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番外編1(2)クロル王子、猫になる ~グルメ猫・後フリ~

「――ってところで、僕は目覚めたんだ。どうだった? サラ姫」


 サラはほぅっと大きな吐息をつき、首をコキコキと左右に捻った。

 気付けばクロルの手を握り続けていた片手が、しっとりと汗ばんでいる。

 その手が離される気配は無い。

 肩も回したかったのを諦め、サラは目の前のキラキラ輝く瞳を見つめながら呟いた。


「うん、すごかったよ……」


 まるで映画を一本見た後のような、奇妙な高揚感がある。

 と同時に、プールでひとしきり泳いだ後のようなけだるさも。


「なんかいろんな気持ちがぐちゃぐちゃで、上手く感想が言えないけど……とりあえず、今日の夜ご飯は『カレー』が食べたいなっ」

「……サラ姫って」


 クロルはサラよりも大きな吐息と共に双眸を閉じた。

 サラは「冗談だよぉ」とフリーな片手をひらひら振ってみせる。


「クロル王子は、本当に地球に行ったんだね。しかも、私が暮らしてた場所に近かったかも」


 自分の気配を追ってそこまで飛んだとしたら……クロルの能力は計り知れない。

 それは闇の魔術とも違う、神聖な力だ。

 全ての世界を見守る、偉大な宇宙の神様の力。


「もしかしたら、地球で起きてた不思議なことって、こういう存在の影響なのかな……」


 サラは幼い頃に大澤パパと交わした会話を思い起こす。

 ジャーナリストらしく、世界の摩訶不思議な出来事謎を検証するのが大好きだった。

 といっても、大澤パパとの会話に『猫又』は出てこなかったけれど。


「私、信じるよ。ゴローちゃんは本当に居ると思う。ヒデキも、博美も……」


 クロルの話が分かりやすかったおかげで、登場した“御三家”のメンバーが、あたかも既知の間柄のように感じる。

 可愛らしくもやんちゃな子猫が、この先も周囲を巻き込みながら幸せの種を撒く、その姿が目に浮かぶようだ。


「奇跡って、偶然起きることじゃなくて、叶えてくれる誰かが居るのかもね。猫又とか、他にも座敷わらしとか……」


 人智を超えたそれらの存在が引き起こすのは、決して楽しいことばかりではない。

 時には悲劇も起こる。

 サラとハナが地球から消えたことも、角度を変えてみればそうだ。

 あの世界では今頃『神隠し』なんて騒がれているかもしれない。


 事件だと思って捜査してくれているはずの警察……特に真面目で責任感の強い遠藤パパあたりは必死なはず。

 安住パパも、裏ルートを駆使して……あまり深入りしなければいいけれど。

 大澤パパも当然、記者魂を燃え上がらせて聞き込み調査をしているはず。

 千葉パパはのほほんと、馬場先生については……もしかしたら、薄々何かを察しているかもしれない。


 確実に言えるのは、五人のパパたちはもちろん、全ての知り合いが胸を痛めているということ。

 サラもハナも、置き手紙一つ残せずこちらの世界に召喚されてしまったのだから。

 ゴメンナサイ、とサラは心の中で謝った。

 本当は直接伝えたいのに、もどかしい。


「私ももう一回地球に飛べたら……ううん、私には無理だろうな。だってあの日は特別だったから」


 日食の日に神様がサラを助けたのは、あくまで邪神との公平な戦いへと導くため。

 もうそんな状況はしばらく起こらない。

 昨夜、邪神は太陽の巫女の身体と共に、長い眠りについたのだから。

 再び人の世が荒れ、邪神の復活を願う人間の想いが封印を解き放つまで。

 肩を落としかけたサラに、単純なアイデアが浮かんだ。


「ね、もし今度地球に行ったら、私の知り合い探してくれない? 五人居るんだけど……クロル王子?」


 夢見るように一人妄想トークを続けていたサラは、その異変に気付いた。

 クロルは……サラの隣で座った姿勢のまま頭を落とし、すやすやと眠っていた。


「話し疲れたのかな……夢の中でも、大活躍してたもんね」


 サラは、繋がれていた手の力が緩んだことを知り、そっと引きぬいた。

 その手のぬくもりを追うように、クロルの身体が傾いて……。


「ちょっ……ええっ?」


 突然、サラの身体からも力が抜けた。

 女神でも黒騎士でもなく、そのときサラを支配していたのは。


『このまま、少し寝かせてあげましょうよ』

「サラ姫っ!」


 可憐なようで実に腹黒い彼女が、サラの心に波紋のようなクスクス笑いを広げる。

 いつのまに、サラの身体を操る術を身につけたのだろう?

