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番外編1(1)クロル王子、猫になる ~グルメ猫・前フリ~

 盗賊の砦に、サラ親子&オアシス王族御一行さまが宿泊した翌日のこと。

 女神パワーの影響か、短時間睡眠でも疲れが取れてすっきり起きたサラは、日の出と共にとある人物の訪問を受けた。


「……サラ姫ー、起きてる?」

「うん、さっき起きたとこ。どうぞ、入って」


 まだ寝静まる周囲を気にしたのか、クロルは立てつけの悪い客間のドアを慎重に開き、猫のように音を立てずスルリと室内に入って来た。

 その日サラがあてがわれたのは、前回宿泊時より若干グレードアップした、上層階のゲストルーム。

 小さいながらも窓があるので日光も入るし、ベッドの脇にはビジネスホテルのようにテーブルとチェアがある。

 椅子は一つしかないので、サラは簡素なベッドに腰かけ、椅子の方をクロルに勧めた。


「良かった、サラ姫が居てくれて」

「うん、さっきまでは爆睡してた。今日は珍しく一人で早起きできたよっ。いつもはリコに叩き起こされてるから大進歩!」

「そーじゃなくてさ……まぁ、サラ姫には僕の気持ちなんて分からないよね。僕なんて昨夜はほとんど眠れなかったよ。うとうとして、変な夢見て……」


 珍しくクロルが凹んでいることに、サラは驚いた。

 そう言われてみれば、確かに体調が芳しくないようだ。

 いつもは何の曇りもない透明感のある肌にも、やや陰りが見える。

 特に、両目の下に。


「どーしたの? 昨日の夜食べ過ぎたせい? それともリグル王子のいびきがうるさかった?」

「食べ過ぎじゃないよ。いびきは……それも多少はあるけど、違うよ。僕はサラ姫のことが心配で眠れなったんだよ」

「私っ? この地上最強の女神サマがぁ?」


 あはは、と笑い飛ばすサラを見て、クロルはふくれっ面を作った。

 最近めっきり大人びてきたけれど、そういう顔をするとまだまだ少年らしく可愛らしい。


「笑い事じゃないってば。今だって、もしサラ姫の返事が無かったらって考えて、死ぬほど緊張したんだから」

「どーゆーこと?」

「……アイツと、一晩一緒に居たんじゃないかと思ってさ」

「――ふへっ?」


 クロルの言いたいことをようやく察したサラの顔は、お鍋に放り込まれたカニ足のように、みるみる赤くなる。

 それを確認したクロルは「この調子だと、もうしばらく猶予がありそうだね」と何やら含んだ感想を言うけれど、動揺マックスのサラには聞こえない。


「もうっ、クロル王子ってば、変なコト言わないでよっ!」


 昨夜サラは確かに、かなり遅くまでジュートの部屋に居た。

 でもそれは、単に話を聞いていただけだ。

 この世界に関する古い記憶から始まり、女神と魔女のこと、なぜジュートが森を出たのか、そして水不足のこと……。


「あの、彼とはそんなんじゃなくて、私はただっ」

「ゴメン。そのことはいいんだ。ちょっと先に僕の話聞いてくれる? 僕、たぶん今相当参ってるんだと思う。原因不明の不調なんて、初めてだよ……」

「……どうしたの? 何かあったの?」


 サラは、うつむいてしまったクロルを気遣い、腰の位置をベッドの縁ギリギリまで前に出した。

 背中を丸めて、下からクロルの顔を覗きこんでみる。

 これ見よがしに落ち込んでみせて、実はまた自分を引っかけようとしているのでは……そんな微かな期待は、見事に裏切られてしまった。

 クロルは力なく肩を落とし、あまり綺麗とは言えないベージュのカーペットを見つめている。

 カーペットがところどころ出っ張っているのは、岩肌の上に敷いてあるからで、そのぽこぽこでっぱりを靴底でぐりぐりと踏みつけながら。


「昨日、夕食の後にサラ姫とハナさんが喋ってた話なんだけどさぁ……」

「私たちが元居た場所のことだよね?」

「そう、地球って世界のこと。サラ姫は、そこは幻じゃなくて実際にある場所で、たくさんの枝分かれした世界の一部だって言ってた」

「うん、本当のところは分からないけれど、女神の感覚だとそうなんだろうなぁって感じる」


 クロルは、薄い唇を強く噛みしめると、意を決したように顔をあげた。

 明り取りの小窓から差し込む朝日が、スポットライトのようにその姿を照らす。

 サラは思わずほぅっと感嘆の溜息を漏らした。


 自分ではなく、クロルの方が神々の一族と呼ばれるに相応しい……整い過ぎた目鼻立ちに、少しだけ力強さが加わった少年神。

 神々しいオーラが見える程の引力を感じて、鳥肌が立つ。

 その小さく形良い唇から、吐息混じりに吐き出されたのは、サラにとっても予想外の告白。


「サラ姫、あのね。僕は夢に見たんだ。その……地球のことを」

「えっ?」

「目が覚めたときは、サラ姫たちが話していたことが衝撃的で、単に影響されただけかと思った。でも、それにしてはやけにリアルでさ……もしかしたら僕、もう頭がオカシくなってるのかもしれない」


