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第四章(終)最後の戦いへ

 荒野の向こうで、飛んだり落ちたりと慌しい女神。

 その様子を見つめながら、近づくことも遠ざかることもできず立ち尽くしていたトリウム軍に、変化がもたらされた。

 純白の翼を輝かせながら、例の女神が……突如として自分たちの方へと迫ってきたのだ。

 パニックに陥る一般の騎士とは違って、それなりにクールな目で女神を見つめる一団があった。


「あの空色の瞳は、確かに……」

「僕は最初から気づいてたけど?」

「俺だって……ただちょっと腰が……」

「……ありえねー」


 最後に呟いたカリムは、手の中の宝石を転がしながら、近づいてくる女神の顔を凝視していた。

 確かに、自分が捜し求めていた人物に他ならない。

 分かってはいるのだが、自分の中のイメージとどうしても結びつかなかった。

 長い髪はまだ許容範囲だ。

 しかし、背中の翼と高速で空を飛んでくるのは……。


 ヒィッと情けない悲鳴を上げ、腰を抜かして座り込む騎士たちの上を、ツバメのように頭を下げながら通過する女神。

 スピードを緩めながら、すべるように見事な着陸を決めた。


  * * *


 靴の先がトンと軽く地につくと同時に、広げられた翼は折り畳まれて背中の裏に隠れる。

 長い髪は風に揺らめいているようだが、見るものが見れば光の精霊が戯れているせいだと分かる。

 ショートカットのときは、眉のあたりで切り揃えていた前髪も、今は後ろ髪と同じく腰の長さまで伸びていて、サラの視界をすぐに遮ってしまう。

 乱れた髪をかきあげながら、女神はブルーの瞳を輝かせながら微笑んだ。


「ふわー、これって楽チン! 魔術サイコー!」


 舞い降りた神々しい女神の第一声に、硬直していた全員が脱力した。

 周囲の思惑もまったく気にならず、ただ空を気持ちよく飛んで上機嫌のサラは、ニコニコしながらシシト将軍に向き合った。


「シシト将軍っ」

「は、はいっ!」


 シシト将軍の目に映るサラは、以前のサラとは姿形も、まったくの別人に見えていた。

 直立不動で顔を真っ赤に染めながら、その光輝く姿を目に焼き付ける。

 風になびく艶やかな長い黒髪、白磁のように透き通る肌、吸い込まれそうな青い瞳……。

 あちこち破れてボロボロの騎士服さえなければ、と心の中で舌打ちしたシシト将軍に、サラは申し訳なさそうに頭を下げた。


「なんだか、変なコトになっちゃったけど……一応、サラです」

「いえっ! 女神様のお姿は非常に美しく、我々も涙を禁じえないほどであります!」

「やだ、シシト将軍ったら……恥ずかしいなあっ」


 微妙に噛み合っていない会話により、荒野がほんのりピンクの空気に変わる。

 しばらうシシト将軍に褒めそやされ、照れつつもいちゃついたサラは、周囲の粘着質な視線を感じ慌てて本題を告げた。


「みんな、無事だった? 怪我した人とか居ません?」


 サラの質問に、シシト将軍は垂れ下がった眉をきりりと上げ、周囲を見渡す。

 呆けて腰を抜かした者は多数いるが、怪我などで倒れている者はおらず、後方からも特に報告の声は上がらなかった。


「全員無事のようです。女神様……いや、サラ姫様は?」

「うん、私も大丈夫です。ケンコー優良児」


 羽をパタパタさせながら、サラはカッチカチな筋肉アピールをした。

 そのしぐさの愛らしさにめまいを感じたシシト将軍は、思わずこめかみをおさえる。

 シシト将軍を骨抜きにしただけに止まらず、サラはトリウム軍の騎士たちを労わるように見つめながら言った。


「ネルギ軍との戦闘は、もうオシマイです。皆さんお疲れでしょうから、一旦砦に戻って休んでください。私は今から王城に戻りますね」


 微笑みながら告げた女神に、屈強な騎士たちも皆表情を蕩けさせた。

 シシト将軍が号令を上げると、慌てて敬礼を行い、崩れた隊列を整え始めた。


  * * *


 シシト将軍との会話がひと段落すると、待ちかねたように子猫と秋田犬……クロルとリグルが飛びついてきた。


「サラ姫っ!」

「女神様っ!」

「ちょっと、二人ともっ」


 嫌がるそぶりを見せつつも、サラは可愛いなぁと慈愛の精神で見つめた。

 しかし……右腕にまとわりついたクロルが、なにやら不穏な動きを見せている。

 サラの背中に手を伸ばしてはひっこめ、また伸ばし……。

 やはり猫は鳥の羽が気になるものかと、サラは若干おびえつつその行動を見守る。

 好奇心に目を爛々と輝かせたクロルは、有無を言わせぬ氷の笑顔でおねだりした。


「ねえ、サラ姫、この羽一枚僕にちょうだいっ!」

「ううー……わかった。一枚だけね」


 好奇心全開モードのクロルには勝てないと、サラはしぶしぶ承諾する。

 じゃあ遠慮なく……と、クロルはサラの右側の翼から、白い羽を一枚引っこ抜いた。


「えいっ!」

「――イダッ!」


 髪の毛十本一気レベルで痛いー!