 と、冷静に考えようとするものの、沸騰する頭がそれを許さない。


「その件については全然異論無いんだけど、いくらなんでもこの体勢はオカシイでしょっ!」


 身体の力が入らないサラは、もたれかかるクロルを受け止めきれず、一緒にベッドへ倒れ込んでいた。

 しかもちょうどサラの胸の上に、柔らかなクロルの頬が乗っている。

 厚手の騎士服越しといっても……異性に触れられるのは、幼少期パパたちとお風呂に入って以来かもしれない。


『えー、この体勢って?』

「むむむ、胸まくらっ?」

『いいじゃない、別に減るもんじゃないし。甘えさせてあげようと思ってたんでしょ?』


 その台詞を聞いて、サラはようやく悟った。

 サラ姫はサラが思った「甘えさせる」の言葉を利用して、軽い魔術をかけたのだと。


『それにしても、この子ってかーわいいっ。子猫ちゃんみたいね』

「ちょっとー! アンタがクロル王子をお気に入りなのは分かったけど、さすがにこれはマズイって!」


 かろうじて動く唇から放たれる、息も絶え絶えの掠れ声。

 必至の懇願も、喜びに浸るお姫さまには届かない。

 この程度ならと、サラの中の女神も黙認しているように思える。


 湧き上がる羞恥心をバネに、動かない身体を必死で身じろぎさせると、サラの胸にもたれたクロルが唸り声を発した。

 ピシリと石化するサラの耳に、微かな声が聞こえた。

 それはサラをノックアウトする、無邪気な寝言。


「うーん……この枕……硬い……」


 ――コロス!

 その瞬間、心の中のサラ姫が「アハハハハッ!」と大爆笑。

 サラは涙ぐみながら「アンタだって、私と同じ体型のくせに……」と負け犬の遠吠えを呟いた。


 抵抗するのも空しくなったサラは、そのまま大人しく横になり、剥き出しの岩肌が迫りくるような低い天上を見ていた。

 そして規則的なクロルの寝息を聞いているうちに、サラの瞼も静かに降りていった。

 数分後、硬すぎる枕から柔らかい布団の方へと寝返りを打つクロル。

 その時放った寝言は、既に夢の中に居るサラには届かない。


「サラ姫……大好きだよ……」


  * * *


 ベッドの縁からは、二人分の足が仲良くはみ出している。

 サラを起こそうと部屋に入ったリコは、その光景に一瞬息を飲み……その主を確認すると思わず微笑んだ。


「サラ様とクロル王子……二人とも寝顔めちゃめちゃ可愛いっ! 黒い猫ちゃんと茶色い猫ちゃんが並んでるみたいっ」


 見る人が見れば女神と少年神のような神々しい二人。

 しかしリコにとっては、仲良しの姉弟猫のような……なんとも微笑ましい光景に映った。


「それにしても、盗賊の砦の中で大胆な……」


 と思ったリコは、一つのアイデアを思いついた。

 早速風の魔術でリーズを呼び出す。

 目的はただ一つ、スプーンズが居なくなってすっかりヘタレ魔術師に逆戻りしたリーズが、唯一得意にしているあの技を……。


  * * *


 昼下がり、盗賊の砦の一室。数少ない鍵のかかる部屋。

 狭く暑苦しいその小部屋で密会するのは、目の下のクマが無事消えたクロルとリコ、そして名目上監視役のリーズ。

 リコが豊満な胸の谷間からチラッと見せて引っ込めたのは、一枚の転写イラストだった。

 そこに描かれていたのは、仲良く寄り添って眠る子猫のような二人。


「ね、クロル王子様、コレいくらで買います?」

「――いくらでも! キミの希望通りに! なんならあの城売り払って……」

「そこまでは要りませんっ!」


 予想を大幅に超える買い取り価格に、やや尻ごみするリコ。

 内心「普通にプレゼントするんじゃなかったんだ……」と力を落とす絵師リーズ。

 しかし、惚れた弱みだろうか。

 可憐なリコの印象が若干ポイントダウンする代わりに、逞しさポイントが急上昇。


 氷の王子にも気おくれせず、対等にやりあうリコを頬を染めながら見つめ、「これでこそ盗賊の嫁として相応しい」と勝手に納得。

 そんな気持ちがむくむく膨らみ、ついには心の中でリンゴーンと高らかに鐘を鳴らす。

 リコとクロルが、あたかも砂漠の貪欲な商人のように膝を突き合わせて折衝する脇で、リーズは一人脳ミソに花を咲かせていた。



 その後、トリウム王城内にある国王の隠し宝物庫から、国宝級の宝石が数個消えたことは、誰も気付かず……。

 ボロボロになったネルギ王城には、“頭領”リーズと自治区の大工仲間たちが立っていた。

 こうしてネルギ王城の大胆リフォームは、無事予算の範囲内で、滞りなく完了したのであった。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。












 グルメ猫から戻ってきましたー。たまにはこんなクロスオーバーもいいかもですね。そのうち猫ゴローが、サラちゃんの伝言を届けに行くかもしれません。五人のパパvsクロル君。おっと、このネタで番外編一個できそうな気が。さて今回の話ですが、ころころっと二回オチを転がしました。サラ姫オチから、リコオチ、リーズオチへ。硬い枕……でもほら、主人公には弱点があった方がお話として面白いですしね。クロル君は何気にオイシイ思いをしてますが、気付かずに枕を放り出してしまうところが残念です。計算づくに見えて、こういう危うさというか素直さがあるというギャップが味噌であります。リコも着々と女将さん化。(フジコちゃんもちょっぴり。いいなー谷間……)リーズは今のところイイヒト脱出できず、こき使われる番頭さん状態ですね。と、キャラのことはさておき、地球とこの世界の文化の違いについてなどなど、メンドクサイ設定系を改稿時は少し考えなきゃと思ってます。改稿しないという手も……いえなんでもありません。

 次回は、逃げてる最終章エピローグをやっつけようと思います。その後は、放置状態の各キャラ視点で番外編を。もし筆が乗らなかったらそっちを先に……っと、なんでもないです。

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