第四章(8)クロルの秘策
再び、会議室。
サラの座ったお誕生日席には、なぜか人の頭の二個分ほどある巨大な焼きこみフルーツケーキ、そしてジョッキサイズのグラスに甘いジュースが置かれていた。
「サラ姫には、私の秘蔵の品を差し上げましょう」
はんにゃの面のようなイカツイ顔で微笑んだのは、この砦の主……シシト将軍だった。
さすがのサラも「こんなに食べられません」と主張したため、皆でシェアすることになった。
旅の途中に不味い飯を我慢してきたクロルは「ワーイ」と素直に喜んだし、さっきから腹減ったと呟いていたカリムもすぐに手を伸ばした。
騎士たちはさすがに遠慮しようとしたが、シシト将軍の「この際だからお前たちも食え」の一言に、諸手を上げて喜んだ。
より若い騎士も居る中で、末席を与えられたグリードがせっせとケーキを切り分け、飲み物を配り歩いた。
会議室へ戻る途中、サラがようやく打ち解けてくれたシシト将軍に「グリードさんを怒らないで」とこっそり耳打ちすると、気難しげな顔で「では、皆に示しをつけるため相応の罰を与える」と言っていたのが、特命パシリ長へと繋がったようだ。
「あっ、美味しいっ!」
口の中の水分が無くなるボソボソしたケーキは、まさにサラ好みの逸品だった。
サラが笑顔でケーキを頬張る姿を、シシト将軍並びに騎士のおっちゃんたちが目を細めて見守る。
フォークを持つ手首には、まだ赤い跡が薄く残っている。
待遇が一気に好転したことを、サラはあらためて不思議に思った。
まずはクロル王子とリグル王子が、頑ななシシト将軍の心に楔を打ってくれた。
その後、ハンマーを振り下ろすがごとく、相手の役に立つことをして認めてもらった。
まるで以前テレビで見た巨大な墓石の切り崩し作業のような、見事な連携作業だ。
思わずにやけたサラに、シシト将軍の低い声が飛ぶ。
「今、夕食のしたくもしておりますので、ゆっくりお召し上がりください」
サラは、笑顔がすでに怖いシシト将軍の最大限に優しげな台詞に、コクンとうなずいた。
負傷者が消えた臨時医務室では、先ほどまで寝ていた騎士たちが、せっせと後片付けをしているという。
今夜は、王子たちをゲストとして、久しぶりにパーティが催されることになった。
トリウム国民のお祭り好きは、戦場の騎士たちも一緒のようだ。
リグルが、口の中をもごもごと動かしながらシシト将軍に、ざっくばらんに話しかけた。
「だから言ったろ? サラ姫はこの国の救世主なんだって。ついでに将来は王妃に……モガッ!」
最後の余計な一言が、リグルの喉を詰まらせた。
慌てて咳き込みジュースを飲み込む様子を、横から見ていたサラは……その手前で悪魔の微笑みを浮かべるクロルを見てしまった。
クロルの前に置かれた皿のケーキが、いつのまにか不自然に欠けている。
このケーキがリグルの喉に瞬間移動……いや、きっと気のせいに違いないと、サラは見てみぬフリをした。
* * *
甘いもので少し体力回復したサラたちは、今後の戦略を語り合った。
「なるべくお互いに犠牲が出ない形で、和平を進めたいのです。何か良い案はありませんか?」
発言したサラは、シシト将軍の席の向こうにある、明かりとりの小窓を見上げた。
差し込む光の色が濃いオレンジに変わったのを確認し、一人焦りを感じながら。
もう時間が無い……なぜかそんな気がした。
「可能性は低いが、もしネルギ軍の統括者であるキール将軍と話し合いを持つことができれば、事態は動くかもしれん」
シシト将軍の発言に、騎士たちがざわつく。
そのうち、将軍のすぐ脇に座った騎士が手をあげ「それは難しいのでは」と語った。
騎士曰く、キール将軍とは冷酷無比な悪魔の手先……という噂だけが流れる謎の人物。
戦場には一切立たず指令を出すだけなので、トリウム軍にとっては魔女と同じくらい恐ろしい存在だった。
「彼の張る結界は誰も壊せず、また使者を送ろうものなら無残に殺される……接触するのは不可能でしょう」
騎士の発言に、シシト将軍も黙りこくった。
全員が同じように黙り込む中、ずっと黙っていたカリムが言った。
「俺が行きます。同じネルギ人なら、もしかしたら」
「いや、無理だろう。彼は“同じネルギ人”こそを、モノとして扱うのだから」
シシト将軍が、強い口調でカリムの言葉を遮る。
