表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/198

閑話2 〜ある下っ端盗賊の、華麗なる転職(後編)〜

どのくらい、硬直していたのだろうか。

「あと1分」の掛け声を聞いて、壁際に立ち尽くして食器棚を見つめていたリーズは、ようやく我に返った。

今、なんだかおかしな声を聞いたような気がするけれど、気のせいだろう。急がなきゃ。


再び食器棚の脇に這いつくばり、指先をスキマの奥にはわせようとしたリーズ。


「俺が落としたのは、ごく普通の使い込まれたステンレス製スプーンですよっと……」


さっきのは気のせい気のせい、と念じつつ、何の気なしに呟いたリーズの耳に、また小さな女の子の声が聞こえてきた。



『へえー。正直な人!あたし好きだな!』


『あっ、あたしだって好きだもん!』



再び固まるリーズ。



『『あなたに、あたしたちを、あ・げ・る!』』



リーズの手のひらには、いつのまにか金・銀・ステンレスと、3本のスプーンが握られていたのだった。


  *  *  *


3本のスプーンのうち、ステンレスのスプーンは制限時間ギリギリで引き出しに戻した。

しかし、金と銀のティスプーンは『ねえ、あたしたちを、あなたの胸のポケットに入れて?』とおねだりしてきたため、放心状態のリーズは、請われるままにその小さなスプーンを、シャツのポケットに入れて持ち帰ってしまった。


