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第四章(4)シシト将軍

 サラたちは、砦の西側に位置する会議室へ連れてこられた。

 複数開けられたあかりとりの小窓からは、やわらかな西日が差し込む。

 いつのまにかずいぶん時間が経っていたようだ。


 会議室と言っても、特に机や椅子が並ぶわけでもなく、六コースあるプールくらいのサイズの、がらんとした部屋だった。

 室内の中央に、両手を拘束されたサラとカリム、二人に心配げな視線を送るグリード、一人飄々とした表情のクロルが並んだ。


 四人を取り囲むのは、二十名の部隊長。

 大将、中将、少将、大佐……と名乗り出た彼らは、王城に居る騎士とは何もかもが違った。

 全てを切り捨ててここにいる、追い詰められた獣のような目。

 そして整然と並ぶ彼らより一歩前に出た大男が、シシト将軍だった。


「クロル王子、このたびは我が砦へお越しくださり、ありがとうございます」


 ひざまずくシシト将軍を前に、クロルは「こっちこそ、急に来て悪かったね」と、いつもどおりのくだけた口調で返事をする。

 顔を上げたとき、将軍の目が一瞬鋭さを増したのを、サラは見逃さなかった。

 当然、クロルも分かっていることだろう。

 クロル王子はもちろん、サラもカリムも、一切歓迎されていないということが。


  * * *


 バルトが着ていた騎士服の色違い、ベージュを着込んだシシト将軍は、全身から覇気がにじみ出ていた。

 坊主頭に、太くつりあがった眉、ぎょろっとした大きな黒い目と、ずんぐりした鼻、分厚い唇。

 あごのエラが張り出ていて、『鬼将軍』とあだ名をつけたくなるような風貌だ。

 年齢的には国王より少し上だが、実物を間近でみるともっと年配に見える。


 グリードから事前に聞いていた情報によると、正式な階級は元帥で、将軍というのは愛称のようなものらしい。

 戦争が始まってから、貴族の名も暮らしも捨てたという。

 家族とも離縁し、この場所で陣頭指揮をとってきた。


 グリードがシシト将軍に近づき、国王の印がある書状を手渡す。

 サラの目の前で書かれたその書状に書いてあるのは、簡単な一言。

 サラが正式なネルギの使者であり、和平に向けて善処するようにと。


「それ読んでも、まだ二人の拘束取らないつもり?」


 立ち上がったシシト将軍を見上げるクロルは、笑みを浮かべた。

 クロルの目は、絶対的強者の目。

 その目が、驚愕に見開かれることになる。


「ええ、認められません。むしろ、このまま地下牢へお連れしようと考えております」

「――なっ!」


 叫びかけたカリムが、トリウムの騎士から蹴りを入れられた。

 サラは、拘束された縄の先の手を握り締めて耐える。


「……その理由を聞こうか?」

「理由は、言わなくても分かるでしょう。彼らが“ネルギ人”だからですよ」

「意味わかんないんだけど?」

「ネルギ人は、すでに同じ人間ではない……それが我々の結論です」


 針のようなクロルの視線を軽く受け止め、シシト将軍は皮肉げな笑みを返した。

 国王に匹敵するほど存在感のあるシシト将軍を前に、クロルは子猫のようにあしらわれている。


「理由をご存知無いなら、お教えしましょう。ネルギには……魔女が居るのですよ」


 サラの心臓が、魔女の言葉に反応する。

 ドッと湧き出る冷や汗を感じながら、サラは二人の会話の行方を見守った。


「へえ。僕も魔女については情報集めたけど、ネルギにも居るとは知らなかったよ」

「はい、居るのです。ただもしかしたら、クロル王子のおっしゃる魔女と我々の言う魔女は、別の存在かもしれませんね」

「シシト将軍の言う魔女って、何者?」

「ネルギの魔女……それは“闇の魔術”を操る者。ネルギの人間を兵器へと変える、恐るべき敵です」


 ずっと余裕の表情を浮かべていたクロルが、キュッと口を引き結んだ。


「捕らえたネルギの捕虜曰く、その魔女はどうやら人間の女の姿をしているようですが、中身は悪魔でしてね……申し訳ありませんが、我々の戦いは、魔女を殺すまで終われないのですよ」


