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第五章 エピローグ ~三角の頂点(4)~

「ゴホゴホッ……ゲフッ!」

「おい、サラ大丈夫か?」

「うん、ダイジョブダイジョブー……」


 吐血レベルの激しい咳で、なんとか意地悪乙女を追い払ったサラ。

 ヒッヒッフーと呼吸を整えつつ、ジュートの語ってくれた過去の話に意識を切り替える。


「えっと、ジュートは百年近く前に精霊の森を出たのね……でも精霊の森って、一度出たらもう戻れないんでしょう?」

「あの時は、それしか方法がなかった。戻れないっつっても一時的なもんだし。女神が復活しさえすれば……まあ、こんなに待たされるとは思わなかったけどな」

「う……ゴメン。って、それも初耳! 女神サマの力で森に戻れるんだ!」

「ああ。お前がいれば出入り自由」


 ジュートはようやく肩の荷が下りたとでもいうように、大きく息をつく。

 サラは「どーこーでーもードーアー」と言いたくなる気持ちをぐっと抑えて、真面目モードで考えた。

 サンちゃん退治のために、森を出ざるを得なかったジュート。

 そんな状況に陥る理由は、一つしかない。

 つまり、将棋で言えば『王手飛車取り』だ。


「サンちゃんがそんなことしたのって、もしかして魔女のせい? ジュートは、森からおびき出されたってこと?」

「たぶんな。聖域の封印を破るなんて、単なる魔物や人間には無理……つーか、こんなことは俺の記憶にも無ぇよ。そもそも今回の“魔女”は、いちいちやり口が巧妙っつーか汚ねぇっつーか……俺も相当やられた」


 細められたジュートの瞳が、一瞬暗く淀んだダークグリーンに変わった。

 唇を噛みしめ、眉根を寄せて空を睨む。

 それはいつも飄々としているジュートが、初めて露わにした……本気の怒り。

 ジュートのベッドで気ままに寝ころんでいたサラは、ガバッと跳ね起きて正座する。

 一度ごくりと唾を飲むと、言葉を選びながら慎重に問いかけた。


「あの、聞いていいかな? そもそも、ジュートと魔女の関係って? ジュートは、魔女に何をされたの?」


 あからさまにビビリまくりなサラの態度に、ふっと頬を緩めるジュート。

 しかし、魔女のことを考えると感情を抑えられないのか、再び瞳の色を濃くし、苛立たしげに前髪をかきあげる。

 サラは不安にドキドキしつつも、内心そんなジュートも魅力的だと思った。

 偉大な精霊王ではなく、一人の人間としての顔をもっと見せて欲しいと……。


「俺はこの世界の光と闇、生と死を、大地と精霊の力で調整する役割を担ってる。といっても、実際は闇の精霊と魔女の監視がメインだ。今回の魔女には相当痛い目に合わされたけど、一番キツかったのが、大陸と“聖地”の二択を迫られて、聖地を選ばされたってこと……って、お前全然分かってねーだろ?」

「分かんないよー。難しすぎて頭痛いっ!」

「なんでお前は記憶が無いんだ! そんな基本的なこと、いちいち説明する俺の方が頭痛いっつーの……」

「う……ゴメンナサイ……」


 一応口では謝りつつも、気分は頑固な父親を前にした反抗期の中学生。

 確かに、サラ自身が女神に直接質問する方が早いのは分かっている。

 そうしたいのに、できない自分がはがゆくて仕方ない。


「でも、ジュートだって悪いんだから……」


 今日のジュートってばやけにセクシーで、さっきからずっと胸がもやもやして……。

 話に集中したいのに、少し気を緩めると入道雲のようにむくむく膨らむ煩悩。

 しかし、荒くなりかけた鼻息は、鼻栓で強制ストップさせられてしまう。

 怨みがましく睨みつけてくるサラに、ジュートは「まあ、覚えてないモンはしょーがねぇな」と、ぶっきらぼうな口調で解説した。


「理由なんて説明するまでもない。俺はこの世界を守るために存在してる。だから、女神と魔女のどっちかを選べと言われたら“女神”に付くし、聖地と大陸なら“聖地”を取る……俺にはそう刷り込まれてんだよ」