 サラが思わず本気の涙を零したところに、左サイドからリグルのごつい手がにゅっと伸びる。

 ものすごい反射神経に、サラは目を見開いた。


「サラ姫、これ何だっ? 俺もらっていい?」


 カリムにあげたものより小粒な、その宝石を指でつまみながら、興奮したリグルが迫ってくる。


「うっ、うん、いいよ」

「あっ、僕もそれ欲しいー」

「いっぱいあるから……あっ」


 お尻のポケットをまさぐったサラは、そこが見事に破けていることにようやく気付いた。

 かろうじて縁にひっかかっていた宝石をつまむと、クロルに差し出す。

 羽と宝石をもらって満足気に目を細めるクロルは、サラに極上の笑みを漏らし、再び腕にすがりついてきた。

 サラの腕や肩や、白い翼にすりすりと頬をこすりつける姿は、まさにマーキングだ。


「それにしても、びっくりしたよー。まさか僕の嫁が女神様だったなんて」

「お前の嫁じゃねえっ! 俺のだっ! 未来の王妃は女神様っ!」


 ただの人間だった頃とまったく変わらぬやりとりに、サラはぷっと吹き出した。

 この王子の態度は、他の騎士たちとギャップが大きすぎる。

 両腕に絡みついたまま口喧嘩を始めた二人に、サラがそろそろ放してとお願いしようとしたとき。


「――いいかげんにしろっ、バカ王子!」


 サラより早く突っ込んだのは、一歩引いて見ていたカリムだった。

 規格外な王子たちに対して、ツッコミポジションが板に付いたカリムは、相変わらずの仏頂面だ。

 手には先ほど贈った、誰よりも大きな宝石が握り締められている。


「カリム……」


 その手が微かに震えているのを、サラは見つけた。

 なんだかんだ、緊張しているのかもしれない。

 サラは、二人の王子の手をそっと外すと、翼を軽く動かしてカリムの元に移動した。


  * * *


 背中の羽を一振りするだけで、大地を滑るように体が移動する。

 初めて出会った日のように長い髪に戻ったサラは……この世界の誰よりも美しいと、カリムは思った。

 麗しい姿を目の前に、柄にも無く鼓動が跳ね上がる。


「カリム、ありがとう」


 女神はサラの声でささやくと、宝石を握っていない方の手を取り、その甲に艶やかな唇を落とした。

 硬直するカリムに、神秘的な青い瞳が微笑みかける。


「あのとき……あなたが呼んでくれた声が、聴こえたの」


 サラは、カリムの眉間のシワが一気に深さを増すのを見て、無邪気に笑った。


「俺は別に、何もっ……」


 暗闇に意識を落としそうになったとき、誰よりも強く名前を呼んでくれたその声に、サラは確信した。

 カリムになら、託すことができる。

 顔全体をうっすらと赤くしながら目を逸らすカリムに、サラは騎士の顔を見せた。

 守りたいもののために、戦いを止めない……そんな気持ちを込めて告げる。


「カリム。今からネルギ王宮に戻って。キール将軍はあそこに居るから協力してください。あなたに、ネルギ軍を導いて欲しいの……本当の平和な世界へ」


 先ほどくすぐるようなキスを受けた手が、これ以上ないくらい強く固く握られる。

 サラの手を握り返しながら、カリムは言った。


