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第二章(6)王城攻略の条件

「さあ皆さん、お茶の用意ができましたよ」


紅茶と美味しそうなシフォンケーキをカートに乗せて、ガラガラと音を立てながら近づいてきたナチル。

サラは、隣に座っているリコと手を取り合って、歓喜の声をあげた。


アレクは、普段よりさらにきつく、本気で怒りをにじませるような目つきでサラを見て、ボソリと言い放った。


「君、本当は、女の子だったんだね?」


アレクの言葉に、ハッとしてサラが口を噤むが、もう遅い。

こんなことにならないよう、旅の途中ずっと男言葉と態度を刷り込んできたというのに。

ああ、恐るべし甘い物マジック。


サラがガックリしていると、器用にケーキを取り分けながら、ナチルが言う。


「アレク様、あなた頭領様から、事情をお聞きになっていらしたのでは?」


あーなんだと納得しかけた、サラは、ふと違和感を感じて小首をかしげる。

初対面の時のアレクは、道場で自分を「坊や」と呼んで、体を触ろうとしてきたような?


「でも、道場では私のこと、坊やって……」


先ほどとうってかわって、ニヤニヤと笑うアレクと目が合う。

からかわれたことに気付いたサラは、顔を少し赤くしてアレクを睨んだ。


あれって、マジでセクハラする5秒前!


