膏が取れたのは、トリウム到着後10日目。

その朝、いつもどおり道場に集まった4人に、アレクは告げた。


「今日から俺は、お前ら3人をつきっきりで指導することにした」


だからお前、俺の代わりに行ってこい。


ポンッと肩を叩かれて、ポカンと口を開けるリーズ。


突然道場の裏口が蹴破られ、威勢良い掛け声とともに盗賊ばりにムキムキマッチョな自警団メンバーが数人駆け込んできて、ひょろっとしたリーズを抱えて走り去っていった。

でかい男が、さらにでかい男にお姫さま抱っこで運ばれていく様子は、見送っていた3人の哀れみを誘う。

「うわあああー」という叫び声が、あっという間に遠く消えて行った。


「あいつは器用だから大工に向いてるし、なにより今はここに居ても100%役立たずだからな」


心底愉快そうに笑うアレクを見て、サラは鬼……いや、兄だなと思った。


 * * *


朝日の当たる道場には、サラ、リコ、カリムの3人が残った。

閑散とした道場にはもう慣れたが、1人減っただけで寂しさが増したような気がする。


通常なら、遊びたい盛りのちびっ子たちにとって、たまり場であるこの道場。

生意気で反抗的な子どもたちも、今だけはアレクの命令に従って、おとなしく改築作業を手伝っているという。

仲間が王城に監禁されるというショッキングな事件のせいだった。

助けに来てくれたアレクに、しばらく頭が上がらないらしい。


「なぜ子どもにも作業をさせるんですか?」


それこそ役に立たないだろうに、というクールなカリムの問いに、アレクは確信犯の笑みを浮かべて答えた。


「親のいない子と、子を無くした親が一緒にいると、そのうち本物の親子みたいになるんだよな」


何か達成可能な1つの目標を与えて、住民が団結して取組むことで、自治区には一体感が生まれていく。

それだけで、トラブルや犯罪も少なくなるという。

頭領の受け売りだけどな、とアレクは苦笑したが、実際に成果をあげているのは充分凄いことだとカリムは思った。


便乗して、サラも質問する。


「あの、アレクさんは、頭領にいつから指導を受け始めたんですか?」


特に、女の扱いってやつは……


一番聞きたい部分は言葉にできず、1人もじもじするサラ。

カリムはそんなサラを見て、トリウム到着日の夜のことを思い出す。

サラから「女の扱いって、具体的にはどんなこと?」と質問され、言葉に詰まり逃げ出した自分。


この女は、変なところで好奇心旺盛なんだよな。


そわそわと落ち着きの無さそうなサラを見ると、妙に胸の鼓動が強くなる気がして、カリムはそんなはずないと頭を振った。


落ち着き無いサラとは対照的に、アレクは淡々と答える。


「ああ、物心つく頃にはもう頭領にくっついて、書類整理なんか手伝ってたかもな」


アレクとジュートの見た目は、少しジュートが年上に見える程度。

物心つく頃って、いったい何才?

サラは、4才のアレクと5才の頭領が仲良く書類に向かうところを想像し、めちゃめちゃカワイイかもと一人頬を染めた。


「そういえば、頭領って何才なんだろ……」


独り言のように呟いたサラに、アレクはここだけの話だが、と前置きした。


「俺が生まれた頃から、頭領の見た目はほとんど変わらない」


だから、頭領が何才なのかは誰にも分からない。

盗賊たちの中でも、頭領は人間じゃねぇと噂するヤツがいる。

まあ頭領のおかげで今の俺たちがいるんだから、そんなの些細な問題だがな。


アレクは、そんなのたいしたことじゃないだろ?と、達観したような大人の表情を見せた。


 * * *


アレクの発言内容がどこまで本当か、はかりかねているリコとカリム。

サラは、アレクの言葉をじっくり咀嚼した。


現在アレクは24才。

その頃頭領はもう、25才くらいだった。

となると、今の年齢が……


50才!

ラインオーバーだ!


