第二章(3)リコの初恋
美形男子なセクハラキャラが、ライトなこと言ったりやったりするので、シモ苦手な方はご注意を。
大通りから、少し王城へと近づいたところで、露店はまばらになり人通りも減ってきた。
リーズは手馴れたように、街路樹に隠れて目立たない小道へと右折、そして何個目かの交差点を左折し、また右折、さらに左折。
うっかり街で悪目立ちしてしまい反省したサラは、黒いフードを目深にかぶってリーズの案内に大人しく着いていく。
あまり周囲をきょろきょろ見ることはしていないが、街並みが徐々に暗く沈んだものになってきたことが分かる。
城の正面に広がる市場通り周辺とうって変わって、10分ほど進んだこのエリアの雰囲気は下町そのもの。
もし火事があったら、逃げられるだろうかと心配になるような、住宅の密集地帯だった。
まあ、この国は湿度が高く、気温も年中安定して温暖なので、日本の冬のようにはならないだろうけれど。
「着いたよ。とりあえず、ここが旅の目的地」
迷路のような一画を過ぎた先に、周囲の小さくごちゃごちゃ立ち並ぶ住宅とは比べ物にならない、大きく立派な石造りの門が現れた。
その特別目立つ邸宅の前で、リーズは立ち止まり、勝手知ったる我が家のようにするりと門をくぐっていく。
なんだかんだ一日歩き通してくたくたになっていたサラは、ようやく休めるかなと、ホッと吐息をついた。
* * *
この街の住宅は、湿度が高いため木造住宅が多い。
特にこの家は、かなりの古さに見えるが、質の良い木材を使っているようで、渋くくすんだこげ茶色の扉や柱の古さが逆に重厚さや落ち着きを感じさせる。
建物の高さはそれほど高くないようで、背の高いリーズは腰をかがめながらドアの中に入っていく。
カリムが後に続き、ちょっと頭を下げながら建物の中へ。
サラとリコも、おそるおそるドアをくぐった。
「おーい、兄さん、着いたよー?」
玄関の靴は脱がず、建物の中へずんずんと進んでいくリーズ。
木のぬくもりが感じられるテーブルや、布張りのソファが並んでいる、居心地の良さそうなダイニングを抜け、奥の客間と思われる等間隔のドアが並んだ廊下を抜け、さらに奥へ。
家はかなりの奥行きで、相当な豪邸だとサラは感じた。
天井からの採光があるため、屋内は外観に比べると明るく広々としており、ドアの合間には風景画が飾られている。
土足で暮らす家なのに、磨かれた木目の床はピカピカに輝いており、とても清潔だ。
一体どんな人物が暮らしているのだろうか?
サラは、元盗賊とはいえちょっと素敵なロマンスグレーが現れるのではないかと、期待に胸を膨らませながら、リーズの後を追う。
長い廊下をまっすぐ進んだ一番奥の突き当りには、両開きになるタイプの大きな2枚の扉。
白い紙に筆で書いた、達筆な文字の張り紙が貼ってある。
『このとびら、あけるべからず』
立ち止まり、言葉もなく顔を見合わせるサラたち。
開けたら大変なことになるような、でも開けてみたくてたまらないような、いやーな感じの文句だ。
3人からつつかれて、意を決したようにドアを開けるリーズ。
その頭の上に、バフッと四角い物体が落ちて、リーズの頭上で弾んでから床に転がった。
「よっ、リーズ。久し振り。ずいぶん白髪が増えたな」
頭から白い粉をかぶって、がっくりと肩を落とすリーズ。
まるで老人になった浦島太郎のようだ。
遠慮なく大笑いしながら「引退間近のじいさんが来たかと思ったぞ」と言ったのは、この部屋の中に居た人物。
サラがこの世界に来て初めて出会った『細フレームメガネの男』だった。
* * *
その男は、元盗賊とは思えないような、なにやら優雅な雰囲気の男だった。
肌が白くて背が高いところは、リーズが兄と呼んだだけあって、確かに似ている。
しかし、普段から体を鍛えているのか、長い手足には程よく筋肉がつき、手の甲には打撃系の攻撃を続けた者が作る固いコブが見える。
