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砂漠に降る花  作者: AQ(三田たたみ)


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第四章(17)解放

 ゴロリと床に転がったまま無反応の少女をやさしく抱き寄せると、サラは一応確認した。


「ねえ、口を開けて? これを一口だけ飲んで……?」


 サラの横には、すっかり毒気を抜かれたキール将軍。

 その後ろには、贄として送り込まれた女子の世話係をする中年女性が三名。

 世話係の女性たちは、いずれもわずかなお金と引き換えで、残りの人生をこのネルギ軍に捧げたのだという。

 突然の軍指令官来訪、そこについてきた男装の少女騎士の行動に、驚きを隠せなかったようだが……すでにその奇行の意味を知ったため、ただ静かに見守っている。


「あなたも飲めないのね……分かった。では遠慮なくっ!」


 ガブッ!


「……」

「……」

「……」

「……」


 見ている四人は、全員無言だった。

 サラの艶やかな唇から、銀の水がつうっと一筋零れ落ちる。

 残りの水は、すべて少女の口の中へと落とされ……眠り姫が目覚めるように、サラの腕の中の乙女は目を覚ました。


 無理やり流し込まれる流動食で暮らしているため、少女たちの体はあまりにも細く軽い。

 それでも、サラ姫似として集められただけあり、つぶらな瞳を開けば黒目がちな美少女ばかりだった。

 いきなり目の前に現れたサラの顔を、これ以上ないくらい大きく見開いた瞳で見つめると、彼女たちは一様に同じリアクションを取る。

 それは、シシトの砦でキースが見たものと同じ、恐怖のフラッシュバック。


「え……あ……サラ姫、さま……?」

「――ゴメン!」


 パニックで叫びだす前に、サラは少女の首筋に手刀を一発。

 再びぐったりとした少女を、キール将軍がお姫様抱っこで回収し、おばちゃんたちが部屋の隅に広げた清潔な毛布の上に乗せていく。

 そしてサラは、銀の水を片手に持ったまま、次の獲物へとにじり寄る。


 まるで、パックに詰まった苺を一粒ずつ洗うように、その作業は繰り返された。

 苺ちゃんは、合計57粒。

 腐りかけ……もとい、命の危うい少女もいたため、サラは疲労困憊状態のキール将軍にムチ打って、少女へ癒しの魔術をかけさせる。

 全員を助け終わった後、サラは両手を合わせて丁寧にお辞儀した。


「ごちそうさまでした!」


 四人の傍観者も、無言で頭を下げた。


  * * *


 おばちゃん三名に「少女たちの目が覚めたら、とにかく落ち着かせるように」と指示を残し、サラとキール将軍はその部屋を出た。

 鼻を突くすえた臭いと、若干の悪臭から解放されて、サラは大きく深呼吸する。

 シシトの砦で、クロルが実行したリサイクルシステムの素晴らしさを、ようやく実感した。

 水が無い場所に、大勢の人間が閉じ込められて暮らすということは、本当に大変なことなのだ。


「サラ姫、一つ言わなければならないことがある」

「なに?」


 先ほど駆け足で通り過ぎてきた地下通路を、早歩きくらいのスピードで歩きながら、キール将軍は告げた。


「あの少女たちの中には、まだ贄として使われた者は居ない。私は、それをしたくなかった」


 そこで一旦思い悩むように言葉を途切れさせる。

 目的がひと段落したことで、だいぶ勘が鈍くなってきたサラは、素直に続きを促した。


「それって、どういうこと……?」

「贄として使っていたのは、他の人間だ。主に、この付近の住民たち……先ほどの世話係の女と同じようなものだ。ただし女は採らない。若すぎる者も。彼らは“弾”と呼ばれ、こことは別の建物に収容されている」


