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第五章(39)砂漠の邂逅(後編)

「それにしても、あなた……なんていうか“覇気”が無いっていうか……」


 サラの言葉は、ついつい辛辣になりかける。

 一言でいうと、今目の前に居る『魔女』は、まったく怖くない。

 赤い瞳を二つも抱え込んでいるはずなのに、国王の間でサラが感じた、底冷えするような恐ろしさの欠片も感じられない。


 こうして完全に“女神”となったサラにとっては、鼻であしらえる小物でしかないのか?

 それとも、赤い瞳の器として、やはり“太陽の巫女”は相応しく無いからなのか?

 心の中で問いかけるものの、答えは返ってこない。


  * * *


 もし二つ揃った赤い瞳が、しかるべき器……サラ姫か月巫女に入ったなら、サラだってこんな風に冷静ではいられなかっただろう。

 神話をなぞるように、人々やこの広大な大地を巻き込むほどの、大規模な戦争が起こる可能性だってあった。


 歩くどころか、もう立っているのもギリギリというこの人物は、サラが王宮の玄関広間で一蹴したネルギ国王と同じだ。

 命の火を消そうとしている、壊れかけの器。

 いくら赤い瞳でも、そんな器に収まったところで、その力は発揮できるはずがない。

 ましてや元々相性の悪い、太陽に愛される人物なのだから。


「もう、強がってあなたが死んじゃったら……」

「お気に、なさらず……ぐぅっ……!」

「ちょっと、大丈夫っ?」


 手を出そうとしたサラを押しとどめるように、太陽の巫女は杖を持ちあげ、先端をサラへと向ける。

 口の中から砂の上へと、鮮血を吐き出して。

 歪められた色の無い唇の端から、赤い血がつうと一筋垂れるのを気に留めもしない。

 弱り切った体を引きずりながら、一歩ずつ前へ進んでいく。


 サラは、悟った。

 苦痛に満ちたその表情は、単に肉体の痛みだけではない……そんな気がした。

 太陽の巫女は、今こうしてリアルを砂漠を這いずりながらも、魂はバーチャルな闇の中を彷徨っているのかもしれない。

 もしかしたら、あの日……トリウム王城で王弟たちに襲われた日をリプレイさせられているのかも。

 人間サラの心が、太陽の巫女の心にシンクロしていく。


「ねえ、そんなんじゃ日が暮れちゃうよ。あなたは何をしようとしてるの? 手伝ってあげてもいいよ」


 先程「自分で責任を取れ」と冷たく言い放ったこともすっかり忘れて、サラは太陽の巫女への説得を試みた。

 しかし、太陽の巫女は何も言わず、ただ黙って足を動かし続ける。

 杖と二本の足とで、三本の線を引くように、砂の上をゆっくりと移動して行く。

 丸く曲がった背中の老婆に寄り添いながら、サラは太陽の位置を気にした。


「このまま日が暮れたら、たぶんあなたの魂は死んじゃうでしょ。そしたら、赤い瞳は月巫女のところに飛んでいく。そうなる前に、あなたは何かやりたいんでしょう?」

「……」


 サラは過去、友人に『サラちゃんってば、頑固なんだからー』と言われた記憶を思い出した。

 でも、上には上が居るのだ。

 死にかけても、差し伸べる善意の手を振りはらう程の頑固者が。

 どうすればいいかは、考えるまでもなかった。

 サラは、心の中でイラつきのピークを迎えている、あの人物にバトンタッチした。


「バカな人ね! そうよ、あなたって昔からそういうところですっごい頑ななの!」

「……サラ姫、さま?」


 太陽の巫女は、ぴたりと歩みを止める。

 サラが少しだけサラ姫に意識を譲るだけで、ものの見事に太陽の巫女が釣れる。

 こんなワガママ娘のどこがいいのやら……と内心呆れつつも、サラは半サラ姫モードで問いかけた。


「でもね、このままじゃ無理って分かるわよね? あなたが死んだら、私がまた大変になるの。あなたの妹を本気で殺さなきゃいけない。私にもう、人殺しさせたくないんでしょ? だから早く教えてちょうだい。もう時間が無いんだから」

