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第二章(7)黒剣を抜くとき

シリアスな話題のせいで、せっかくのお茶とケーキは、あまり味が分からなかった。


手馴れた様子でお茶の片付けをしたナチルは、お風呂の準備をするからとダイニングを出ていった。

アレクは、しばらく名残惜しそうにサラをねめまわしていたが、眉をひそめて睨みつけるサラとリコ、そしてリーズとカリムの冷たい視線を受けて、ようやく諦めた。

触診による体の確認の代わりに、剣だけでも見せて欲しいと言ってきたので、サラたちは再び道場へと向かった。


 * * *


長い廊下を歩きながら、サラは考える。


武道大会というものは、一体どのくらいのレベルなのだろうか?

果たして自分が出場して、優勝できるのだろうか?

アレクが前回の優勝者ということだが、今の自分の実力は、アレクの足元にも及ばないだろう。

あのカリムが、いいようにあしらわれてしまう程なのだから。


「アレクさん、質問していいですか?」


サラは黙っていられず、軽い足取りで先頭を行くアレクに駆け寄って、隣に並んだ。

並んでも、自分の頭は彼の肩のあたり。

まるで自分がとても子どものように思えて、サラは少しでも背を高く見せようと、背筋を伸ばした。


「うん?なんだい?」

「武道大会とは、一体どのような内容なんでしょうか」


分からないことだらけのサラは、質問の意図が伝わるかどうか不安に思い、右側を歩くアレクの顔を見上げた。

あまりに不安げな表情をしていたのだろうか、アレクはくすっと笑ってサラの髪を撫でた。



あ、なんかこのしぐさ、知ってるかも。



サラが思い出したのは、ジュートの緑の瞳と、長い指。

彼女の髪を触るその指が、手のひらのぬくもりが、ジュートを彷彿とさせる。

甘い想いがひととき蘇り、サラの心を熱くする。


とまどって瞳を伏せたサラと、その後ろ姿をじっと見守るリコ。

リコの表情は、凍り付いている。


詳しい話は道場でねと、アレクがサラの耳元に唇を寄せてささやくと、もう見ていられないといった苦い表情で、リーズが声をかけた。


「兄さん、姐さんにあまり近づかないでよー」


この屋敷に来て初めて、リーズはサラを”姐さん”と呼んだ。

リーズは、サラとアレクに駆け寄ってくる。

サラの左側に立ち、「姐さん、ちょっとゴメン」と言いながら、サラの腕を引っ張ってアレクから離そうとした。

アレクは少しむっとした表情で、サラの右腕を掴んで、離すまいと引っ張る。

普通の家よりゆったりして広い廊下だが、体の大きな男2人を含む3人並列にならぶと、廊下の幅いっぱいだ。


サラは、両手をリーズとアレクに引っ張られたまま、なんだか大岡裁きみたいだなと思った。

このまま、腕を持ち上げてくれたら、捕まった宇宙人になれるのに。


かなりのん気なサラに対して、リーズは焦ったような表情で、アレクを説得しようと声をあげる。


「オレ頭領に頼まれてるんだから」


何を頼まれているかは、あえて言わないリーズ。

文脈から、なんとなく察したリコ、カリム、そしてアレク。


一人理解できなかったサラは、きょとんとして左側のリーズを見やる。

リーズは兄の顔色を伺いながら、慎重に言葉を選んだ。


「あー、姐さん。頭領からの伝言」



『他の男に近づいたら、その男をぶっ殺す』



まさに、快心の一撃。


アレクは、ビクッとしてサラの右腕を放り出した。

リーズもそっとサラの左腕を放す。


サラは口から魂が抜け出たように、ぽかんと大口を開けて立ち止まり、慌てて追いついてきたリコにふらりと寄りかかった。

かなりのショックを受けたようで、真っ赤な顔で瞳をうるませるサラ。

リコは、そんなサラを見て、筋違いに嫉妬したことを恥じた。


そうだ、サラは、あの頭領に夢中なのだ。

確かにアレクは、ほんの少し頭領に似ているように見えるけれど……


すぐに立ち直ったアレクは、弟のことをジトリと睨みつけて黙らせてから、ニヤリと笑う。



「へえ、そりゃ面白い。ますます近づかなくちゃ」



アレクは楽しそうに呟きながら、その黒い瞳を挑戦的に輝かせた。

そして、リコにもたれかかるサラを、長い腕で抱きしめた。


リコごと。



「兄さん!本気で頭領にチクるよっ!」



怒っていても、笑っているようにしか見えないリーズが叫ぶ。


前に憧れのサラ、後ろに恋するアレクの腕を感じて、もうリコはこのまま死んでもいいとさえ思った。


 * * *


リーズの地道な努力と、カリムの「とっとと行こうぜ」というクールな発言により、廊下に発生したピンク色の空気は、なんとか元に戻された。


リーズは、道場に着くまでの短い時間で、アレクが盗賊時代に頭領の側近ポジションにいたことを簡潔に話した。

武術、魔術、政治やリーダーシップ、そして女の扱い方まで、すべて頭領から学んだことだという。

才能のあったアレクは、頭領の愛弟子として、ずいぶん可愛がられていたそうだ。

これまでのアレクの言動を思い返し、妙に納得した3人だった。


サラに沸いたのは、一つの疑問。


女の扱い方って、一体どんなことだろう?