 そこまで聞いて、サラはようやくキール将軍の言いたいことが分かった。

 お腹のベルト奥に手を突っ込むと、先ほどしまったばかりの小瓶を取り出す。


「分かった。他にもコレが必要な人が、まだ居るんでしょう?」

「サラ姫……」


 笑顔で差し出すサラ。

 と、なぜかなかなか受け取らないキール将軍。

 二人は狭い通路を横並びに歩きながら、作り笑いを浮かべる。


「あのね、いくら私でも、オッサンにアレは無理よ?」

「奇遇だな。私も、オッサンにアレは無理だ」


 しばしの舌戦を経て、すばしっこさでは群を抜くサラにより、茶色の小瓶はキール将軍の外されたフードの中に納まった。


「大事なものだから、落とさないようにねっ。余ったら後で返してよ」


 小瓶の重みで首のあたりが絞まり、不愉快そうに襟元を緩めるキール将軍。

 サラが勝利の笑みを浮かべたとき、通路の向こうから誰かの足音が聞こえた。

 緩んでいた空気が、一気に引き締まる。

 キール将軍が、さりげなくサラの姿を自分の背中の後ろに隠した。


「キール将軍!」

「何事だ?」


 やってきたのは、先ほど「結界が崩れている」と報告しに来た魔術師。

 彼の息は荒く、よほど体力を消耗したのか、途切れ途切れに叫んだ。


「この砦の……結界の向こうに、トリウム軍がっ!」


 サラとキール将軍は、思わず顔を見合わせた。


  * * *


 考えてみれば、当たり前のことだった。

 自分が何も言わずにこっそり抜け出せば、心配性な彼らが探しにくるのは当然。

 しかも「攫われた」なんて大きな誤解をうむことだって、十分考えられたのに……。


「まったく、私ってバカ……」


 せめて、クロルのように置手紙をすれば良かった。

 自分は、自分の意思で出てきたこと。

 そしてもし、自分を取り戻しに来てくれるのなら……。


「もう少し、待って。明日の午後まで」


 呟いたところで、応える者はいない。

 何人かの監視はついているようだが、今サラは一人きりだ。


 この廃墟の街を、足元の瓦礫に注意しながら西へと真っ直ぐ進む。

 碁盤の目のような道は迷うことは無いが、足取りは心もとない。

 勘が鈍ったサラにとって目印になるのは……トリウム軍の騎士たちが発する声だ。

 近づくにつれて、彼らの言葉が何を意味しているのかが分かってくる。


「まったく……恥ずかしいなぁ、もう」


 高鳴る心臓は、さっきから走り通しだからだ。

 決して彼らが大声で叫び続ける……自分の名前のせいではない。

 サラは両手の平でパチンと頬を叩き、今後の自分のとるべき行動について、冷静に考える。


 得体の知れない恐怖が警鐘を鳴らし、とりあえず無我夢中で破壊してきたのは『爆弾』だった。

 スイッチは、あの赤い瞳。

 爆薬は、贄の少女たち。

 スイッチを入れる時計は……明日の昼に起こるだろう、皆既日食だ。


 もしもそれが実行されたとしたら……イメージしかけて、サラは身震いする。

 過去大澤パパが聞かせてくれた、地球で起こった戦争のイメージが、今見える廃墟と重なった。

 戦地に倒れるのは兵士だけではなく、むしろ物言わぬ市民や動物、植物……大地そのものだ。


 闇の魔術に、どこまでの破壊力があるのかは分からない。

 だからこそ、先手を打つ形で動いたつもりだった。

 こんな風に自分一人が、あのアジトを離れるのは、想定外だったけれど……。


「キール将軍、大丈夫かな」


 託してきた銀の砂の行方を、サラは少しだけ心配した。

 キール将軍は信頼できるけれど、甘い人だ。

 ネルギ王宮で、カナタ王子に大して抱いた感情と似ている。


 赤い瞳に操られていることを薄々察しながらも、家族のことを言い訳に軍の指揮を続けてきた彼に、罪が無いとは思わない。

 それはむしろ、罪深いことではないか。

 『決して戦地に立たないキール将軍』の名は、戦地を見たくないという気持ちの裏返し。

 指示を出すだけなら、バーチャルな感覚でいられるのだから。


 しかし、自分の義妹が贄として現れて、初めて気がついたのだろう。

 この戦いが、夢ではなく現実なのだと。

 そういう意味では、サラがこの砦にたどり着いたのは、非常にタイミングが良かったとも言える。

 キール将軍の心に隙が生まれたせいで、サラはああやって軍の内部に入り込むことができたのだから。


「とにかく、早く戻らなきゃ」


 サラの足は小石を弾き、めいっぱい大きなストライドで地を蹴り続ける。

 サラが言い残してきたのは、過去のキール将軍にとってみれば簡単なことだ。

 ネルギ軍を統制し、パニックを起こさせずに待機させる。

 もし可能であれば“弾”として隔離してきた市民に銀の水を飲ませ、闇の魔術から解放する。


 いずれも『赤い瞳』が無い状態では初めての指令となるため、傍目にもキール将軍は戸惑い、頼りなげに見えた。

 サラは「その前髪はまだ垂らしておいた方がいい」とアドバイスしたのだが……。


「素のキール将軍に、シシト将軍くらいの威厳があればねぇ……」


 無いものねだりをしつつ、サラは廃墟の終点へと走った。

 そこでサラを待つ、大事な仲間たちの元へ。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











 予告通り、サラちゃんのオイシイ(?)苺狩りな回でした。PG12(12才以下は親御さんの許可がいる)小説なので、まあこの程度は大丈夫でしょう。だよね? さすがにオッサン何十人とは、美しくないので却下しました。『ガキ』のおばちゃんみたいな人を雇ってやらせるのが良さそうだけど。キール将軍はすっかり手下化していますが、彼とおませな妹キースちゃんの関係はこんな感じだったということで、脳内補完してくださいませ。後半は、サラちゃんの失敗取り戻し&流れの再確認。なんとなく不安なニオイがしてますが、今のところ深刻さはそれほどなく、ほのぼのと。

 次回、サラちゃんうるさい保護者たちを追い返します。なぜそんなことをするかは……おいおい。


※ずっと予告してました『チビ犬シリーズ』続編アップしました。はー。今回は謎解きというよりアホなラブコメ度強めです。コロコロッと軽めのどんでん返し用意してますので、ぜひお楽しみくださいませっ。『チビ犬探偵のささやかな抵抗』http://ncode.syosetu.com/n0660h/3.html

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