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砂漠に降る花  作者: AQ(三田たたみ)


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第四章(22)女神降臨

 長い夢を、見ていた気がする。

 この大地の歴史を巻き戻し、人々が生まれては消えるその儚い命のきらめきを見つめてきた。

 暗闇の中、黒い蟻のように映った彼らは、光の中では笑い、時に怒り、悲しみ、涙し、また笑うのだ。


 赤い花の咲く緑の森は、静かで幻想的で、キレイだと思った。

 でもそれは、テレビや写真の映像を見るようで物足りない。

 私はやっぱり、人が好き。


『だから、生きていて欲しい』


 そう、こんな風に輝く世界とともに……。


 ゆっくりと目を開いたサラは、あまりの眩しさに一瞬視力を奪われた。

 皆既日食は終わったのだ。

 そして、自分はまだ生きている……。


『ザクリ』


 大地を踏みしめる足音が、激しい風に紛れるように聞こえた。

 砂埃が巻き上げられる中、近づいてくる九十度傾いた二本の足。

 いつか見た光景が、そのまま現実となった。


  * * *


 履き潰しかけの薄汚れた革靴、細く引き締まった足首、強い脚力を支える足、麻を黒く染めた膝丈のズボン。

 立ち止まり、腰を屈めるジュートのズボンの裾から、角ばった大きな膝が現れる。

 そして、風を受けてはためく白いシャツの裾、適当に留められた胸のボタン、はだけた胸元からのぞく胸筋とキレイな鎖骨……。


 カメラのファインダーをのぞくように、少しずつ移ってゆく風景。

 太い首、シャープな顎のライン、薄い唇、形の良い鼻……。 

 そして、ずっと会いたいと願っていたその緑の瞳を見つけた。


「サラ?」


 名前を呼ばれるだけで、胸が苦しくなる。

 人間の欲望と血で穢された大地を守る、偉大な精霊王。

 真昼の太陽を一身に浴び、光輝くその姿を見ながら、サラは自然と涙を零していた。

 ジュートの瞳はこれ以上無いくらい見開かれ、すぐに甘く優しく細められた。


「ようやく、見つけた……俺の女神」


 サラの両手両足を縛っていた縄は、ジュートの「消えろ」という一言で霧散した。

 よいしょ、と似合わない掛け声とともに、サラはその体を抱きかかえられて起こされた。

 うまく力が入れられず、バランスを崩してジュートにもたれかかりながら、サラはその緑の瞳を見上げた。

 これが幸福な夢ではないと、確認するように。


「良く頑張ったな、サラ」

「ジュート……?」


 大量の水を呼び、強引に顔を洗い口をすすがせた後、濡れたサラの顔を自分のシャツの袖で拭う。

 そのしぐさがあまりに乱暴で、サラは唇を突き出してムーッとうなった。

 乙女の肌は、摩擦に弱いのにっ。


「おい、あまり変な顔するなよ? お前は一応」

「あれっ?」


 サラは、ようやく違和感に気付いた。

 腫れた頬も、切れた唇も、折れたと思った骨も……不思議なことに、あれだけ長時間の暴行を受けた痛みは完璧に消え去っている。

 代わりに、なんだか背中がズシッと重い。

 まだ木の棒を背負っているかのように……。


 あとは、さっきからほっぺたが痛い。

 誰かが小石をぶつけているみたい。

 チクチクチクチク……。


 強い風に、髪がなびいた。

 コンブのようにくねくねと長い、艶やかな黒髪……。

 視界を塞ぐその立派なコンブを、手のひらで掴んで耳にかけながらサラは思った。


 おかしい。

 いろんなことがおかしい。


「私、やっぱり死んじゃったの……?」


 動揺し、涙がとめどなく溢れるサラの足は……確かに宙に浮いていた。


  * * *


 その高さは、約十センチ。

 先ほどまで時空を越え、世界を駆けていたときと比べものにならないくらい低いけれど、確かに飛んでいる。