 こんな風に気弱になったクロルを、サラは何度か見たことがある。

 それは、クロルの母親……未だ大陸を逃げ続けているという“魔女”を想うとき。

 クロルは内心密かに、自分が“魔女の血”を濃く受け継いでしまったのではないかと感じているのだ。

 姉代わりのサラにすがりつくことで保ってきた心のバランスが、今回の騒動のせいで少しだけ崩れてしまったのかもしれない。


 敏いクロルが自覚できない程、心の奥深くに隠された本心。

 それを悟った瞬間、サラの意識は女神モードに切り替わった。 

 サラはベッドから降りて、砂ぼこりの積もる絨毯に膝をついた。

 黒い騎士服のズボンが砂だらけになるのも構わず、腰を落として斜め下からクロルを見上げる。


「大丈夫。クロル王子はオカシくなんてないよ。ね、どういうことか詳しく話して? どんな夢を見たの?」


 慈愛に満ちたサラの声は歌うように軽やかに、それでいて強く促すように力強く、クロルの心に沁み込んでいった。

 弱気になるなんてらしくない……サラの澄んだ青い瞳がそう言っているようで、クロルはクスッと笑った。

 そして、冷静に考える。

 誰よりも大事に想うこの人が、誰かの物になるなんて考えられない。

 もう少しだけ、自分を傍に居させて欲しい……。

 素直にそう願う心を、もう一人の皮肉屋な自分が上手に捻じ曲げる。


「……うーん、どうしよっかな。やっぱこれ、言わない方がいいかもー」

「ちょっと、そこまで言って止める気っ? 気になるよっ」

「手繋いでくれたら、話してもいいかなっ」


 明るく言い放つと、クロルは椅子から立ち上がり、サラのベッドの上に遠慮なく移動。

 ポンポンと、隣を叩いて笑う。

 あっという間に立ち直って、しかも主導権を握ってしまうクロルに、サラは呆れと安心が半分ずつの溜息をついた。


 思い切り舌を出して突っぱねてやりたい気持ちは、クロルの夢の話を聞きたいという好奇心に負けた。

 サラは「ヤレヤレだぜ……」と呟きながら立ち上がると、せめてもの意志表示としてドスンと勢いよくクロルの隣に腰かけた。

 そして、クロルの膝の上に乗せられた手に、自分の手のひらを無雑作に重ねる。

 触れられた手のひらのぬくもりを感じ、クロルは喉を撫でられた猫のように目を細めた。


「サラ姫の手、温かいね。気持ちいい」

「もうっ、クロル王子ってば、ワガママな猫みたい」

「あ、さすがサラ姫っ。大正解!」


 先程まで沈んでいた太陽が、地平線に現れるような、明るく眩しい微笑み。

 きらびやかな王子服と違う、質素な砂漠の商人スタイルをしていても、クロルの持つ魂の輝きは消せない。

 ついついサラが見とれてしまう、極上の笑みを浮かべながらクロルは言った。


「僕さ、地球で猫になったんだよね」

「……意味分かんないんだけど?」

「っていうか、人間に近い猫。確か“ネコマタ”って呼ばれてたなぁ」


 ……ネコマタ。

 サラの脳ミソが、ふつふつと沸騰直前のヤカンのように熱くなっていく。

 小さな気泡があっという間にぶくぶくと大きな泡になって湧きあがり、『ピーッ!』と鳴った。


「――ええーっ! 猫又って! クロル王子、なんでそんな単語知ってるのっ?」

