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砂漠に降る花  作者: AQ(三田たたみ)


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第四章(11)天岩戸

 一口、二口と、少女が銀の水を飲み込むたびに、嫌がってばたつく手足から力が抜けていく。


「僕がいいよって言うまで飲ませて」


 騎士たちが静まり返る中、クロルの声が飛び、サラは何度かその水を口に含みなおした。

 ゲンコツの形で固定された少女の手が、サラの胸や二の腕に向かって、ポカポカとロボコンパンチを繰り出す。

 駄々をこねるチビッコのような、ノーダメージな攻撃。

 サラは笑顔で受け止めつつ、強引な口付けを繰り返していたのだが……。


「――いやぁあああっ!」

「あっ、もういいよ」


 突然瞳を見開いた少女が放った、渾身の一撃。

 その固い拳が、油断していた黒騎士サラの左頬にヒットした。


  * * *


「クロル王子のバカバカバカ……」

「ごめんってば」


 治癒魔術が得意な騎士に、とりあえず応急処置で『冷えた紙』を頬に貼ってもらったサラは、さきほど受けたロボコンパンチをクロルの背におみまいしていた。

 所詮かよわい女子の一発。

 武道大会で受けた傷のように、青痣にはなるまでは至らないが、痛いものは痛い。


「おかげで適量が分かったよ。ずいぶん少なくて済むみたいだね」


 理由も分かれば嬉しいんだけどなーと言いながら、クロルは紙コップにまだ半分近く残った銀の水を見詰める。

 そのマッドサイエンティストのような目つきに、見守っていた騎士たちがブルッと体を震わせた。


「おいっ、どういうことか説明しろっ!」


 檻の向こうから叫ぶリグル。

 ガシャガシャと柵を揺さぶる様子が、檻の中に居るサラからすると、捕らえた猛獣のようにも見える。


「リグル兄、まだ分かんないの? サラ姫は分かったよね」

「うんっ!」


 相変わらず檻の一番奥にうずくまり、長い髪をかきむしるように両耳をおさえている少女。

 この状況が怖いのは、女の子として当然だろう。

 つまりは、心を持たない動物から、心のある人間に戻ったということだ。

 サラは頬の痛みも忘れて、笑顔で正解を言った。


「武道大会でも、王城の地下牢でもそうだけど……誰かのかけた魔術を破るには、別の人の魔術とぶつければいいんだよね。ちょうど同じくらいの大きさで、打ち消す効果があるものを」

「はい、良く出来ました」


 頭を撫でられて喜ぶサラと、檻の向こうで「そっ、そんなの俺だって分かってたんだからなっ」と強がりを言うリグル。

 黙り込んでいたカリムが、少女を見つめながら疑問を口にした。


「じゃあ、さっき俺にその粉を舐めさせたのは……」

「まあ、変化が無かったってことは、かかってない証拠になるよね」


 ほぅっと息をついたカリムに「そーだ。あの粉抜けるまでは、かかりやすくなってるから気をつけて。いつ抜けるかは分かんないけど」と、注意だか嫌がらせだか微妙なアドバイスをすると、クロルは再びサラに茶色の小瓶を差し出した。

