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第五章(終)旅の終わり、そして始まり

 サラの気持ちがしっかり浮上したことを確認したハナは、「サラちゃん愛してる!」と言いながら、サラの肋骨がきしむ程強くハグし、あっさり国王の元へ舞い戻った。

 その背中で弾む栗色の長い髪が、ふわふわと浮かれるハナの気持ちを表しているようで、サラはくすっと笑った。

 ハナの強烈な愛情を一身に浴びる国王は、情けない事に腰を抜かして立てないままだ。


 暗闇の中、シルエット状態のハナが、そんな国王を足蹴にする……フリをする。

 そこでようやく、国王が再起動した。

 国王は「このじゃじゃ馬め」という声と共に立ち上がり、逃げ出そうとするハナをしっかりと抱きすくめた。

 仲睦まじい姿が、サラの胸をじわりと熱くする。

 と、二人の顔が急接近したので、サラは慌てて目を逸らした。


 国王とハナが続けてきた孤独な旅は、十六年という長い年月を経て、ようやく終わりを迎えた。

 この先、二人は手を取り合いながら、希望の光に満ちた明るい未来へ歩んで行くのだろう。

 そしてサラの旅は、これから次のステージに進む。


「世界って、まだまだ広いんだもんね……」


 この半島の中だけでも、戦争の爪あとは深い。

 まだ解決できていない、砂漠化の問題もある。

 何より、森の向こうの大陸では、何やらとんでもないことが起こっているらしいという噂だ。

 ここで気を抜くわけにはいかない。

 ガッテンしてうなずいたとき、サラの背中に二匹の動物が飛びついてきた。


  * * *


「わっ! リグル王子、クロル王子っ!」

「サラ姫……ううっ……アイツ誰だよっ。俺という許嫁が居ながらっ」

「さすがの僕にも、この展開は付いていけなかったよー。もう熱出そう。看病してー」


 そーいえば居たんだ、というサラ姫モードな言葉が飛び出そうになるのを、毎度のごとく熊サラで抑えつけたサラは、両脇へ向けて苦笑を返した。

 クロルの態度は半分演技と分かるけれど、リグルの方は完全に素の状態だ。

 よほどショックを受けたのか、情けなく眉尻を下げて縋りついてくる。


「ごめんごめん。後でちゃんと説明してあげるから」


 今晩は、盗賊の砦の食堂で夜更かしすることになりそうだ。

 それにしても、いったいどこから説明したらいいんだろう?

 サラが異世界から来たことや、太陽の巫女が魔女であり、国王の求める“青いダイヤ”と知っていたクロルはともかく、お世辞にも事情通とは言えないリグルにとっては……。

 考え始めたサラの記憶が、キュルンと数秒巻き戻る。

 リグルが訴えているのは、そんなことじゃなくて……。


「うん? “アイツ”って誰のこと?」


 いくら女神モードといえ、さすがにサラも疲れたようだ。

 さっぱり思い浮かばないボケ頭のサラに、「ごまかそうとしている」と感じたリグルが噛みついてくる。

 太く逞しい手でサラの手を取り、ぶんぶんと振り子のように振り回して。


「アイツって、アイツだろ! アイツ、サラ姫の唇を……いや、そうじゃない。騎士は嘘をついたらイカンのだ。サラ姫がアイツの唇を奪っ……ううっ」

「えっ? あっ……!」


 リグルの言いたいことがようやく分かったサラは、思わず熊サラで顔を覆った。

 動かした腕にくっついて、クロルがサラの正面へ。

 可愛くて賢い氷の王子様は、サラの顔から熊をよいしょとずらすと、怜悧なナイフのような微笑みと共に決定的な言葉を言った。


「今日のサラ姫って、ちょっと変だったよ? 魂抜けてた父様は別として、サラ姫のお母さんも僕たちも、臣下も盗賊も、みーーーんな見てる前で、あの男とずーーーっとイチャイチャしてた」


