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第五章(7)月巫女の逆襲

「サラ姫様、その行為には何の意味が?」


 国王の寝室に敷かれた、毛足が長くモコモコのカーペット。

 そこに額をこすりつける土下座スタイルのサラを見下ろしながら、直立不動の月巫女は冷たすぎる声を降らせた。

 ベッドの上から隣室へと移動した国王は、サラのために温かいお茶を淹れ直しつつも、開かれた寝室の中をのぞき込むと、呆れたような口調で言った。


「サラ姫。本当にもういいから、勘弁してくれ」


 肺の空気を全て押し出すような、恐ろしく長いため息を耳にして、サラはそろりと顔を上げた。

 月巫女に殴られた頬の痛みは、サラがとっさに手のひらを当てると、きれいさっぱり消えてしまった。

 もっと痛いままにしておけば良かったと、サラは思う。

 自我を失った自分は、こともあろうか国王様に危害を加えようとしたのだから……猛省必須。


「しかしお前はまた、牢を勝手に出て……これでは幽閉の意味が無いな」

「申し訳ありません」


 しゃあしゃあと言ってのける月巫女に、悪びれた様子は一切無い。

 顔を上げ立ち上がったサラは、自分のすぐ脇に立つ月巫女の細い足首と、細身の白いワンピース、そしておかっぱの髪、感情の無い表情と、順繰りに見つめた。

 この人にも、礼を言わねばなるまい。


「あのっ、月巫女……さん、私……」

「次は、殺します」


 月巫女は、嘘をつかない。

 その声はサラが今まで耳にした何よりも恐ろしく……サラは「キャン!」と鳴いて尻尾を丸めた。

 ちょうど国王が「さあ二人とも、お茶にしよう」と声をかけてくれたので、これ幸いとばかりにサラはその場からトンズラした。


  * * *


 国王、月巫女と、一つのテーブルにつきお茶を飲む。

 考えてみればとんでもないシチュエーションなのだが、今のサラにそれを気にする余裕などなかった。


「止めてもらって、助かりました。私本当にどうしてあんなこと……」


 サラは、あらためて二人に頭を下げた。

 国王が苦笑しつつ「もういいから」と言ってくれたけれど、サラはまだショックが覚めやらない。

 立ち上る熱い湯気の中に顔を埋めながら、鼻をスンスンとすすった。

 心が闇に支配される……その恐怖を思い出し、一瞬身震いする。


「あなたの感情は、視えないけれど読みやすい。利用することは容易いのです」


 冷たすぎる口調は、ドライアイスから立ち上る煙のようにサラを包む。

 月巫女の悪行をすっかり失念し、ひたすら恐縮するサラに、国王が声をかけた。


「俺があんな話をしたからいけなかったんだな。すまなかった。誰にも言うべきではないと思っていたのだが……」

「いいえ、それはっ。砂漠に居る“魔女”が、本当に国王様の探している人物なら、そのことは知っておかなければならないので」


 舌が火傷するのも構わず、サラはぐびっとお茶を飲んだ。

 お茶を飲んでお茶を濁す……そんな言葉が思い浮かび、ようやく『元の自分に戻った』感覚になる。

 隣にいる月巫女の視線は冷たいが、それもいつもどおりだ。


「とにかく、これから私はネルギへ戻ります。ネルギ軍の支援やリコのためもありますが、魔女のことも……全ての鍵があの国にあると思うので」


 今頃カリムたちも、ネルギへ向かって出発したはず。

 サラにとって『赤い瞳』という言葉しかヒントが無かった魔女の姿が、より鮮明にイメージできていた。

 魔女は、感情によって瞳の色を変えるのだ。

 月巫女の姉ならば、ビジュアル的にもそれなりに若く美しい女性だろうけれど……。


『あなたの、想像される通りではないかしら』


 サラは、口に含んだお茶をスプラッシュ寸前で飲み込んだ。

 咳き込む背中をさりげなくさすりながら、月巫女に瞳を細めながら微笑む。


「サラ姫様、大丈夫ですか?」

「大丈夫……ですわよっ」


 月巫女の視線は、まさに怜悧な刃物のようだ。

 サラが油断すれば、斬り付けて来る。

 または、こうしてからかってくるのだ。


『なぜ突然っ!』

『読めてしまうのですから、仕方ありません』

『普通に口で言ってくれたら!』

『傷ついていらっしゃる国王様の前で、その話はできません』


 視線で会話する二人に気付かず、国王は珍しいものを見るように、サラにじゃれつく月巫女を見つめた。


  * * *


 ショートボブになった月巫女と、超ロングになったサラは、髪の長さだけではなく立場も逆転してしまったようだ。