 戸惑いつつもそれを受け取ったサラは、意外な言葉を耳にした。


「これ、サラ姫にあげる」

「えっ……」

「きっとこれから必要になるよ。ネルギ軍へ、乗り込むんでしょ?」


 サラは、汗ばんだ手のひらで小瓶を強く握り締めた。

 これは、サラ姫が操る闇の魔術に抵抗できる、貴重な武器。

 オアシスでは毒でしかなかったものが、砂漠では薬になるのだ。


「クロル王子は、こうなること分かってたの?」


 さあねと、とぼけたように笑うクロル。

 小瓶をお尻のポケットにしまいながら、サラは今までの道のりを思った。

 王城での事件の解決も、この砦に来てからも、全てがお膳立てされたように進んだのはクロルのせい。

 でも、それは決して運や思いつきなんかじゃない。


 たぶんサラが現れる前から、クロルは考え続けていたのだろう。

 闇の魔術と、立ち向かう方法を。


「ありがとう……私、絶対にネルギ軍を止めてみせるよ」


 サラは手を伸ばして一瞬クロルを抱きしめると、黒騎士の声でささやいた。

 初めてのサラからの抱擁に硬直するクロルの横で、シシト将軍が「美少年同士も悪くないですねえ」と呟いた。


  * * *


 意識を未来に向けたサラは、目の前に残った課題に着手した。


「ねえ、もう泣かないで。私の質問に答えて?」

「いやぁっ……こない、でっ……」


 先ほどよりいっそう頑なになった少女の態度に、サラは大きなため息をついた。

 さすがのクロルも、パニックになって怯える相手をなだめる方法までは知らないらしい。

 小さな子どもが居るというグリードに、サラは一瞬期待をよせたが、たまに会いに行けば怯えて泣かせるだけという役立たずなエピソードを披露し、騎士たちの涙を誘って終了。


 打つ手が無くなったサラは、少女の前にしゃがみこんで、なるべく優しい口調で話しかける。


「ね、お腹減ってない? 何か食べたり飲んだりすると落ち着くかも」

「いや……要らない……」

「じゃあ、何か欲しいものはない? なんでも用意してあげる」

「要らない……帰りたい……」


 サラは、その一言を聞き逃さなかった。


「帰してあげる。どこに帰りたいの?」

「うち……うちに帰りたい……お兄さまと……」


 クロルは後方を向き、人差し指を立てて唇に押し当てるポーズをする。

 騎士たちは、全員小さくうなずいた。


「そう。じゃあお兄さまとおうちのこと、少し教えてくれる? 帰してあげたくても、場所が分からないと無理でしょう?」

「それは……」


 ずっと目を閉じ、耳を塞いでいた少女が、涙でぐしゃぐしゃな顔をあげた。

 初めて見る相手のようにサラのことを見つめると、少女はささやいた。


「さ……サラ姫、さま……?」


 穏やかに語りかけていたサラの心に生まれた、確かな動揺。

 涙に濡れた瞳が、それを見つけてしまった。


「――いやぁあああっ!」


 突然瞳を見開いた少女が放った、渾身の一撃。

 その固い拳が、油断していた黒騎士サラの左頬にヒットした。


 ……なんだろう、このリプレイは。


 どうやら『北風と太陽』の太陽作戦は、失敗に終わったらしい。


  * * *


 殴られた頬を押さえたサラに、再びパニック状態に陥った少女が、意味を成さない言葉を呟く。

 両方の目からは、滝のように大量の涙を流し続けながら、もうそれ以上進めないというのに後退ろうとして、壁へと後頭部を打ち付ける。


「ああっ、申しわけありません、私がっ、でもっ……!」

「ちょっ、待って」

「いや、来ないで、お願い……いや、いやです……」

「あのね、私は」


 サラは、鈍い痛みを訴える頬から、すっかりぬるくなった湿布を剥がして、床にペシッと投げ捨てた。

 心の中には、有名な『天岩戸』の物語が浮かぶ。


「ねえ、ちゃんと見て」

「いや」

「――オレの目を見ろっ!」


 少女の両肩の脇に手をつき、至近距離で怒鳴ったサラに、少女はびくりと震えて固まった。


「あんたの知ってるサラ姫は、こんな目の色をしてたか?」

「え……?」

「ちゃんと見て」

「あ……青い……?」


 サラがその答えを聞いて、良しと一度うなずくと、少女は「でも」と言ってまた泣きそうになる。

 チッと舌打ちしたサラは、少女の顔の脇から両手を外すと、自分の着ている黒い騎士服の腹を掴んだ。

 下に着ているTシャツごと、一気に引き上げる。


「――あんたの知ってるサラ姫は、こんな腹筋してたかっ?」


 見ろやこの筋肉!

 腹筋一日千回の成果!


「え……サラ姫さま、じゃない……?」


 見事なカニ割れ腹筋を見せ付けられて、少女は呟いた。

 突然現れたサラの柔肌に、カリムは鼻の頭を指でおさえ、シシト将軍は目を伏せ、クロルは「一日千回……」とため息をついた。

 デカイ男二人の裏側で起きた、決定的瞬間を見逃した騎士たちは、とりあえず『一日千回』の言葉に心の中で拍手を送った。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











 毎回言いますが、なかなか進みません。理由は自分の中にありました。この先ちょぴっとシリアスシーンが続くので、今のうちにギャグを入れておきたいという……。とりあえず、少女ちゃんは正気に戻りました。月巫女さんの髪も、案外役に立つということですね。補足すると、侍従長や王姉さんたちは自分たちも銀髪を飲んでたので、属性が一緒ということになります。クロル君はまだ微妙。とりあえず月巫女さんの髪は、サラちゃんの髪と同様の激レアアイテムってことですね。この辺の展開はRPG意識しつつ。ギャグの補足は簡単に。天岩戸は、引きこもってた神様が、外で脱いで踊るのを見て出てきたというちょいエロ神話です。カッチカチの筋肉ギャグは、ワンパターンで飽きたけどなんとなく使いやすくて。(きんに君との比較により)

 次回は、少女とサラちゃんツーショットでお送りします。少女の正体しっかり聞き出してから、サラちゃんまたもや暴走決意。

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