第五章 エピローグ ~三角の頂点(3)~
「ねぇ、ジュート。なんだかすごく暑いの……このワンピ、脱いでいい?」
「……氷水でも飲んで我慢しろ」
「じゃあ、下着だけでも脱いでいいよね?」
ベッドの上に寝転んだまま、サラはもぞもぞとワンピースの裾をたくし上げる。
その下に穿いているのは、必殺下着人シリーズでも一番キレの良い、パープルのアイツだ。
なんら躊躇せず、サイドの紐を引こうとしたサラの手が、力強い手でガシッと掴まれる。
触れられた手のくすぐったさに、サラは思いっきりそれを振り払って笑い転げる。
ワンピースからにょきっと飛び出る、均整のとれた細く白い足から目を逸らし、ジュートは呟いた。
「サラ……もう一回風呂入って、その香油落として来い」
「えー、またお風呂なんてメンドクサイよー」
サラは、ベッドの上からむくっと起きて、ジュートの膝の上に移動。
硬く引き締まった太ももの上にぽよんとお尻を乗っけて、ジュートの首に腕を回す。
「そうだ、いいこと考えたっ。ジュートも一緒にお風呂入ろ? 自分じゃ背中流せないもん」
「……勘弁してくれ」
「うふふっ。あなたのことも、ちゃんと洗ってあ・げ・る」
首に回した手を外し、ジュートの頬から首へ、そして胸へと滑らせるサラ。
上気した身体から否応なく香油の成分が飛び散り、それを吸い込んだジュートの胸を高鳴らせる。
「ねぇ、最初に洗って欲しい場所……どこ?」
「――くそっ!」
思い切って抱き寄せれば、くすぐったいと大爆笑。
冷たく突き放せば、こうしてねちっこく追いかけてくる。
どうやら向こうから触るのはOKで、こっちに触られるのはNG。
中途半端に触れて、誘惑して、生殺し状態をキープし続ける今のサラは……恐ろしい魔女だった。
とりあえずサラを退かせるために、ジュートはその頬をむにっと摘む。
「ふひゃっ!」
そのワンタッチだけで、サラは飛び退いてしまう。
その立ち位置が寝室のドア方面に行ったことで、ジュートは一つのプランを思いついた。
重い腰を上げると、ようやく笑いが収まりかけたサラの肩をつつく。
「うにゃっ!」
またもや飛び退って、サラのポジションは寝室を飛び出し机の脇へ。
そのままツンツンとつつき続けて……笑い転げ過ぎてぐったりしたサラを、服を着たまま女子風呂の湯船に放り込んだジュートは、風の魔術で“おばちゃん”を呼んだ。
* * *
全身に妙なけだるさを感じながら、サラはジュートの部屋でぼんやりと座りこんでいた。
息が苦しく、酸素が足りない気がする。
口でスーハーと呼吸しながら、サラはジュートに問いかけた。
「ねぇ、ジュート……なんで私、鼻栓なんて」
「気にするな。ついでに俺に近寄るな」
容赦なく冷たい台詞に、サラは涙目でジュートを睨みつける。
夢心地だったサラは、おばちゃんに身体を洗い直されている途中で目が覚めた。
一度しっかりお風呂に入って、その後ジュートの部屋に行ったはずなのに……と考える端から記憶が零れ落ちて、あやふやになっていく。
そして最も不可解なのが、お風呂あがりにおばちゃんが無理矢理詰め込んだ、この鼻栓。
「ねー、息が苦しいよ。なんでこんなことしなきゃいけないの? 私、鼻血なんて出てないよ?」
おばちゃんは「頭領様の命令だから、取るんじゃないよっ」と言ったけれど、ジュートからその理由は一切説明してもらえない。
文句を垂れるサラは、自分の皮膚にしみついたほのかな香りに気付かない。
「こんなの付けて恋人と二人きりなんて、しかも手も繋いじゃダメなんて、ヒドイよぉー」
「ヒドイのはお前だ……ったく、今夜はそれで我慢しろ。何か聞きたいことがあるなら聞け。無いなら出て行け」
「むうっ、その言い方ロマンチックじゃないー」
「文句言うなら今日はお開き。疲れたから俺はもう寝る」
「寝るって、一緒に……?」
軽い天然ボケだったはずが、親の仇を見るような目つきで睨みつけられ、サラはうっと押し黙る。
自分の記憶がおぼろげな間に、何かやらかしたのには違いない。
けれど、そんな風に憎々しげに見られるほどの粗相はしてないはず!
