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第五章(16)裏切りの覚悟

「コレに懲りたら、もう二度と出てくるんじゃねーぞっ!」

『今度リーズに近づいたら燃やすっ!』

『今度リーズに近づいたら凍らすっ!』


 うにうに系モンスターは、どうやら光の魔術が苦手らしい。

 地面を透過するほど思いっきり光を当てて地中深くに追いやり、たっぷり脅しをかけた後、サラは少し翼を畳んで滑るように地上へ降りた。

 目指したのは、皆の輪から少し離れたところに立ち尽くしている、怪しい目出し帽の男。

 サラが降り立つと同時に、その場所には半径十メートルほどの人垣ができたが、サラは気にせず翼をハタハタして砂を落とし、リーズにスプーンズを返した。


 予想通り、サラがスプーンを手放すことが、女神モード終了のスイッチとなった。

 音も立てず背中の翼が消える。

 魔力が弱い者にも、サラの体が発光して見えるほど眩い光のオーラが、ぼんやり薄れていく。

 固唾を呑んで見守っていたギャラリーたちは、そこでようやくホッとため息をついた。


「サー坊、おつかれー。凄かったよ」

「スプーンちゃんたちのおかげだよ。自分じゃなかなか力が出せなくて」

「だったら、サー坊がずっと持ってる? この子たち」


 胸ポケットにしまったばかりのスプーンズを、再び取り出そうとするリーズ。

 おしゃべりな彼女たちが、リーズの提案に珍しく沈黙している。

 サラは、慌てて首を横に振った。


「ううんっ。本当は一人でできるようにならなきゃいけないから。それに……」

「それに?」


 サラは、それを自分の口から言うのも無粋だと思って、ごまかし笑いした。

 スプーンズは、誰よりもリーズが大好きなのだ。

 その想いを、女神サラは限りなく“恋”に近いものと判断したけれど、本当のところはどうなのか分からない。

 聞いたところで『あたしたちにもよくわかんなーい』と、あいまいな答えが返ってきそうだ。


 はっきり分かるのは、いつもリーズの胸に居る……ただそれだけで、彼女たちは計り知れない力を得ているのだということ。

 いくら女神モードの自分でも、またはジュートであろうとも、リーズの代わりにはなれない。

 リーズの胸で充電してくれているからこそ、女神モードのスイッチとなりえるほどの力を持つのだ。


『あっ、あたしたちは、別に……ねえ?』

『うん、女神さまのお役に立てるなら……』


 遠慮がちに呟く声が胸に届いて、サラはふふっと笑った。

 スプーンたちは「リーズが望むなら」と、肝心なところでは遠慮してしまうのだ。

 あまりの可愛らしさに、孫をあやすおばあちゃんのような目でリーズの胸ポケットを見つめると、サラはにんまり笑った。

 うにうにの残骸が残る砂漠で、ほのぼのした気分になりかけたとき、サラの名を呼ぶ男たちの声が聞こえた。


「あっ、カリム! アレク! キール将軍っ」


 人ごみを掻き分けてやってきた三人に、サラは明るく声をかけ手を振った。


  * * *


 本格的な、砂漠の夜が迫ってくる。

 日中かいた汗が急速に冷えていくのを感じながら、サラたちは簡単なミーティングを行っていた。

 後方では、怪我人への対応と乱れた隊列を立て直す作業が進む。


「行き道でサンドワームと遭遇したのは、もしかしたらラッキーだったのかもしれない。砂漠に入る前から、サンドワームが出たときの対応については打ち合わせができていたんだ。魔力の強い魔術師を最前列にし、慎重に進んだ。しかし、あれほどの数で来るとは思わなかった……俺の、ミスだ」


