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第五章(20)カナタ王子の告白

『カナタ王子は、サラ姫に負い目がある』


 アレクのぶしつけな指摘にみるみる青ざめ、小刻みに体を震わせるカナタ王子。

 その姿が、サラの沸騰しかけた頭を急激に冷やしていく。

 いくら可愛い妹でも、たった一人生き残った大事な家族でも、カナタ王子は譲りすぎだ。

 可愛く思うならなおさら、将来二人で国を支えていくために厳しく育てる方が、カナタ王子の生真面目な性格にはマッチしている。

 なのに、そうしないなら……そこには、理由があってもおかしくない。


「カナタ王子、何か事情が?」

「言えない……言っても仕方がない」


 信頼関係が築けているはずのカリムの静かな問いかけも、無下にシャットアウトされた。

 問題発言を投げつけたアレクは、なぜか一人したり顔だ。

 アレクの意図することが分からず戸惑うサラと、カナタ王子から拒絶され眉根にシワを寄せるカリム。

 不安げなサラの視線に、アレクが再び口を開こうとしたとき。


「兄さん?」


 アレクの奥から、いつも通りののんびりした声がかかった。


「今それを聞き出すことで、何かメリットがあるの?」

「リーズ……」

「優先順位は戦争の決着。リコのことはその後。姫君の秘密を暴いてる余裕なんて無いだろ?」


 サラの目には、華奢で頼りないはずのリーズの横顔が、とても頼もしく見えた。

 このメンバーの中で一番リコを心配していて、心を乱してもおかしくないリーズが、一番落ち着いている。

 いや、本当はそうじゃないのに、必死で抑えている……。

 リーズに制されたことを、いつものようにからかいで返さず口を噤んだアレクも、同じことを考えていたのかもしれない。


「そうですね。カナタ王子、さっさと戦後処理の問題を片づけましょう」


 サラは、再び立ち上がった。

 先ほどとはうって変わり、心は穏やかに凪いでいる。

 焦る気持ちが消えたわけではないけれど、落ち着くほど見えてくるものがある。

 和平を決定づけることは、多数の民を救うだけでなく、サラに架せられた重石を取り除くのだ。

 そもそもサラがこの世界へ召喚されたのは、和平を成立させることなのだから。


「和平成立のためには、やはり国王様にお会いするのが手っ取り早いかな。うん、ちょうどいいかも。サラ姫が立ち会っている時間でなければ、国王様はずっと寝ているのでしょう?」

「サラ殿……しかし」

「しかしも“かかし”もありません!」


 うっかり母が良く使っていた言葉が漏れて、サラはクスッと笑った。

 なぜか時代劇が大好きで、サラは「おばあちゃんみたい」と言いながらも、その言葉や知識を刷り込まれてしまったのだ。


「善は急げ。今すぐ、行きましょう!」


 リコの病が簡単には治らないのと同じように、サラが元の世界へ帰れる見込みは薄くなった。

 それでも、サラは笑っていられた。

 サラ姫とは違うサラの力強い笑顔につられたのか、カナタ王子はようやく出会った頃のように、サラを真っ直ぐ見つめてうなずいた。


  * * *


 結局部屋を出たのは、サラとカナタ王子だけだった。

 リーズは「リコの容体が落ち着いているし、今は動かしたくない」との理由で。

 アレクは、先程の挑発的な問答でカナタ王子の不信を買ってしまったため、いわずもがな。

 最後までついてきたがったカリムも、頑ななカナタ王子の拒絶を崩せなかった。


「カナタ王子、最近の国王様はどうなんです?」

「ああ、特に変わらないよ」

「そうですか……」


 王宮の深部へ進むにつれ、靴の裏が砂を踏むこともなく、絨毯の色も鮮やかな緋色に戻っていく。

 壁に飾られた装飾品は、以前より減ったようだ。

 臣下も侍女も減り、広い廊下や建物内にまったく物音がしないことが、サラには何となく奇妙に思えた。

 騒々しく活気に満ちあふれたトリウム王城と、無意識に比べてしまっているのかもしれない。


「サラが……妹がもし扉に封印をしていたら、中に入れないかもしれない。もしそうだったら申し訳ないが」

「ああ、大丈夫です。ぶち破ります」


 衣擦れの音が、一瞬ぴたりと止まった。

 口をポカンと開けるカナタ王子の、子どもみたいな隙だらけの表情が珍しく、ついサラは笑ってしまった。


「すみません。言い方を間違えました。私には、たぶんその扉を開けることができますから、心配無用です」

「そうか……しかし君は、なんというか、ずいぶん変わったね?」

「変わりもしますよ。こんな過酷な目にあったら」


 再び歩き出した二人。

 サラの溜息混じりの嫌味に、カナタ王子は大きな背中を丸めてしゅんとする。

 吹っ切れたサラは、若干女神モードも入りつつ、カナタ王子の腕をバシバシと叩いた。


「気にしないでください。私、この世界に呼ばれて良かったって、心から思ってるんです。最初は不安でわけが分からなくて……でも、カリムや、リコや、アレクたち、トリウムの人たち……たくさんの大事な仲間に出会えました。今では元の世界よりもこの世界の方が、私の中の比重は大きいんです」


