第一章(終)少年は緑の瞳を求める
盗賊の砦で過ごす、最初で最後の夜。
サラは興奮で眠れずにベッドをゴロゴロ回転し続け、リコは緊張と疲れでガッツリと、そしてカリムは軽く悪夢にうなされながら、一夜を過ごした。
* * *
翌朝、サラはリコとカリムに、頭領の協力を得られたこと、今日すぐにでもこの砦を出発することを告げた。
「けっこう、居心地良かったよな」と、珍しくカリムが感傷的な台詞を呟いた。
3人は、この岩山アジトで一番広いだろう大食堂で朝食を食べたあと、そのまま頭領の演説に付き合わされた。
テーブルと椅子をどかせば、ぎゅうぎゅう詰めでも、ほとんどの盗賊一家が集合できるスペース。
そこに、屈強な男をはじめとして、おばちゃんたち、若い女の子、子どもたちと、みんな頭領の言葉を聞くために、仕事の手を休めて集ってくる。
この朝の演説は、定期的に行われているらしく、前方で聞きたい一家は朝早くから食堂前に並ぶのだとか。
まるで、ライブハウスのようなシステムだ。
食堂裏の通路から、ゆっくりと、堂々と、頭領が歩いてきた。
頭領の後をしずしずと着いて来るサラたち3人は、盗賊たちの目には入っていないようだ。
きゃー、という女性の声を掻き消すように、地響きのような太く低い、怒声のような歓声が上がる。
『うぉぉー!』
『ドーウリョー!』
食堂前方に臨時でこしらえた演説台の上に、ジュートが軽く飛び乗り、いつもの挑戦的な視線を家族たちに投げかける。
「やろーども、調子はどうだ?」
『さいこー!』
サラは、見事なコールアンドレスポンスに感動した。
リコとカリムは、頭領のオーラを感じて、まだちょっとビクついているみたいだ。
「んじゃ今日は、みんなに1つ言っときたいことがある」
ざわざわと、騒ぎ出す盗賊たち。
サラ、リコ、カリムは、頭領の上がった演説台の脇に揃って、そわそわと成り行きを見守っている。
ジュートは「俺に任せろ」と言ってくれたから、へんなことにはならないと思うけど。
「お前ら、ここに上がってこいよ」
このお立ち台にですか!
* * *
ここに今集まってる盗賊のみなさん、全員で結局何人なんだろ。
200?いや300くらい?
熱狂的を通り越して、信者みたいになっちゃってる奴らの前に立って、サラもさすがにちょっと膝がふるえる。
昨日より少し顔色が良くなったリコの手が寄ってきて、昨日のお返しとばかりに、サラの手をギュッと握りしめた。
「いいか!こいつら3人は、今日からお前たちの家族になる!」
盗賊たちは、よりいっそう大きくどよめいた。
「ただし、こいつらは、1個やることがあるんだ。大事な仕事だ。良く聴けよ」
シーンと静まり返る食堂。
「なあ、ネルギとトリウムの戦争は、いつまで続くんだろうな?」
少しざわっとなるが、頭領が睨みをきかせているため、盗賊たちはすぐに大人しくなり、次の言葉を待つ。
「トリウムに行ったじいさんたちは、このなんもねぇ岩山が、天国だったって泣いてたぜ」
豊かな国といわれるトリウムにも、戦争の影響はあるのだろうか。
無い訳がないだろう。
そして、元盗賊の老人たちは、移民扱いになる。
いったいどんな暮らしをしているのだろうか?