 足をぶらんぶらん動かしてみても、空を蹴るばかり。


「ごめん、ジュート……私、幽霊になっちゃったみたい……」

「あのなあ、サラ」

「地縛霊……でも飛んでるから、浮遊霊っ?」


 涙が止まらなくなったサラは、十センチ背が高くなってもまだ少し上にあるジュートの顔を見上げた。

 いつ本当のお迎えが来るか分からないなら、最後までこの凛々しい顔を見ていようと決意しながら。


「いいから降りろ」


 両腕を掴んで引っ張られ、地面に降り立ったサラは、自分の発言の矛盾に気付いた。


「あれ……幽霊って、足あったっけ?」


 視界にくっきり映るのは、ジュートの靴に文句をいう筋合いが無いほど、薄汚れた小汚い靴。

 昇りきった太陽に照らされた、短い影もできている。

 幽霊は確か影ができなかったのでは、と考えながらじっとそこを見ていると、不思議な異物を発見した。

 着地した足元に、砂や小石に混じって、透き通ったガラス片のようなものが散らばっている。

 散らばるというより……降ってくるような……。


「ほっぺが、痛い……」


 サラが頬に触れると、その物体はコロリと手のひらを転がって、砂に落ちた。

 コロコロ……。

 目から、透明な石ころが出てくる……。


「なに、これ……?」


 怪奇現象にビクッと震えたサラは、またフヨッと宙に浮いた。

 重たい背中が引きつる。

 B級ホラー映画のように、恐い何かがあると分かっていながらも、サラが首を捻じ曲げてそっと背中を覗き込むと……。


「――ぎゃあぁあああああっ!」

「あー、うるせー!」


 再びジュートに抱き寄せられて、サラは固い胸板に思い切り鼻をぶつけた。

 痛みでまた目から石ころがポロポロ落ちる。


「いひゃい……」

「ちょっと落ち着け。アホ」

「アホって……アホって……だって……」


 ガッチリ抱きしめられて動けない体の代わりに、背中のソレがハタハタと動く。

 サラの肩甲骨から飛び出した……大きな二つの羽が。


  * * *


 ジュートの胸の中で、サラは傘の上を転がる枡のように、ぐるぐると同じことを考えていた。

 確かに、母のノートには『女神に助けられる』と書いてあった。

 だけど、まさか……。


「私が、女神様になっちゃうなんて……」


 否定して欲しくて、頼りなげな捨て犬のように鼻を鳴らすサラの頬に、コロリと涙の粒が転がる。


「ほっぺ痛いよぅ……」

「ああ、こんなに零してもったいねーなぁ。これ後で誰かに拾わせるか」


 ジュートが、トリウム軍の居る西を向きながら、抜け目無い盗賊の顔で呟く。

 サラのパニックは、深まるばかりだ。


「ねえ、なんなのコレ?」

「お前の剣にもついてるだろ? “女神の涙”」


 きょとんと目を丸くしたサラの頭に、魔術師ファースの声が再生された。

 あれは、決勝戦の試合中に語り出した、あの神話。


『女神が流した涙は、1粒の宝石となって地上へと降った』


 そんな貴重なモノが、サラがまばたきするたびにボロボロと砂に落ちていく。

 サラは、思わず呟いた。


「スーパー、リーチ……」


 昔こっそり千葉パパが連れて行ってくれた、パチンコ屋のフィーバーに似ている。

 サラは、抱き寄せるジュートの胸をおしやると、両頬に手のひらを当て宝石を受け止めた。

 ジャンジャンバリバリ出続けるそれは、あっという間にサラの手のひらいっぱいになった。

 ここには、溜まった玉を入れるドル箱を持ってきてくれる、マイクパフォーマンスの上手な店員さんは居ない。


「……コレ、どうしたら止まるの?」


 生まれたての雛のようにぷるぷる震えながら、サラはジュートを見上げた。

 そんなサラが可愛くて、ジュートはつい意地悪な台詞を吐いた。


「そーだなぁ、もうしばらく泣いててくれよ。できればデカイ粒のやつよろしく」

「なっ……そんなのやだあっ!」


