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第五章(19)サラ姫の告白

 ずっとだんまりを決め込み、話を聞いているのかいないのかという態度を取り続けていたサラ姫が、初めて言葉を発した。

 アレクとリーズが、瞳を見開いてサラ姫を見つめる。

 サラ自身には客観的な自分の声というものが分からないのだが、たぶんこのリアクションからするに、声質もサラとそっくりなのだろう。


「もう私いいかなぁ? 私には関係無い話だし」

「サラ」

「だって退屈なの。ねえ、行きましょ?」


 とがめるようなカナタ王子の声も気に留めず、サラ姫が自分の隣に座る魔術師に声をかけて立ち上がった。

 うつむいた姿勢を崩さず、ひどく腰の曲がった魔術師がサラ姫に付き従おうと腰を浮かせかける。

 そのとき、サラの感情が爆発した。


「ちょっと、待ってよ。本題はこれから!」


 ガタン、と大きな音を立てて座っていた椅子が傾いだけれど、サラは気にしなかった。

 立ちあがったサラとサラ姫は、ほぼ同じ目線だ。

 相対したサラは、数か月前とは立場が変わっていることに気付いていた。

 自分はもう、一方的に利用されるだけの存在ではないのだと。


「サラ姫に、聞きたいことがあるんだけど」


 沈黙が訪れれば、否が応でも聞こえるリコの苦しげな息遣い。

 サラの我慢も限界だった。

 しかしサラ姫は、横髪を手入れされた指先でくるくると巻きとりながら、不機嫌極まりないといった風の低い声で呟く。

 カナタ王子にささやく甘い声とは雲泥の差だ。


「なに? 何か用?」

「リコを治して!」


 言った傍から、サラの心の熱を奪う正反対の感情が湧きあがった。

 この展開はマズイ、ともう一人の自分が警告を発するけれど、もう止められない。

 当然、横に居た三人の仲間も同じ気持ちらしく、驚きを隠さぬままサラを凝視している。


 事前の打ち合わせで、気まぐれなサラ姫をその気にさせる方法を、念入りに相談していたのだ。

 まずは常識があり温厚なカナタ王子を落として、彼から説得してもらうしかないと。

 サラたちが言ったところで、望むような答えは返ってこないから。

 北風と太陽の話をあれだけ深く考えたくせに、サラは北風になってしまった。


「何を言ってるのか、分からないんだけど」


 サラ姫は、黒い瞳を細めながら、指に巻きつけた髪をするっとほどいた。

 天窓から差し込む光を受けて淡い輝きを放ちながら、しなやかな黒髪が揺れる。

 きっとサラの髪も、同じように輝いているのだろう。

 それなのに、互いの抱く感情は正反対なのだ。


「言いたいことがあるなら、どうぞおっしゃって?」


 なよやかな姫らしい口調と裏腹に、好戦的な獣のように光る瞳に見つめられ、サラは奥歯を噛みしめる。

 男性陣は、二人の間に飛び散る火花に目を奪われている。

 サラ姫の横に寄り添う魔術師は、サラ姫のドレスの裾のあたりへ視線を向けたまま黙っていた。


  * * *


 瞳の色だけが違う二人の少女が、大きなテーブルを挟んで対峙している。

 しかし分が悪いのは、サラの方だ。

 焦燥のせいで青い瞳が乾き、パチパチと何度も瞬きを繰り返す。


「リコに、闇の魔術をかけたでしょう?」

「知らないわ」


 くっきりした眉尻を上げ、黒い瞳を細めたサラ姫はフンと鼻で笑いながら、降ろした長い髪を手で払った。

 そのしぐさに合わせて、繊細な刺繍が施されたドレスの袖が、金魚の尾のようにヒラヒラと揺れる。

 一つ一つの行動が、サラの心をささくれ立たせるように優雅だった。

 苛立つ気持ちをどうしてもセーブできず、サラは甲高い声で叫んだ。


「嘘つかないでよ! 私がここに来たときに、同じことをしようとしたじゃない!」

「うるさいわねぇ。知らないってば」


 既にサラの劣勢を察しているのか、返答は揺るぎない。

 サラは一度うつむいて一呼吸置くと、横目でリコを見つめた。

 リーズの胸にくたりと頭を押しあて、栗色の髪に汗のしずくをまとわりつかせている。

 スプーンの魔術がどのくらい効いているのかも、もう分からない。

 吹きすさぶ嵐のような感情を抑え込み……サラは、折れた。


「サラ姫……お願い、せめてどうしたらいいかだけでも教えてっ」


 胸の前で両手を組み、上目づかいで懇願するサラ。

 サラ姫はクスクスと楽しそうな笑い声を上げると、笑みを崩さないまま鈴が鳴るような声でささやいた。

 サラを挑発する、最高の言葉を。


「さあね。でも私は本当に知らないの。壊れたおもちゃの直し方なんて」

「――っ!」


 テーブルを挟んでいなければ、とっさに手が出てしまっていたかもしれない。

 サラは、右のこぶしにダイスを握りしめたまま、左の掌でその手をなんとか止めた。

 サラの二の腕には、左からカリムが、右からアレクの手が伸びる。

 ごわつく騎士服の上からでも、その手のぬくもりが感じられる気がした。

 流石に見ていられなくなったカナタ王子が、サラ姫を一喝する。