サラは、可愛らしいナチルの過激なツッコミを思い出し、なんとか溜飲を下げる。

リコは、サラ様に触れようとするなんて100年早いわ!と、恋する相手に初めて敵意を向けた。

リーズは、怒れるリコの表情を見て、ダイニングテーブルの下で軽くガッツポーズを作った。

カリムは、弱点と指摘されたあの部分を、一体どうやって鍛えれば良いのか考えていた。


 * * *


そんな4人4様な感情に、気付いているのかいないのか、アレクは飄々として続けた。


「うん。本当は知ってる。ゴメンね。これから少し君の事聞いてもいいかな?」


アレクの瞳にあったからかうような色は消え失せ、代わりに冷酷な治世者の色がちらつく。

サラは、真剣な表情で、こくりとうなずいた。

お茶を配り終えたナチルが、そっと席を外そうとするが、サラは一緒に聞いてくださいと声をかけた。


「私は、ネルギ国の王女サラです。トリウム王と和平交渉をするために来ました」


今は、こんな少年みたいななりですが、とサラは微笑む。

もし彼女の髪が長く、王女にふさわしいドレスを身にまとえば、それはきっと誰もが目を奪われる美しさになるだろうと、アレクは目を細めた。


「少年の変装は、旅のためだけかい?」


そういえば、とサラは思う。

過酷な旅を想定して、また決意を表明するために髪を切ったが、穏やかな旅の道中、あまり髪を切ったメリットは感じていない。

もちろん、女だと気付かれれば、何者かに襲われていたかもしれないという懸念はあるのだが。


むしろこれから、トリウム王城に乗り込むときに「姫らしく見えないから」と門前払いされては困る。

サラは、早まったかと、少し顔色を暗く沈ませた。


「いや、それは正しかったと思うよ」


アレクの口調は今までとは違い、真剣みを帯びている。

サラも他の皆も、集中する。


「君にはこれから、男として、やってもらわなければならないことがある」


サラがいぶかしげに眉根を寄せると、アレクは1口お茶をすすり「皆も冷めないうちにね、ナチルも自分の分を用意して」と言った。


 * * *


和やかなはずのティータイムが、シンと静まり返っている。

ときおり、カチャリと食器が音をたてるだけで、皆の注目を集めてしまうほどの静けさが漂う。


アレクは、真剣な表情を崩さずに、サラにとって大事な情報を告げた。


「現在、王城は完全に封鎖されていて、特別な許可を受けた者以外は一切入れない」


王城の魔術師による強力な結界がはってあり、城壁に触れようものなら結界に弾き返され、衝撃で大怪我をおってしまうそうだ。

城壁に触れずとも、近づいただけで見張りの騎士が飛んできて、容疑者扱い。


そういえば、市場通りはあんなに賑わっていたのに、少し城に近づくと一気に人通りが少なくなったなと、サラは思い出す。

アレクは、捕まった者がどうなるかを、淡々と語った。


身元や目的が確認できなければ、いやおう無く牢獄に叩き込まれるのは、小さな子どもであっても同じ。

昨日も、遊び半分で城に近づいた孤児院の子どもを引き取るために、城へ行って役人にぺこぺこと頭を下げてきたのだと、アレクはやるせなさそうに言った。


真っ裸にされ、魔力を封じる鎖に腕・足・首をつながれ、冷たい牢獄の床に転がされていた少年の姿を、アレクは冷静な表情で伝えた。

いくらサラが正式な書状を持って訴えたとしても、最初に対応する人物は、マニュアルに従うしか能が無い。

サラが傷つかずに王に面会できる可能性は、ゼロに等しい。


「だから、独りで王城に向かったり、強引に乗り込もうなんて思っちゃいけないよ」


もし、王城の役人に顔が売れているアレクが付き添っても、王まで辿りつくのは難しいという。

なぜなら、アレクは元盗賊であり、トリウム国民ではないから。

今の猜疑心のカタマリのような状況なら、トリウムでかなり上位の貴族が仲介したとしても、難しいかもしれない。


アレクの言葉は、なんとかなるのではと楽観視していたサラたちの心に、冷水を浴びせた。

今、トリウム王城は、戦場と同じなのだ。


そこまでの状況になった理由は、王族を狙う暗殺者の増加だった。


 * * *


戦争が始まってからというもの、耐えることの無いネルギの刺客。

以前、ネルギ王族ではない和平の使者が訪れた日もそうだ。

トリウム王城側も、正式な使者の来訪ということで、一時結界を緩めたとき、そこに隙が発生した。

使者が色よい返答をもらえずに去ったと同時に、ネルギの暗殺者集団が城壁を乗り越えて現れ、警備の騎士が複数殺された。


それをキッカケに、ほんのわずか残っていたネルギへの信頼はもろくも崩れ去り、王城は結界による完全封鎖の措置をとった。

戦争に勝利するまで、その結界が解かれることは無いという。


サラは「ああ、サラ姫がやりそうなことだな」と思い、表情を暗くした。


今でもリアルに思い出せる。

自分が暗殺者に仕立て上げられようとした、あの朱色の床の間。


魔力を持たないサラにとっても、あのときの頭の中に暗い闇が侵食してくるような感触は、吐き気をもよおすくらい気分が悪かった。

イメージすると、腐臭までもが蘇るようで、サラは紅茶を一口飲んで心を落ち着かせた。



そんな状況では、どうやって使命を遂げれば良いのだろう?

ネルギに向かいたくて動けない商人のように、状況が変わるまで自分もここに足止めをくらってしまうのか。

刻々と、戦場では命が失われ、人々の暮らしは悪化しているというのに。


サラが、無力感にギュッと瞳を閉じたとき。

ちょうど正面に座っていたリーズが、机の下でちょいっと足をつついてきた。

顔を上げると、飛び込んでくる心配そうなまなざし。

ただでさえ瞳の色がまったく見えないくらいの細い目が、ますます細くなっている。


サラは、思わず微笑み返すと、今までの旅を思った。


そうだ、今の自分は、かなり幸運な状況だ。

もし盗賊の仲間にならなければ、そんな大事な情報は得られなかった。

そのまま城へ向かってしまい、暗殺者扱いで捕らわれていたかもしれない。

または、国境を越えることすらできなかったかも。


大丈夫、母のノートではこの先……



「王に会える方法が、たった一つだけある」



サラは、再びアレクに注目する。

アレクは、ニヤッと笑って、その睨みつけるような鋭い瞳を光らせた。



『武道大会に出場し、優勝すること』



4人は、ハッとして背筋を伸ばし、アレクの瞳を見つめた。

アレクが見事使命を成し遂げ、この街の領主になってから、ちょうど5年。

また今年も、全国民が夢中になる国内最大のお祭りが始まるのだ。


アレクは、4人の顔をゆっくりと見回し、最後に再びサラの顔を見つめた。


「今から君には、男としてしっかり武道の腕を磨いてもらうから」


覚悟しろよと、道場主としての顔をのぞかせながら、厳しくも優しい声色で告げるアレク。

サラは、青い瞳を輝かせ、力強くうなずいた。



しかし、アレクが続けて「だから後で、体触らせてね?」とウインクしたため、サラは背筋にぞくっと悪寒が走り、次の瞬間ナチルの食べていたケーキが、アレクの顔にクリティカルヒットした。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











ほのぼのから、一気にシリアスへ、そして王道な少年マンガ的バトルイベント発生しーの、またいつものセクハラオチ、というジェットコースターな展開でした。スピードーもっともっと早い!と、真心でも聴きながら読んでください。というか、ちょっと長くなっちゃったので後半カットしました。スンマセン。

次回、サラちゃんたちの修行スタート。アレク様の指導(エロ抜き?)で、サラちゃんの隠れてた才能が開花……となります。お楽しみに。

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