第五章(8)神殿
適当な空き部屋に月巫女を連れ込むと、サラは堂々と話しかけた。
「ちょっと! さっきの話ちゃんと教えて!」
「ずいぶん乱暴ですね……やはりあなたは国王様には相応しく無い」
「――私、国王様狙ってませんから!」
サラが必死の形相で迫ると、月巫女は一瞬少女のようにきょとんとした顔でサラを見つめた後、「冗談ですよ」と笑った。
こんな風に笑う月巫女を初めて見たサラは、驚きのあまり部屋の隅までザーッと後退る。
「あなたも、冗談なんて言うのね……」
あの鉄面皮で、一分の隙も無い月巫女が笑うなんて、今にも天変地異が起こりそうだ。
しかし、嘘はつかないけれど冗談は言うというのも微妙な線引きだなと、サラが自分の強引なトンチも忘れて考え込んだとき。
月巫女は、さらに爆弾を落とした。
「冗談くらい言いますよ。私はまだ“人間”ですから……ね、女神様?」
サラは、その場にぺたりと座り込んだ。
壁に押し付けた背中の生地がずれて、むき出しの肩甲骨が冷たい壁面に触れ、サラは「ヒャッ!」と飛び上がる。
本人さえも、すっかり忘れていたその事実……。
怯えつつ、サラは聞き返した。
「あなた、なぜそれを知って……」
「私たち巫女は、本来神の声を聞く者。あなたの声を聞くことは、私の使命の一つですから」
まあ女神様がこんなに単純な方とは思いませんでしたけれど、とさりげなく嫌味を混ぜつつ、月巫女は笑う。
サラには、月巫女の態度が豹変した理由がようやく分かった。
月巫女にとって、サラは国王を狙う敵から、守るべき身内ポジションになったのだ。
それを自覚していて……月巫女は今までサラをいじって遊んでいたのかもしれない。
「あーもういいや。“女神”として聞きますよ。あなたが知っていること、全部教えて」
「かしこまりました。ただ、私が知ることもそれほど多くありませんので、ご容赦ください」
からかい混じりの口調をあらため、いつもどおり流麗なささやき声で、月巫女は話し始めた。
* * *
「そもそも私たちのように、精霊の森へ送られる巫女は“神殿の巫女”と呼ばれております。神殿の巫女は我らが聖なる母より選ばれし者。決して途絶えてはならないと……」
サラは、月巫女の口から紡がれる小難しい説明を、ザクザク噛み砕きながら理解していった。
月巫女を含め、精霊の森に派遣される巫女は、母親のお腹に居るときから「次はアンタね」と予言を受けて生まれるらしい。
予言が発生すれば、今まで精霊の森に閉じ込められていた巫女が出て来られる。
次代の巫女は、十五歳の成人になるタイミングで森へ行き、前任の巫女は引継ぎをして去る……とてもシステマチックだ。
「私と姉も、前任の巫女より聞かされたことは、ほんのわずかです。森を統べる精霊王さまがいらっしゃらないこと、神殿からはなるべく出てはならないこと。食事を取らなくても命には関わらず、年齢もほとんど進まないということ。そして……万が一、普通の人間が神殿を訪れたときは、欲しいものを一つだけ授けること」
神殿の巫女とは、まるで竜宮城の乙姫さまのようだ。
あの童話だと、乙姫さまは「開けるな」と言いつつ危険な玉手箱を授けるというかなりの悪女。
しかしこの世界に玉手箱はなく、代わりに宝石など本当に欲しい宝物がもらえるのだから、なかなか悪くないな、とサラは思った。
もちろん、カメを助ける以上の苦行を乗り越えねばならないのだが。
「あの森には、時間という概念がありません。姉と私は、神殿の地下に広がる『大図書館』で本を読んで過ごしていました。大図書館には、主にこの世界のなりたちや神話関連の本が収められております。その広さは地の底まで届くと言われており、どれほど時間があっても読みきれることはありません」
前任の巫女曰く、それらの本を読みきる前に次の巫女が来てしまうので、読みたいものから急いで選ぶように言われたらしい。
マンガ喫茶に引きこもって暮らすようで、なかなか楽しげだ。
「マンガキッサ……とは?」
「ちょっと、私の心は読まないでいいから!」
この人の前では、迂闊な妄想はできないとようやく察したサラは、あらためて月巫女の話に集中する。
「務めを果たした後、神殿の巫女は森で得た能力……闇の魔術と、大図書館で得た深い知識を用いて、国の運営に関わっていきます。そのため、巫女に選ばれることはその家にとって大変名誉なことです」
私の家も……と言いかけた月巫女は、なぜか口篭った。
女神の勘が、「そこは突っ込まない方がいい」と告げたため、その話題をスルーした。
月巫女は、話を続ける。
「長きに渡りそのような慣習が続いてきたおかげで、私と姉が生まれたときはずいぶん“不吉な巫女”と騒がれたものです。通常、巫女に選ばれるのはただ一人。双子が巫女になったことはありませんでした」
