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第四章(10)銀の砂

 階段エリアが終了すると、天井から水滴が落ちるような、湿気が多く薄暗い地下通路へたどり着いた。

 石壁に生えた苔や黒ずみから砦の古さと歴史が感じられ、サラはゲームの地下ダンジョン探索気分になる。

 ゲームではたいてい、しゃれこうべなどデッド系モンスターが現れるのだ。

 滑りやすい階段が終わったというのに、サラは自分の二倍は太いシシト将軍の腕にしがみついたまま進んだ。


 普段は手を繋ぎたがるクロルも、腕にまとわりつくサラを見て目尻を下げるシシト将軍に負けたのか、好き勝手なペースで先頭を歩いていく。

 クロルは気まぐれに振り返ると、サラに話の続きを振った。


「ねー、サラ姫がネルギで見た闇の魔術ってどんなの?」

「うんと……やっぱり、人の意思を操ろうとする感じの魔術だったよ。私には効かなかったけど、頭の中に靄がかかる感じになって、気持ち悪かった」


 そっか、とクロルがため息をついた。


「ネルギの魔女がどんな力を持っているのか、本当はもうちょっと分かってた方がいいんだけど、まあなんとかなるかな」

「ねえ、いったい今から何するつもりなの?」


 サラの質問にクロルは微笑み、謎かけで答える。


「では、サラ姫になぞなぞを一つ。いま出来てる僕たちの影を完全に消すためには、どうすればいいと思う?」


 シシト将軍の腕に掴まったまま、サラは自分の足元を見つめた。

 後方の騎士が魔術で灯してくれた炎のおかげで、この地下通路はそれなりに明るい。

 サラとシシト将軍の影は凸凹の形になりつつも、真っ直ぐ正面へと伸び、その先はクロルの黒いローブとぶつかっている。

 しばらくきょろきょろと視線を動かした後、サラは自信無さ気に言った。


「こっちから光で照らしたところで、また逆方向に影ができちゃうからダメでしょ」

「うん、そうだね」

「あらゆる方向から光を当てては?」


 便乗してきたシシト将軍に、クロルは「残念」と首を横に振る。


「ちょっといじわるな問題だったかも。正解はね……」


 クロルは、うさぎのようにぴょんと飛んで、サラのすぐ手前に戻ってきた。

 サラの影の中に、クロルの体がすっぽり入る。


「僕の影は、こうしてサラ姫の影に隠せば消えるんだ」

「そっか。“木を隠すには森”っていうもんね」

「そう、闇は光で消せない。でも別の闇で消すことができる」


 クロルの謎かけの意味を知り、サラが思わず目を見開いたとき、頭の上から「着きました」というシシト将軍の野太い声が届いた。


  * * *


 牢の中に居たのは、美しい少女だった。

 年はサラより少し上くらいだろうか。

 両手に、丸いグローブのようなものがはめてあること以外は、いたって普通のオアシス市民に見える。


 誰かが近くに来たことを察したのか、床をハイハイしながらサラたちの方へやってきた。

 しかし、人物を視認することも、声を発することもできない……ただ笑顔を浮かべるだけの、愛玩動物のような少女だった。

 檻に頭をぶつけると、一瞬泣きそうな顔をして、少し後退りしてごろんと寝転ぶ。


「この牢に入れたのは、彼女を守るためでもあるのです。ここに居る騎士たちの中にも、邪な考えを持たない者が絶対居ないとは言い切れませんから」


 苦い表情で告げるシシト将軍に、サラは黒剣をさすりながら「今度ダイスになったら、ムッツリな危険人物を当ててねー」と話しかけ、再び少女に視線を戻した。

 冷たい床にぺたりと座り込んだ少女の髪は、背中の真ん中まで伸びた長く艶やかな黒。

 白い肌は砂にまみれ、荒れて粉を吹いているが、お風呂に入りスキンケアすれば元に戻るだろう。


 そして、特徴的なのが、黒くつぶらな瞳だ。

 少し吊り目気味だが、整った目鼻立ちといい、口元といい……。


「サラ姫に、似てるね」

「そうなのか?」


 サラの問いかけに生返事をしたカリムは、予想以上に美しい少女の姿に戸惑っていた。

 カリムが思ったのは『サラに似ている』ということだった。

 サラ姫に似た人物として、サラが異世界から呼ばれたということは知っていたが、後宮に篭っている生身のサラ姫とは会ったことがない。


「サラに似てるとは思う」

「まあ、サラ姫と私はそっくりだからね……」