会場チェックが終わり、食堂には、次のチームが勢い良く飛び込んでいく。

一家はわいわいと成果を確認しながら、自分たちのねじろである部屋へ戻ろうとしていく。

しかし、リーズはついていかなかった。


意を決し、食堂脇の廊下に机をかまえてゲームの採点をしていた頭領に、おずおずと近づいたリーズ。

頭領は、一瞬ビクッとして頭を上げ、眼光を鋭く緑の瞳を光らせながら「リーズ、昼飯の後でそいつらもって俺の部屋にこい」と言った。

どうやら何も言わなくても、すべてお見通しのようだ。



その後、頭領の部屋。

リーズはこの砦で産まれ育って22年目にして、憧れの頭領の部屋への入室を許された。


「おまえ、面白いもの見つけたなあ」


リーズが差し出した、金と銀のスプーンを見て、頭領は大きく肩を震わせて笑った。


『王様なんで笑うのぉ?』

『あたしたちなんか変なことした?』


金と銀のスプーンが、頭領のデスクの上でコロリ転がりながら訴える。

どうやらスプーンの声は、ここにいる頭領と自分しか聞こえないらしい。


食堂を出る際「あんた結局、1つも見つけられなかったんだねえ、まったく頼りにならない子だよ」と、おかみさんにイヤミを言われたとき、


『うるさい、ばばあ』


とスプーン達が言ったため、リーズは張り手の1つや2つを覚悟したが、その言葉はおかみさんには聴こえていなかったようだ。


コロコロと動くスプーンを見ながら、リーズは小さい頃にオヤジさんから散々聴かされた「親の言うこときかない悪い子にはお化けが出るぞー」という台詞を思い出した。

いや、でも、これは怖くないしと、リーズはすぐにお化け説を却下した。


頭領は嬉しそうに、穏やかに微笑んでいる。

こんな表情は、盗賊の女が出産したとき、名前をつけるために赤ん坊を抱き上げる顔と同じだ。

リーズは不思議に思い、頭領に問いかけた。


「あの、頭領、このスプーンは一体……」


「ああこいつらは、光の妖精の子どもだ。双子みたいだな」


妖精は、いくつのも精霊が集まり長い時間をかけて融合し、一つの意思を持ったときに生まれる貴重な存在だ。

小さな人に似た姿で、とても小さく、背中に羽が生えていると、子どもなら誰もが御伽噺に聴かされる。

精霊の森には、それなりの数が暮らしているのだが、森を出ると力が弱くなるため、めったに森の外には出たがらないはずだったが。


「なぜおまえら、こんなところでこんな姿に?」


くつくつとおかしそうに笑いながら、頭領が尋ねる。


『あのね、ちょっとだけ探険しようと思ったら、迷子になっちゃったの』

『疲れて消えちゃうとこだったけど、ちょうど居心地良さそうなスプーンがあったから入ったの』

『そしたら、空も飛べなくなって、どこかに運ばれて、だれもあたしたちに気付かなくて』

『誰かの口にいれられるのやだし、上手に転がって、暗いところにずっと隠れてたんだよね』


小さなスプーンの大冒険話に、頭領は珍しく声をあげて笑った。

2本のスプーンも、くすくすと笑いながら、スプーンの柄を下にして、デスクの上に立ち上がった。

金銀2本のティスプーンは、くるくると回りながら光を放ち、楽しそうにおしゃべりを続ける。


『でも、それからだれも見つけてくれなくて、ふたりでおしゃべりして遊んでたの』

『あたしたちの声ちっちゃくて、すごく近づいてくれないと聴こえないし』

『そもそもあたしたち、人と話すの難しいしね』

『少しでもうそついたり、悪いこと考えるひとには、あたしたちの声聞こえないのよ』


そこまで話すと、スプーンの妖精は、くるりとリーズの方へ凹み部分を向けた。

やはり、アレが頭で、アソコが胴体、凹んでいる側が表なんだなと、夢見心地でリーズはスプーンの動きを見つめた。


『そしたら、初めてあたしたちの声、聞いてくれるひとが来たの。うれしかったあ』

『やっと連れ出してもらって喜んでたら、王様がいたからびっくりしたよね』


スプーンの妖精から、王と呼ばれる頭領。

頭領は、リーズに鋭い視線を向けると「この話は聞かなかったことにしろ、いいな」とささやき、リーズは夢見心地のまま、こくこくと何度も頭をふった。


そんなリーズの姿を見て、金と銀のスプーンは、キラリと顔(ヘラ部分)を輝かせた。



『ずっと森に帰りたいと思ってたけど、あたしダーリンとしばらくいるー』

『あっ、あたしも、あたしもー。ダーリンと一緒がいいっ』



ダーリン。


特別に好きな異性を意味する言葉だということは記憶にあるが、今まで人間の女からもそんな甘い言葉をささやかれた経験はない。

ああ、なぜ俺は、2本のスプーンからダーリンなどと呼ばれているのだろう?



『あたし、もっと遠くに連れてってほしいな。いろんなものが見てみたいの』

『うん。そしたらお礼に、あたしたちの力使わせてあげるよ?』

『今はスプーンから出られないけど、力はけっこう強いんだから、ね?王様?』

『王様、あたしたちの名前、ダーリンに教えてあげてもいい?いいよね?』



リーズはぽっかりと口を開けて、スプーンのくねくねした恥ずかしそうな動きを見つめる。

全身からは冷や汗が吹き出て、じっとりと衣類が濡れていく。

頭領が好きにしろと苦笑すると、スプーンはまた嬉しそうにくるくる回った。



『あたしキーン。おねえちゃんだよ』

『あたしギーン。いもうとなの』



そのまんまかよ、とツッコミたいところだったが、あまりの展開にリーズはただこくこくと頷くしかできず。



『敵をやっつけたいときは、心の中であたしの名前を読んでね?』

『ケガとか病気のときは、あたしの方だからね?』



はい、わかりました……



『あたしたちがいれば、ダーリンは人間だと最強なんじゃないかな?』

『よかったね、ダーリン。これでもうばばあに文句いわれないねっ』



はい、よかったです……



こうしてリーズは、下っ端男改め、人類最強魔術師となって、サラの旅のお供に加わることになったのだ。


人生何があるかさっぱりわからないもんだなぁと、かなりの長い間砦の盗賊たちは、リーズの華麗なる転職について語り合った。



そしていつしか話がうまいこと捻じ曲がり、砦の大食堂スプーン食器棚正面の壁には『金と銀のスプーンを従える偉大な魔術師リーズ』の絵画が飾られることになったのである。

↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











どーでしょう、この王道っぽいオチ。イイヒトは最後むくわれると信じたい小市民の夢です。スプーンズには別の名前もあったんですが、いつか某有名台詞を言わせたいと思ってこの手抜きネーミングに。

次回から、そろそろ旅出発方向へ進めようと思います。別れ際アマッ……かも。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