 カリムの言葉が、そこで一度途切れる。

 姿を見せた月を見上げ、乾いたタオルで顔の汗と砂埃を拭いながら、大きなため息をつく。

 涼しくなってきたというのに、拭ったはじから浮かぶ汗の玉が、カリムの心を表しているようだ。

 サラが、カリムの責任感の強さに胸を打たれていると、キール将軍がスマートにフォローした。


「私は、カリム殿より魔物の情報を聞けたことが、仲間の命を救った最大の要因と考えています」


 そこでアイコンタクトを取る二人。

 短い旅の間に、ずいぶんと仲良くなったようだ。

 年の差はあれど、二人ともドがつくほど真面目なタイプだけに気が合うのだろうと、サラは思った。


「カリムもキール将軍も、本当に頑張ったと思うよ。一人も犠牲者が出なかったし、怪我した人も魔術で治ったし。物資も奪われなかったしね」


 サラが背伸びして、よしよしと二人の頭を撫でると、薄暗がりの中でもその頬が赤く染まるのが分かった。

 女神モードの名残で、サラが思いついたことを即実行するその無邪気さに、緊張していたキール将軍もようやく笑みを漏らした。

 そして、意を決したように瞳を光らせた。


「サラ姫様。カリム殿に魔物の存在を伝えられる前から、私は薄々感じていたのです。この砂漠に一歩足を踏み入れたとき、確信しました。何者かに狙われているのだと。それは……同じく魔物にとらわれた経験のある私だからこそ、分かったことかもしれません」


 横で黙って話を聞いていたアレクとリーズが、意味が分からないというように首を傾げる。

 しかし、サラには十分理解できた。


「私が“女神アイ”で見た感じだと、サンちゃんたちは――」

「おい、サラ。意味が通じねーから普通に言え」


 すかさずツッコミを入れてくるカリム。

 サラは、カリムにツッコミの才能を見出しつつも「ごめん」と言って言い直した。


「えっと、女神様になって空から見てみたらね、サンドワームが土の中にどのくらいいて、どんな暮らしをしてるか、そしてどんな気持ちなのかまで分かっちゃったんだっ」

「へえー。サー坊……いや、女神様ってすごいなぁ」


 声を発したのはリーズで、残り三名は押し黙る。

 サラは気にせず話を続けた。


「サンドワームちゃん、略してサンちゃんたちは、水不足の犠牲者でもあるんだよ。ただ、明るい場所も苦手だから、水を求めるならより地中に深く潜った方が楽なの。それがなぜ地上へ向かったか……私は、キール将軍と同じニオイを感じた」


 ぴくり、と震えてサラを凝視するキール将軍。

 緩んだ気持ちを引き締めるように、前歯を下唇に食い込ませる。


「闇の魔術、ですね」

「うん、きっとね」


 口にしなくても、それを行った人物の意図は分かった。

 自分の駒でなくなったネルギ軍は、もうお払い箱なのだ。


  * * *


 その後、ネルギ軍と分かれたサラたちは、暗闇の中を進んでいた。

 サンドワームが現れたこと……闇の魔術に触れてバランスを崩したのか、小康状態だったリコが苦しがり始めたからだ。

 先行するメンバーは、サラ、アレク、リーズと、ネルギ軍をキール将軍に任せたカリムが加わり、リコも合わせて5名となった。


 前には、サラとカリムが並走する。

 後ろには、リコを挟む形でアレクとリーズがぴったり付いてくる。

 馬車移動の時と同じように、リーズの胸からは前方に向かって光りが放たれ、月明かりだけでは怖がるラクタも日中と同程度のスピードで歩みを進めてくれる。

 ラクタを走らせつつ、サラはカリムに話しかけた。


「もう、ネルギ軍が戦地から撤退したことは、王宮に伝わってるんだよね?」

「たぶんな……キール将軍によると、軍には常に腕の立つ情報部隊か張り付いていて、政府からの指示を伝えたり、時には物資を運んできたらしい。その彼らの姿が見えないということは、すでに王宮に戻って対策を練ってるんだろ」