「サラ。やめないか」

「ついでに言うと、あなたの帰し方も最初から知らなかったの。ごめんなさいね」

「サラ!」

「この子の肩を持つお兄さまなんて、嫌いよっ」


 唖然として硬直するサラを一べつすると、サラ姫は踵を返し出て行った。

 人の心を踏みにじるその台詞とそぐわない、天使のように愛らしい笑みを浮かべて。

 魔術師が、サラ姫の行動をフォローするように「そろそろ国王さまとの面会時間ですので」としゃがれ声で言い残し、足音を立てず滑るように後を追った。

 去り際、フードの奥にチラリとのぞいた口元は引き締められ、たるみ切った頬の深いシワが濃い影を落としていた。


  * * *


「すまない……本当に、申し訳ない」


 今まで聞いたことのない、魂を吐き出すような深い溜息とともに、カナタ王子がサラたちに頭を下げた。

 そのまましばらく顔を上げてくれないので、サラは「もういいです」と言ってしまった。

 頭痛を堪えるように額に手を当てたカナタ王子の態度からは、苦しみよりも諦めの割合が大きい。

 端々で目につくカナタ王子の受け身な態度は、時間をかけて培われたものなのだろうとサラは思った。


「サラがあんなに非礼な態度を取るとは……しかも、異界のサラ姫、あなたのことも」

「いえ、それはいいんです。カナタ王子のせいじゃありませんから、謝られても困りますし」


 サラ姫が居なくなったことで、サラは愛想笑いを止めた。

 カリムは無表情のままだし、アレクとリーズは静かな怒りを内包したような厳しい目でカナタ王子を見つめている。

 リーズの介抱が功を奏したのか、それとも魔術をかけたサラ姫が退席したせいか、リコはやや落ち着きを取り戻したようだ。

 うめき声はスゥスゥという寝息に近いものになっていて、サラは少し安堵しつつ椅子に腰かけなおした。


「カナタ王子、先程サラ姫がおっしゃったことは本当ですか?」


 カリムが、尋ねた。

 感情を無理やり押し殺しているせいか、声が若干震えている。

 一瞬カリムの視線を追ったカナタ王子は、テーブルに両肘をつき、頭を抱え込むような姿勢で漏らした。


「私には、サラのことは分からない。ただ、あの子は……嘘はつかない、と思う」

「……そうですか」


 カナタ王子の答えを聞かなくても、サラには薄々分かっていた。

 サラ姫は、月巫女と似ている。

 無邪気に自分の望むものを手に入れようとする、子供のような人だ。

 善悪の区別がつかない分、純粋な欲望からくる言動はストレートで、嘘をついて人を陥れることはしない。


「じゃあ、リコを治すにはどうしたらいいの……」


 サラがポツリと漏らした呟きに、その場はお通夜のように静まり返る。

 カナタ王子のように、頭を抱えたい気持ちになりながらも、サラは自分を叱咤激励した。

 行き詰ったからといって、このまま投げるわけにはいかない。

 リコは今も、必死で戦っているのだから。

 浮かびかけた涙を意志の力で留めるサラの脇から、やけにぶっきらぼうな声がした。


「なぁ、王子さんよぉ……アンタ、あの姫君に何か弱みでも握られてるのか?」

「アレク?」

「兄さんっ」


 サラが口を開く前に、カリムとリーズが同時に突っ込んだ。

 アレクはといえば、少し顎を上げ普段の三白眼を封印して、感情の見えない目でカナタ王子を見ている。

 今ここに居る人間の中で、一番冷静なのがアレクかもしれないとサラは思った。

 それは、一番心を揺さぶられる要素がない、ある意味第三者だから。


「別に、そんなものはない」


 カナタ王子は背筋を伸ばすと、ふいっと視線を反らした。

 硬化しかけたカナタ王子の殻を、アレクがシニカルな笑みと残酷な言葉で突き破ろうとする。


「へぇ。じゃあ他の何か……そうだなぁ、例えば“負い目”とか?」


 アレクのぶっきらぼうな言葉に、カナタ王子は言葉を詰まらせる。

 それは『イエス』という返事に他ならなかった。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











 更新時間がオカシイことに……すんません。反省だけなら猿でも出来る……(←昭和CMネタ) 直しても直しても、なかなか納得行くものが書けないのですよー。まさに爆風のようなスランプ。恐るべしっ。今回は、サラ姫が思ったように動いてくれず。本当はもっと小生意気にと思ったのですが、横に最愛ラブのお兄さまが居るからちょっぴり控えめ。しかし貫禄増したサラちゃんにはライバル意識ダダ漏れ……まったく難しいキャラです。第一章では書きやすかったのになぁ。サラちゃんも、サラ姫に対しては憎たらしいけど憎み切れないという複雑メンタル。しがらみのないアレク様が一番スルッと動いてくれました。王子様の秘密はおいおい。

 次回は、今後のことを相談しつつ、サラ姫を追い詰めていきます。本当にそろそろエンディング方面へ進まねば。

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