表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/198

第二章(8)光を操るもの

サラの耳に届いた「ごめん、降参」という、アレクの呟き。

突然テレビのスイッチが入ったように、サラの視界は色を取り戻す。

瞳に映るのは、両手をあげて一歩、二歩とゆっくり体を引きつつ、心底困ったように苦笑するアレクの姿。


「もう何もしないから、ね?」


サラは、何のことかと首を傾げて、自分の伸びた腕を見つける。

その先には、黒剣の柄。


いつのまに握ったのだろう?


手がじっとりと汗ばむ感覚がした。

勇気を出して柄の先を見つめると、美しい刃がむき出しになっている。。

さらに刃の先がどこを向いているか分かり……


サラは「ギャッ!」と叫ぶと、剣を放り出してしまった。


その後、必死で畳に額をこすりつけて土下座するサラを、4人がかりでなんとかなだめたのだった。


 * * *


サラが落ち着くのを見計らって、アレクは「やっぱり今日は講義だけね」と言った。

サラの剣についてはさておき、言うべきことを言うことにしたようだ。

しょんぼりして肩を落としたサラ。


なぜ自分は、アレクに刃を向けたのだろうか。

ただ、アレクの瞳から「何かされそうだ」という直感を受けただけだ。

たったそれだけで真剣を向けるなんて、過剰防衛もいいところだ……


サラに気にすんなと声をかけてから、アレクは道場の畳側の端に4人を集め、黒板の前で武道大会の説明を始めた。

4人は大人しく、黒板前に並んで三角座りした。

小学校の授業のように、肩を寄せ合ってアレクの講義を見守る。


暗くなってきた道場には、アレクの炎の魔術によって、黒板の周りだけに灯りが点された。

まるでガスバーナーのような、強く青白い灯りだ。

ロウソクの赤く揺らめく炎より、もっともっと温度が高いだろうその灯りをみて、サラはきっと強力な魔術なのだろうと思った。


「では今から、武道大会について説明を行う」


少しかしこまり、指導する立場にふさわしい口調で、アレクは話し始めた。


武道大会は、今から2ヶ月後。

すでにお触れは全国へと広まっており、腕に少しでも自信のある者は、王城へ出発する準備に取り掛かっている。

中には敵国である砂漠の国の民もいるそうだ。


以前は、精霊の森の向こうに続く大陸からも多くの参加者が訪れたが、今はほとんど存在しない。

精霊の森が、砂漠の水枯渇と同じスピードで増殖し、L字の形の半島の出口を覆ってしまったからだ。

あたかも、オアシスの国と砂漠の国を、その先の大陸から隔離するように。

専門家も原因が分からず、首をひねっている。


オアシスに閉じ込められた大陸出身の商人には、故郷への想いが募り森に飛び込んだ者もいたが、皆死んでしまった。

妖精の森に立ち入った人間は精神を病み、狂い、自ら命を絶つのだ。

森の中でどんな恐怖が彼らを襲ったのか、知る者はいない。


しかし、まれに大陸側からオアシスにやってくる人物がいた。

森の向こうの国には特別な力を持つ巫女がいて、その巫女の力を得て森を行き来することができるのだそうだ。

今回の武道大会にも、巫女の力を借りた挑戦者がやってくる可能性もある。


武道大会は、それほど魅力的なイベントなのだ。

優勝者が手にするのは、地位と、名誉と、願いが1つ。

死者を蘇らせたり、トリウム国を脅かすこと以外なら、ほとんどの願いが叶えられるという。


 * * *


アレクの顔に見合わない太い指が、黒板に数字を綴った。


『200→16』


参加者は約200名。

200名全員で予選が行われ、一気に16名へと削られるらしい。

勝ち残った16名は、翌日に1対1のトーナメント戦を行う。