 シシト将軍は、自嘲するような笑みを漏らすと、やけに明るい口調で告げた。


「論より証拠といいますし、今からあるものをお見せしましょう。魔女の所業について、良くご理解いただけるものをね……」


 シシト将軍は数名の部下を呼ぶと、何やら耳打ちした。

 サラたちは、大勢の屈強な騎士に囲まれ、再び砦内を移動させられた。


  * * *


 扉の先には、地獄があった。

 明らかに顔色を悪くし呟いたクロルに、平然とした顔でシシト将軍が告げた。


「ここは……」

「ええ、見てのとおり負傷者の収容所です」


 鼻が曲がるような悪臭の中、床に粗末な毛布を敷いて寝かせられた何百名もの騎士たち。

 年配から若者まで、さまざまな者がいる。

 その共通点は……火傷しただれた真っ赤な皮膚。

 顔や腕や、全身に巻かれた包帯からは、じゅくじゅくした膿が湧き出ている。


「この部屋は元々、大会議室として使われていました。しかし、負傷した者を収容するスペースが足りなくなり、現在はこのような状態に」


 口篭ったクロルと、目を伏せるグリード、ただ呆然と目の前の光景を見詰めるサラとカリム。

 サラたちを取り囲んだ騎士たちですら、直視するのが苦しい現実。

 気を取り直したクロルが、ある意味クロルらしくない単純な問いかけをする。


「癒しの魔術で、治せないの?」

「ええ。治せません。これは闇と炎を掛け合わせた魔術ですから」

「そんなことが……なぜ……」


 ただ、目の前の光景を否定するかのように頭を振り、絶句するクロル。

 汗ばんだ額に張り付いた薄茶色の前髪が、束になり引き剥がされる。


「とくに状況が悪化したのが、ここ数ヶ月です。国王が長年魔術師を野放しにし、楽しいお遊びに夢中になっている間に……」


 おっと失礼、と失言を認めて謝るシシト将軍。

 見守る騎士たちも、そして“お遊び”に参加したグリードも、奥歯をギリギリと噛み締めている。


「ネルギは、危険な国です。人の心を操り、人の命を弄ぶ魔女が支配する国……何が、和平だと?」


 シシト将軍の視線は、サラとカリムに向けられた。

 射殺すような、激しい憎悪をぶつけられ、サラは思わず瞳を閉じた。

 自分のせいではない、そう叫びたい気持ちを堪えるので精一杯だった。


「シシト将軍の気持ちは、良く分かった。でもね、ここに居る彼らは違うんだ。本当に和平を」

「闇の魔術について、クロル王子もご存知でしょう。あれは人の心を操る。この使者殿が操られていないという証拠はありますか? 野放しにしたとたん、我々を殲滅すべく動いたらどうします?」

「……国王の書状があっても、僕が何を言っても、ダメなの?」


 無言でクロルを見下ろす目は、まるで柄の無いビー球のよう。

 シシト将軍は、国王もクロルも信じていない。

 この砦の中で、彼は唯一無二の王だった。


「そう、分かったよ……」


 クロルの呟きは、力なく床へと落ちた。

 サラは、この手の拘束を初めて憎いと思った。

 クロルの手を握ってあげたいのに、それができない。


 何もできないまま……サラたちは、苦しげなうめき声のこだまするその部屋を出た。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











 予告通り、若干痛い展開になりましたが……表現的にはなるべくライトにしてみました。なんかこういうシーンって、どこまで書いたらいいかワカンナイです。お伝えしたかったのは、中央でぬくぬく暮らしてる人たちと、現場でせっせと働いてる人とは、相当のギャップがあるってことですね。賢いクロル君も、実績がなきゃただのボンボン。小さい会社のワンマン社長と跡取り息子に苦言を呈する年上の専務……みたいなイメージですかね。もちろんサラちゃんとカリム君も同じく甘ちゃん状態です。そして、もっとも甘ちゃんなのは、この作者……いや、けっこう頑張ってますよね? ね?(←甘ちゃん)

 次回、捕虜扱いで大ピンチのサラちゃんに、クロル君の策略がヒット。急展開です。この四章は遊びを減らしてガツガツ展開転がしてきますっ。

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