「あのう、そもそも“聖地”ってどこでしょう……」

「ココに決まってんだろ? 聖地は、お前が現れる場所ってこと」


 不機嫌そうな口調とは裏腹に、女神の話になった途端、ジュートの瞳は隠し切れない愛情で輝きを増す。

 その瞳を見てしまったサラは、うっかり入道雲に飲みこまれた。

 頭の中に、パアッとお花畑が広がっていく。

 ああ、ジュートに触れたい……。

 サラは、くねくねとシナを作りながら、精一杯セクシーな声色で囁いた。


「ジュート……こっち来て? 近くで話そうよ」

「ヤダ」

「もー、意地悪っ!」


 サラは、煩悩発生源のジュートからプイッと目を逸らすと、胸の中の女神に語りかけた。


『女神さまっ、どうかジュートより簡単に分かりやすく、状況説明してくーださいっ』


 すると、魔法のランプを擦ったように、サラの脳内に白い煙がもわわーんと発生し……その中に、過去の世界が見えた。


「おおっ! ナイス映像! 地デジハイビジョン!」

「サラ?」

「ちょっと黙ってて!」


 ジュートを無視して、サラはその映像に集中した。


  * * *


 最初に見えた景色は、ジュートが岩山の魔物を追い払うシーン……つまり、ちょうど百年近く前。

 当時、世界に女神の気配は無かった。

 前回の戦いは熾烈を極め、深く傷ついた女神は太陽の中で眠ったままだったから。

 その間、人々は穏やかな光の中で平和な世界を築き上げるはずが……そうはならなかった。


 キュルン、と音を立てて映像が少しだけ過去へ遡る。

 それは今から百年前のこと。

 砦の地底湖から、ジュートとは違う一人の男が現れた。

 その男は、聖なる山の封印を内側から壊す形で破り、そのまま大陸へ向かった。

 結果、サンちゃんたちが美味しい水を求めてやってきて、この山に居ついてしまった……。


「アイツが諸悪の根源かっ! ヤツは何者……いや、続き続きっ」


 その後、事態に気付いたジュートが、神殿の管理を巫女に託し森を出た。

 聖なる山と森の神殿は、地底湖から直結している。

 聖なる山が脅かされれば、神殿もその影響を受けて……魔女の封印が綻びてしまう。

 でも、ジュートは森に居なければ、精霊を百パーセント支配できない。

 引き止める精霊たちを振り切る形で森を出て、魔物を追い払ったジュートは……途方に暮れる。


「サンちゃんを追い出すだけじゃ、山は元通りにならなかったんだ。染みついた穢れを払うには、女神の力か、もしくは巫女クラスの強力な“魂”が必要……でも女神はまだぐっすり寝てるし、巫女は神殿用の一人しか居ない。ジュート自身の力は……」


 生命の息吹が消えた岩山の頂上に立ち、乾いた風に髪をなびかせながら「役立たずだな」と嘆くジュート。

 本来なら軽く念じるだけで蘇るはずの大地が、全く言うことを聞かない。

 かといって、森へ戻ることもできない。

 この山を魔物から守りながら、女神の復活を待つしかない。


「ジュートは、愛想をつかされた旦那さんみたいなもんか……。大事な記念日に『仕事だから』って強引にうちを飛びだして、とりあえずサンちゃんをやっつけた。くたびれていざ帰ろうと思っても玄関の鍵は開かず、奥さんの森子さんはカンカン。許してもらうには、女神サマという森子さんの親友に仲介してもらうしかない、と……」


 長期戦と覚悟を決めたジュートの前に、一組の旅人が現れた。

 行き倒れになりかけていた彼らを、ジュートは何の気なしに助けた。

 彼らは緑の瞳の青年に魅せられ、自分の家族や知人を呼び寄せて、この岩山で共に暮らし始める。

 それが、盗賊たちのルーツだ。


 その後もジュートは貧しい人や荒くれ者を次々と拾い、その人間離れした圧倒的な力で束ねて、この岩山に住まわせた。

 人間が暮らしやすいルールを考え、産めよ増やせよの方針により新しい命の誕生を重ねて行く。

 同時に“死”を遠ざけるべく、老人たちはオアシスに隠居させた。

 ここで暮らす人々が希望を抱く分だけ、聖なる山の穢れは薄くなっていく……。


「なるほど。一人一人は小さくても、幸福な人間の魂がたくさん集えば、女神や巫女の魂と同等になるのよね。ジュートってば頭良いっ」


 そうやって時間をかけながら、少しずつ元通りの山に変えようと奮闘するジュート。

 盗賊の皆にとってジュートは、どっしり構えた一家の頼れるお父さんだ。

 ただ、そこにも問題が一つ発生。

 彼らが人として成長していくのに、ジュートの姿形はそのまま変わらない。

 余計な不安や恐れを抱かせないために、ジュートは一つの噂を流す。


「森を出たら、ジュートの時は止まる。それを『魔女の呪い』だなんて……まあ、それで納得しちゃう側も単純っていうかなんていうか」


 以前アレクから軽く聞いた、頭領の見た目に関する噂話を思い出し、サラはクスッと笑った。

 タブーを伝えるのに『おとぎ話』を利用するなんて、子ども騙しもいいところだ。

 でも、盗賊たちはその話を信じている。

 そして、その呪いを解くためのアイテム探しを裏稼業にしているのだ。


「まあ実際ジュートが森を出なきゃならなかったのは魔女のせいだし、丸っきり嘘じゃない……って、あれ? さっき封印が解かれてたのは、魔女っていうかあの男のせい……?」


