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第二章(2)黒剣の騎士

4人がトリウムの城下町に到着したのは、ほぼ予定通り、20日後の夕方だった。

『軟弱スプーン男』とリコがこっそりあだ名をつけた、旅の案内役リーズは、3人を一応満足させるだけの結果は残していた。


リーズは歩きがてら、オアシスの国トリウムの情勢から、地域の風土、住民の生活環境、この先3人が街についたあとの注意点などを、わかりやすく角度を変えながら説明してくれた。

また、柄の悪い人間がうろつくような危険なエリアをうまく避けつつ、愛想よく国境の警備隊検問を通り抜け、清潔な宿と美味しい食事処を見つけ、途中からはカリムとともにサラやリコの荷物をシェアしてくれた。


旅が終わる頃「こいつは、軟弱だけれど貧弱ではないわね」と、リコはあまりフォローにならないことを思った。

不意に、リーズの胸ポケットのスプーンが揺れて、ガチャガチャと音を立てる。

リーズは長い首をぐいっと下に傾けると、スプーンに向かってブツブツと独り言を言い始めた。


旅の間、何度この不気味な光景を見たことだろう。



仕事をこなすという点では多少認めたものの、スプーン男のヘンタイ度は100%のままだった。


 * * *


城下町へ辿り着いたとき、サラは思わず女の子気分で歓声をあげそうになった。

日本の女の子なら、誰しも浴衣やお祭りが大好きだが、この世界の女の子も同じだろう。

サラはもちろん、生まれて初めて”大きな街”という場所に来たリコも、興奮した様子を隠せない。


王城へと続く一本道と、それを横切る何本もの横道は、碁盤の目のように整っている。

それらの道の中でも、市場大通りと呼ばれる十字の道は、街路樹が並んだ美しい通りで、幅が広いため街路樹脇には様々な店がぎっしりと並ぶ。


ネルギの王宮近くに広げられた市場の、何十倍もの人の波。

街道沿いは、カラフルな布を売る店や、香ばしい匂いを漂わせる露店、竹トンボのようなおもちゃを実演する店など、多くの露店で賑わっていた。


その道のずいぶん奥、少し小高い丘の上には、中世の城を小ぶりにしたような、白く平たい王城。

城の周囲の高台には、小さいながらも小奇麗な、低層の住宅がひしめき合う。

砂漠の国にはない、異国情緒溢れる光景にサラは目を輝かせ、きょろきょろさせていた。

何度かこの城下町に来たことがあるというリーズは、サラとリコのために、少し歩くペースを落とした。


好奇心いっぱいのサラが、一番注目したのは、街を歩く女性たちだ。


女性たちが着ている衣装は、薄く白い長そでのワンピース。

胸元の布をドレープのようにたるませ、胸の谷間が見えそうなくらい開いたタイプの、オアシス住民の定番スタイル。

特に若い女性は、腰を皮ひもでシェイプしたり、太めの帯でしばってリボン結びしたりと、ささやかなオシャレを愉しんでいるようだ。


夕食の食材を買いに来たであろうか細い女性たちが、みな頭の上に大きなカゴを乗せ、オアシスのフルーツをてんこ盛りにしてもバランスよく歩き去るのを、サラは口をぽかんと開けて眺めた。

裾が長く歩きにくい服だというのに、あの裾を踏んでつまづいて、頭の上の荷物を転がすようなドジは居ないようだ。



颯爽と行きかう、オアシスの街の女たちを見て、サラはふっと空想をする。

もしサラの母がここにいたら、まずカゴを頭に乗せるというステップでつまづくだろう。

でもきっと「大丈夫、100回やってだめなら、1000回トライすればいいんだからね!」と笑って、またカゴを落っことすはず。


そのうちパパたちがやってきて、カゴを支えたり、母の腕の位置を直したり、またはカゴの形状を改良したりしはじめる。

もし成功したら、パパたちに甘やかされたことなどすっかり忘れて、まるで1人でできたとばかりに、得意げに笑うのだ。


『ハナを見ていると、小さなことにくよくよして、立ち止まってしまうのが馬鹿らしくなるよ』


何事にもそんな調子の母を見て、パパたちはよくそう言ていったが、サラも同感だった。


天使のような、母の笑顔を思い描きながら、ふとサラは気付く。

この世界に来てから今までずっと、サラは母のことを思い出すことがなかった。

パパたちのことも、サラ姫の嫌がらせでプレゼントを失ってから、ほとんど思い出していない。

初めてジュートを見たとき、ちらっと馬場先生に似てるなと思ったくらいだ。


私は案外、薄情な人間なのだろうか?

