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第四章(12)少女の正体

 ようやく素の状態に戻った少女は、サラのことを大きな瞳をきょろきょろと動かし、余すところ無くチェックした末に言った。


「あなた、サラ姫さまの……弟?」


 真横でプッと噴き出すクロルをひと睨みすると、サラは少女のゲンコツに固定された手をとった。

 魔力が弱い人間には、指輪をはずし手のひらを開けない状態にするだけで、簡単な魔術封じとなる。

 ゲンコツではたして分かるかな? と思いつつ、サラは少女の手を自分の胸に近づけようとして……方向転換。


「ねっ、女でしょ?」


 顔を赤くしながら「はい……」とか細い声を出す少女。

 しゃがみこんで膝を開いたサラは、しごく当然といった自信満々の笑み。

 そのシンプルながら豪快な確認法は、またもやカリムとシシト将軍にショックを与え、クロルの笑いのツボを刺激した。


  * * *


 地下通路に、ピチャンと水滴が垂れる音がする。

 大勢の人間の人いきれで、湿度が上がったせいに違いない。

 それくらい静かになった牢の中には、サラと少女だけが取り残されていた。


 サラが「あなたのこと、教えて欲しいんだけど」と言うと、パニック癖がついてしまったのか、少女はまた怯えたように首を振った。

 理由を聞くと、少女は「怖い」と呟きながら、サラの肩の向こうに視線を向けた。


 まず目についたのは、笑っていても黙っていても般若ヅラの鬼将軍。

 サラが「シシト将軍、ちょっと出てって」と宣告すると、寂しそうにサラたちの方を振り返りながら、牢の向こうへ消えた。

 これで大丈夫かと思いきや、少女はまだ檻の中の人物を気にして、視線をさまよわせた。


 察したサラが「カリム、笑顔作るか出て行くか、どっちがいい?」と言うと、カリムは一瞬唇の端を上げようと頬をピクピクさせた後、自ら退場を選んだ。

 ついでに、ずっと笑っていてウザかったクロルも、サラの権限で強制退場。

 繊細な少女は、檻の向こうから男たちに見られるのもダメらしく、猛獣状態なリグルを含め騎士たち全員が通路の方へ退去させられた。


「さ、これでもう安心でしょ?」


 日の当たらない地下牢に、小さなランプ一つ残して、サラたちは簡素なベッドの上に横並びに座った。

 万が一少女の魔術が解けていなくて、サラに何かあったら……とシシト将軍たちは心配したけれど、サラには大丈夫だという確信があった。

 クロルの言う大丈夫とは違って、裏づけは無い。

 まあ、女の感ってやつだ。


「ねえ、名前教えて?」

「はい……私は……キースといいます」


 赤い炎に照らされた少女の頬に、少しだけ血の気が戻ってみえた。

 この名前を告げることに、ありったけの勇気を出した……そんな風に見えた。


「もしかして、キール将軍の妹?」


 サラの問いかけに、サラよりもひとまわり以上小柄な少女が、小さくうなずく。

 この会話を通路の奥で聞いているはずのクロルが「やっぱりね」と笑ったような気がした。


「キースさん、今までのこと簡単に教えてくれる?」

「あの、あなたは……」

「ああごめん。私の自己紹介がまだだったね。私の名前はサラ。サラ姫の身代わりとして、今ここに居るの」


 身代わりという言葉に、キースは反応した。

 顔色は一気に青ざめ、カタカタと全身を震えさせる彼女の肩を抱き、細く女の子らしい二の腕をさする。

 薄汚れ艶を失った長い黒髪が、キースの不遇を物語るようで、サラは胸を痛めた。


「安心して。私はあなたに怖い思いはさせない。約束する」


 首を傾け、キースの瞳を正面から掴まえながら、サラは発した台詞に言霊を乗せる。

 その言葉は、キースの心に届いた。


「はい……信じます」


 寒い冬の日、ダンボールに入れて道端に置かれた子猫のような瞳。

 サラは思わず「可愛い」と言って、軽く頬にキスした。

 青白かった頬が一気に赤く色付くのを見たサラは、アニマル黒騎士の笑みを浮かべながらキースの体を離した。


  * * *


 両手の拳をベッドのシーツに押し付け、布靴の下の冷たい床を見つめながら、キースはぽつぽつと話し始めた。


「私が王宮に勤めるようになったのは、確か四ヶ月ほど前のことでした。サラ姫付きの侍女として、ほんの一月だけ働いていました」


 サラは、あごに手を当てながら考える。


「四ヶ月前ってことは、私たちと入れ違えになったのかな。サラ姫の侍女だったリコと、カリム……あ、さっきの作り笑いが不気味な男。どっちか知ってる? 私の旅のツレなんだけど」