「分かった、もう鼻栓のまんまでいいよっ。その代わり、今夜は朝まで生質問大会ね!」
「頼むから、手短にしてくれ……」
「なによ、私と一緒に居るのがそんなにイヤなのっ?」
「そういう問題じゃねーって……」
こめかみを指で押さえ、くたびれきった老人のようなしゃがれ声を漏らすジュート。
サラは不満を膨らませつつも、なぜかちょっとだけ自分が悪いような気になってきた。
とりあえず、聞きたいことを頭の中で整理しようと試みる。
しかし、ジュートへの疑問はたくさんあり過ぎて、溢れかえったハナの部屋の洋服ダンスのようだ。
こういうときは何も考えず、片っ端からとっかかるに限る。
「じゃあ、今日のことから聞くね。さっき、地下の湖にサンちゃん達が集まってたのって、どうして?」
「それ言おうとすると、けっこう長くなるんだけどな……一言でいうと『魔女が封じられたから』だな」
「……なんだか、風が吹けば桶屋が儲かる話みたい。もうちょっと分かりやすくっ」
サラから距離を取るため、ドアをまたいでデスクの椅子に座ったジュートは、長い足を組みかえながら淡々と答える。
「元々この岩山は“聖なる山”と呼ばれる場所だったんだよ。ここの地下と神殿の地下は直結している。水脈が“流れてきている”んじゃなくて、同じものなんだ。ようやく魔女が封じられて水の穢れが払われた。あいつらは魔物とはいえ大地の浄化を担うし、水を砂漠に持ち込むって仕事をする。だから一時的に結界を解いて呼び寄せた。以上」
そこまでの情報だけでも、サラの頭の中はいっぱいいっぱい。
与えられた情報が、丸めた毛糸のようにぐっちゃりとこんがらがる。
サラはそれを解きほぐすべく、またもや端から質問を重ねた。
「えっと、聖なる山ってこの何も無い岩山が? しかも、ココと神殿って相当距離あるのに、繋がってるってどういうこと?」
「昔はもっと木も草も生えてたんだよ。女神が眠ってるうちに封印が解けて、いつの間にかサンドワームに乗っ取られてたんだ。聖域が魔物に穢されるのはマズイから、俺が来ざるをえなかった。あと繋がってるのは、ここが“頂点”だから」
サラの頭には、見事に絡まった毛糸玉が出来上がった。
* * *
「ねー、聞けば聞くほど分かんなくなってくんだけど……」
ベッドに転がったサラは、ジュートの身代わりに愛用枕を抱きしめる。
せめてジュートの匂いを感じたいと思っても、鼻栓がガッツリ邪魔をする。
苛立って文句を言ってみたところで、ガンコジジイなジュートは鼻栓の解放許可を出してくれない。
サラは唇をタコのように尖らせながら、聞いたばかりの話を噛み砕こうと試みた。
「つまり、大昔はキレイな山だったのが、女神が留守のうちに魔物であるサンちゃんに乗っ取られて……ん?」
脳裏に蘇るのは、強固な岩盤を叩き飛ばして穴を開けた、サンちゃんの意外なパワー。
ああやって、道を掘りながら進めるということは……。
「ねぇ……まさか、この砦の中の部屋とか通路って、全部サンちゃんたちの……?」
「まあ、当然だな」
サラをからかうように、軽い口調であっさり言い放つジュート。
リアルな想像をしかけたサラの背中に、ゾクッと悪寒が走る。
この部屋はもちろん、うねうねと開いた穴という穴が……全て、サンちゃんたちの仕業だったとは!
「うえー、気持ち悪っ……てっきり鉱山の跡地だとばっかり思ってたのにー」
「鉱山がこんな非効率的な掘り方するワケねーだろ」
「確かに、なんだかアリの巣みたいな作りだなーとは思ってたけど、まさか本当にそうだとは思わなかったよ」
悪寒を和らげるために、サラはサンちゃんを可愛いアニメキャラにデフォルメしてみた。
聖なる山の封印が解けて、わーいわーいと喜んで引っ越してきたサンちゃん。
せっせと穴を掘って部屋をたくさんつくり、仲間との愛を育てて子どもを増やして、これだけ立派なマイホームを築き上げた。
しかし、そんなサンちゃんたちを追い出した、悪徳土地転がしがここに……。
涙ながらにとぼとぼと砂漠へ出戻るサンちゃん一家。
その後も、水不足の被害者になったり、闇の魔術で狂わされたりと、踏んだり蹴ったり。
すっかりサンちゃん派になったサラは、サンちゃんに同情的な気分で、涼やかな目をしたジュートを睨み上げる。
「ジュートが、いたいけなサンちゃんたちからこの山を乗っ取ったのね。それっていつ頃?」
「いつだったかな。百年は経ってねえな」
「古っ! てゆーか……ジュートって何歳?」
「さあ、忘れた」
ロリコンライン……いや、その話はひとまず置いておこう。
本題は、そんなところじゃないし。
サラが本当に聞きたかったのは……。
「だったら元カ……ううん、なんでもない」
サラは、わざとらしくゴホンと大きな咳をした。
心の奥から投げかけられる「それだけ長生きしてて、彼女の一人や二人居ないなんて、逆にキモイよねー」という、意地悪な乙女の声をかき消すべく。
↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。
媚薬……はい、ゴメンナサイ。ずるずる引っ張ってしまいました。普段色気無いサラちゃんが、可愛く迫るシーンをねちねちと描きたかったのです。しかしヒドイ薬だぜ……ジュート君、生殺しにしちゃってごめんよっ。アホな微エロの後はガッツリ鼻栓で真面目なお話を。さて、このエピローグではでジュート君の謎をある程度暴露しようと思ってるのですが、なかなか進まねーです。最初のこんがらがった毛糸説明でピンと来る方は、天才だと思います。今回は、うねうね岩山の謎まで。サンちゃんたちは、だんだん愛らしいキャラになってきた……よね? あとは、ジュート君の私生活に関する憶測も多少。まあ、こういう輪廻転生していくキャラって、年齢聞くの愚問だよね? と、設定考えるのメンドクセー病をゴマカシつつ。ちなみにジュート君の元カノ=前の女神サマ、つまりサラちゃん自身です。己の敵は己ということで。
次回は、ジュート君の過去話をガッツリと。サラちゃんの媚薬な煩悩もまだまだくすぶりまくり……。エピローグ、ラスト2です。