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第五章(40)運命の輪

 着実に沈みゆく太陽に目を細め、なんとか冷静さを取り戻したサラ。

 涼しげな笑みを浮かべているジュートと、相変わらずうつむき加減で苦しげな呼吸を続ける太陽の巫女を交互に見詰めながら、腕組みをする。

 ようやく黙りこくった自分の中のサラ姫の代わりに、少しだけ顔を覗かせた女神を引っ張り出す。


 まずは、ジュートのことだ。

 突然現れたジュートは……やはり闇の魔術を使ったに違いない。

 赤い瞳を持つとはいえ、元々は人間の巫女やサラ姫、その他本を呼んでマスターした魔術師など……彼らができることを、ジュートができないわけがない。

 そう考えれば、神出鬼没なことも理解できる。


 あとはやはり、赤い瞳の情報を一番多く握っているのも、ジュートに違いない。

 記憶があやふやなサラの中の女神と違って、悠久の時を生きるジュートはずっと、邪神の封じられた神殿の番人をしていたのだから。

 今だって、誰よりもクリアにこの先のことが見えているはず……。


「ねえジュート、さっき太陽の巫女さんが“砦の地下”に用があるって言ったよね?」

「ああ、そうだろ? 巫女殿」


 言葉に詰まり、うろたえるように頭を揺らす太陽の巫女。

 やはりジュートは、この状況をおおむね理解しているのだ。

 そして、サラにもピンと来た。

 砂漠と荒野に囲まれたあの砦に、なぜあれだけ水が豊富なのかという疑問に対する答えが。


「やっぱり、砦の地下と、精霊の森の神殿は繋がってるのね? 森の水脈は、あの岩山の地下まで流れて来てるんでしょ」


 この世界に来たばかりの人間サラでも、簡単に察したこと。

 ただそのときは、単に森の水脈が地下深くを通り、たまたまあの場所で浮かび上がって来ているとしか思わなかった。

 それが、神殿への隠し通路だなんて、全く想像つかなかったけれど。


  * * *


 真剣なサラの質問に、ジュートは緑の瞳を宝石のように輝かせながら答える。


「水脈が流れてる……か。まあそういわれれば、そうとも言えるかな?」

「なにそれ、なんか曖昧っ」


 サラが膨れると、ジュートは屈託なく笑いながら頭を撫でてくる。

 分厚くて少しごわごわしている、その手の重さが心地良い。

 一時浸りかけたサラは……こうやって何かをごまかされているのだ、と気付いた。

 女神でも人間サラでも、ましてやサラ姫でもなく、戦場に立つ黒騎士の勘で。


 取ってつけたように上目づかいで睨みつけても、ジュートの視線はもうサラから太陽の巫女へと移っている。

 サラを見るときとは違う、研ぎ澄まされた刃物のような冷酷な瞳で。


「あんたがやろうとしてることは、だいたい分かってる。だけど無理があるな」

「どういう、ことでしょう?」

「着眼点はいい。一度森を出た巫女殿を、森の精霊たちは受け入れないだろう。しかし、地下通路を利用すれば、精霊とは関係なく森の中に入れる。神殿の中央にある女神の泉へと抜けられるはずだ。ただし、行けるのはそこまで。神殿の地下に入るための儀式は覚えているだろう?」

「……っ」


 苦々しげに顔全体を歪め、黙りこくる太陽の巫女。

 サラは、今の会話を翻訳してみる。

 神殿の地下から繋がる長い地下水脈を泳いで、太陽の巫女は『森を通らずに』封印の場所へ向かおうと考えたのだろう。

 しかし、神殿に入るには何かしらのルールがあるのだ。

 そのルールまではさすがに分からないサラは、素直に尋ねた。


「ジュート、どういうこと?」

「神殿の地下は、既に時空の概念が無い冥界だ。つまり、生身の身体を持つ人間は入れない。巫女が神殿の地下へ降りるときは、肉体をしかるべき場所へ残して魂だけで向かうんだ」