4回対戦して勝利すれば、見事優勝となる。


トーナメントの会場は、王城に隣接するコロセウム。

チケットを購入すれば一般の住民たちも観戦できるが、観覧席は入手困難なプラチナチケットだ。

人気の理由は、もちろん世界一の勇者誕生を見届けられること。

そして、王族の観戦だった。


普段目にすることができない、偉大なるトリウム国始祖の血脈。

唯一、5年に1度の武道大会決勝戦だけは姿を現わすとあって、国を愛する国民の誰もが、その席を奪い合うのだという。

もちろん、刺客の存在も忘れてはならないのだが、そのときばかりは城全体を包む結界をゆるめ、王族の周囲のみをより強固な結界で覆っての観戦となる。


「トリウムの王族は、国民にとって神にも値する、特別な存在だ」


アレクは、実際に彼らを見たときの印象を交えつつ、トリウム王族について説明した。


数々の武勇伝を持つ、英雄王こと現トリウム王。

聡明で、筆頭魔術師でもある第一王子。

武力が高く、騎士団長を務める第二王子。

美しい容姿と文才で、人気のナンバーワンの第三王子。

そしてオアシスの妖精と呼ばれる、可憐な王女が1人。


「そういえば、君にも通り名があったな、サラ?」


アレクは、記憶を探りながら呟く。


「えっと、確か……」


しばし考え込んだアレク。

リコのやや裏返った甲高い声が、道場に響く。


「わ、ワタシ知ってます!砂漠の黒いダイヤです!」


リコは、勇気を出して授業中に手をあげた内気な小学生のように、アレクを上目遣いで見て「ほめてほめて」と目線で訴えかける。

アレクはリコに微笑みかけ、リコは再び天にも昇る心地になった。


サラは「うん、石炭だね」と思ったが、何も言わずスルーした。


 * * *


そこまでアレクの話を大人しく聞いていたサラだが、ふと疑問を感じた。

確かにこの武道大会は大きなイベントで、国民的なお祭りなのだろう。

だけど、時期が時期なのに?


「アレクさん、今は戦争中なのに、そんなに盛り上がっていいんですか?」


ややとがめるような口調のサラに、アレクはうなずく。


5年前も、中止にしようという声が出たものの、国民の希望で実施されることになった。

国民は皆、戦争によってささくれ立った心を埋めてくれる、刺激的なイベントを求めているのだ。

集ってくる猛者たちも、この時ばかりは戦争のことは忘れて楽しむし、敵である砂漠の民も例外ではないだろう。


ただ、戦争の影響がまったくないわけではない。

前回の武道大会も戦時下だったため、本来500名程度の参加者が集うところが、半分以下になってしまった。


参加者が減っても、レベルが下がるという期待はできない。

このときばかりは、戦場に赴く戦士たちからも、腕に覚えのあるものが一時戻ってくるからだ。

今頃戦場では、戦士の層が薄くなることにそなえて、砦の増強に尽力しているだろう。


「出場者の中でもっとも恐ろしいのは、戦場から戻ってくる者たちだ」


5年前にアレクが苦戦したのも、そんな戦士たちだった。

戦場で、命のやり取りをした者から発せられるオーラには、盗賊として実戦を経験していたアレクも思わずひるんだという。

サラは、訓練や試合と違うであろうその戦いに思いを馳せ、ぶるっと身震いした。


神妙な面持ちの4人に、アレクはフッと強気な笑みを見せる。


「俺の見たところ、お前らの実力はこんなもんだ」


アレクは、黒板の残りスペースの一番上に『戦闘能力』と書き、カリムやリコに簡単な質問をしながら、文字を書き込んでいった。

サラには読めない文字があるので、隣のリコに解説してもらいつつ、知識を頭に叩き込んでいく。



◆サラ

武力 上の下

魔力 ゼロ

装備 聖剣(能力不明?)


