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第五章(23)魔術師への興味

 ハンカチには、オアシスの妖精ことルリ姫にもらった、バラの香水が沁み込んでいた。

 ほのかでいやみの無い花の香りに包まれたせいか、サラ姫はいつもの調子が戻ってきたようだ。


「ねえ、あなたの言うとおりにあの人寝かせたんだから、教えて。お兄さまは、どうして怒っていらっしゃったのっ?」


 鼻をすすりながらうなずくサラ姫の脇にしゃがみこみ、額がくっつくほど至近距離で見つめ合いながら、サラは一言ずつ区切るように伝える。


「あのねえ……サラ姫にも、大事な人がいるんでしょ? カナタ王子とか、この魔術師さんとか」


 解けかけた皮ひもから零れた横髪が、座ったサラ姫のドレスの上にかかる。

 それを豪快に払いのけながら、サラは強い口調で告げた。


「カナタ王子にも、そういう人がいるの。サラ姫と国王様以外にもたくさんね。それが理解できないなら、カナタ王子の気持ちは一生分からないと思うよ?」

「でも私は、お兄さまだけ居ればいいのにっ」

「だからー、それじゃ暮らしていけないでしょ? あなたたちの食べるものや、飲む水が足りないから、戦争が起こったんでしょう。それを用意してくれる人たちが居なきゃ、生きていけないでしょ?」