 国王にとって都合の悪い台詞だけ、心話で語りかけてくる月巫女に、サラは何度もお茶を吹かされそうになった。


「最初は俺も、太陽の巫女は大陸へ逃げたと思っていた。先日の武道大会の後、ファースから報告を受けるまでは」

「それは、どんな内容だったんですか?」

「大陸には、巫女たちの母親が居るんだ。その母親が居る国はどうやら奇妙な……まあ、話が長くなるからそれは置いておこう」


 苦笑する国王に、サラはなんとなく相槌を打った。

 今は聞かない方が良い……聞いたらさらに話がややこしくなる、そんな予感がした。

 自分の母親の話題だというのに、月巫女はノーリアクションでお茶を口にする。

 自分の心はバレバレなのに、サラに月巫女の心を読むことはできなかった。


「魔女が大陸に居ないとすれば、この半島のどこかに居ることになる。ちょうどあの頃から精霊の森の増殖が始まって、単に逃げる機会を逸したのかもしれないが」


 一度森に受け入れられ、自らそこを旅立った者は、やはり二度と入れないのだ。

 太陽の巫女も、月巫女も……。


『精霊王も、ですね』

『読まないでくださいっ』

『あと、私は別に戻りたいなどとは一切考えておりません』

『だから、読まないでってば!』


 サラは、ツンとすました月巫女の涼しげな顔を一べつすると、国王に向き合った。


「魔女が、まだこの国に居るという可能性は無いんですか?」

「それは……分からない」

『そんなことが分かっていたら、国王様の手腕があればとっくに見つけております』


「もー、うるさいなっ!」


 突然かんしゃくを起こしたサラに、とりあえず「すまん」と謝る国王。

 サラは「いえっ、国王じゃなく私の耳元にハエが……オホホ」と笑ってごまかした。


『この銀バエっ! もう私に話かけないで!』

『分かりました。せっかく“姉の話”を詳しくお伝えしようと思ったのですが……残念です。もうサラ姫様には話しかけません』


「えっ……?」


 その後、サラがいくら心で話しかけても、月巫女は全て無視した。

 最初は「ねーねー」と甘えておねだりし、「もうイイッ!」と逆切れし、最後は「ごめんなさい」と真摯に謝ってみた。

 結果、月巫女はどんなときも嘘をつかないキャラなのだと知った。


「うーっ、イライラするっ!」

「おい、サラ姫? どうしたんだ」


 国王が、サラの七変化に戸惑いの表情を浮かべるものの、サラの頭は月巫女攻略でいっぱいだった。

 正攻法でお願いしてダメなら、からめ手で攻めるしかない。

 嘘をつかないということは……。


「――そっか! 国王様、ちょっとこの人借りますねっ!」


 サラは、月巫女のワンピースの袖を掴むと、強引に立ち上がらせる。

 それでも口を開かない月巫女を、部屋から引っ張り出した。

 後ろ手にドアを閉めると、サラは月巫女に最高級の笑顔を向けた。


「あなたが私に話しかけないなら、私から話しかけて、あなたは“答える”だけってのはどう? それならいいでしょ?」


 サラのひねり出した『このはし渡るべからず』のトンチ的発想に、月巫女は少し眉根を寄せて「仕方ありませんね」と呟いた。

 よりくだらない二の矢三の矢を考えていたサラは、ほっと胸をなでおろす。

 月巫女は「これ以上くだらない問答に付き合わされたくありませんので」と、冷たく言った。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











 どうでしょう、こんな月巫女さま。完全にキャラがおかしくなってきました。無口でクールで利己的な美女……利己的なのは一緒なのですが、クールに「殺す」と言われるとギャグになるのですね。サラちゃんと案外(漫才の)相性良いです。しかし、まさか月巫女さまを『銀バエ』扱いするとは、このサラちゃんの口の悪さはいったいどこから……馬場先生か。月巫女さんが活躍したせいで、国王様の影が薄くなってもーた。サラちゃんはまた土下座だし、シリアスな雰囲気もどこへやら。しかしこういう展開が一番好きなのです。残念なのは、やはり話が進まなくなるということ……だ、大丈夫さっ。目指せ八月中完結! ちなみに大陸の向こうの話は、すべて聞かなかったことにしてくださいませ。続編は未定中の未定であります。

 次回は、月巫女さまとツーショットで、神殿の巫女さまのお仕事について少し。その後リコのお見舞いへゴー。

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