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第四章(7)できることから

 騎士たちによる、サラへの握手会ならぬ右手キス会は無事終了した。

 その間、隣からは「ただ女の子の手触りたいだけじゃないの」とか「君さっきトイレ行って手洗ってなかったでしょ」とか、非常に気になる発言が飛び出したが、サラは身につけた王女スマイルでなんとか切り抜けた。


 トイレの手洗いについては、サラも同罪なので突っ込みの余地は無いが、確かに王城の騎士たちと違って、ひとりひとり時間をかけて手をニギニギされたような気がする。

 顔を上げた騎士たちの幸せそうな笑みを見て、こんなことも両国の友好への第一歩かと諦めた。


 全員が元の席に着席した後、シシト将軍が大きな咳払いをした。


「では、これから会議を仕切り直す。まずはサラ姫とカリム殿に、この砦の現状をお伝えしよう」


 シシト将軍からは、ネルギ軍との戦いの歴史について簡単に説明された。

 戦争のきっかけは、砂漠の民との小さないさかいだった。


 水を求める砂漠の民が国境を越えてくるようになった頃、トリウム軍の兵士は対応を誤った。

 少し恵んでやると、それ以上の人数が押しかける……その繰り返しの中、ついには武力で追い払ってしまったのだという。

 逆恨みした砂漠の民は、徒党を組んで国境を越え、民家を襲撃しはじめた。

 始めは鎌やクワを使い、そのうち武器を手にするようになり、最終的には魔術師軍団が指揮をとるようになったという。


「開戦当時から比べると、彼らの戦い方は変わった。今では武器を捨て、自らが兵器と化した」

「兵器って、どういうこと?」


 クロルの質問に、シシト将軍は疲れたような笑みを浮かべた。


「彼らの精神には闇の魔術が、体には炎の魔術が仕込まれている。そのまま、この砦に襲い掛かるのですよ。自らの命を贄としてね」


 砦に近づけるまいと剣や魔術で彼らを討つと、その体からは赤黒い炎が立ち上るという。

 それを目にした者は、体を焼かれ、心を蝕まれる。

 攻撃を受けた人物がどうなるかは、先ほどサラたちが見たとおりだ。


「特に先日の攻撃は、恐ろしいものでした。この砦に、一人の少女が訪ねてきたのです。曰く“ネルギ軍から逃げてきた”と……」


 トリウム軍は、罠にかかった。

 彼女は内側からこの砦を破壊し、人間兵器を招きいれようとしたのだ。

 大量の犠牲を伴いながらも、なんとか撃退した後に残ったのは、心を失い抜け殻となった少女が一人。

 現在は魔術封じがほどこされ、牢に繋がれているという。


「その少女を、我々は殺すこともできず……そちらにも、後でお連れいたしましょう」


 シンと静まり返る会議室。

 きっと彼女は、ラッキーだったのだろう。

 トリウム軍に保護されれば、命の保障だけはされるのだから。


 サラは、朱色の床の間に転がされていた少女たちの悲しい末路に、ただ胸を痛めることしかできなかった。


  * * *


 サラの顔色があまりにも悪かったのを心配したクロルによって、会議は休憩となった。

 会議室の隣には、ソファが置かれたラウンジがあり、サラたちはそこでしばし体を休めた。

 移動中は疲労など一切感じなかったのに、心が重くなったせいか、体までもが鉛のように重く感じる。

 ソファに座ることを拒んだカリムが、サラの目の前でひざをついた。


「サラ、お前が気にすることはない。この罪咎は全て俺が引き受けるから」


 その目がただ優しいだけではなく、悲しみの光を放つのを、サラは見つけてしまった。

 首を横に振ったサラは、カリムの手を握る。

 クロルにすることで、すっかり定番になってしまったその行為に、カリムは少し顔を赤くした。


「カリムは、何も知らなかったんだから。私は薄々気付いてた……なのに、止められなかった」


 ネルギ軍は、国王直結の部隊だ。

 魔術師を中心に編成されるため、実質指揮をとるのはサラ姫とその側近の魔術師になる。

 主に内政を受け持つカナタ王子の側近であるカリムには、詳しい戦況などは一切知らされることはなかったという。


「国王の言葉を聞いて、それを魔術師に伝えるのはサラ姫の役割。ネルギ軍をこんな風にしてしまったのも……そうでしょ?」

「サラ……」


 サラは、やはり自分は闇の魔術にかかってしまったのかもしれないと思った。

 そうでなければ、サラ姫をかばいたくなるこの気持ちに理由がつかない。

 たった一週間過ごしただけのサラ姫は、なにより自分の欲望に忠実な……純粋な少女なのだと。


「サラ姫が闇の魔術を操ることを、私は知ってた。ずっと傍に居たリコも知らないみたいだったし、たぶん知ってる人はほとんどいないはず。カナタ王子は分かっていて見逃しているのか、もう闇に囚われているのか、どちらかだと思う」


