第五章(11)旅の準備
平身低頭する皆になんとか顔を上げてもらったサラは、国王の気持ちをようやく理解することができた。
王城を追い出され、しばらく一般市民として暮らして……戻ってきたら神やら英雄やらと持ち上げられ、さぞかし居心地が悪い思いをしたことだろう。
サラは、スプーンズに『もう余計なこと言わんといてやっ!』となぜかエセ大阪弁でけん制しつつ、面を上げた全員に複雑な半笑いを向けた。
「まあ、私は今までと何も変わらないから、皆も普通にして? 問題も解決したわけじゃないし、ね」
口にしながら、サラは本当にそのとおりだと思った。
今頃カリム達は、大きな決意を胸に砂漠へ向かって進み始めた頃だろう。
こちらも気を引き締めなければならない。
* * *
サラは、国王の部屋で解いたままにしておいた黒髪を結びなおし、皆にこれからの目的を告げた。
「私は今から、リコを連れて砂漠へ戻ろうと思うの。リコを治せるかは分からないけれど、術をかけた人はそこに居るはずだから」
「めが……サラ姫、戻るというのは、その翼で?」
名残惜しそうにサラの背中の辺りをチラリと見つめながら、エールが問いかける。
サラは、エールの期待に満ちた瞳を見て、なんとなくばつが悪いような気持ちで首を横に振った。
「残念だけど、今の私には女神の力が使いこなせない。だから、また馬車を用意して欲しいの。リコも連れて行くつもりだから、できるだけ広くてあまり揺れない車があったら嬉しい」
「分かった。すぐに手配させよう」
「ありがとう」
エールは力強くうなずくと、目を伏せて何やら小さな声で呟き始めた。
早速魔術で伝言を飛ばし、旅の手配をしてくれているようだ。
サラはその細面な顔から、自分と同じ長く手入れされた黒髪、そして痩せた体と、視線を上から下へと動かしていく。
光の妖精の力を持ってしても、未だ闇の魔術の支配から逃れられていないエール。
病的なまでに白く、痩せた頬が痛々しい。
それでも、あの赤い花の広場でサラが命を救おうとしたときよりは、だいぶマシになっていると思う。
食事もしっかり取るようになったし、肉体的な強さは取り戻しつつある。
ただし、傷ついた魂そのものを癒すには、もう少し時間がかかるのだろう。
ふと、戦場で出会ったもう一人の優秀な魔術師を思い出し、サラは考えた。
どう考えても、キール将軍の方が過酷な環境に置かれていたのに、二人を見比べるとエールの方が若干頼りなげに見えるのはなぜだろうか?
見た目ではなく、体から湧き上がる生命力のようなものが違う……そんな気がした。
必要なのは、自分で闇を克服しようとする力だと、ジュートは教えてくれた。
もしかしたら、キール将軍が赤い瞳から逃れられたのは、キースが戦地に送られてきたからかもしれない。
彼女を助けたいと願う気持ちが、または『国を変えたい』と高く掲げた理想が、闇を追い払う。
つまりは、希望が必要ということだ。
サラはエールに歩み寄り、至近距離からその顔を見上げてささやいた。
「エール王子、今度ここへ戻れたら、あなたの望みを一つ叶えてあげる。何か私にして欲しいことはある?」
女神サラの甘い誘惑に、エールはめまいを感じよろめいた。
* * *
上目遣いで見つめられ、エールは白い頬をみるみる赤く染めていく。
隣に立つアレクが「おい王子様、何考えてんだよっ!」とツッコミを入れるものの、紅潮した頬はなかなか戻らない。
「いや、俺は別に、何も……」
「遠慮しないで。国王様にも一つ、同じ約束をしてきたから」
「父様に?」
「うん。戻ってきたら“一日専属メイド”してあげるって」
無邪気に微笑むサラを見て、ピシリと硬直する男性三名。
特にエールは、尊敬してやまない父の願いをリアルに知って、かなりのダメージを受けたようだ。
困ったり動揺したときの癖になった……左胸のホタル入りケースを握り締めて、ウーンと唸り声を上げている。
一人本物のメイドであるナチルは、サラを舐めるように見つめながら「女神様にメイド服を用意しなければっ」と、また別の意味の欲望を露にする。
「私にできることなら、何でもいいよ?」
にこにこしつつエールを見上げるサラ。
サラの笑顔に魅入られるエール。
見詰め合う二人、特にうっすらと邪念を感じさせる表情のエールに、アレクが「王子様、なんか邪なこと考えてねーだろーな」と小声でツッコミを入れると、エールは夢から覚めたようにビクリと体を震わせた。
「俺の望みは……いや、今はまだいい。何も思いつかないんだ」
「そう、分かった。じゃ考えといてね」
誰かと、未来の約束を交わす。