「――俺たちの敵が、そこに居るんだな?」


 瞳を伏せ、サラはうなずいた。

 これが、最後の戦いになるのだ。


「敵の目印は、赤い瞳。もしかしたら“魔女”と呼ばれているかもしれない存在……」


 ふと昨夜のやりとりを思い出したサラは、表情を曇らせる。

 敵が操る闇の魔術に、“普通の人間”でしかないカリムやキール将軍たちが打ち勝てるとは思えない。

 けれど……。


「心配するな。俺の心はそんなに弱くない」


 サラの宝石を握った拳で、自らの胸を強く叩いたカリムの姿は、サラの目には立派な勇者に見えた。

 旅が始まったあの日から、カリムはずっとサラを支えてきてくれた。

 常に揺ぎ無い、強い心と体を持って。


「うん、任せた。私もトリウム王城に行った後、すぐに向かうから」

「ああ」

「あとね……」


  * * *


 サラとカリムの打ち合わせが終わった瞬間、子猫と秋田犬が左右から飛びついてきた。

 予想通りの展開に、サラは笑った。

 二人の王子にも、言わなければならないことがある。


「ねえ、リグル王子、クロル王子?」

「うん、僕たちもすぐ王城に戻るよ。だから先に行って」

「一緒に行きたいとこだけど、その翼使った方が早いんだろ?」


 伝えようとしていたことを先に言われ、サラは嬉しくなった。

 自分には、こんなにも深く繋がっている人たちがいる。


「じゃあ、私行くね!」


 二人は、翼を広げたサラを見て一歩離れた。

 ふわりと浮かび、騎士たちの上を一回転しながら挨拶すると、サラは緑の生い茂るオアシスへと照準を定めた。

 胸の警鐘は、未だ鳴り止まない。

 危機は、完全に去ったわけではないのだ。


「これ以上、好きなようにはさせない」


 サラは、赤く燃える太陽を見上げながら呟く。

 ブルーの瞳に太陽の闘志を映しながら、サラは誓った。


 この命を賭けてでも、世界を救ってみせると――。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











 第四章、終了です! ふーっ……やっぱり長かったぁ。お付き合いいただいて、ありがとうございます。いろんな謎は残しつつも、エンディングに向けて加速中。第三章がもっと長かったので、意外とあっさり終わった感もありますが……戦場行って、敵に捕まって、覚醒してってくらいですしね。なんか、八月中に完結も見えてきて作者も一安心です。さて、この章ではカリム君が準主役のポジションでした。最終章で彼も意外な展開に……なんていうとまた過度な期待をさせてしまうかもしれませんが、カリム君は何気に強い子だということをここらでアピールしておきたかったのです。でも、なんだかんだ王子二人に食われているかも……まいっか。さて、この後は閑話無しで話をガシガシ進めて行きますねっ。目指せ完結!

 次回は、戦場に取り残されて崩壊状態のネルギ軍&キール将軍と、カリム君のやりとりを少し。作者ひいきのあのキャラもちょっぴり。

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