 それは私のせいじゃありません。

 女神モード……略してMモードの弊害であります。

 政治家のような詭弁を繰り出そうとして、サラは『いいわけ、カッコワルイ』と思い止まる。

 認めなきゃいけない。

 こんなに大勢の人が居る中で、自分はジュートと……。


「うー、恥ずかしいっ! 皆さん、お目汚しすみませんでしたっ!」


 赤面して叫ぶ女神の声が、静かな夜の砂漠へと広がる。

 月明かりのように白い頬をしたまま、クロルは動揺しまくりのサラへと手を伸ばした。

 サラは、クロルの動作が映画のワンシーンのようで、思わず見とれた。

 熱く火照った自分の左頬に触れた、クロルの手の感触が、固い。

 ああ、剣の訓練を始めたんだなと思ったサラの右頬に、ふわりと、クロルの唇が触れた。


  * * *


 臣下と盗賊たちは、劇的なシーンに立ち会った連帯感か、テキパキと撤退の準備を進めている。

 せっかく砂漠越えの荷物移動が終わったというのに、荒野へと逆戻り……それでも彼らの表情は明るい。

 局地的に、ブリザードのような冷気が漂っていることに、せっせと働く彼らが気付く由も無く。

 国王とハナは……暗がりをいいことに、完全に二人の世界だ。


「クロル、王子……?」


 サラの頬へ口付けたクロルは、次の攻撃を仕掛けた。

 長い睫毛を伏せながら顔を傾け、今度はサラの手にした『熊サラ』の唇を奪った。

 への字に引き結ばれた熊サラの唇は、味気ないはずなのに……クロルはとても嬉しそうに笑った。

 そして、サラが見たことの無い“男”の顔と声で告げた。


「……しょうがないから、これで許してあげる。次に嘘ついたらこれだけじゃ済まないよ?」

「嘘って……そんなのいつ……」


 ますます顔が赤くなるのは、サラだけのせいじゃない。

 サラの中の乙女なサラ姫が、異常に反応しているせいだ。

 確かにクロルときたら、サラが出会ってからの時間だけでも、着々と麗しい王子様に成長している。

 もしかしたら、サラ姫が普通に『砂漠の姫』としてオアシスへ旅立っていたら……クロルに恋したかもしれない。


 サラが抱くデバガメおばちゃんなドキドキを察したのか、それとも怒りゲージがマックスに近づく兄に気付いたのか。

 クロルは少年の顔に戻って、可愛らしく小首を傾げた。

 放ったのは、いつもの決め台詞。


「サラ姫のウソツキ。僕の嫁になるって言ったのに」

「……言ってませんっ!」

「クロル、ふざけんなっ! どさくさで何しやがる! ていうか、サラ姫は俺の嫁だ!」

「それも違うしっ!」


 ワンワンニャンニャンと騒がしく始まった、恒例の兄弟げんか。

 サラの中に住むサラ姫は「バカね」と嘲笑っている。

 そんな憎まれ口にも、サラはもう慣れてしまった。

 一見キツイ言葉の裏に、全く別の感情があるってことを知っているから。

 胸のドキドキが収まらないのが、何よりの証拠だ。


「あーもう、二人ともいいかげんにしてよっ。早く行こ!」


 サラが二人の耳たぶをむにっと引っ張って、喧嘩両成敗を完了したとき。

 手際良く馬車の準備をしてくれていた盗賊たちが「姐さんコッチー」と、懐かしい呼び方で声をかける。

 その一言が、収まりかけた兄弟げんかの新たな火種となった。

 二人に「姐さんってナニ?」と突っかかられ……先ほどと同じ展開へ。

 サラは大きな溜息をつきながら、想像してみた。


 もしここにエール王子が居たら、あの白く長い指で額を覆いながら、サラと同じように長い溜息をついていることだろう。

 ルリ姫なら、「お茶が入ったわよっ」と、上手に二人の意識を逸らしてくれるはず。

 カリムだったら、やれやれと呟いて放置プレイ。

 アレクなら、「お前らオモシレー」と笑い転げる。

 リーズは苦笑しつつも、頭の中はリコのことでいっぱい。

 リコは、おろおろしながら自分やリーズの背中に隠れるのが精一杯。

 月巫女は、何も言わず冷笑を投げて立ち去ってしまう。

 しっかりお説教して止めてくれるのは、国王とデリス、あとはナチルくらいだ。

 このメンバーにハナが加わったら、とんでもなく賑やかになるだろう。


 他にも、王城や王宮で働く人たち、城下町や自治区の住人たち、大事な家族の盗賊たち、知り合ったけれどまだ仲良くなっていない人や、これから出会うはずのたくさんの人たち……。