こういうとき馬場先生がいたら、なんでも教えてくれるのにな。

そうだ、後でカリムに聞いてみよっと。


カリムは、急に背中がぞくっとして思わず後ろを振り向いたが、当然何も見えなかった。



道場へと向かいながら、サラの想像は加速していく。

もしかしたらジュートは、アレクを盗賊の後継者にと考えていたのでは?

盗賊たち1人1人と仲良くなったわけではないが、アレクは一般市民でなく盗賊たちに対しても、充分上に立つ素質があるように見える。


探し物が見つかったら、きっとジュートは森へ戻るだろうから。


そして、そのとき私は……


一人思案顔のサラに、アレクが声をかけてきた。


「さて、さっそくだけど、君の実力が知りたい」


いつの間に、道場の中へと足を踏み入れていたのだろう。

サラは慌てて姿勢を正すと、低く澄んだ声で「お願いします」と言い、深く一礼した。


本来なら、道場に足を踏み入れる前に行わなければならない、神聖な行為を忘れてしまった。

サラは、気を引き締めなければと、頭を振ってジュートの面影を心から追い出した。


「よし。まずは、その剣を見せてくれるかな?」


適度に鍛えられたサラの細くしまった腕が、腰に差した黒剣へとなめらかに動く。

剣に触れると同時に、少しぼんやりしたところのある、とびきり可愛い美少年のサラが、一気に戦士の顔つきに変わる。


アレクは、軽くうなずいて、サラが差し出す黒剣に手を伸ばした。


サラの青い瞳と、アレクの黒い瞳がぶつかる。

黒剣が、アレクの手に渡ろうとしたその刹那。


黒剣にはめ込まれた宝石が、光を放った。



『ジャキッ!』



鋭い金属音とともに、黒剣の鞘が、道場の床に落とされた。


アレクも、見ていた3人も、その姿に言葉を失った。



サラのすらっと伸びた腕は、黒剣の柄をしっかり握りしめている。

薄暗い道場の窓からは、かすかに差し込む夕暮れの光。

剣先はその光を受け止め、鈍く輝いている。


アレクをまっすぐ見つめるサラの姿勢は、剣の道を目指す者が、まさに手本とするそのもの。

伸びた背筋、軽く曲げられたヒザ。

適度に力の抜けたしなやかな腕が、まっすぐに相手へと向かい、その腕から繋がる剣先はアレクの喉元へ。


一瞬たりとも目をそらすまいと、決意に光る瞳。

ざわめく周囲の声も、一切聞こえない。

自分の心すら、消え去っている。


存在するのは、自分の体とこの剣、そして目の前の敵だけ。



急所に鋭い剣先を突きつけられて、アレクは驚愕に眼を見開いたまま、しばらく息を張り詰めていた。


アレクが考えたのは、ほんのちょっとしたいたずら。

剣を受け取る振りをして、サラの体を拘束しようとたくらんだのだ。



可愛い女の子が相手だからと、油断したのだろうか?

まさか、自分が、この道場で?



あたかも、剣の魂が乗り移ったかのように見えるサラに、アレクは自然と目を細めた。

戦いを前に、静かに美しく輝くサラの瞳。


サラは、相手を傷つけることをいとわぬ、一振りの剣となっていた。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











サラちゃん、黒剣に乗り移られてもーた。聖剣パワーすげっ。超人アレク様も魅入られてます。ヤバイ。このままオートマチックに逆ハー展開の匂いが。あれ苦手なんだよなー。でもそれも王道ってやつか?まあ百戦錬磨な遊び人キャラにも、安易に近づくとケガする相手はいるってことで。プラス根っ子には頭領へのライバル意識もあり?

次回、サラちゃん再び隠れた才能発揮……今度は魔術編です。魔術の設定ゆるいんですが、あまりしっかり覚えなくていいレベルがちょうどいいよね?(手抜きしてない?とかいーわーなーいーのー)


※今日ブログ版メンテしました。だいぶ見やすくなったのではないかと。後書き書く作者ってウザーという意見を知り、ブログ方の後書きはちと見にくく隠しました。こっちはいじれないので、上記意見に同意の方は、遠慮なくブログへご移動ください。

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