腰を浮かしかけたカリムが、唇を噛みながら椅子に座りなおした。
「なるべく遠く離れたところから、弓矢で手紙を放つといい。しばらくは相手にされないだろうが、何度でもやれば……」
シシト将軍の提案は、サラにとっては夢物語にしか聞こえなかった。
それでは、遅いのだ。
カリムと同じように、唇を強く噛み締めたサラの頭に、ポンとやわらかい手のひらが乗せられた。
「ねえ皆、僕のアイデア聞いてもらえる?」
「クロル王子……」
スッと立ち上がったクロルは、眩しい西日の中で髪や頬をオレンジに染めている。
幻想的なその姿に全員が目を奪われる中、クロルは語った。
「今までの話で、なんか違和感あったんだよね……その、うちの砦に来たってネルギ軍の少女のことがさ」
* * *
クロルは、サラの逆側に座るリグル王子をチラリと見下ろすと、いつも通りの皮肉を撒き散らす。
「シシト将軍も、騎士の皆さんも、いくらトップが単純だからってそれに習わなくていいんだよ?」
「てめっ、また俺のこと」
「そういうのたぶん、向こうにバレてると思うし。そうじゃない?」
シシト将軍も、居並ぶ騎士たちも、苦笑を浮かべつつも否定せずにいる。
さすがのリグルも、騎士たちのリアクションに憮然としてため息をついた。
一瞬微笑んだクロルは、すぐに表情を引き締める。
「ネルギ軍は、きっとこんな風に考えてるはず。敵国は、騎士のみで構成されるいびつな軍隊。そいつらは“騎士道”なんて甘ったるいジュースみたいなことを信じてて、たぶん女や子どもには危害を加えないだろう……そう思って少女を送り込んだ。どうかな?」
反論を許さない目つきで、クロルは畳みかけるように告げた。
「でもね、僕は思ったんだ。少女がこうして生きたまま捕らえられているのは、ちょっとオカシイなって。今までの捕虜は全員自殺で死んでる。その子だけが生き残ってるのは不自然だよね。それが事実なら、発想を切り替えなきゃ」
ツンツンと、人差し指で自分の頭をつつくクロルを、サラはドキドキしながら見上げた。
きっとクロルには、もう答えが見えているのだ。
「僕の推測だと、彼女はあえて逃がされたんだと思う。理由は、ただ生き延びるために。逃がしたのはネルギ軍のかなりトップに近い人物。そんな戦略を実行させられるくらいだからね。じゃあなぜ彼女は逃がされたのか……」
ゴクリ、と全員が唾を飲んだとき。
「それは、僕にもワカンナイや」
ハハッと笑ったクロル。
緊張していた空気が、一気に弛緩する。
「……だから、本人に聞いてみようよ」
「しかし、彼女は精神を病んでいて、まともな会話など」
シシト将軍が反論しかけるのを、伸ばした手のひらで制すと、クロルはリグルに視線を向けた。
「大丈夫だよ。ねえリグル兄、あれ出して? 僕が頼んだ忘れ物」
固い芝生のような黒髪をザワワと撫でられたリグルは、不愉快そうに眉をひそめつつも、騎士服の胸ポケットから“あるモノ”を取り出した。
西日を受けて光り輝く、それは――。
「うん、良かった。ちゃんととってあったんだね」
「――クロル王子っ!」
思わず叫んだサラに、クロルは「大丈夫」ともう一度言ってウインクした。
リグルの手からクロルの手へと渡されたのは、一束の銀色の髪だった。
↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。
はい、ちまちま進んでおります。ああ嫌な予感……また長くなりそうな悪寒が。時間的には全然進んでないのにー。前半は少しだけ和み系シーンを。こういうの削っちゃうと、シリアスシリアスでどーもね。中盤からは、恒例のプチ謎解きでした。忘れ物、さすがにコレだと分かった人はいないはず。すっかり処分したってニセ情報流してたしねーふふ。その辺の詳細は次回もうちょっと。しかし今回は、またもやクロル君にのお世話になりました。作者もうおんぶにだっこ状態です。主人公クロル君でもいいんじゃね? くらいな。サラちゃん、次の次くらいからはもっと目立たせてあげる予定ですが、目立つっていうか……ピンチの後にチャンスありという展開になりそうです。
次回、クロル君の狙いどおりに事が進みます。クロル君の予想を裏切るのは、サラちゃんだけという回に?