 幸せが伝染して、広がって、世界中が色鮮やかな“笑顔の花”で満たされるのだ。

 そんな夢のような予感が、サラの瞳を輝かせる。


 サラがそんな素敵なことを考えているというのに……いつしか王子二人はサラそっちのけで、取っ組み合いのケンカを初めていた。

 体格ではリグルが優勢だけれど、クロルの急所を突く戦術もなかなかのものだ。

 ひとしきり笑ったサラのお腹が、ぐうっと鳴った。


「あー、お腹減ったっ! 私、先に行っちゃうからね!」


 サラの言葉に、王子たちは我に返る。

 とっさに伸ばされた二人の腕より一瞬早く、サラは背中の翼を広げた。

 薄汚れた騎士服の腰に細身の剣を刺し、小脇に熊のぬいぐるみを抱えた、なんとも奇妙な姿の女神は……低空飛行で一周旋回すると、二人に「ベーッ」と舌を出して夜空を飛び去った。


  * * *


 月と星の明りに負けないくらい、白く輝く翼が夜空を横切る。

 その白いラインを辿り、遙か遠くに消えて行くのを地上から見送る二人の王子は、胸を焦がす想いの行く先を悟った。

 父のように、何年、何十年と彼女を追いかけ続けても、決して捕まえられることは無いのだと。


「やっぱり、無理だろーなぁ……」

「まあ、無理に決まってるよね……」


 それでも二人は、限界まで追いかけたいと思った。

 決まりきった運命にとことん悪あがきして、彼女を困らせるのも悪くない。

 王子たちは、タイミング良く顔を見合わせると、冷たく澄んだ砂漠の空気を大きく吸い込んで、女神の飛び去った方向へと駆け出した。


「そうだ、サラ姫より先に砦に着いたら、サラ姫は僕の嫁ー!」

「何だそりゃ! だったら俺が先に着く!」

「じゃあ、リグル兄さん競争だよっ」

「おおっ、負けないぜっ! 俺は馬より早い!」

「あっ、リグル兄ズルイよっ、ちゃんと馬で勝負だってばー」


 我先にと別々の馬車へ乗り込み「早く早く」とせかす、愛らしい王子たち。

 オアシスの民が敬愛してやまない国王と、近いうちに王妃となるであろう美しくも豪快な女性が、二人のやりとりに笑い声をあげる。

 そして、こっそり彼らの様子を見守っていた臣下たちは、目配せしながら気持ちを共有し合った。


 長かった戦いは、終わった。

 この世界に、ようやく平和が訪れたのだと――。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。












 というわけで、感動……が全然無い、アホエンディングでしたっ。長かった! 皆さま、お疲れ様&ずるずる長くなってスンマセンでしたー! でもまだエピローグがあります。それはしばしお待ちを。ラストのラストは……ずっと王子二人を黙らせてた反動が。ベタなコントみたいだけど、振られて万歳(←昭和)って感じがいいなーと。しかし、クロル君は本当に残念賞って感じで。サラ姫ちゃんの好みは、ジュート君よりクロル君だったようです。でも、黒×黒だと似た者同士なので、最後は親友ってポジションに落ちつきそうですけどね。リグル君は、最後までワンコでした。エール王子とか出て来なかった皆、ごめんよ。一行ずつのコメントで勘弁。そして彼らにもそれぞれハッピーなエンドを考えているので、ぽちぽちと気長&気まぐれに番外編書いてきます。

 さて、次回はエピローグ。盗賊の砦でジュート君と逢瀬を楽しみつつ、残してた謎の解説を少し。イチャイチャは恥ずかしいので薄めに……?


※ちまちま書き溜めてた短編を、ちょっとずつアップしてきます。まずは、アルファポリスさんの青春大賞に応募した作品を。現代学園モノで、自分らしさがガツンと出たアホ&ラブな作品なので、ぜひお暇な時に見てやってください。『うちのお兄ちゃんを紹介します』http://ncode.syosetu.com/n4839i/

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