「リコさま……確か、どこかでお名前を聞いた気がします。サラ姫さまがおっしゃっていたような……すみません。私は新参者だったので詳しいことは何も」


 サラたちが出発した後も、どうやらサラ姫の傍若無人な性格は変わりなく、侍女たちは振り回されながら必死で世話してきたという。

 基本、侍女同士の会話が禁じられていたため、新人のキースは先輩の動作を見て真似たり、サラ姫お抱えの魔術師から指導を受けていたという。


「ともかく、私は王宮での暮らしに慣れるだけで精一杯でした。なぜ私が必要だったのか、分かったときには、もう遅くて……」

「キースさん」


 サラは、キースの肩を抱いた。

 ついさっき笑っていた顔は、サラより年下でも通じるくらいの可愛らしさだったのに、今こうして何かを堪えるようにうつむいたキースは、サラより何歳も年上に見えるほど……疲れ果てて見える。


「何も言わなくていい。私の質問が正しかったらうなずいて。あなたは、朱色の床の間に連れて行かれた……そうなのね?」


 リアクションは、サラの予想通り。

 深いため息をつきながら、サラは腕の中のかよわい少女にかける言葉を捜した。


「実は私も、あの部屋へ連れて行かれたことがあるの。だから、キースさんに何があったかなんとなく分かるんだ。怖かったよね……」


 サラの声を聞いているのかいないのか、キースはただ何も言わず震えているだけ。

 下手な慰めなど、きっとキースの心には届かない。

 こんなときは……とびきりの、面白い話を。


「今からちょっとだけ、私の話をするね? 私は他の女の子と違って異質だったから、サラ姫からは別の任務を与えられたの。サラ姫の身代わりとして、トリウム国王に和平の書状を届けるようにって」


 思わず顔を上げたキースに、サラは愛しむような笑みを返した。


  * * *


「砂漠の旅では、サンドワームって怪物に襲われて、水を失って死にそうになった。これは本当の話よ? あまりにも長い時間水を飲まないと、肌がおばあちゃんみたいにしわくちゃになるの。ビックリでしょ」


 話しながら、サラは自分の手の甲を見た。

 ハリのあるきめ細かい、十代の肌だ。

 あのときがもしかしたら、最大のピンチだったかもしれない。

 おかげでだいぶ打たれ強くなったなと、サラは一人思い出し笑いした。


「もうダメかもってときに、ギリギリで助けてくれたのが、なんと盗賊! そのまま彼らのアジトにさらわれてね。その後……まあ、なんとか解放されてトリウムにたどり着いたら、ネルギの刺客のせいで王城が封鎖されてて入れないの。国王に会うためには、有名な武道大会で優勝しなきゃいけないって言われて」


 泣きそうだったキースが、おとぎ話を聞く子どものように目を爛々と光らせながら、サラの話に聞き入っている。

 サラは、してやったりという得意げな表情で語り続ける。


「丸三ヶ月、みっちり訓練して試合に出たのね。もちろん対戦相手は私より何倍も大きい、さっき居た騎士みたいな大男やら、この大陸一の魔術師やら……とにかく大変な戦いだったけど、なんとか優勝できたのよね。信じられないかもしれないけど、私こう見えてけっこう強いんだ。そうそう、その時にこの男装をして戦ったの。女だってバレるといろいろやっかいでしょ?」


 ついでに、師匠から命じられたキノコの変装について、サラはおどけながら説明した。

 キースは、くすっと笑みを漏らす。


「それで、ついに国王様と会えたから、優勝のご褒美に『和平』って言ったのね。そしたら一つ大事な条件をつけられて。それが“トリウムの王子三人のうち誰かと結婚すること”だっていうから……困っちゃった。私、身代わりなのにこっそり結婚したら、さすがに本物のサラ姫に怒られちゃうよねえ」

「まあ、サラさまったら……それで、どうなさったんです?」

「その三人の王子様がまた、曲者揃いでね……」


 止まらない、女の子二人の密やかなおしゃべり。

 すっかり話し終えたとき、キースはもうゆるぎない笑顔を取り戻していて……通路の奥では、たぶん聞き耳を立てている曲者二人がどんな顔をしているだろうと考えながら、サラも笑った。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











 女のおしゃべりは長い。これが今回の教訓です。うむ。今までストーリー進行をずっと気にしていましたが、もう諦めました。皆既日食の日に、皆既日食ネタ書こうと思ってたんだけど……もうズレズレです。流行遅れでサングラス買い求める恥ずかしい人みたいな展開になります。ごめんなさい。さて今回は、少女ちゃんの名前と立場が分かりました。そこ進んだだけでも御の字さっ。本当にそれだけ……ふふ。前半でアホなことしてたのもデカイか……すんません、次回こそサクサク進めますんで。もう邪魔者は誰もいないしねっ。

 次回は、うちとけてくれた少女ちゃんのお話と、サラちゃんの暴走再び。今度の暴走は、ちゃんとストーリー進める方向に行きますのでっ。

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