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第五章(13)最後の晩餐

 アレクフィーバーという名の手厚い歓迎を受けながら、サラたちはリーズの先導で岩山の迷路道を登り切り、入り口まで到着した。

 意図的に配置された似たような形状の岩が、角度によって微妙に形を変えてみせるため、真っ直ぐ進んでいるつもりがいつのまにか砦の裏側へ抜けてしまう……人間モードのサラ一人では確実に辿り着けないだろう。


 ふもとを見下ろすと、案外傾斜も高さもある。

 かなり小さく見える馬車には、すでに数名の盗賊の男たちが群がっている。

 厩舎は別の場所にあり、そこでケアをしてくれるとのことで、サラは一安心した。

 今晩はここに泊まり、リコをお風呂に入れゆっくり休ませ、翌朝日の出とともに出発する……そんな手はずになっていた。


 出迎えのかしましい女子軍団は、アレクが一言「てめーら邪魔」と発言すると、蜘蛛の子を散らすように砦内部へと去っていった。

 開けっぴろげで若干のわずらわしさは感じるものの、そういうサッパリしたところが盗賊たちの良いところだと思う。

 何事にも直球を投げ、打ち返されたらそこでさっぱり諦める態度は清々しい。


 王城と同等レベルの結界を越え、砦の中に一歩足を踏み入れると、その中は別世界だ。

 暗がりの中に松明がたかれる、巨大な穴倉の世界。

 しかし、アレクを歓迎するためか、清掃は行き届き、壁際には摘みたての小さな花が飾られている。

 パステルカラーの花びらを見て、サラがホッとため息をついたとき……雰囲気は、一変する。


「――隙アリっ!」


 柱の向こうから飛び出してきた人物が、目にも留まらぬ速さでアレクに殴りかかった。

 避けようと身を屈めたアレクは、腕の中のリコがつっかえて角度が足りない。

 結果、頬ではなく額へ拳を受け……ずるずるとその場に座り込んだ。

 次の瞬間、リーズの腹に回し蹴りが炸裂。

 とっさに後方へ飛んで衝撃を回避したつもりのリーズも、やはり久々の砦ということを忘れていたのか、後ろの岩肌に背中から激突……そのまま壁に背をつけて座り込む。


「さ、これで邪魔者は居なくなったわよ、サーラちゃん!」

「エシレさん……」


 サラは、自分に抱きつき頬にキスをする女豹エシレに、なんとも言いがたい微妙な笑みで応えた。

 人類最強は、もしかしたらこのひとなのかもしれない。


  * * *


 いつもどおり食堂へ案内され、おばちゃんの愛情手料理ランチをいただきながら、サラはあらためてこの家族関係を不思議に思った。

 サラの隣には、アレクとリーズ。

 リコは一人、食堂に程近い客間に寝かされている。

 おばちゃんが「任せときなっ」と、おかゆを手にウインクした顔が、目の前の美女と似ても似つかず……当然、アレクともリーズとも似つかず。

 きっとあの性格で、あちこちの男子を押し倒したのだろうとサラは推測した。


「それにしても、サラちゃんがこんなにベッピンさんになってて、おねーさんビックリ!」


 ねえ、ダーリン? と小首を傾げるしぐさは、清純な乙女そのもの。

 しかし、服装はといえば、パンチを繰り出しただけでパンチラするほど、深い切れ込みの入ったチャイナ服風ドレス。

 胸元のボリュームも相変わらずで、サラは目のやり場に困った。

 そんな彼女の太ももに手を添え、立ち上る真紅のメスフェロモンをガッチリ受け止める……ヒゲオヤジは本当に豪気な男だ。


「そうだな。髪型一つで変わるもんだなぁ……その髪また切るときは、俺らにも分け前寄越せよ?」


 サラは、二人の会話の噛み合わなさに、長く続けられる男女交際のコツを嗅ぎ取った。

 エシレの問いかけに、まず共感を示す。

 しかし「ぺっぴん」にまで同意すれば、今度は嫉妬させてしまうので逆効果だ。

 さりげなく話題を変えつつ、頼りがいがある盗賊の主張も混ぜ込む……ヒゲめ、お主も悪よのう。

 サラが悪代官気分でニヤニやとヒゲに笑いかけるのをスルーし、ヒゲはサラに言った。


「そういや、一昨日アイツが来たぞ。なにやら大所帯で」

「へっ? 誰ですか?」

「カリムだよ。あの小僧、いっちょまえに指揮官の顔つきになってやがった。ここの装備やら物資の予備、あらかた持ってかれちまったぜ」


 ガハハッと豪快に笑うヒゲに、サラは涙ぐみながら頭を下げた。

 カリムには、辛い役割を押し付けてしまった。

 あれだけボロボロで崩壊寸前のネルギ軍を率いて、砂漠を越える……そんな夢のような話を、着々と実行しているのだ。

 なにより、カリムの実直さがヒゲを動かした。

 見知らぬ女を守ろうとして、生死の境をさまよったあのシーンを、ヒゲもエシレも見ていたのだから。


「じゃあ、カリムはまだこの近くに?」


 うつむいてしまったサラの代わりに、アレクが尋ねる。

 ヒゲは、目の前の特大ビールジョッキの中身を飲み干すと、ドスンと音を立ててテーブルに置いた。


「あいつら……面白い目つきしてやがったぜ。体は疲れ切ってるのに、目だけギラギラさせてよ。ああいう奴らの動きは早い。馬車もいくつか貸してやったし、もう今頃砂漠の手前まで着いてるはずだ」


