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砂漠に降る花  作者: AQ(三田たたみ)


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第五章(2)状況確認

 ほんの数時間前、世界を覆った突然の暗闇。

 それは、このトリウム王城も例外ではなかった。

 皆既日食の間、太陽の輪郭が現れるまでは、一切の魔術が使えなくなったという。

 当然結界は消え、暗闇の中で炎を灯すこともできず、一時城内は騒然となったのだとデリスは語った。


「私には見えました。あの子の瞳が赤く染まり、体からは黒い悪魔が出でて国王様に襲い掛かるのを……私は止めるどころか、一歩も動くことはできませんでした。あの子は私の悲鳴に一瞬自我を取り戻したようで、泣きながら……自らに悪魔の攻撃を向けたのです」


 皆既日食は、闇の魔術だけがこの世界を支配する、特別な時間だった。

 リコに植えられた悪魔の種は、ただそのときを待っていたのだ。

 善良なリコに寄生した虫のように。

 サラは、顔色を悪くするデリスに、なるべく静かな声色で尋ねた。


「それで、国王様とリコは?」

「はい、私はすぐに助けを求めて部屋を出ました。たまたまエール王子とリーズ様がお近くにいらして、暗闇が消えると同時に治癒を。国王様は会話ができるくらいには安定しています。リコは……命に別状は無いものの、寝ている時間が多いようです」


 サラが軽く安堵のため息を漏らすと、デリスはサラと別の意味でため息をついた。


「申し訳ありません、サラ姫様。私は今、嘘をつきました。本当は、誰よりも先にあの女……月巫女が飛び込んできたのです。暗闇の中、国王様を取りまく悪魔を消し去り、リコにも治癒の魔術をかけて……」


 サラが、出発前に訪れた地下牢。 

 国王とエール王子が尽力を注いだ封印の魔術も、皆既日食が崩してしまった。

 それが幸運な結果をもたらした。


「そう……月巫女には、感謝しなくちゃね」


 デリスは、複雑な心境だろう。

 大切なひとを死に追いやった憎むべき相手が、いまや命の恩人になってしまったのだから。

 サラの台詞に「はい」とうなずくデリスは、本当に強い女性だと思った。


  * * *


 もうそろそろ国王の部屋に着くというところで、デリスは言った。


「目が覚めた国王様は、私に“全てを許せ”とおっしゃりました。リコのことも、あの女のことも……私は思ったのです。私の中の消えない恨みが、此度の闇を招いたのではないかと……」

「デリス、それは考えすぎ。自分を責めないで。気付かなかったのは、皆同じなんだから。私だって……」


 昨夜のことを思い出し、サラの胸はしめつけられるように痛んだ。

 目覚めたキールが、サラに大事なヒントを残してくれていたことに気付いたのは、翼を広げ空から王城を眺めたとき。

 キールは、サラ姫が『黒髪黒目の少女に、闇の魔術を仕込むことは楽だ』と告げた。

 つまり、楽ではない比較対象があった……黒髪黒目でない相手にも魔術をかけたのだ。


「私も本当は、ネルギ王宮を出るときに、闇の魔術をかけられそうになったの。たまたま私は、魔術を受け付けない体だったのだけれど……」


 考えれば、すぐに分かることだった。

 魔力が少なく、サラ姫と面識の無いカリムですら、念のためとクロルに『銀の砂』を飲まされていたのだ。

 魔力も強く、サラ姫の侍女だったリコに『暗殺』の指令が下されていることくらい、想像に難くない。

 それを確認しなかったのは、リコのためじゃなく、自分のため。


「私はリコのことが好きだから、リコが暗殺者だなんて考えたくなかった。考えたくないから、目を背けていたの……」


 デリスもナチルも、サラの言葉に「サラ姫様のせいではない」と慰めの言葉をかけた。

 サラは泣き笑いを浮かべて、優しい二人に応えると、意識を未来へと切り替えた。


「ごめんなさい。それで、国王様は無事なのね? お話できるくらいには」

「はい。ただ少し精神的なショックが大きかったようで……しばらく政務はエール王子に任せるそうです。明日にはリグル王子とクロル王子も戻ってくるでしょうし、もうこのまま引退されてはとお勧めしているんですが、絶対イヤだと聞かなくて」