 サラが思い描いたのは、ドラえもんの『四次元ポケット』だった。

 森の神殿地下には、一生かけても読み切れない程大量の書物があると聞いて、サラは「どんだけ広いんだよ、神殿」と思ったけれど、そこはもう冥界だったとは……。

 しかも時間が止まっているなら、本が劣化することもないし便利かもしれない。


「じゃあ巫女さん達って、身体は地上で寝かせてる間に図書館へ降りるのね」

「ああ。腹が減ったとか、身体の方に何かあったら戻されるけどな」

「もし生身の身体のまま向かおうとしたら……?」


 その質問は初めて問われたのか、形良いあごに手を当て一瞬足元を見つめるジュート。

 サラは、伏せられた瞼の先の長い睫毛に見入りながらも、自分の中の女神に同じことを問いかけた。

 過去、幾度か邪神を封じた時の記憶を探るように……。


 四肢の力を抜いたマネキンのような女の人を抱き上げ、神殿の地下へ繋がる階段……固く封じられたその扉の前で、私は精霊王に微笑みかける。

 笑っているのに、何故か灰色の石畳にはカツンと硬質な音を立てて、あの宝石が転がり落ちる。

 無表情の下に悲しみを押し殺し、女神から女性を引き受けようとする精霊王。

 腕の中にいる女性を慈愛に満ちた瞳で見つめると、女神は最後に、氷のように冷たくなったその頬に口付を落とす。

 緑の瞳に促された女神は、大事なものを託すように優しく、その女性の亡骸を手渡す……。


「ダメだ。やっぱり生きた人は神殿に入れないよ」

「……サラ? 何か思い出したのか?」

「ねえ、もしかしてジュートの記憶もあいまいなの?」


 自分を見上げるサラの目に心細さを見出したのか、ジュートは心配するなというようにサラの頭を撫でた。

 そのとき、サラにはようやく理解できた。

 女神も、邪神も、精霊王も、その魂は変わらないけれど……決して自分たちは、完璧な神さまじゃない。

 時には長い眠りにつき、時には人の器を借りて地上へ降り、人と同じように苦しみながら、この世界の秩序を保つべく輪廻転生を繰り返しているのだと。


  * * *


 神殿の地下には、生きた人間が入ることができない。

 つまり、太陽の巫女がそこへ向かうなら、死んだ状態でなければならない。

 けれど、今の太陽の巫女は、肉体が死してもなお赤い瞳を閉じ込めておくような……邪神のために用意された器ではない。


「ねえ、ジュート。何か良い方法無いかなぁ。太陽の巫女さんが死んじゃったら、赤い瞳はまた離れちゃう……そしたら今度こそ月巫女にとりついちゃうよ」

「そうなったら、お前が月巫女とやらに止めをさせばいいだけのことだろ? 前回だって」

「そんなのやだよっ!」


 この世界であちこち器を変えてきた邪神が、最後の目的地に据えるのは、自分がこの地上に復活するためのパーフェクトな器だ。

 宇宙の神さまが、自分のためだけに用意してくれた器。

 しかし、運命が交錯した結果、二つ生まれてしまった器候補のうち一つは消えた。

 サラの手で、消してしまった。


 残る器はもう一つ。

 月巫女に取り付かない限り、この赤い瞳の旅は終わらない。

 取りついた人間を殺しながら、この世界を彷徨い続ける悪霊となるのだ。


「どうしよう……本当に月巫女と戦うしかないの……?」


 困ったときの神頼み。

 煮詰まったサラは、自分の中の良きアドバイザーに話しかけた。

 まずは「めがみさーん、時間ですよー!」と、古いドラマの名台詞さながらに呼びかけてみるも、背中の翼がパタパタ動くだけで、ヒントは寄こしてくれない。


 ジュートですら思い出せない、貴重なお宝映像をあっさり見せてくれたと思ったら、すぐにそっぽを向いてしまう。

 女神サマは猫以上に気まぐれ……と諦めたサラは、もう一人の案外鋭いガキンチョに問いかけてみた。


『ちょっとサラ姫、あんたもう一回赤い瞳制御できないの?』

『えー、知らなーい』

『そんなこというと、もう話かけてあげないよっ!』

『別にいいわよーだ』


 生意気な小娘めっ!