 帰りたくない。

 帰ってなんかやらない。

 この世界で、絶対幸せになってみせる。


 そう告げたサラの笑顔に、カナタ王子はしばらく見入っていた。

 そして最愛の妹にするように、ポンポンとサラの頭を二度叩いた。


「君は、強いな」

「大事な人のためなら、いくらでも強くなれるんですよ」


 女神にだってなれる……とは言えず、サラはお茶を濁すようにアハハと笑った。

 カナタ王子は、サラを愛情に溢れる潤んだ瞳で見下ろしながら、ポツリと呟いた。


「俺も、本当は強くなりたい。今からでも、間に合うだろうか……?」

「カナタ王子?」


 自分のことを初めて『俺』と呼んだことを、サラは違和感なく受け止めた。

 堀の深いアジアンテイストの顔立ちに良く映える、赤い宝石の髪飾りが揺れて、サラに近づく。

 サラの耳元に息がかかるくらいの距離で、カナタ王子はささやいた。


「俺は、本当は王妃の息子じゃない。国王が妾に産ませた子供なんだ」


 国王の落とし胤。

 サラは至近距離でカナタ王子を見ながら、自分もそんな嘘をついたことがあったなと、なぜか遠い昔のことのように思い出していた。


  * * *


 国王の療養する私室へ向かう足取りは、おのずとペースダウンする。

 それは、カナタ王子の告白が続いたせいだった。


「俺には、兄が二人、姉が二人、弟が一人居た。弟は産まれてすぐに亡くなったけれど、兄と姉は戦争が始まるまでは生きていて……正直に言うと、俺は一人除け者だった。妾腹の子だと冷遇されて育ったんだ。でも俺はいっそ気楽で良かった。国王はとても恐ろしかったし、兄弟は誰が王位を継ぐかで幼いころから争ってきたから」


 自分の身の回りに起こる理不尽な出来事を、全て受け入れる癖があるカナタ王子。

 その土壌は、生まれたときから整っていたのだ。

 神妙な面持ちで聞き入るサラに、カナタ王子はうつむき靴先を見ながら、言葉を重ねていく。

 恐らく、誰にも告げたことのない言葉を。


「戦争が始まり、十年前には国王が倒れ、王妃は亡くなった。その頃から次々と兄弟も……俺は、全員自滅したのだと思っている。それぞれが他の兄弟に対して疑心暗鬼になっていた。誰かが死ぬたびに、生き残った人間が犯人ではないかと疑われた。兄弟で殺し合って……最後は、蚊帳の外だったはずの俺とサラだけが残った」


 そこでサラは、浮かんだ疑問を率直にぶつけた。


「どうしてサラ姫は、その争いに巻き込まれなかったんですか? カナタ王子が無事だった理由は分かりましたけど」

「サラは……なぜか王妃に疎まれて育ったんだ。サラ殿が召喚された地下室のことは、覚えているかい?」


 心臓が、早鐘を打ち始める。

 朱色の床の間の、あの禍々しい空気をなるべく思い出さないようにしながら、こくりとうなずいた。


「王妃が亡くなるまで、サラはあの部屋に幽閉されて育った。俺は、自分より虐げられているサラの存在に救われてきたんだ。幼いサラが何をさせられていたか、薄々分かっていながら……」


 カナタ王子の瞳は強く閉じられ、目じりのふちから一筋の涙が零れ落ちた。

 拭いとろうと頬に伸ばしかけた手を、サラは途中で止めた。

 この感情を抱くのは、初めてじゃない。

 自らの罪で傷を負った人に対して、安易に同情することは逆効果になりかねない。

 誰かにすがるのではなく、自力で立ち直るしかないのだから。


「すまない。こんな話を聞かせてしまって」

「サラ姫は、戦争の道具にさせられていたんですね……」


 話を打ち切ろうとしたカナタ王子は、サラの台詞に再び目を閉じた。

 サラの耳には、自分の発した声がやけに冷たく響いた。

 装飾品のほとんど置かれない、ガランとした灰色の廊下の隅にまで届くその声は、カナタ王子の心にも沁み入ったのだろうか?


「サラ姫の幼すぎる行動も、人を道具のように扱うところも、全ては周囲の大人がそうさせたもの。カナタ王子は、それを分かっていながら放置してきた。そうですね?」

「……ああ、その通りだ。アレクという男の言った通り、俺はサラに負い目を感じている。生まれたばかりの、一番周囲の愛情が欲しい時期に、一人にさせてしまったことを」


 カナタ王子は、決定的な言葉を口に出さない。

 誰かと『話してはいけない』と約束でもしたのかもしれないけれど……。

 膿を出すなら、全部出させなければ。


「カナタ王子、サラ姫は周りからこんな風に呼ばれていたんじゃないですか? “呪われた子”または“魔女”と……」


 何も答えないことは肯定。

 カナタ王子の素直さが、その時ばかりはなぜか憎らしく思えた。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











 今回は、がっつり告白です。サラ姫ちゃんの秘密をある程度。こういう虐待っぽい話は、苦しいけれど目を逸らしちゃイカンと常々考えている作者であります。無関心な社会が特に問題かと。まあ、この話は完全フィクションなので温度温めですが。サラちゃんも、サラ姫に同情しまくり。これは月巫女さんと同じパターンですね。リコを暗殺者に仕立て上げたことは許せないにしろ、そうなった理由をさかのぼって考えると、結局悪いのは誰? みたいなところへ辿り着いてしまいます。女神様のスタンスは基本博愛ということで。友愛は違う方ですね。(←と、さりげなく時事ネタを入れてみたりして) さて、今回のサラちゃんは一部ババ臭かったです。時代劇好きは母由来という設定でした。演歌好きも……ま、フィクションですから。

 次回、二人はサラ姫たちのところに乗り込みます。こっちの国王様は……第一章ではほとんど触れずにスルーしてしまいましたが、今度はさすがにしっかりと。


※一分間のラブストーリーシリーズ、新作追加です。『そうして二人は月を見上げる』http://ncode.syosetu.com/n8683h/novel.html

ちょっと大人向け(渋い方。エロい方じゃねっす)ですが、お口直しにどうぞ。

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