「サラ姫さま……」

「別に、あなたのことを心配して、手伝うって言ってるわけじゃないんだからねっ!」


 サラがいわゆる“ツンデレ”を演じてみると、太陽の巫女の心は相当ぐらついたようだ。

 目は開かないものの、すがる様な表情で口を開きかけ……頭を横に振ってうつむく。

 恥じらう乙女のような態度に、サラはもやっとした。

 思わず、はしたない舌打ちが飛び出そうになる。


 いっそ相手の人権など無視して、小脇に抱えて拉致するべきか……。

 サラが、不気味な笑みと共に、両手を太陽の巫女の細すぎる腰に伸ばしかけたそのとき。


「砦の地下に、用があるんだろ?」


 サラの耳に、なんとも心地良いハスキーな声が届いた。

 暗闇に囚われたサラに、勇気を与えてくれたその声の主は――。


「じゃっ、じょっ……!」

「おいおい、俺の名前忘れたか?」


『――ジュート!』


 心の声で叫んだサラは、突然現れた恋人の胸に飛び込んだ。

 サラの心の奥では、サラ姫が「ふーん。この男がアンタの相手、ね……まあ、別に好みじゃないってわけじゃないけどっ」とツンデレな感想を寄こした。


  * * *


 ああ、本物のジュートだ……とサラはうっとりしてその胸に顔を埋めた。

 思い返せば、この人はいつも突然現れるのだ。

 サラがピンチだろうが、チャンスだろうが、お構いなし。

 気まぐれな猫のように、気付いたら傍にいて……また気付いたときにはどこかへ消えている。

 それとも、自分の方がジュートにとっては猫のようなものなのだろうか?


「ねぇ、あなたってどこまで知ってるの……?」

「お前こそ、どこまで知ってるんだよ?」


 サラの投げかけた言葉は、まるでピンポン玉のように軽く返されてしまう。

 これは『答える気が無い』と言っているようなものだ。

 サラは、その引き締まった体を万力で締めつけるがごとく抱きしめる。

 押し付けた自分の頬に、ジュートが着ている服のボタンの跡が残ろうが、関係無い。


 思いもよらぬ女神パワーの無駄遣いに、ジュートは「痛ぇ」と思わず苦笑した。

 そのまま、くつくつと楽しそうに笑いだす。

 声を漏らさず、喉の奥で声を潰すような笑い声が、耳から頭、そして胸を通じて全身へと沁み渡っていく。

 ほんのり汗の匂いと混じり、今日は柑橘系の爽やかな香水の香りも、サラの感覚を刺激する。

 照れ隠しのように、サラはくぐもった声で叫んだ。


「こっちは大変だったんだから。また死んだしっ!」

「生き返ったんだから、いいだろ?」

「そういう問題じゃない……っていうか、時間が無いんだった!」


 ガバッと顔を上げると、視界には西日に照らされたジュートのシャープな顔と、目力が無駄に溢れる緑の瞳。

 焦っているのに、身体は固まる。

 その瞳があると、サラはどうしても魅入られてしまう。

 もっと近くで見たい、と願ってしまう。

 サラの中の女神が、そうさせる……。


「髪がちょっと濡れてるね。お風呂上がり? ……じゃないか。着替えてないんだもんね?」


 そっとつま先立ちし、指先を伸ばしてジュートの前髪に触れる。 

 濡れ髪はウェーブがより強めにかかり、日に焼けた頬にまとわりついてなんともセクシーだ。

 ジュートは、サラの背中の羽がぱたぱたと犬の尻尾のように動いているのを見ながら「相変わらずお前は可愛いな」と笑って、サラの唇に小鳥がついばむような軽いキスを落とす。

 と、その瞬間。


「――キャアァァっ!」

「どーした、サラ?」

「いっ、今っ、私に何したのよっ!」


 翼を動かすことも忘れ、真っ赤になって砂地をずりずりと後退るサラ。

 ……ではなく、これはサラ姫モードだった。

 キスのショックで、サラ姫が飛び出て来たのだ。

 すかさず主導権を取り返したサラは、ドキドキバクバクうるさい心臓をなだめながら、ジュートに謝る。


「ううっ……ごめん。私また人格増えちゃって……初心な乙女がこの中に一人」


 もじもじと言い訳するサラは、ジュートの笑いのツボを刺激してしまった。

 今度はしっかりと笑い声を上げながら、ジュートはその大きな手のひらをサラに伸ばし、おいでおいでのしぐさをする。

 もう片方の手は、目尻の笑い涙をぬぐう。

 そんなしぐさ一つが、まるで絵画のようにサマになるから不思議だ。


「なぁに? ジュート」


 吸い寄せられるように近づいていくサラに、ジュートは現実を突き付けた。

 つんつんと、真横を指差したジュートの視線を追うと……そこには、呆けて立ちつくす太陽の巫女。


「時間が無いんだろ?」

「はわっ! そうよ、そうだよねっ……」


 心の中で、サラ姫が「バァカ」と呟いたので、サラは「次はもっとスゴイちゅーをしてやる」と、サラ姫に脅しをかけた。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











とにかく、細切れですがサクサク進めていくことにしました! 全体を見るとすぐ手直ししたくなってしまうので……。すみませんっ。

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