サラは、馬場先生から教わった「年の差30才、それがロリコンライン」というルールを思い出し、一人苦悩する。

当時小学生だったサラは指折り数えながら「じゃあ、馬場先生とサラはロリコンじゃないね!」と無邪気に喜び、馬場を大いに満足せていた。


でもジュートは見た目若いし、なんたって精霊王だし……

万が一すごい年で、ロリコンって後ろ指さされても、私はかまわないな……

自分が先におばあちゃんになって、死に水とってもらうのは申し訳ないけど……

もしかしたら、そうやって短命な人間たちの生死を、大昔から見守ってきたのかな……


とめどなく、妄想を膨らませていくサラ。


そんなサラの表情を、アレクはチラッと盗み見た。

ブルーの瞳が涙で潤んでいく姿は、アレクの胸に罪悪感を湧き上がらせる。


きっとサラは思いのほかショックを受けたのだろうと、アレクは勝手に推測した。

「年齢のことは頭領本人に聞け」と、軽くかわせば良かったはずなのに、なぜ俺はサラにこんなことを言ったのだろう?

俺はもしかして、頭領からサラを引き離したいのか?


いや、そんなことはないと、アレクは自分への疑問を打ち消した。



頭領の見た目が変わらないことは、ある意味盗賊内のタブーと言ってもよい。

そのことには誰も触れないし、頭領が自分から言い出すこともない。

直球で聞いてみたのは、きっと自分くらいかもしれない。


まだ小さな子どもだった頃、アレクは無邪気に「どうしてとうりょうさまは、としをとらないの?」と尋ねたことがあった。

頭領は困ったように笑って、アレクの頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。

頭領の表情から、ああこの話はしてはいけないんだと悟った。

緑の瞳を曇らせて、頼りない少年のような表情で告げた台詞を、アレクははっきりと覚えている。


「頭領は、自分の成長が止まった理由を、こう言ってたよ」


サラを少しでも安心させようと、アレクは頭領から聞いた台詞をそのまま伝えた。



『魔女の呪いのせい』



当時も、そして今も、その台詞が何を意味するかアレクには分からない。

子どもだった自分の追及を、おとぎ話に例えることで、やわらかく煙に巻こうとしたのではないかと受け取っていたのだが。


「……っ!」


サラの体が、一気に凍りつく。


魔女の呪いは、サラを悲劇へと導くキーワード。

まさかこんなところで、その言葉を耳にするなんて。


「さあ、そろそろ訓練を始めようか」


雰囲気を変えるように手をパン!と打ち鳴らし、張り上げられたアレクの明るい声。

サラは悪夢を追い払うように、かぶりを振った。


今はまだ、そのことを考える時期じゃない。


自分のやるべきことは、まず王城を攻略することなのだから。


 * * *


訓練10日目にして、ついにアレクからの直接指導がスタートする。

どんな内容になるのかと、サラたちはいつもの黒板前に体育座りをして、アレクの指示を待つ。

アレクは、サラの瞳を見つめながら、簡単な質問を投げた。


「もしリコとカリム、2人が川で溺れていたら、先にどっちを助ける?」

「リコです」


一切迷わず、サラ即答。

リコは歓喜し、カリムはちょっと……いやかなり凹んだ。


「リコ、お前もサラを助けたいか?」

「はい!もちろんです!」


リコの答えに、アレクは深くうなずく。


「では、先に魔術の方からいこうか。サラとリコ、ペアになって」


単に組み合わせを決めるだけなのに、意地悪な質問をするなよと、カリムは内心愚痴った。

そんなカリムを見て、アレクは「お前も次だからな。先に見たらめげるかもしれんが……ま、頑張れよ」と意味深な言葉を吐いた。



リコに命じられた訓練内容に、すぐ隣で聞いていたサラは顔を青ざめさせた。


「今から、癒し以外の、攻撃系の魔術をサラにぶつけてもらう」


様々なパターンの魔術をサラにぶつけて、サラがどのレベルまで耐えられるのか、もしくはどのレベルまで反射するかを確認していく。