近い将来に自分もと言っていたおばちゃんや、ベテランの盗賊オヤジたちも、不安そうに頭領を見守る。
「だけどな、こいつら3人は、今からトリウムに行く!」
再び注目が、サラたちに集まる。
サラは、背中に隠したあるものに、そっと手を触れた。大丈夫。できる。
「トリウムに、何をしにいくんだ?サラ、言ってみろよ」
サラに勇気をくれる、緑の瞳。
うん、とうなずいて、サラは盗賊たちの方を向いた。
おなかに気合いをいれて、声の限りに叫んだ。
「私は!トリウムに行って、戦争を終わらせる!」
そして……
「みんなが苦しんだり、死ななくてすむ、幸せな世界を作るっ!!」
その瞬間。
静まり返った食堂から、この日一番の大歓声が上がった。
リコとカリムも、歓声に促されるように「頑張る!」「やってやる!」と叫んだ。
* * *
歓声が静まるのを見計らって、サラはジュートに、背中に隠したあるものを差し出した。
一瞬、ジュートはぎょっとしたが、しっかりとそれを受け取った。
大きな、裁断バサミだ。
朝一番で、下っ端男にお願いして、借りて来た。
「頭領、私はこれから夢をかなえるまで、必要ないものは全て断ち切ります。だから」
サラは、一つにゆわえた髪の皮ひもをするりと解いた。
長く艶やかに光って、サラを天使に見せる、豊かな黒髪。
ジュートは、これからサラが言い出すことを察して、いいのか?とささやく。
サラは天使の微笑みと言われた、真昼の太陽のようにとびっきりの明るい笑顔で頷いた。
「私は、髪を切ります!男として、この先の旅を続けます!」
サラの声は、シンとした食堂に響いた。
この世界でも、女にとって髪は命の次に大事なもの。
特に魔術師にとっては、髪には精霊が宿るといって、めったなことでは切らないのだ。
リコは、自分の短い髪をそっとなでた。
サラ姫のわがままで、あんたは短い髪が似合うからと切られ続けた髪。
魔術の力が強いリコを妬んでのいやがらせだったことは、リコも気付いていた。
異界のサラ姫は、そうじゃない。
髪を切る理由は、そんなちっぽけなことじゃないんだ。
「カッコイイ……」
リコではない、誰か盗賊の女性がつぶやいた。
それをきっかけに、盗賊たちの歓声が地響きを起こすほどに湧き上がった。
「おいおい、てめーら俺んときよりうるせーじゃねーか」
さすがのジュートも、この盛り上がりには苦笑している。
そして、サラに向き合うと、ゆっくりとハサミを構えた。
サラがここまでねと耳の下をさすと、ジュートはサラの髪をひと束にまとめて左手に握り、その根本からざっくりと切り落とした。
長い髪はジュートの手に、ハラハラと中途半端な短い髪が床に舞った。
その様子を、リコは涙を浮かべて見つめている。
「ありがとう、あとでリコに整えてもらう。みなさんも!見届けてくれてありがと!」
頭領と、盗賊たちにむかって、2回ぺこりとお辞儀をしたサラは、決められたストーリーを見守るだけの天使から、夢を掴む羽を持った少年へと生まれ変わっていた。
* * *
ジュートは、歓声が収まらない盗賊たちに向かって、ゴホンと1つ咳払いをする。
「あー、最後にひとついっとくけどなー」
場は静まり返り、注目を一身に集める若き頭領。
その瞳を、甘く揺らめかせながら、隣に立つ少女に微笑んだ。
そして。
左手に掴んだままの、サラの黒髪に一度、最初のキスを。
えっ、とブルーの瞳を見開いたサラを、空いている右手で抱き寄せて、短くなった髪にもう一度。
ラスト、頭が真っ白になって硬直する、サラの唇に。
「こいつは俺のもんだ。てめーら、惚れるんじゃねーぞ!」
最後の爆弾が、岩山に落とされた。
リコは、顔を真っ赤にしてキャーキャー叫んでいる。
カリムも、口元を大きな手のひらで覆って、動揺を隠しているが、耳の先が真っ赤だ。
そしてサラは。
この世界に来て、初めて。
ボロボロと、大粒の涙をこぼしていた。
* * *
これからどんなことがあっても、私はこの緑の瞳を追い求める。
だから、待っていて。
いつかきっと、また髪を伸ばして、あなたの隣に女の子として立つ日まで。
(第一部 完)
↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。
第一章ラスト、極甘ジェットコースターファスタファスターでコースアウト着地したら盗賊もノリノリでえ?結婚式?みたいな感じになりました。自分のラブを、たくさんの人に祝福されるのは乙女の理想ですわね。
なぜタイトルが「少年」なのかというと、語呂的に……有名少女マンガYさんのオマージュ風に。
ひとまずここでシメますが、この先の話はまだ続きます。初小説アプなので、感想歓迎です。
次はエピローグといいつつ、馬場先生の番外編?自分的にはギャグに注目いただきたい回。
(この直後の話がすぐ読みたい方は、先に閑話2へどーぞ)