 違うところは、たった二つ……今では三つか。


「じゃあ、試してみよっか。サラ姫、あれ出して?」


 あー、と意味を成さない言葉を発する少女を前に、サラはお尻のポケットから茶色の小瓶を取り出した。

 手渡されたクロルは、アロマで使う精油を取り扱うように、蓋を慎重に外し、手で仰いでニオイを確認し、少量を手のひらに出した。


「まずお願いしたいのは、カリム君」

「なんだ」

「これ、ちょっと舐めてみて?」


 クロルの手を口元に差し出されたカリムは、露骨に嫌そうな顔をする。

 サラが「カリム、お願い」と言ったので、しぶしぶその手を取り、粉薬を煽るように口の中に入れた。


「……味は無いぞ。細かい砂を舐めたみたいだ」

「体調は、変化無さそうだね」

「ああ。まったく」


 クロルは、手のひらに残った細かい粉をローブの裾で払うと、どこからか紙コップを取り出した。

 サラが「また魔術使ったな!」と突っ込む隙を与えず、クロルは水を呼び出すとその中に注ぎ、慎重に銀の砂を入れた。


「シシト将軍、ちょっと中に入っていいかな。彼女にコレ飲ませてみたいんだ」


 強固なドアが開かれたとき、夢見るようなトロンとした目の少女が、初めて何かを見つけたように怯えた。


  * * *


 騎士たちが見守る中、牢の中に入ったのは四人。

 サラ、クロル、カリム、シシト将軍。


「やっぱこういうのは、女の子がやった方がいいよね。ちょっとずつ飲ませてみて」


 紙コップを渡されたサラは、七分目まで水の入ったそれを慎重に掴むと、膝をかかえて座り込む少女に近づいた。


「ねえ、これ少しだけ飲んでくれる?」

「うー」

「お願い、ちょっとだけ、ね?」

「うあー」


 サラがコップを口元まで差し出しても、イヤイヤと首を横に振るばかり。

 零してはまずいと引っ込めると、また警戒心をあらわにして「うー」と唸る。

 サラを認識できるということは、聞いていたより症状は軽いようだが……これはまさに少女漫画で見た『狼に育てられた少女』と同じリアクションだ。

 困り果ててクロルを見ても「頑張ってー」と手を振ってよこす。


 だんだん口調がキツくなるサラに恐れをなしたのか、少女は足とお尻でずるずる後退した。

 サラが、奥の壁際まで追い詰められたとき。

 サラの脳裏に、ある台詞が浮かんだ。


『泣いても許しません! 飲みなさい!』


 それは、苦い風邪薬を無理やり飲ませようとした母の顔。

 まだ幼稚園児くらいのサラは、生まれたての赤ん坊のように手足をばたつかせ泣きじゃくった。

 鬼のように恐ろしい顔をした母は、その後確か……。


「もう逃がさないよー、子猫ちゃん……」


 ふふふと笑ったサラは、手の中の水を見つめると。


「サラっ!」

「サラ姫!」


 カリムとシシト将軍が叫ぶと同時に、サラはその銀の水をあおった。

 そのまま、怯える少女にがばっと覆いかぶさり……。


「うん。やっぱ可愛い女の子どうしっていいなー」


 デカイ男二人の裏側で起きた、決定的瞬間を見逃した騎士たちは、クロルののん気な台詞からムッツリな妄想をむくむくと膨らませていた。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











 サラちゃんのファーストキス話でした。相手は母です。しかもディープなやつでした。……というのは、話の本筋ではありません。はい、ようやく少女ちゃん登場です。この話には女の子キャラが案外少ないので、女子が出てくるとちょい嬉しいです。しかし黒騎士モード且つアニマルモードのサラちゃんは、本当に危険かもしれません。やりたい放題です。着々とちゅー記録更新ちゅー。いや女子どうしってこういうの、あると思います! 飲み物飲ませるのはさすがに無いかもですが……あれ、すぐ話が脱線するなあ。月巫女さんの髪を飲ませる理由、もう九割くらい出しましたが、残りは補足的に次回。ちょいシモは今回で終了です。まあこれくらいのシモはこの先もちょいちょい、あると思います!(←開き直り)

 次回は、意識を取り戻した少女ちゃんとご対面。正体聞き出しーの、サラちゃん弾けーの、トツギーノ。(←お笑い芸人さんのネタです)

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