 指示と言っても中身は単なる叱咤激励、運ばれてくる物資とは、ほんのわずかな食料と……贄たちだったという。

 サラは、ずいぶん離れてしまった場所にいる、苺ちゃんたちの存在を思った。

 盗賊の砦に残った子たちと同じ目をした彼女たちを見て、サラは安心したのだ。

 共通するのは『絶対生き抜く』というパワー。

 その思いさえあれば、きっと大丈夫だと。


「もう、この先王宮の皆は全員敵かもしれない。もしかしたらカナタ王子も……カリム、どうする?」


 今頃王宮には、『軍がクーデターを起こし乗り込んでくる』とでも情報が流れていることだろう。

 戦うことを知らず、ゲームのように指示を出すだけだった王宮の参謀たちは、恐れ戸惑っているに違いない。

 なにしろ、ネルギの中で力のある魔術師たちのほとんどが、軍に所属しているのだから。


「俺たちは、剣を振るう前にやるべきことがある。まずは、話し合いだ」


 女神モードの名残で、闇の中でも視界がクリアなサラは、視界の隅に巨大な建物をとらえていた。

 トリウム王城とは違い、高さは無いものの横に広く連なる、白亜の宮殿。

 表面がのっぺりとして見えるのは、その建物全体を高い砂防壁で覆われているからだ。

 壁の中には、貴重な井戸が何本もあるというのに、周辺で暮らす人々に振舞われることはない。


「話し合えるなら、ね……」


 呟きつつ思い出すのは、鳶色の瞳を持つ国王の過去だった。

 クーデターを話し合いで解決すべく、二人の巫女を引き連れて乗り込んだ、若かりし日の国王。

 話の中では、決して弟を責めなかったものの、彼が殺された原因は明白だ。

 赤い瞳をした太陽の巫女……彼女の抱いた憎しみを、繰り返してはならない。


「ねえ、カリム。話し合いの席についた途端、誰かに……例えばカナタ王子に斬りかかられたらどうする?」


 サラは、クロルのように『カリムにとって、最も言われたくないこと』を投げた。

 心に直接語りかけるような、淡々としたサラの問いかけに、カリムはずっと考えないようにしていたその可能性を、ようやく受け入れる。

 光が照らし出す先を見据えながら、カリムは考えた。


 異界から身代わりの姫を呼び出したことも、年端も行かぬ少女たちを贄として送り込むことも、勝ち目の無い戦いを続けさせたことも、カナタ王子に責任が無いとはいえない。

 実行したのは妹だとしても、責任者としてそれを監督すべき立場だったのだから。

 例えその実態が、傀儡だったとしても。


「カナタ王子は、何も知らなかったはずだ。もし、全てを承知の上でこんな茶番を……いやそれでも、あの方は聡明だし説得すれば」

「じゃあ、カナタ王子が“私に”斬りかかってきたら、どうするの?」


 都合のいい推論に逃げることは許されない。

 サラの迫った選択に、カリムは青ざめながら、震える低い声で告げた。


「もしそんなことがあったら……俺はカナタ王子を、全力で止める。あの方を傷つけたとしても」


 サラは、小さな声で「ありがとう」と呟いた。

 そして、サラ自身も覚悟した。

 国王に聞いたあの話も、見てしまった映像も、夢に現れたジュートも……全てがサラへの警告。

 あの建物の中には、必ず裏切りが存在するのだと。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











 更新遅くなりすみませんっ。シリアスモード直前なのもあり、ギリギリでいろいろ手直しを……。最後の会話を、どうしても上手く入れられなくて。ああ、つるつると書けたギャグシーンとは大違い。今回前半は、サンちゃん後始末ネタでした。スプーンズのパワーの秘密は、酵素……ではなく恋であります。ちびっこが近所の優しいお兄ちゃんに『大好き』と言うような、可愛らしいものですが。あと、サンちゃん出没にまたもや闇の魔術……この設定も便利だ。サンちゃんたちは、いくら操られていたとはいえ、さすがに一介の魔女より女神様の方が怖いということで。そして、ラスト。カリム君に覚悟を迫るのを、淡々と描写するのに一苦労でした。裏切りとかいうとまたヘビーなので、あまりドロリッチにならないように進んで行こうと思います。

 次回は、本当にようやく王宮へ。サラちゃん、約5ヶ月ぶりにサラ姫とのご対面っ。

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