 苛立ったサラは、伝家の宝刀を抜いた。


『そんなこというと、もうジュートとキスさせてあげないよっ!』

『……たぶん、アイツが私に従ってたのって、私の体目当てだったんじゃないのかなぁ。もうこの体になっちゃったら、言うこと聞かないと思うわよ?』


 意味を取り違えれば、かなり過激な回答。

 サラは「このエロ邪神め!」と、心の中で赤い瞳を口汚く罵った。

 煩悩やエロの欲求も、もしかしたら邪神が司るものなのかもしれないと思いながら。


  * * *


 サラ姫の魂を融合する際、サラには二つの選択肢があった。

 もしサラの意識の方が、女神の身体を捨ててサラ姫の器に残る形を選んでいたら、たぶん赤い瞳はサラの力で制御できただろう。

 太陽の巫女も、月巫女も、この過酷な運命から解放してあげられた。


 そしてサラは、女神ではなく邪神側の器として、この世界に君臨する……。

 煩悩たっぷりな赤い瞳を上手に飼い殺し、サンちゃんや亡くなった人間……ゾンビたちを従えて、森の奥深くの地底でまったり暮らす冥界の番人。

 その仕事を放棄すると世界が終るから、赤い瞳が反乱を諦めてくれるまで、半永久就職だ。

 地下には毎日ジュートがご飯を持ってきてくれて、ワンワンハフハフとまとわりつく。

 真っ暗闇の中、緑の瞳はキラキラ輝いて、それが唯一の光源……。


「そんなのヤダ……やっぱ無理!」

「どーした、サラ?」

「あっ、ううん何でもない……」


 サラは大げさに顔の前で手を振り、ジュートの訝しげな視線から逃げるように、視線を太陽の巫女へと移す。

 ずっと杖にもたれかかかり、その影が長くなるのを見つめていた魔術師が、身体を震わせ血を吐くように呟いた。


「わたくしはもう、いつ命が尽きても構わないのです。どうか……偉大なる女神さまと精霊王さま、この身にある禍つ神を封じてくださいますよう……そして、願わくば妹の命をお守りくださいますよう……」


 鬼気迫るその声色に、サラとジュートは思わず顔を見合わせた。

 偉大なる二人……のはずが、たんなるバカップルみたいだ、とサラは内心申し訳なく思いながら問いかける。


「精霊王さま、本当に何かいい方法無いの?」

「つったって、俺が知る限りではお前が戦うしか……」

「戦うって、結局月巫女を殺すしかないってことでしょ?」


 サラは、『太陽と月』の童話を思い浮かべた。

 月と戦いたくなかった太陽の気持ちが、良く分かる。

 元々、自分たちは一つだったんだから。

 それとも、この戦いも自分に課せられた使命の一つなのだろうか?

 太陽の巫女の最期を看取り、月巫女の命を奪い、あの映像のように涙の宝石を零しながら、人形のようになった月巫女をこの手で神殿へ運ぶことが……。


「っていうか、そもそも私に人殺しなんてできないよ。そんなこと、小憎たらしいサラ姫が相手だとしても無理だっちゅーのに……」


 なによっ、と騒ぎ始めるサラ姫の意識を押し込んだサラの心に、何かが引っかかった。

 あのとき、サラ姫を殺したのは……。

 サラ姫は、もしかしたら……。


「――ああっ! そっか!」

「サラ?」

「女神さま?」


 サラは、興奮して鼻息を荒くしながら、太陽の巫女の前で中腰になった。

 杖を掴むそのしわくちゃな手を、豆だらけの騎士の手で強く握りしめる。

 おかげで体力が少し回復した魔術師は、杖にもたれかかる体重を僅かに足の方へと戻した。


「どうされました、女神さま?」

「うん……ようやく分かった。あなたの望みを叶える方法が」

「なんだよ、サラ?」

「あのね、ジュート。私の……」


 話しかけようとしたサラの女神耳が、荒野を疾走する聞き慣れた車輪の音を捉えた。

 転がる、運命の輪の音を。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











 そろそろ本当の本当に佳境です。地図で言ったらあとワンブロック分! さて、十月中旬っていつまでを指すのかしら……20日に行かなかったらいい? え、下旬だって? こりゃまた失礼……。展開もコミカルに、だんだんハッピーエンドの足音も聞こえてきたのですが、もう何日か……ひーっ。今回も、モロモロと新事実というか想像ついてた事実が。盗賊の岩山と森の神殿が通じてるというのは、水脈がらみの伏線でした。地下大図書館というのも、本当は書籍の形をしているわけではなく、亡くなった人や大地の記憶が詰め込まれた場所というイメージですね。サラちゃんの小ネタ「時間ですよー」は……若い方どうぞ親御さんに聞いてみてください。サラ姫ちゃんは既にちゅーのトリコです。分かりやすいツンデレキャラ、書いててほのぼの。そしてサラちゃん、何か閃きました。

 次回は、転がってきた運命の輪に乗っかる人たち登場……乗っかれなかったキャラの皆さんにはゴメンナサイ。

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