◆カリム

武力 上の中

魔力 下の中 風(戦闘スピードを高める程度)

装備 聖剣(風の加護)


◆リコ

武力 下の下

魔力 上の下 火(炎の攻撃)・水(氷の攻撃、水の癒し)

装備 指輪(水の加護)


◆アレク

武力 上の上

魔力 上の上 火(攻撃)・水(癒し)・木&風(攻撃補正)・土(防御補正)・光(発光程度)

装備 聖剣(火の加護)指輪(火の加護)



「どーだ、オレ様の強さが良くわかるだろ?」


自信満々な笑顔だが、事実なので決してイヤミに見えない。


カリムは、自分とアレクの評価を見比べて、そのダークブラウンの瞳に闘志を宿した。

アレクレベルの人間が参加するとしたら、今の自分では勝てないということだ。


たった2ヶ月で埋まるのか?

いや埋めなければならない。

祖国と、自分を信じて送り出してくれたカナタ王子のためにも。


 * * *


「武道大会における絶対のルールは、相手を再起不能にしないこと。癒しの魔術を行っても復元しないダメージを与えたものは、即失格となる」


だが、とアレクは続けた。


「前回も、その失格って不名誉な宣告が、決勝トーナメントで3度ほど出たんだ」


気を失うか、倒れて10秒起き上がれなければ、戦いは終わる。

しかし、予選を勝ち抜くほどの強者同士が全力でぶつかるとなれば、お互い手加減はできない。

打ち所が悪く、死んだ参加者も1人いたという。


ケガや死を回避するのも、本人の実力のうち。

相手の能力を見極めて、勝てないと思えば早めにギブアップを宣言するかない。

ルールで定められる、移動範囲と決められた線を自ら越えるのも有効だ。

それすら叶わぬまま一瞬で再起不能になった者もいたが、運が悪かった、実力不足だったと噂されるだけ。


「前回失格になったヤツら、また3人とも確実に出てくるだろうな」


まあ死んでなければ、とアレクは笑ったが、聞いていた4人はまったく笑えない。


優勝を逃した者や失格となった者にも、5年後リベンジのチャンスは平等に与えられる。

アレクとほぼ同等、いやそれ以上の実力があるライバルもいたという。

武術と魔術との相性や、優勝候補同士が当たるというクジ運にも助けられた、とアレクは当時を回想しながら言った。



シビアな現実をつきつけられ、3人の心はぶるりと震えた。

特にリコの顔は、緊張で青ざめている。


そんなリコの様子をみて、リーズはぐっと腹に力を入れて声をあげた。


「兄さん、オレっ!」

「お前はダメだ」


覆いかぶせるように、アレクはきっぱりと言い放つ。

なぜ、という言葉が出ずに、リーズは悔しそうに唇を噛み締めた。


「分かっているだろう?お前にこの大会は、役不足だ」


しゅんとして、立てかけたひざの間に顔を埋めるリーズ。

1人蚊帳の外のリーズを、サラとリコはかわいそうに思った。

カリムだけは、いぶかしげにリーズを見つめていたが、次のアレクの言葉に集中を取り戻す。


「ただし、お前らに可能性がないわけじゃない。伸びしろはたっぷりあるんだ」


アレクは、チラッとサラを見てから、黒板の一番下に書いた言葉は。



『特殊能力』



サラは、腰に戻った黒い剣を、無意識に握りしめた。


「例えば、オレの特殊能力は炎の魔術の強化だ」


敵に追い詰められたときなど、アレクの髪は炎をまとったかのように、真紅に染まるという。

炎の精霊に好まれるその色が現れることで、アレクの魔術は格段に強まる。


「例えばサラ、君にもそれが、あるんじゃないのか?」


サラは、戸惑いに揺れる瞳でアレクを見上げた。


 * * *


確かにサラには、魔力の代わりになるような、特殊能力がある。

サラは、体育座りの姿勢のまま、恐る恐る尋ねた。


「アレクさんは、頭領から私の力のこと、どこまで聞いているんですか?」

「いや、何も?その剣のことも知らなかったくらいだ」


きっと、サラが運命の剣探しに熱中しているころには、伝達係がウマを駆りアレクの元へ向かっていたのだろう。

あのことは、知らないのだ。

でも、一体何て説明したら良いのだろう?