「だってそんなものは、勝手に用意されてくるものっ。わざわざお兄さまが大事にする必要なんて無いわっ」


 まるで、玩具をねだる子どもを説得するようだ。

 サラが何を言おうと、泣きべそ顔で「だって」と返される。

 困り果てたサラは、サラ姫のすぐ後ろに要る魔術師へ、助けを求める視線を送ってみた。

 愛用の杖に体を預けたまま、腰を曲げ佇んでいた魔術師は、バッとうつむき顔を背けた。


「――っ!」


 その瞬間、サラは驚きの声を上げかけた。

 フードの向こうに隠れてしまった魔術師の顔を見透かすように、目を見開いて凝視する。

 サラが見つけたのは、火傷のような痕だった。

 いつもそうして隠しているその顔の上部、顔の三分の一ほどを覆うケロイド状の皮膚。

 ちょうど額から頬の上部にかけて、黒ずみただれた皮膚が赤黒く盛り上がり、目はほとんど潰れていた。


「もしかして……あなたの目は、見えていないの?」


 口をついて出た言葉にギョッとし、サラはとっさに両手で口を覆った。

 もちろん、飛び出た言葉が戻ることは無く、後の祭りだったのだが。

 魔術師は観念したように、ゆっくりと顔をサラの方へ戻した。

 見上げるサラは、厚ぼったく歪んだ両の瞼が貝殻のように閉ざされているのを確認した。

 しかし、その下に隠されている瞳からは……強烈な意志を感じた。


  * * *


 サラと魔術師に突如発生した、緊張感漂う無言のやりとり。

 それを意に介さず、両者の間に座るサラ姫は、だってだってと相変わらずぶつぶつ呟いている。

 サラは、自分の不用意な発言が、魔術師を傷つけてしまったせいかもしれない……まずはその非礼を詫びなければと、謝罪の言葉を探した。

 しかし口をついて出たのは、サラ自身も予想外の台詞だった。


「――あっ、思い出した!」


 突然漏れた独り言に、うなだれていたサラ姫がビクッとして顔を上げる。

 サラは気にせず、ポンと膝を打った。

 記憶の底から波紋のようにゆらめいて浮かんできたのは、目の前のサラ姫みたいに悔し泣きしていた、過去の自分。


 人の親と比べたことはないけれど、子どもの頃からしつけは厳しかった方だと思う。

 おっとりしているようで言うときは言う母と、個性的な五人の父、そして道場で様々な大人に囲まれて育ったせいだ。

 好奇心の塊だった小さな頃から、基本の基本として刷り込まれたのは、人の身体的特徴……特に怪我や病気には安易に触れてはいけないこと。

 もし触れるとしたら、それなりの人間関係を築いた後、しかるべきタイミングで。


 自分が瞳の色をからかわれたとき、どんな風に撃退したのかを、サラは鮮明に思い出した。

 サラは、こう言ってやったのだ。


『まずは、あたしと仲良くなって。あたしのことを、ちゃんと知ってよ。仲良くなった後だったら、目が青いこと言ってもいいから』


 サラの発言が予想外だったのか、あからさまに動揺したその相手は、案外素直にうなずいた。

 そして仲良くなった後で、からかった理由を「本当は、ただ仲良くなりたかっただけ」と打ち明けてくれた。


 そう、簡単なことなのだ。

 気になるのなら、まずは『仲良くなりたい』と言えばいい。

 自分なりの答えを見つけたサラは、目の前の相手を真っ直ぐ見上げながら、なるべく丁寧に柔らかな声色で伝えた。


「ごめんなさい。先程は、あの……うっかり不躾な質問をしてしまって。ただ気になったんです。あなたのことが。もしさしつかえなければ、教えてくださると嬉しいんですが……」


 たどたどしい付け焼刃の敬語に、サラは少し赤くなりながら、瞳を閉じたままの魔術師を見詰めた。

 正直今までは、サラ姫の付属品のように感じていた。

 実際この魔術師も、そう見られるように仕向けていたはずだ。

 でもさっきの表情は、そうではなかった。

 国王やカナタ王子とのやりとりのせいか、サラ姫のこぼした涙のせいかは分からないけれど、ひた隠しにしてきた素顔を見られるという失態をやらかした。


 そして今も。

 魔術師は、驚きとともにサラの言葉を受け止めている……その気持ちが、なんとなく伝わってくる。

 かぶっていた強固な仮面は、外れかけている。

 サラの視線に耐えかねたのか、魔術師は半ば放心したように、吐息混じりで口を開いた。


「――はい、その通りでございます。この目は物を捉えてはおりませぬ。しかし心の目……魔力で物を感ずることはできますゆえ、この王宮で生きていくには十分」

「そう……ありがとう」


 ざりざりと、音質の悪いカセットテープから流れるような低い声は、男か女かすら分からない。

 テレビで見た、声帯を摘出した俳優さんのような声だと、サラは思った。

 その声を聞いたサラの心に、魔術師に対する新たな興味がニョキッと芽生えた。

 感情で動くサラは、思いついた言葉を止められない。


「ねえ、魔術師さん。あなたに、お願いしたいことがあるんです」


 サラは、ニヤッと笑いながら考えた。

 この魔術師は、サラ姫の側近中の側近だ。

 サラ姫が赤ちゃんの頃から、幽閉されていたという彼女の世話を任されてきたという。

 大きな隠し事をされていたカナタ王子より、むしろこの魔術師の方がサラ姫のことを……サラ姫に限らず、もしかしたらこの国の現状を、最も深く理解している人物かもしれない。