また、糸のように細くてややたれ目のリーズに比べて、男の目は印象的だ。
いわゆる三白眼、常に睨んでいるような、力強い漆黒の瞳。
表情が柔和なので分かりにくいが、サラの本能が、この男はヤバイと警鐘を鳴らしている。
カリムもやや緊張した面持ちで、男がリーズをからかう様子を見守っている。
リコはこのとき、メガネをかけた男性というものを、生まれて初めて見た。
なぜか強く「あのメガネをはずして、黒い瞳を見つめてみたい」と思ったのだけれど、同時になぜ自分がそんなことを思うのだろうか?という疑問が湧き上がり、一人パニックに陥りかけていた。
リコの白い頬が、サーッと赤くなっていくのを、頭をぐりぐりなで回されながらも、リーズはしっかり見ていた。
マズイと思ったリーズは、ジタバタと小さな子どものように抵抗するが、ガッチリとリーズの首を抱えた兄には敵わない。
「ところで、リーズ。そろそろお客様を紹介してくれないか?」
背はでかくなったがあっちはどうだとか、そろそろどー○ー卒業したのかとか、ひとしきりリーズを言葉でいじった男は、涙目で赤面したリーズを見て満足したのか、興味の矛先をサラたちに向けた。
魔力が宿るかのような黒い視線が向けられ、ゆっくりと頭の先から足の先まで、3人をなめるように見つめる男。
そのときサラは「やっぱメガネっていい……」とぼんやり見つめ、カリムはあからさまな敵意を瞳に宿してにらみ返し、リコは視線を外しうつむいて白い肌を真っピンクに染めた。
3人を見つめる男の視線は、ある一点で止まる。
「オレ、お前気に入ったわ」
足音ひとつさせず、男がスッと近付いたのは……
カリムの前。
あまりの素早さに、カリムは完全に遅れをとった。
しかし、攻撃を受けるかと全身を緊張させたところに、やってきたのは大きく硬い、男の手のひら。
カリムは、美形の大男にべたべたと体中をなでさすられていた。
「うん、いい体だ。少し上半身の筋肉を抑えて、足腰の鍛錬を増やすといいな」
さわさわと、カリムの腰から臀部、太ももへと手のひらをすべらせたアレクは、満面の笑みだ。
リーズは、カリムに同情的な視線を向けつつ、あきれたように言う。
「兄さん自己紹介くらいしろよー」
「めんどくせー。しばらく一緒にいりゃ、わかんだろ?」
「あー、じゃあもう俺から適当に紹介しちゃうよ?」
彼の名は、アレク。
リーズの2才年上の兄で、現在は特別自治区と呼ばれる、この広大な下町エリアの統治者だった。
* * *
特別自治区とは、砂漠の国でいえば、王宮近くの難民街のような場所だ。
約10年前、戦争の始まりとともに静かに広がり始め、今ではここだけで1つの町と言えるくらいの規模になった。
正直なところ、ガラの悪い連中が集まる、危険な街だ。
王城と城下町を守るはずの騎士たちも、このエリアには近づかない。
複雑に入り組んだ道を覚えることすらできていないという。
だから、自治区エリアで起こる事件は、自分たちで解決する。
住民たちによる自警団が見回ることで、犯罪やトラブルの解決を行っているという。
そもそも、このエリアに住むものは、商売に失敗し財産を失ったもの、親を失った子ども、元盗賊をはじめとした移民、捕虜や奴隷くずれのものなど、貧しく苦しい立場のものばかり。
戦争をきっかけに、住民が増えることで、トラブルは増加していった。
その頃から、被害者がどんなに訴えても、騎士が解決に動くことはなかった。
住人全員が犯罪者扱いなのだから、仕方がない。
城下町の騎士たちは「監視すれど関与せず」という暗黙のルールを作っていた。
犯罪者たちの住む街として、城下町の人間のみならず、商人さえも近づかないこの街。
だが、そんな街を、愛している人物もいた。
この屋敷は、以前このエリアを治めていた下級貴族の屋敷だ。