もし反射が起こればリコはケガを負うだろうが、水の魔術が得意なら自分の受けた傷は自分で治せと、冷静に命じるアレク。


サラの脳裏に描かれたのは、あの光の矢。


「ダメ!嫌です!」


サラが女の子の声で、悲鳴のような声を上げる。

アレクは、黒い瞳に冷酷な色を宿し、サラに告げた。


「お前はこのままだと、いつか誰かを傷つけるだろう」


武道大会では一発退場、いや死人が出るかもなと、鼻で笑った。

サラは、爪が手のひらに食い込むほどぐっと両手を握りしめ、屈辱に耐えた。


確かに今のサラは、中身の見えないブラックボックスだ。

このまま武道大会に出て、いきなり魔術師と対戦しようものなら、きっと恐ろしい結果になる。

今のうちに、訓練として攻撃魔術を受けておかねばならない。

正論なのは分かる……だけど。


苦悩するサラの隣で、リコも表情をこわばらせている。


リコ自身も、魔術の訓練で仲間から攻撃を受けたことはある。

だが、サラのような未知数の能力には出会ったことがない。

自分の攻撃魔術が、サラの体に触れるだけでも心苦しいというのに。

さらに、その魔術が何倍にも膨れ上がり、報復として自らに向かってくるとしたら……


イメージするだけで、足がすくんでしまう。

リコの背中を、冷や汗がツッと流れていく。


しかし、2人の感情を無視するような、有無を言わさぬ命令が下った。


「リコ、強さをちゃんと調整して、ごく弱い魔術から始めろ」


いつものシャープながら穏やかな笑顔は、一切無かった。

こんな無慈悲なところが、頭領の愛弟子たる所以なのかもしれない。

リコは覚悟を決め、サラに微笑んだ。


「サラ様、私は大丈夫です。これでも水の精霊には好かれているんですよ?」


癒しの魔術は得意なんですと、ささやいたリコの笑顔は、晴れた空のようにクリアだった。

今まで見たリコの表情で一番キレイだと、サラは思った。


 * * *


嫌だ……


やっぱり怖いっ……!



『バシュンッ!』



リコが放ったのは、ごく小さな炎の塊。

塊がサラの体に当たった瞬間、油を得たように炎は勢いづく。

大きさは2倍以上に膨れあがり、リコへと叩きつけられる。


痛みに倒れるほどのダメージは無いが、タバコを押しつけられたような局所的な火傷が発生し、リコはうめき声を上げる。

痛々しい笑顔で「大丈夫ですよ」とサラに声をかけては、水の精霊の魔術で作りたての傷を治していく。


何度も何度も、同じことが繰り返された。

なのに、サラの中で魔術に対する恐怖は消えてくれない。

元々魔術など存在しない国で産まれたのだから仕方ない、自分のせいじゃないと、サラは心の中で言い訳する。


サラの心は魔術への恐怖に慣れることはなく、回数を重ねるたびに消えるどころか増してくる。

それは『またリコを傷つけてしまう』という恐怖。

増幅された恐怖心は、すべて跳ね返る魔術に乗り移り、サラの意思とは裏腹に相手を深く傷つけてしまう。


それでもリコは、サラに魔術をぶつけるのを止めなかった。



「カリム、余所見している余裕があるのか?」



刃のつぶれた剣の腹を、容赦なくカリムの二の腕に叩きつけるアレク。

痛みでぐうっと声を漏らし、カリムは倒れそうになったが、なんとか気力で支えた。

汗をびっしょりかいた肌には、練習着の白いTシャツがへばりつき、あちこちにうっすらと血がにじんで赤い斑点模様を描いている。


カリムにとっても、こんなに苦しい訓練は初めてだった。


すぐ隣で繰り返し発せられる、リコの悲痛なうめき声。

カリムは、訓練前にアレクが言った意味深な台詞を思い出し、舌打ちをした。

カリムもリコも、サラを思いやる気持ちがあるからこそ、この訓練には向いていない。

自分を鬼にしなければ、サラに剣を向けることはできないから。


俺はサラを、傷つけたくないんだ。


カリムは、自分の想いをハッキリと自覚した。


自分が好きだと思った女と戦い、傷つけること。

戦場で顔の見えない無数の敵を倒すのと、どちらが苦しいのだろうか?