たったそれだけで、驚くほど生気を取り戻していくエール。
その変化を目の前で見せ付けられて、サラは「これは良い方法を見つけちゃったかも」と一人ニヤついた。
何も変わらないと言われても、光をまとう長い黒髪と純白の翼を見てしまった者には、サラのニヤけた笑顔も神々しい微笑に脳内変換されて映る。
特に、ショートカットのサラしか見たことが無いエールとアレクには、ギャップが大きかった。
美しい長い髪が、黒騎士や少年といったサラの印象をひっくり返す。
二人が眩しげに目を細めてサラを見つめる中、サラは次の目的を達成するべく動いた。
「ねえ、リーズ」
サラが近づいても、リーズはもう逃げなかった。
それどころか「なに? サー坊」と笑いかける余裕すらある。
幼少期から強烈キャラに囲まれ、散々もてあそばれてきたせいか、動揺が表に現れないし異常に打たれ強強いタイプ……本当に強い人というのはリーズみたいな人のことかもしれない。
サラはクスッと笑うと、先ほどからせわしなくグーとパーを繰り返している、リーズの手をとった。
「お願い。今から私と一緒に、砂漠へ行って欲しいの」
* * *
「サラっ!」
「サラ姫っ!」
リーズの両隣から、同時に声上がる。
その声色で、二人の気持ちはサラにも十分伝わった。
「来て欲しいのはリーズだけ。国王様の調子が悪いのに、大事な立場のエール王子は連れていけないよ。そもそもネルギは危険な国だし、王子様なんてバレたら大変だから……ね?」
軽く唇を噛んだエールが、わかりましたと呟いて頭を下げた。
もう一人、血気盛んな勇者が名乗りを上げる。
「じゃあ俺はっ!」
「アレクには、自治区のこともあるでしょ? あとは、リーズの代わりにエール王子の治癒を任せられる人が要るし……光の魔術を使える人って、他に居ないから」
サラが言葉を重ねる毎に、アレクの目つきは鋭くなり、不満が心に溜まっていくのが見て取れる。
何と言って説得したらよいのか分からず、サラが途方にくれかけたとき。
一隻の助け舟ならぬ、巨大な黒船がやってきた。
「どうぞ連れて行ってくださいませ。“幸運の勇者”さまを」
「――コーティ!」
音も無くドアを開け部屋に入り込んできたのは、美しいマットなブロンドを揺らした美女だった。
笑顔で迎え入れるサラと対照的に、アレクはその姿を見て一気に機嫌を悪くする。
顔をしかめながら、嫌味攻撃を一ターン。
「盗み聞きとは趣味が悪いな。いつから話を聞いていた?」
「諜報活動は立派な仕事です。それ以前に、野蛮な方から大事なエール王子やサラ姫を守るのも私の役目ですし、見守るのは当然のこと。あともう一点、あなたごときがエール王子の治癒をなさるとは笑止千万」
太刀を軽く一振りしただけのアレクは、見事な三倍返しを食らい、がっくりと肩を落とした。
アレクを“口撃”で黙らせたコーティは、サラに歩み寄り丁寧に頭を下げた。
「サラ姫様。こうして体調も戻りましたし、私も光の祝福を受けた身です。ソコのアレより余程役に立ちますので、どうかエール王子のことは私にお任せください」
「自治区のことも、心配ありませんよっ。ぶらぶら遊びまわっている領主様より、私の方がよほど役に立ちますからね」
便乗するように、ナチルが余裕たっぷりな笑みを浮かべて発言した。
女神モードなサラには、二人が『アレク大好き』と訴えているように見える。
大きな手でこめかみを抑えるアレクと、二人の天邪鬼で可愛らしい小悪魔を見比べて……サラは笑った。
↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。
ようやく出発の準備が整いました。メンバーは、第四章では置いてけぼりで腐ってたアレク様&何気に人類最強なリーズ君です。やっぱ旅のメンバー選ぶのってRPGっぽくて楽しい。今回のメインは、サラちゃんへのお願い妄想? エール王子のお願いは、むっつりなキャラだけあってややシモな方向へ行ってしまったので、考え中ということでお茶濁しました。残りの王子二人も帰ってきたら「ズルイ」と言い出すはずなので、番外編は四つ分になりそうです。サブタイトルは『ああっ女神様っ』あたりで……あ、パクりじゃなくてオマージュですよー。あと、最後に可愛い女子のほんのりラブを書けて幸せ。どうもイチャイチャより意地っ張り天邪鬼な片思い系シチュエーションが好きらしいです。とりあえずアレク様とコーティちゃんの番外編も決定です。(まずは本編完結……ガンバリマス)
次回は、あっさり旅を進めて行きます。まずは盗賊の砦へゴー。アレク様は五年ぶりの里帰りです。