前の領主は、貴族の威厳がありつつも騎士道を重んじる人格者だったため、一時はこの屋敷が被害者の駆け込み寺のようになっていたという。
ところが、立派な父に対して、息子の方はさっぱりダメで、この荒れきった街が自分の手に余るとみると、父親の死をきっかけに街を逃げ出していった。
その後、街は一時的な混乱に陥った。
力のあるものが、力のないものから、好きなだけ搾取してよいというルールが定着しかけていた。
たまたま引退した盗賊じいの様子うかがいに、アレクが街を訪れたのはちょうど5年前、19才の頃。
たった19才の青年が、その後この街を激変させる。
偉大な先人である盗賊じいが、傍若無人な若者グループに虐げられ、肩身狭く暮らしている。
その様子を見て憤慨したアレクは、半ば盗賊化しかけていた若者グループのリーダーをタイマンで秒殺。
力がルールだと信じていた若者たちは、けた外れに強いアレクへと一気に傾倒し、アレクがこの街に残るならという条件で、自治体の自警団メンバーとなることを約束。
街は平穏を取り戻したそうだ。
アレクはそこで終わらせず、さらに突っ込んで行動した。
街の現状や歴史を書類にまとめ、雇われ貴族の管理には限界があること、そしてこのエリアを特別自治区として自分たちで管理させて欲しいと主張。
頭の固い役人に門前払いされると、5年に1度開かれる国家的イベント『世界最強の勇者』を決める武道大会に乗り込んで、見事優勝。
優勝商品代わりに、王へ直談判し、街の整備と親のいない子が暮らせるだけの補助金をもぎ取ってきた。
自治区の住民は、アレクを歓喜の大声援で迎え、感謝の涙を流した。
そのときアレクは、盗賊の砦に戻ることをしばし諦めたのだという。
アレクは街の英雄となり、自動的にこの広い自治区の領主となった。
* * *
「アレク兄さんは、小さい頃から本当に強くてねー。ずっと兄さんを見てきたから、俺は別に強くなくても生きていけるかなって、思っちゃったんだよね」
はは、と乾いた笑いを浮かべるリーズ。
リコはリーズをチラリと同情的に見た後、すぐにアレクへと視線を戻す。
まだカリムの肉体に興味津々で、腕を持ち上げたり足を抱え上げたりしているアレク。
胸の動悸が苦しくなったリコは、手のひらで胸元の布地をギューッと握りしめた。
うつむいたまま、前髪の隙間からアレクをチラリと覗き見ては、また動悸を抑えるために視線を外すの繰り返し。
こんなにかっこよくて、しかも強くて、賢くて、人望もあって……
なんて素敵な人なんだろう……
リコは、アレクの容姿にばかり目が向いて、彼の口から紡ぎだされる、かなり恐ろしい台詞の数々がまったく聞こえていない。
サラはというと、リーズの糸目なたれ目がおばちゃん譲りだとしたら、アレクの容姿は父親ゆずりなのだろうと思った。
そして、カリムにぺたぺたセクハラしつつ発する、流暢でノンストップなやや下トークの方は、完全におばちゃんの遺伝子だなと、心の中で深くうなずいた。
↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。
ゴメンナサイ。こんな人いないって分かってるけど、好きなんです……ちょいシモが。経験豊富な大人のエロカッコイイ男子、リコみたいな初心な娘っこは一発でしょう。サラはパパたちのおかげで慣れてます。アレク様武勇伝、回想シーン風で1個の話にしたかったけど、ストーリーサクサクのためカット。説明調な文章が長くてスマンです。
次回、そんなエロカッコイイ系メンズに対抗できる?またまた王道な美形キャラ登場です。
※ブログでの同時連載もスタートしました。(合わせて既存内容ざっくり見直しました)
内容一緒ですが、こっちのがご感想いただきやすいかなと思って・・・感想、リクエスト、愛あるアドバイスなど、お待ちしてます。
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