「くそっ!」


ハンデとして、利き手を封じたままカリムと対峙するアレク。

1本取れれば、リコと交代というルールだ。


カリムは、早くリコの代わりになりたいと願いながら、アレクへ向かって剣を払った。

しかし、軽くかわすアレクの足取りに乱れはない。

心が乱れたカリムの剣筋は粗く、アレクが目を閉じても避けられるほど単純だった。


これはもう少しリコちゃんに頑張ってもらうことになるかなと、アレクは素直で繊細なリコに心の中で詫びた。


 * * *


いったいどのくらいの時間が経ったのだろうか?

道場全体が、薄暗くなってきたように感じる。

陽が傾いたのか、それとも自分の頭が朦朧としているせいなのか、サラには分からなかった。


アレクの放った光も、癒しの風も、怖くなかった。

サラ姫の黒い支配の魔術だって、受け止められたのに。


炎が目の前に迫るたびに、サラはジュートを襲った光の矢のことを思い出していた。

どんなに心が嫌だと叫んでも、逃げられない。

繰り返されるこの悪夢からは、どうしたって逃げられないのだ。


ならば、そこから少しだけ、顔をあげてみることにした。

顔をあげれば、リコの笑顔が見られるから。


「もう少し……強くして」


癒しの魔術が済んだリコに、サラはかすれ声で伝える。


「はい、サラ様」


リコの投げる炎は、マッチをすった程度だった1投目に比べると、軽く2回りは大きい。

徐々に大きさを増すよう要求しているのは、アレクではなくサラ自身だ。


自分の練習台として、傷つくことをいとわないリコ。

何度炎に撃たれても「大丈夫」「平気」と笑う茶色の瞳が、あまりにも綺麗で。

サラは心の底から、リコを愛しいと思った。


リコの笑顔に触れるたび、サラの心は少しずつ変化していく。

深い霧のように心を覆っていた恐怖が薄れ、目の前の少女への愛で満ちていくのが分かる。


ああ、分かったよリコ。

私が怖がったり拒絶するとき、必ず魔術は跳ね返る。

魔術を受け止めるか、跳ね返すかは、きっと私の意志しだいなんだ。


リコが、再び手のひらをサラに向け、炎を放った。


激しく燃え盛る炎が目前に迫っても、サラはもう何も感じなかった。

アレクから投げられた光を受け止めたときのように、穏やかに見つめているだけ。


この火は、もう怖くないよ。

きっと、ただの灯りだから。

そして、リコのくれたプレゼント。


炎に向かって、サラは大切な物を受け取るように、微笑みながら両手を伸ばした。



『ジュワッ……』



初めてリコは、体の痛みを覚えなかった。

放った炎はすべてサラの体に受け止められ、パチパチと火花を散らせながら、消えてなくなった。



「サラ様、やった!」

「リコっ!」



駆け寄った2人は、固く抱き合った。


盗賊の砦で抱き合ったときの、何倍もの喜びと信頼を心に抱いて。

↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











「今日から俺は」って使いたかった台詞です。あと「朝日の当たる道(場)」も。100%自己満足。ロリコン……じゃなくて、魔女の呪い登場についてヒトコト。あまり謎解きみたいに言うと「その程度で謎?オチ見えてるし」なんて賢い方にツッコまれかねないので、この辺はつるっと流しそーめん読み推奨。訓練かなり痛かった。これドMじゃなきゃ無理。ここまで追い詰められなきゃ人間成長しないのか?作者もこたつから出ない限り……いや、それは考えるまい。

次回は、もう辛い訓練脱出!ヤター。レベルアップした黒騎士さまの王道カリスマモテと、ちょっとハートフルな小話にご期待ください。

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