 サラは、たぶん後者ではないかと思った。

 あの誠実なカナタ王子が、こんなやり方を黙認するとは思えない。

 そし、闇にて囚われた者は、カナタ王子以外にも居るかもしれない。


 カリムが歯を食いしばり何かに耐える姿を見て、サラは握った手のひらの力を強めた。

 ネルギ軍を止めるということは、その先に居て彼らをコントロールしている人物を止めるということ。

 その中に、サラ姫や魔術師だけでなく、敬愛してやまない王子が居るとなれば話は別なのだろう。


「サラ、お前はこれからどうするつもりだ?」


 暗く沈みかけた雰囲気を変えるように、サラは明るく声を上げた。


「そうだね……まずは、やれるところからやる! ね、クロル王子、リグル王子!」


 向かいのソファに腰掛け、サラとカリムの会話を黙って聞いていた二人は、サラの言葉に顔を見合わせた。


  * * *


 短い休憩を終えた後、会議再開の前にサラはある提案をした。


「できるか分からないけれど……彼らの傷を癒すために、力を貸してください」


 騎士の中でも、癒しの魔術が使える者たちを集めてもらい、負傷兵がいる部屋へと向かった。

 何度見ても胸が締め付けられるような光景の中、サラは目を背けずに室内を見渡した。


 薄暗くしめった空気の中に、まるで呪詛のようなうめき声が鳴り響く。

 ところどころに赤い旗が立っているのは、重傷者のしるし。

 比較的軽症な者は、手元の水差しを掴んで自力で水を飲むが、そうでない者はケアをする騎士が交代で水や食料を与えているという。


 サラは、患者の中からもっとも軽症で、なおかつ癒しの魔術が使える騎士を教えてもらうと、その若い騎士に近づきこう言った。


「私に、癒しの魔術をかけていただけませんか?」


 驚いた騎士は上半身を起こし、サラの横に立つ二人の王子とシシト将軍の顔を見つめた。

 全員がうなずくのを確認した後、指輪をはめた手のひらをサラへと差し出した。

 伸ばされた手が、触れるか触れないかの距離で放たれる、水の魔術。

 飛び出した水滴は細かい霧となってサラの体へ降り注ぐ。


 シシト将軍以下、砦の重鎮たちが見守る中で、奇跡は起こった。


「――っ!」


 サラの体から、室内を照らす神々しい光が放たれると同時に、騎士の体はずぶ濡れになった。

 少年のような姿をした、美しい少女の笑みとともに、発した霧のシャワーがどしゃ降りになって返って来る……それは、騎士にとって想定外の出来事。

 放心状態の騎士は、濡れそぼった自分の体や、だらりと垂れ下がった腕の包帯を見つめた。


「どうですか? 変わりありませんか?」


 役目を終えた水の精霊たちが、嬉しそうに飛び跳ねながら消えていく姿を見送りながら、騎士は告げた。


「痛みを……感じません。これは、いったい……?」


 念のためにと、サラが騎士の腕に巻きついた包帯を慎重に外すと、そこにあったはずの膿みもケロイドもキレイに無くなっていた。


「サラ姫っ!」

「すごいよっ!」


 両脇に飛びつく大型犬と子猫に「はいはい、じゃれるのは後でね」と微笑みかけると、サラは立ち上がった。


「癒しの魔術が少しでも使える方から順に、治していきましょう。もし魔術を使えない方がいたら、別の方から受けた魔術を転送してみます。すぐ済みますから、会議は少しお待ちくださいね」


 そう言って優雅に礼をしたサラに、心の全てを奪われた騎士たち。

 最後までサラを懐疑的に見ていたシシト将軍ですら、孫を見るような目でサラを見つめながら「よろしく頼む」と頭を下げた。


 奇跡を全て見届けた後、彼らがサラを『女神』と呼ぶようになったのは、本人の与り知らぬこと。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











 ううっ、またもや長くなりました。前半……ここで固まった作者。書き直し書き直しで、こんな感じになりました。重い話は苦手じゃー。でも書かなきゃと。戦争のドキュメントを良く見たり、被爆したお年寄りのお話を聞きに行ったりしています。本来もっともっと生々しく、直視すると吐き気と涙が止まらないのですが、そこまで深く行くともう止まらないのでこの辺でご容赦ください。ラストは、予告通りというか予想どおりのサラちゃん活躍シーンでした。エール君を治したときより全然楽チンです。救いのあるシーンが書けて、作者もホッと一安心。

 次回、もう一回会議室へ戻って、忘れ物の話とこの砦のシメを……はやくネルギ軍に行きたいです。頑張ります。

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