 サラが眉をひそめた瞬間、幸福な盗賊たちの根城はクローズアウトした。


  * * *


 次のシーンは、禍々しい灰色の靄に包まれて良く見えない。

 サラにはそこが大陸であり、その靄が“穢れ”だということを直観的に理解した。


「なんだろ、これ……気持ち悪い」


 ぼんやりと見えるのは、人々の悪意の視線に晒され、侮蔑の言葉を投げつけられ、針のむしろになっている一人の人物。

 彼は、魔術師だ。

 そして彼は今、自らの罪を裁かれている。


 流れる涙を拭うはずの手は、十字に組み上げられた木にくくりつけられていて動かせない。

 否応なく、皆既日食の日の自分を彷彿とさせられ……サラは口元を手で覆った。

 魔術師の放つ懺悔の言葉は、罵声によってかき消されてしまう。

 四方から容赦なく石の礫を投げつけられ、魔術師は生気を失っていく。

 サラは、女神に向かって呟いた。


「あの時は死ぬほど辛かったけど、こんな風に大勢の人から責められなかった分だけ、私の方がマシかも……でも、いったいどうして?」


 返事は無い。

 聖地から離れた大陸奥地の出来事は、女神にも把握できないようだ。

 具体的なことは全く掴めないのに、警鐘だけが不吉な音色で鳴り響く。

 これは以前女神から軽く伝えられた……魔女の封印が解かれるキッカケとなったエピソードなのだろう。

 過去の出来事と分かっていても、サラの胸は不安に押しつぶされそうになる。


「同じ気持ちを、ジュートも抱いたのね……だからジュートはあんなことを」


 映像は、森へ向かうジュートの勇ましい後姿を映しだした。

 森を増殖させることで、大陸からの移民をシャットアウトする。

 それがジュートの考えた苦肉の策であり、『大陸ではなく、聖地を選んだ』ということなのだろう。

 この半島に住む人々は、森に閉じ込められたと言ったけれど、本当はそうじゃない。

 森は彼らを、大陸から流れ込む邪悪な穢れから守っていたのだ。


 その作戦は成功した。

 自分が女神としてここに居ることが、その証。

 もしも大陸の穢れが聖地に流れ込めば、女神の復活はありえなかった。


「こうして振り返ると、世界が滅びるって未来も充分ありえたのよね……穢れの影響が強まれば、太陽の巫女はもっと狂ってたはずだもん。サラ姫のことは大事な娘じゃなくてただの器扱いで、当然『サラ姫を救う者』を呼び寄せようなんて思わなかっただろうし……危なかったなぁ」


 薄氷を踏むような勝利だったことに気付き、サラは身震いする。

 いずれにせよ、ジュートの行動が女神復活という奇跡を生んだことは間違いない。

 守るべきものを、ちゃんと選択したから。

 ただ、切り捨てられた大陸側のことを思うと、胸がツキンと痛む。

 大陸ではその後も穢れの濃度が増して行っただろうから……。


「それにしても、大陸ってかなり危険な場所だったんだ。ファースさんってば『散歩行こー』って感じでかなり気軽に誘って来たのに。危うく騙されるトコだったっ。でもやっぱり心配……チョビも元気かなぁ」


 大陸へと思いを馳せるサラは、次に現れた映像に息を飲む。

 映し出されたのは……重傷を負い息絶える寸前のジュートだった。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。












 ジュート君の謎解明編、中盤です。途中から掛け合いがメンドクサクなっちゃって、女神動画にお任せしました。本当に女神パワーってベリー便利ー。まずはジュート君が森を出て、盗賊稼業をやってる理由を。ジュート君成長とパワーの源は、にんにく卵黄ならぬ『モリモリ森エキス』でした。そちらも盗賊印で絶賛販売中!(なんて、通販番組の番外編一個作れそうだな……)ジュート君が森を出るってのは、家庭を顧みない夫ってレベルじゃなく……かなり勇気ある行動だったはずです。あと森が増殖した理由も簡単に。そこはあんまり深い謎じゃありませんでした。大陸のことはテキトーにごまかしつつ。ファース君&チョビも、きっと頑張ってるはずです。しかし、穢れってのも便利な単語ですわね。オホホー。そして聖なる山の封印を解いた謎の人物……誰だろう? 女神サマに分からないことは、作者にも分かるわけがないのです。しいて言えば、大陸編のボスキャラってとこでしょう。(しつこいけど続編は超未定っ)

 次回は、エピローグ1最終話です。ジュート君死にかけの続きと、実は穢れまくりな聖地の話、そして伏線がっつりな水不足の解説。最後はサラちゃんまた爆走します。これもお約束?

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