アレは悪い夢だったのだと、軽く現実逃避な刷り込みをしていたサラは、頭をぶるぶると振った。

嫌だ、思い出したくない。


何か方法は無いだろうか……


サラは、アレクの背後に書かれた、1つの言葉を目に留めた。

それは『癒し』という文字。


「あの、アレクさんは、人を傷つけない魔術も使えますよね?」

「そりゃ、いろいろ使えるけれど?」


軽く切り替えしたアレクに、サラは覚悟を決めて言った。


「では私に、そういう魔術をかけてみてください」


凛と響く声。

サラは、そっと立ち上がる。

座り続けていたお尻が少ししびれていたけれど、緊張でそれどころではなかった。


アレクは不思議そうに目を細めたが、すぐに右手をサラへ突き出して、その手のひらを広げた。

リコ、カリム、リーズは、アレクとサラを見比べながら、不安げな表情で見守る。

これから、何か大変なことが起きるような予感がした。


サラへと向けられたアレクの右手。

そこから現れたのは、一筋の光。


リコは、ゴクリと息を飲み込んだ。


ああ、ここにも光を操る人がいる。

王宮にいたときは、サラ姫の側近魔術師だけが使えると噂に聞いたが、実際に見たことはなかった。

光の魔術なんて、おとぎ話だと思っていたのに。

世界は、なんて広いんだろう。


リコ達が瞬きもせずに見つめる中、放たれた光は、ゆっくりとまばゆい軌跡を残しながら進む。

そして、ふんわりと優しく、サラの体を包み込んでいった。


短くなったサラの髪が、キラキラと輝きを放つ。

アレクには、自分をまっすぐ見つめるサラの瞳が、朝の光を映すオアシスの泉のように見えた。


次の瞬間。



『跳ね返れっ!』



サラの願いと共に、サラを包んだ光は霧散する。

同時に、サラへと放たれた何倍もの強い光が、アレクを襲った。



自分の体を包む、強烈な閃光。

一瞬にして、視界が白一色に染まる。


あまりの眩しさに、アレクは強く目を閉じた。

横で見守っていた3人も、突然現れた閃光を避けようと、腕や手のひらを目の前にかざした。


1人だけ視界のクリアなサラは視線を落とし、自分の体をじっと見つめた。


そうか、やっぱりそうなんだ。

私は受け入れなくちゃいけない……この不思議な力を。



「私の特殊能力は、たぶん、魔術を跳ね返すこと、かな?」



ついでにちょっと増幅されちゃうみたいねと、大きな瞳をきらめかせ、魅惑的に微笑んだサラ。

ようやく目を開けることができたアレク、そして座っている3人も、驚愕に言葉を失った。


サラの全身には、光のカケラがきらめいてまとわりついている。

雲の切れ間からこぼれる月の光に照らされたように、ほのかな発光を続けるサラ。


光をまとうその姿は、まるで壁画に描かれる空の女神のように神秘的だった。


4人は長い時間、魂を奪われたような表情でサラを見つめていた。

↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











石炭なサラちゃんの才能キラキラ編part2でした。聖剣+魔術倍返しで、サラちゃんそーとー強いです。あと今回地味にリーズ君もキラキラさせてます。「役不足」の意味を取り違えてるサラ&リコですが、その大会はお前には簡単すぎるよってことです。一番賢いカリム君だけ気付きかけてます。なんて、こーして補足しなきゃわかりにくいエピソードもありますが、ストーリーサクサクのためご勘弁を。(つっても、今回説明調長すぎたかも……今後はもうちょいコンパクトにいきます)

次回、順調なサラちゃんに弱点発覚?男子2人も、だんだん振り回されてるのを自覚しつつ……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