「そんなの、僕にだって分かんないよー」


 沸騰するサラを見て、面白い玩具を見つけた子どものように、瞳をキラキラさせるクロル。

 サラは半ばパニックになりつつも、心の中で「申し訳ありませんでしたっ!」と土下座した。

 どうやら自分も女神も、クロルを舐めていたらしい。

 大事なお姉さんであるサラ、もしくは頼れる父親である国王が離れていくことを不安に思って、怖い夢を見てしまった繊細な少年……。

 ワガママを受け入れて、話を聞いてあげて……ちょっぴり甘えさせてあげれば落ちつくのだとばかり思っていた。

 でも本当は、違ったのだ。


「サラ姫、それ以上口開くとアゴ外れるよ?」

「ちょっ……アゴも外れるわっ! 昨日私、そんなマニアックな話しなかったよ!」

「うん、だから確認したかったんだ。これってやっぱり……」


 サラとクロルは、至近距離で顔を見合わせた後、同時に全く違うことを言った。


「――クロル王子が、宇宙の神様だったのっ?」

「……サラ姫のこと考え過ぎて、頭狂っちゃったのかな?」


 ハッピー・アイスクリームは不成立。

 サラは高鳴る鼓動を感じながら、クロルの手を強く握りしめた。


「ね、その話ちゃんと詳しく教えてくれる?」

「んー、分かった」


 噛みつかんばかりに眼光鋭くクロルを睨みつけるサラに対し、クロルはすっかり毒気を抜かれたような、のほほんとした口調で語りだした。


「夢の中の僕は、ある男の家に飼われてる猫だったんだよ。僕は猫なのに、意識がふわふわ宙に浮いてた。その猫と飼い主のやりとりを、ちょっと上から見下ろしてる感じでさ」

「なんだか本当に神様みたいね……それで?」

「昨夜一晩で、僕は五日分の物語を見たんだ。どっちかというと飼い主の男が心配で、そっちの方の意識に入り込んでたかな。そいつはかなりマヌケな奴でね、つまんない理由で大好きな彼女と喧嘩したんだ――」


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。












 第五章のエピローグすっ飛ばして、番外編を先にお届けします。舞台は盗賊の砦宿泊の翌朝。エピローグが後回しになる理由は、チラッとサラちゃんに言わせてますが……はい、けっこう長くなりそうなのです。しかも最後のツジツマ合わせ。大筋は決まってるけど、いろいろ……苦しいのです。察してやってください。orz さてこの話は、夏前に書いた中編の前フリになります。この先は『四泊五日グルメな子猫ちゃん体験ツアー』という話になっていきますので、別人格のクロル君をどうぞお楽しみください。しかしクロル君、宇宙の神様(←誰だよ)の生まれ変わり説については……まあそのあたりはごまかしておきましょう。七人の使徒……ううん、なんでもない。大陸に隠された天空の……か、考えてないもんっ!(←最近ツンデレキャラをマスターしてきました)

※次回から、『四泊五日グルメな子猫ちゃん体験ツアー』(略してグルメ猫)の方へ移ります。お手数ですがリンク先をご覧くださいませ。http://ncode.syosetu.com/n7543i/

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