 同じルートを辿るなら、明日サラたちが馬車で出発すれば、明後日には砂漠を少し進んだあたりで合流できるかもしれない。

 一度合流して皆の様子を見たら、またすぐに別れなければならないけれど……。


「しかし、歩きでの砂漠越えはキツイぜ。何人か、体が弱ったヤツはうちで預かったが……さすがに騎馬やらラクタまでは全員分用意してやれないしな」

「いいえ、物資をお借りできただけでも十分です。ありがとうございますっ!」


 サラは立ち上がって、ヒゲに深々とおじぎをした。

 隣のエシレが「女の子たちをお風呂に入れてあげたのアタシー」と主張したので、サラは笑いながらエシレにも頭を下げた。


  * * *


 その晩、盗賊たちがささやかな歓迎パーティを開いてくれた。

 残念ながら頭領は不在だったが、サラはそのことをなんとなく勘付いていたため、特別ガッカリはせず……ほんの少しガッカリした。

 あちこちをブラブラしている風来坊な頭領の代わりに、カリスマ性抜群のエシレと尻に敷かれつつも頼もしいヒゲが、盗賊たちをしっかり纏め上げている。


 そして何より、胃袋という弱点を掴んでいるおばちゃんが、影の支配者なのだろうとサラは思った。

 普段の食生活は限りなく質素なものにし、仲間の誰かが大きな戦利品を得るなど、特別な日はとびきりスペシャルなメニューになる。

 丸焼きチキンだの、丸焼きブタだの、丸焼きウシが並ぶ会場には、飢えた獣モードの盗賊たちが殺到した。

 おばちゃんたちは手馴れた様子でコントロールし、人数制限と入れ替えが効率よく行われる。


 そしてサラは、久々の“姐さん”気分を味わった。

 サラの周りに挨拶をと並ぶ列は絶えず、中には「握手してください」「髪を触らせてください」などというフトドキモノも居たが、サラの隣に陣取ったエシレから刃のような視線を受けて、すごすごと撤退した。

 サラの逆サイドにはアレクが居たが、お酌を狙う女性陣が長蛇の列を作ったため、途中で「あー、めんどくせえ」の捨て台詞を残し、その場を去ってしまった。


 アレクが去って空いた席には、リーズが詰めた。

 アレクとは正反対で、リーズの周りにはまるっきり華が無い。

 どちらかというとひょろっとした、リーズと似たようなモヤシ系の若者たちが集い、大出世のお祝いとともに、そのコツをマスターすべく質問攻めにする。

 パーティの前に見た、キッチン奥の立派過ぎる壁画……大魔術師として威風堂々たるリーズと、今隣であたふたしているリーズのギャップに、サラとスプーン二匹は笑った。


 終盤、サラは何人か顔を覚えている少女……“苺ちゃん”たちと再会した。

 エシレにこっそり聞いたところ、彼女たちはサラのことをはっきり覚えていないらしい。

 それなのに、気になって仕方が無いという様子でチラチラ見てくる。

 盗賊の皆に、女神の話が知られるのも億劫だなと思い、サラは苺ちゃんたちには微笑を返すだけに留めた。

 サラの記憶だけでなく、拉致された後の記憶も薄いと聞いて、なんとなくホッとしながら。


 その後お風呂でエシレに背中を流され、すやすやと眠るリコの姿を確認してから、サラは床に就いた。

 王城でも、戦地でも、こうして温かく迎え入れてもらえることに感謝しつつ、サラは四日ぶりの深い眠りへと落ちていった。

 そして、夢の中で一人の人物と出会う。


『サラ……サラ……』

『……ジュート?』


 エメラルドのような光り輝く髪と瞳、彫りが深く端整な顔立ち、無駄なく引き締まったしなやかな体躯。

 何より、サラへ呼びかけるその声は甘く艶めいた特別なもの。

 夢でも会えたことに喜びを感じながら、サラはその胸に顔を埋めた。


『これから俺が言うことを、良く聞いて欲しい』

『うん、なぁに?』

『お前が向かう先で、もし誰かが“死”を選ぼうとしたら……何があっても止めて欲しい』

『……どういう、こと?』

『お前には分かるはずだ。俺たちの、歩むべき道が……』

『待って、ジュート!』


「――待って!」


 叫んだサラは、自分の声で目が覚めた。

 岩肌をくり貫いた通風孔も兼ねる小窓からは、眩い朝の光が差し込んでいた。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











 嵐の前の静けさ的な回になりました。最後の晩餐といっても、別にこの中の誰かが裏切るとかいう伏線はありませんが。内容的には、盗賊さんたちイイヒトだなというだけの、またあまり進まない展開になってしまいました。こうやって彼らが楽しく生活していることにも、意味はあるのです。とにかく『世界を救うべし!』みたいな話になっちゃうと、一般の人たちの顔が見えなくなってしまうので、ときどきは庶民の暮らしっぷりを入れて、物語に深みを……はい、嘘です。この先のしんどいシーンを前に尻込みする、一匹のエビ……それが作者です。カリム君滞在時には出してあげられなかったエシレ姉さんと、たまにはモテさせてあげたいリーズ君をちょっとだけ。あれがモテているのかは謎ですが。そして、常に影が薄い精霊王様も幻で登場。ちくしょー、意味深なこと言いやがって……はー、どうしよう。(←本音漏れ)

 次回は、砂漠へ出発します。あっという間にカリム君たちに追いついて、いざ王宮へ!


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