第五章(3)国王のワガママ
サラが到着してからというもの、国王は「一緒に寝よう」からスタートし、熱っぽいから額に手を当てろやら、呼吸が苦しいから胸をさすれやら、喉が渇いたから水を飲ませてくれだの……まさにワガママ放題だった。
ジワジワと繰り返される微エロ系の攻撃が実を結び、ナチルへの教育上の配慮をしたデリスを廊下に追いやることに成功した。
* * *
「ようやく二人きりになれたな、サラ姫」
「国王様……意外と、元気ですね」
「そう見えるとしたら、それはサラ姫が一緒に居てくれるからだよ」
ベッドサイドに置いてあったスツールに腰掛けたサラは、デリスとナチルが準備してくれたお茶を飲みつつ、小粋な口説き文句と笑顔をスルーする。
サラは、だんだん国王の意図が理解できてきた。
こういうことをする人を知っている。
もっとも、彼はまだ本当に子どもなので、可愛げはあるのだが。
「国王様、たまーに病気になって、お母さんに甘える子どもみたいですよ?」
要は、心細いのだ。
サラ自身も、めったに寝込まない健康優良児だったため、たまに体調を崩すとなんだか世界が自分をおいてけぼりにするような不安を感じた。
自分がいなくても世界は回るということを、国王はようやく実感したのだろう。
ほんの少し前までは、自分が大黒柱だっただけになおさら。
「早く元気になってくれなければ、デリスも王子たちも困りますよ。もちろん私だって」
欲しい言葉をもらえたせいか、国王は含み笑いを浮かべると、ワガママを封印し自力で上半身を起こした。
サラは、手にしたティーカップをサイドボードに置いた。
歩きながら後ろ手にくくった皮ひもが緩んでしまったから、長い前髪が少し頭を下げるだけで零れてくる。
一度解いて縛りなおそうとしたところ、ハラリ解けたところで国王に「そのままで」と言われてしまった。
太陽が沈み、ランプの明かりのみという薄暗い室内でも輝く黒髪。
国王は、指を伸ばして触れた。
サラの二倍は太く、乾いてささくれだった指先が、滑らかな感触を愉しむように行き来する。
指が動くたびにベッドが波打ち、衣擦れの音が響く。
「今だけはサラ姫が俺の母か……それも悪くないな。たまには病になることにしよう」
サラは、このオッサン……と文句を言おうとして、グッと堪えた。
今のサラは、反省謝罪モードで通さねばならない。
なぜなら、サラの部下でもあり仲間でもある人物、ひいてはバックにいるネルギ国が、トリウムの国王の命をおびやかしたのだから。
「そういわれれば、サラ姫の髪や手に触れていると、なぜだか安心するな。まるで母なる女神に抱かれているようだ」
「――にょっ?」
国王のさりげない比喩表現に、サラは挙動不審な叫び声をあげた。
クロルが伝言したわけでもなく、月巫女が心の声を聴き取ったわけでもないのに、なんという鋭さ。
動揺して挙動不審に目線を動かすサラに、国王は「どうした?」と裏の無い言葉を投げかけてくる。
サラは愛想笑いをしながら、なんでもありませんと言った。
この国へ舞い戻ってきたときは、そのまま王城へ飛んで行ってもかまわないくらいに開き直っていた。
しかし、一度普通の人間に戻ってしまうと、なるべく隠さなければならない秘密のように思えるから不思議だ。
秘密といっても、明日には王子二人が戻り、すべてを報告してしまうのだけれど。
できれば、その前にこの国を立ちたい。
「国王様、そろそろ本題に入ってよろしいでしょうか?」
サラは、自分の髪をもてあそぶ指先を掴まえると、そっと降ろした。
* * *
手の中からすり抜けていったサラの髪を残念そうに見つめながらも、国王はその表情を為政者のものへと変えた。
サラもそんな国王に対峙し、気合を入れなおす。
国王が、中途半端に背中の枕に寄りかかる姿勢から、もう少し体を起こすべくベッドの上をずりっと移動したとき、サラは見てしまった。
先ほどまで眠っていたせいで、腰紐が緩んだのだろうか。
国王の寝間着であるオフホワイトのガウンの胸元は見事にはだけ、厚い胸板がモロ見えだ。
盛り上がる胸筋と、ダークブラウンの胸毛を直視してしまったサラは、手のひらで口元をおさえながら「せくしーびーむ」と小声で呟いた。
所在なさげに、椅子の上でもじもじお尻を動かすサラ。
そのリアクションを見て、何かを誤解したのか、国王は声のトーンを落とした。
「ふざけてすまなかったな、サラ姫。もしリコ殿を見舞いたいならば先に」
「いいえ、それは後でかまいません」
「では、小用でも?」
「いや、それも……」
真っ赤になったサラは、脳内を駆け巡る百八つの煩悩を振り払うべく立ち上がった。
一度背筋を伸ばして直立し、指を体の前で重ねると、できる限り深く頭を下げる。