レントゲンなど無いこの世界で、巫女になれる『女の子』の誕生を言い当ててきたのは、『聖母』と呼ばれる占い師のような人物。
人間より数倍も長く生きる彼女は、初代の巫女ではないかと言われているが、真相は定かではない。
国営の中枢におり、民からの信頼も厚いという。
ところが双子が生まれた時は、その聖母を糾弾する声が上がるほどの騒ぎになったそうだ。
「しかし、私と姉は二人で一人……そのような結論になり、二人一緒に森へ送られました。姉と私は正反対の力と気質を持っていましたので。姉の外見も性格も、私とは似ていません。巫女としての本質は同じなのですが」
そこまで話した月巫女は、不意に表情を翳らせる。
「私たちは、森に残るべきだったのかもしれません。精霊王様も戻らず、神殿には誰も居なくなってしまった。その後のことは……女神様もすでにご存知のとおりです」
サラは、先ほど国王に打ち明けられたばかりの痛ましい話と……リプレイされたおぞましい映像を思い出しかけ、慌てて頭を振った。
今は冷静さを失うべきではない。
なるべく多くの事実を知って、対策を立てなければならない。
「今も、森の神殿には誰も巫女が居ないと思われます。巫女の入れ替わりのためには、前任の者が神殿への道を開かなければなりませんので。巫女が居ないことが、もしかしたら……いいえ、それ以上のことは、私には分かりません」
月巫女はそこまで語ると、役目は果たしたというように優雅な一礼を残し、「ではこれで」と部屋を出て行った。
* * *
一度国王に挨拶をしてから、サラは後宮入り口に待機しているデリスとナチルの元へ急いだ。
毛足が長くやわらかい絨毯を、新しい革靴で踏みしめながら、サラは考える。
生まれた双子の巫女。
神殿へ導かれた国王。
誰もいなくなった神殿。
「森の増殖……闇の魔術の氾濫……砂漠化……」
バラバラのピースを一つずつ重ねていくように、サラは考える。
偶然というにはタイミングが良すぎる。
かならずどこかでリンクしてくるはずだけれど、まだ情報のピースが足りない。
一瞬脳裏をよぎったある可能性も、すぐに打ち消された。
魔女は、まだこの世界に居るのだ。
砂漠のどこかに身を潜め、赤い瞳を隠し持つ美しい女性を、一刻も早く探し出さなければならない。
太陽の巫女が、闇の魔術を使う魔女だということは、どうやら間違いなさそうだ。
月巫女は確信が持てないのか言葉にしなかったけれど、太陽の巫女はこの国を狙っているのだ。
特に、自分を平和な神殿から連れ出した国王を。
だからこそ月巫女は、国王に近づこうとする女を、必要以上に警戒していたのではないか?
「なんて……またデリスに怒られちゃうな」
サラは自嘲した。
月巫女をかばいたくなるこの気持ちは、きっと女神のものだ。
何かを守るために何かを切り捨てる……月巫女にとって、この王城は戦地と同じだった。
しかし、切り捨てられた側に罪が無いなら、月巫女の行為は過剰防衛でしかない。
いくら敵が、恐ろしい魔女だったとしても……。
「全てを、滅ぼす……か」
サラは、不安にうずく胸をおさえながら、太陽の巫女が残した強烈な怨念の中にヒントを探った。
さっき、一瞬シンクロした魔女の願いは、皆既日食のときに感じたそのものだった。
この世界を全て、森で埋め尽くす。
生命を育む太陽を隠し、暗闇の中に赤い花だけを灯して……。
あのとき見えた景色はやけに幻想的で、美しいと思えた。
「それでも、間違ってる」
人間も動物も、生きているということはキレイなことばかりじゃない。
それでも、短い命を必死で生き抜く姿こそが、美しいと思えるから。
私は、魔女を止めなければならない。
サラは顔をあげると、大事な友人の元へと急いだ。
↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。
太陽の巫女ネタ、一旦終了です。けっこう長くなってしまった。その割には中身が薄……ううん、いいの。ギャグは癒しだから。今回も無理やりねじ込んでしまいました。ちょっぴりね。あと、何度も言いますが大陸の話はスルー推奨ということでよろしくお願いいたします。伏線っぽいサワリがあっても、その先はノープランですので。神殿の巫女さまの、楽しいマンガ喫茶ライフはいいですねー。ご飯は食べても食べなくても良し、たまにドリンクバーで紅茶花伝ミルクティでも補給できれば……ん? 神殿にドリンクバーは無いって? こりゃまた失礼(←単なる昭和ギャグなので割愛)結局、巫女さまが何のためにそこへ呼ばれるのかは分からずですが、その辺はまた今後の展開しだいでちまちまと。
次回は、ようやくリコのところに到着します。えらい時間がかかってもーたー。薄情な主人公でスマン!(ちなみに明日は、ホラー企画作品のアップがあるので、更新時間ちょい早め予定……の予定……)