 デリスは、少しだけ笑った。

 引退したいと主張する国王と、まだ早いと留めるデリスの言い争いは、サラも耳にしたことがあった。

 ところが、今回の件で主張は逆転してしまった。

 クロルの天邪鬼は、この二人から受け継がれたものかもしれないと、サラは思った。


「そして、リコの意識は……なんといいますか、とても申し上げにくいのですが」

「子どものようになってしまったのね?」

「サラ姫様……」


 ご存知だったのですね、と力なく呟くデリス。

 サラは首を横に振った。

 あてずっぽうだったけれど、この勘は外れないという確信があった。

 空からトリウム王城を見つめたときに、女神の勘がそう告げたから。


「とにかく、命が助かっただけでも良かったと思うの。本当ならリコも……」


 成功しても、失敗しても、自害するように仕組まれたプログラム。

 それが闇の魔術の恐ろしいところだ。

 ネルギ軍のアジトに倒れ、命を落としたあの魔術師の姿を思い出し、サラは胸を痛める。

 彼が“赤い瞳”を引き受けてくれたことで、キール将軍の命が助かり、ひいてはキースの幸福も守られた。


 自分が良く知る人物が助かれば、他の犠牲を良しとする……そんな利己的で“人間的な”発想を、サラは仕方ないと無理やり受け入れるしかなかった。

 あまりの辛さに唇を噛み締めると、サラの腕が後方からツンツンと引っ張られた。


「リコ様が助かったのは、月巫女様の処置と……サラ様のおかげですよ」


 ナチルが、白いハンカチにくるんだ何かを取り出した。


「これは、リコ様を介抱したときに見つけたものです」


 そこには、焼けただれ黒いゴミ屑と化した……小さな黒い小袋があった。

 もはや原型を留めてはいないが、確かにサラの髪の毛だった。


「リコ……ゴメンね」


 力になれなかったと思っていた。

 デリスの抱く後悔は、サラの心にもあったのだ。

 少しでも自分が役に立ったのなら……肌身離さず持っていたそれが、リコの命を救ってくれたとしたら、本当に良かった。


 サラは一粒涙をこぼした。

 それは硬い宝石ではない、やわらかい水滴の涙だった。


  * * *


 一刻も早く、リコに会いたい。

 はやる気持ちを抑えながら、サラはまず国王の間へ足を踏み入れた。

 順番を間違えてはいけないのだ。

 最初にすべきことは、事実と状況を確認することなのだから。


「国王様……ただいま、戻りました」

「サラ姫、よくぞ無事で」


 国王は、サラと食事を取ったリビングと部屋続きのベッドルームに居た。

 若干顔色は悪いものの、つい四日前と変わらない笑みを浮かべて、ベッドの上に横たわっている。

 髭剃りを怠っていたのか、立派なヒゲはあごからもみ上げへと広がり、口ひげも唇を半分以上隠していてワイルドさがアップ。

 髪型も整えられておらずボサボサで、ぴょんとツノが立っている姿は、良く似た別人のようだ。


 サラは、国王の姿を観察するとともに、キングサイズをゆうに越える幅と厚みのベッドを見つめた。

 憧れのトランポリンができそうだ。

 それ以前に、とっても寝心地が良さそう……。

 国王はサラの視線の先を辿ると、クッキリした鳶色の瞳を少年のように輝かせて笑う。


「サラ姫、ここで寝てみたいなら、一緒に寝てもいいぞ?」


 さあここへ、と自分が半身ずれて、薄い羽布団を持ち上げる。

 食欲が満たされ、あとは睡眠欲……という状況のサラは、思わずごくりと唾を飲んだ。

 デリスが、背中の後ろにナチルを隠しながら「子どもの前で何を!」と叱ったため、国王様と添い寝という夢は儚くも消えた。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











 国王様と添い寝……すんません、寝不足でつい妄想オチにしてしまいました。伏線&回収ともいえないようなネタでしたが、実はリコちゃんが刺客でしたという話。バレバレ系です。第一章で仕込んだネタはヒドイな……。サラちゃんは抜け抜けなのですが、クロル君はうすうす気付いていたらしい、というエピソードは今後ちょろっと。そして、月巫女さんが案外大活躍でした。デリスばーちゃんも心境複雑です。サラちゃんは月巫女好きなので若干ホッとしつつ。月巫女さんについては、作者の中で『魔性の女』ですね。アリエスの乙女(←古い)のような……シーンによっては敵にも味方にもなる気まぐれなお猫サマ。そして国王様命は変わらず。この先も大事なポジション担ってもらう予定です。

 次回は、国王様の体験談。サラちゃんまたからかわれキャラに……何気に吹っ切れた国王様もやや暴走気味で。シリアスな話もアリです。

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