でも本当に、思い出す余裕なんてなかったの。


今まで起こってきたことは、サラの想像のはるか上を行っていたから。


 * * *


ようやく旅がひと段落して、ホームシックになる余裕ができたのだろうか。

一度思い出してしまったことで、サラの心の堤防は、あっけなく崩れ落ちた。


15年積み重ねてきた、母やパパたちとの思い出が、サラのこころに波紋のように広がり、頭の中を支配していく。

風が吹いて木の葉が揺れる様を見ただけでも、母の栗色の髪がふんわりとなびく姿が彷彿とさせられる。

サラの青い瞳に、うっすらと涙が浮かびかけた、そのとき。


「姐さ……じゃなくてサー坊、はいこれ」


散々打ち合わせしてきた”弟バージョン”の呼び方を忘れかけつつも、にこにこと害のなさそうな笑みを浮かべて、リーズが小ぶりのカゴを手渡してきた。

「とっとと返しておくれよー」と、街道沿いの果物屋の店主が叫んでいる。

きょとんと青い瞳を丸くして見返したサラに、リーズは少しだけ日に焼けた顔ではにかんだ。


「なんだか、やってみたそうだったから借りてきちゃったよー」


リーズの口もとからのぞく白い歯と、胸ポケットから頭を出したトレードマークのスプーンが、まるでタイミングを合わせたように、キラリと輝いた。

プッと噴出したサラは、OKと店主に手で合図を送ってから、邪魔な漆黒のマントのフードを取り外し、リコに手渡した。


だいぶ日が落ちてきたせいか、汗に濡れた前髪に当たる風がひんやりと冷たい。

リコは「サー坊気をつけてね」と、カリムは呆れたようにため息をつきながら、2人のやりとりを見守っている。


サラは、見た目よりずっと重い、木の枝を幾重にも組み合わせて編まれたカゴを両手で持ち上げて、頭のてっぺんに置いてみた。

手を離すことなど、とうてい無理な重さだ。

派手に落として、もしカゴを壊しては、店主に申し訳がたたない。

サラは、前髪の上にチラリと見える籠の底を、上目づかいにねめつけつつ、そおっと手を離した。


『ドサッ!』


案の定、落っことしてしまったカゴ。

相当頑丈にできているのか、ひしゃげることもなく、ただ土ぼこりをまとって転がっている。

「ああー」と、リコが残念そうな声を発した。


 * * *


人通りの多い街道の真ん中で立ち止まって、なにやら怪しい動きをしている旅人のグループに、通りすがりの者たちも、興味をひかれて足をとめる。

そこには、旅人定番のフード付きマントをまとった若者が3人。


1人は、やや無愛想な表情だが、彫が深く非常に整った顔をし、恵まれた体躯の剣士。

1人は、透きとおるような白い肌に、薄茶色のそばかすが愛らしい、小柄な魔術師の少女。

1人は、背が高くやせ形で、細い目がなんとも優しそうな雰囲気をかもしだす、商人風の青年。


その中心には、マントを脱いだ1人の少年。

手にしたカゴを、頭に乗せてはぐらりと傾け、時には落っことし……を繰り返している少年に、城下町の住人達は目を奪われた。


まるで、少女かと見まがうような、美少年だった。

160cm程度と、この街の男にしてみればやや小柄で華奢なその少年は、あどけない笑顔と相まって、まだ成人になる少し手前という年ごろに見える。


風に揺れる美しい黒髪と、意志の強そうなまなざし。

好奇心にきらめくブルーの瞳は、空の青をすくいとったように澄んでいる。

懐に差した黒い宝剣が、夕暮れの赤い光を受けて輝きを放つ。


少年は、細くしなやかな体を、右へ左へと上手に動かしながら、頭の上のカゴをバランスよく乗せ続ける。

女たちをマネて、カゴ運びをマスターしようと必死の少年の姿はあまりに愛らしく、立ち止まった街の住人たちも「いいぞー」「頑張れ」と声をかけた。


「よし!10秒キープ!」


道中リコと会話しながら訓練したおかげで、すっかり板についた少年そのものの低い声が、薄闇に包まれはじめたオアシスの街に響いた。

サラがガッツポーズし、頭の上のカゴを下ろしたと同時に、ワッと湧き上がる歓声。

サラの周りには、仲間3人のほかに、黒山の人だかりができていた。


カゴを貸してくれた果物屋の店主がしゃしゃり出て「よく頑張ったな坊主」と、サラの頭をなでたあと、甘く熟したモモのような果物を1つくれた。


 * * *


例の果物店のおやじが、抑揚をつけながら、大きな声をあげる。


「さて、こいつが黒騎士の頭に乗ったカゴだ!」


「キャー!」と湧き上がる、女の子たちの黄色い声。


サラがカゴ乗せをマスターしようと奮闘するその様子は、成人前のおませな女の子集団に見られていた。

彼女たちは少年を『黒剣の騎士様』と呼んで「この国で一番美しいと噂の第3王子クロル様と、どっちがカッコイイだろう?」と噂して回った。


その噂が噂を呼び、城下町東側の大通り市場には『黒い宝剣の美しい少年騎士』を一目見てみたいという若い女の子が殺到した。

もちろん、サラがそこに来るとは限らないのだが、暗く沈みがちな戦時下、突然現れた”手近な王子様”の存在は、少女たちのストレス解消に最適だった。


「この桃を黒騎士は食べてったんだ。お嬢ちゃんたちも1つどうだい?」


『黒騎士の食べた桃』の張り紙とともに、少年の美貌を讃える口上が好評を博し、果物店の売上は何倍にも膨れ上がったのである。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











自覚なし天使サー坊の活躍その1でした。もっとカッコイイことさせようとも思ったんだけど、果物屋のオヤジが先に思いついちゃってねー。寅さんさせたくなっちゃって。あんなアホなことしてても目立つサー坊はすごいってことで。しかしリーズ君は本当に空気の読める良い子です。が、彼にはさらなる受難が待ってます。

次回、第二章で1人目の強烈キャラ登場です。エロ男爵系メガネ男子1人放り込みますんで、お楽しみに&お気をつけて。

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