 いや、そうに違いない。


「あのっ、先程サラ姫から聞いた話……国王やこの国に起こった出来事を、あなたの視点からもう一度聞かせてもらえませんか?」

「……そのようなこと、わたくしの口からは」

「もしもあなたが、この国の現状を憂えているのなら……教えてください。私は全てを解決するために、この世界へ呼ばれたのですから」


 サラの鋭い視線を心の目で受け止めた魔術師は、微動だにしない。

 ただ、手にした木の杖の先端を、より力強く握りしめた。


  * * *


『いいかい、サラ。人の心は、手に現れるんだよ。顔が笑っていても、口が良いことを言っていても、その手が何をしようとしているかを観察すれば、本音は全部丸見えだ』


 そんなことを教えてくれたのは、馬場先生だった。

 小さなサラは「手ぇ見せて?」と周りの大人たちにねだり、馬場先生の教えが正しいと確信した。


 安住パパは政治家だから、握手のし過ぎで右手だけカチカチ。

 千葉パパは芸能界の裏方だから、いろんな物を運ぶから、いつも結構汚れている。

 大澤パパは編集さんだから、ペンダコがぽっこり。

 遠藤パパは警察官だから、皮が分厚くてガッチリ。

 馬場先生はお医者さんだから、いつも着ている白衣みたいにキレイな手だった。


 サラは、自分の手のひらを見つめた。

 豆だらけで、手の甲は砂漠の旅の間にかさつき、短く切りそろえられた爪の間にも砂が入りこんでいる。

 すぐ傍にあるサラ姫の手は、まさに白魚のようで、握りしめたままの純白のハンカチと比べてもそん色ないほどの美しさだ。


 そして、今サラの目の前に立つ盲目の魔術師は……見たことも無いほど多数のシワが刻み込まれていた。

 青黒い血管が浮き出た手の甲には、内側から染み出した黒い斑点模様がまだらに描かれている。

 長い年月、苦労を重ねた手だとサラは思った。

 やせ細って骨と皮しか残っていない……そんな手が、なぜこんなに力に満ちあふれて見えるのだろう?

 この魔術師の手には、弱さと強さが混在している。


「もっと早く、あなたといろいろ話しておけば良かった」


 ぽつりと漏れたサラの言葉が、二人の間の緊張を一気に緩めた。

 思わず笑みが零れたサラに、魔術師も今までとは違ったリアクションを返す。

 逃げるのではなく、受け止める方向へ。


「まったく異界のサラ姫さまは……やはり、本物のサラ姫さまとは似ても似つかぬ。サラ姫さまは、そのようなことはおっしゃいません」


 返された皮肉に対して、素直にむっとする。

 思えば召喚された直後から、この魔術師はサラに対して手厳しかった。

 全てにおいてサラ姫優先で、教育や用事を言い付けるとき以外まともに会話をしたことがない。

 その厳しさ……思いやりの無さは、デリスから受けた教育と比較すると一目瞭然だ。


「サラ姫になれって、簡単に言いますけどねえっ。私には、あれが精一杯だったんです。あんなひどい目にあわされて、すぐに知識を詰め込めって言われても無理に決まってるでしょ!」

「そうやって文句をおっしゃるときだけは、サラ姫さまと良く似ておりますよ」

「もうっ! いいから、本題に入りますっ」


 サラは、しゃがみ込んだ姿勢がキツくなり、サラ姫の隣にどっかりと座り込んだ。

 ようやく涙を止めたサラ姫も、何かを期待するように瞳を輝かせながら魔術師を見上げている。


「病人が待ってるので、あまり時間はかけたくありません。今から私の質問に答えてください」

「ええ、分かりました」


 こうしてやりとりしてみると、良く分かる。

 この人は、決してサラ姫の世話をするロボットではなかったのだということが。

 だからこそ……逃がさない。

 一度ふうっと深呼吸をしてから、サラは乾いた唇を開いた。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











 すみません。今回も、あんまり進みませんでした。第一章の描写不足を補うべく、回想シーンたっぷりのエンディングとなっております。のろのろ……もしや、ノロノロウィルスに感染中っ? ……という微妙なボケはさておき。名無しの魔術師さんとの触れあいベースな回でした。まずはうっとうしいサラ姫ちゃんを黙らせて。前回で強さを、今回優しさを出してみせたので、貧弱で依存癖なサラ姫ちゃんはすでに落ちたも同然です。次に老魔術師もロックオン。子どもサラちゃんの伏線一個拾えました。ほっ。いぢめ相手に『あたしと仲良くなれ』というセリフは、作者の「こんなちびっこ居たらかわええのぅ」というお婆ちゃん妄想の産物であります。あと、馬場先生のありがたい教えも。笑顔と口ばっかりの人は信用ならんってことです。で、この魔術師さんは相当な苦労人です。ビジュアルはちと怖いんだけど、けっこういい人風?

 次回は、魔術師さんの告白編。今度こそ暴露話を……。過去の王宮に何が起こったか、ある程度の情報を出してしまう予定です。サラちゃんは地味に聞き役。

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