「国王様。まずはきちんと状況をお聞きしたいのです。その前に、リコの件はお詫びを」
サラは「顔を上げろ」と三度言われるまで、その姿勢を崩さなかった。
もしリコの手にかかって国王の命が奪われていたら……想像するだけでぞっとする。
リコには今も、エール、アレク、リーズという、この国では最強クラスの魔術師がついているし、命に別状が無いなら解決すべき優先順位は身内以外からだ。
「リコの罪は私の罪です。私が、どんな処罰でも引き受けます」
「サラ姫……」
「ただ、少しだけお待ちいただきたいのです。リコや、他のネルギ国民を刺客へと仕立て上げた人物は、私の手で捕まえてみせます」
宣言した言葉には、またもや精霊が宿った。
国王は黙って一度うなずくと、大きなため息と共に苦笑した。
「サラ姫は、すぐに姿を変えるのだな。母のようにも、女神のようにも、戦士にも」
「すみません、もしかして怖い顔してました?」
緩んだ空気の中、サラは両手で頬を覆った。
自分でも、スイッチが入る瞬間が分かってきた。
そのボタンを押されると、キャラが変わってしまうのだと。
普通モード、女神モード、黒騎士モードの三つがコロコロと。
「まあ、どのようなサラ姫も、俺から見れば十分可愛らしいが」
サラが「あしゅら面……」と考える間に、国王様のスイッチも押されていた。
「実は、サラ姫にはぜひ着てもらいたい服があるのだが……今回の罰として、それを用意しておこう」
「なっ、なんでしょう?」
「あのナチル嬢と同じ服を。今度この城へ戻ってきときは、サラ姫は一日俺の専属メイドだ」
ベッドの上、先ほどまで芳しくなかった顔色はだいぶ良くなり、名案とばかりにあごひげをしゃくる。
どうやら国王様は、正統派のメイドがお好きなようだった。
* * *
とりあえず一日メイドの件を承諾したサラは、国王のペースに呑まれてたまるかと、黒騎士モードのスイッチを押した。
まずは日中、戦場で起こった出来事について切り出す。
「すでに報告があったかと思いますが……ネルギ軍は撤退し、もうこの国からは居なくなりました」
「ああ、本当によくやったな。どのような手法を取ったのかは確認していないが……よもやまた無茶をしたのではあるまいな、サラ姫」
切り返された言葉に、サラは顔を引きつらせながら微笑む。
白くふっくらとした頬の筋肉がぴくぴく動くさまを見て、国王はこれみよがしなため息をついた。
サラはごまかし笑いを浮かべたまま、先ほども使った嘘を繰り返した。
「少しだけ無茶しましたが……おかげで、私の秘められた魔力が開花したのですよ」
先ほど国王は、見事な長髪になって現れたサラに向かって、一言「頭に怪我でもしたのか?」と聞いた。
間接的に『ヅラか?』と聞かれたことに、サラは脱力しつつも説明してみせたのだ。
魔力が無いはずだった自分が、ピンチに陥った瞬間に魔術師として覚醒し、その副作用でなぜか髪が伸びてしまったのだと。
嘘と本当の境界線ギリギリな話だったので、サラはよどみなく語り終え、実際現場を見ていない国王は、内心マユツバながらもそれを受け入れるしかなかった。
「少しだけ、か……サラ姫の世の中の姫君たちとはだいぶ尺度が違うし、相当危険な目にあったのでは」
「まあいいじゃないですかっ。こうしてピンピンしてますし、終わり良ければすべて良しですよっ」
眼光鋭く睨みつける国王。
実際に顔の形も分からなくなるくらい殴られ、闇が覆ったときは一度命を落としたことをほんのり思い出し……サラは「カーッカッカ」と不自然な笑い声をあげてごまかした。
↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。
すみま千円……国王様とイチャイチャしたくなってしまいました。甘えたくなったっていいじゃない、王様だもの。メイド好きだっていいじゃない、王様だもの。大事なことなので二回言いました。サラちゃんの『ムフッ☆メイド体験記』は、当然終了後の番外編ボックスへポイッ! ああ、早くそこへ辿り着きたい……。進まないのは夏のせいです。作者のせいではありません。頭の中に『おっととっと夏だぜ』が回るため、筆が止まります。ちょっとだけ報告などのシリアスシーンもありましたが、今回はおふざけで。補足ギャグは『あしゅら面』ですね。彼はきん肉マンでもっとも好きな超人なので、あちこちで使わせてもらってます。「カーッカッカ」という笑い声もたまりません。しかし、実際作者は部屋で笑ってみたのですが、かなりの難易度でした。悪役の定番「キョーッキョッキョ」とどっこいどっこいです。声優さんってスゲー。
次回から、どんどんシリアスモードに入っていきます。まずは国王様と和平案について真剣しゃべり場的トークを。
 