 腰までの長さに伸びたサラの髪を一房つまみ、その毛先に口付けながら、ジュートは緑の瞳を細めて笑った。


  * * *


 無駄に色気のあるそのしぐさに頬を染めつつ、サラはジュートから体を離した。

 とりあえず何かの役に立つかもと、手のひらにためた宝石をズボンのお尻のポケットに押し込む。

 そのままサラの手は、無意識に右の腰をまさぐり……あるべきものが無いことを思い出した。


「ダイスちゃん……」


 ネルギ軍のアジトに、あの姿で置いてきてしまった。

 赤い瞳の魔術師に、壊されていなければいいけれど……。


「ていうか、今この世界って……?」


 夢見心地だったサラの頭は、覚醒した。

 世界をこの目で見たいと願った瞬間、背中の翼が大きく広がり、体は大空へと一気に舞い上がる。

 伸びた髪が風になびき、豪快に破れた服の背中がスースーする。

 地上では「おーい、気をつけろよー」とのん気な声を上げるジュートが居るが、サラの耳にその忠告は届かない。


「――みんなっ!」


 眼下に広がる景色は、あの夢の中で見たそのものだった。

 大地に倒れ伏した人々が、黒い蟻のように見えて……。

 でも、赤い花は無い。


「キール将軍!」


 サラは、自分の一番近くに倒れていたキール将軍の元へと降り立った。

 半ば砂に埋もれた体を引っ張り上げ、痩せた上半身を抱き起こし、ローブと顔から砂を払った。

 土気色の肌をしたその姿が、トリウム王城で砂に埋もれていたコーティの姿と重なる。

 闇の魔術の贄となった者の末路は、サラも良く知っている。

 魂が冥界へ行ってしまったなら、彼はもう……。


「戻って来い!」


『――バキッ!』


 サラは、キール将軍のやつれた頬を、思い切りゲンコツで殴った。

 キール将軍は微かに身じろぎするが、興奮したサラには見えない。


「……っ」

「死ぬな! キースに会うんでしょ!」

「おい、サラ」


 もう一発お見舞いしようと思ったサラの拳を、駆け寄ってきたジュートが掴んだ。

 サラは、ジュートを睨みつけると、その手を勢い良く振り払った。


「邪魔しないで!」

「生きてるから、そいつ」

「えっ」

「皆生きてるよ。お前がそう願ったから」


 サラは、再び天高く飛んだ。

 地面に転がる黒い蟻のようだった人々が、少しずつ体を起こし、人として立ち上がる姿が見える。

 ダメージの少なかったトリウム軍の騎士の一人が、空を指差しながら「女神だ!」と叫ぶ声が聞こえた。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











 第四章のタイトルシーンまで、ようやくたどり着きました。ホッ。この話はファンタジーの王道追求ってことで、主人公最強・下克上モノなのですが、主人公女神化……もう誰も叶いません。ちょっと前まで虐げられてたのが嘘のようなブイ字回復。でも、もしかしたら想像ついてた方もいたかも? 以前からサラちゃんが変化してた『アニマルモード』は、実は『女神モード』だったのです。予言しーの、人類皆平等にかわいがりーの。ジュート君だけが特別で、他の男子には全て人類愛だった……ということで、他の逆ハーキャラとくっつく隙はありませんでした。みんなゴメンよっ。ラストは絶対幸せにしてあげるからねー。しかし、一番盛り上がるはずのシーンだったけど、緊張感というか神々しさが無く……パチンコ屋を思い出しつつの覚醒。まあこの話はそんなもんです。

 次回は、誰だ、誰だ、誰だー空のかなたに……なシーンと、あとは第五章へ向かって突っ走る助走を。せっかくの逢瀬だけど、ジュート君とはすぐお別れです。


※長く投票お願いしてました『チビ犬とムツゴロウの恋愛事件簿』ですが、今日で最終日です。読んでいただいた皆様のおかげで大健闘!(当社比)どうもありがとうございましたっ!

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