第四章(2)旅路の中で
馬車は、再び戦場へ向けて出発した。
王族にあれだけ敬意を払っていたグリードが、声を荒げるほどクロルを叱り飛ばしたのだが、その効果は芳しくない。
王族というハンデを除いたとしても、温厚なグリードが小賢いクロルに口で叶うわけがなく、最後はなんだかんだ言いくるめられて同行を許可していた。
戦場についてしばらく様子を見たら、再び馬車で強制送還されることになったが、その約束すらクロルは簡単にひっくり返してしまうのだろう。
再び、幌の中におさまった三人。
ただでさえ狭かった室内は、もうギュウギュウ詰めだ。
クロルは転がった缶詰を片付け終わると、当たり前のようにサラの隣に寄り添って座った。
「あーあ、怒られちゃった」
まったく悪びれずに舌をペロリと出したクロル。
至近距離から放たれた可愛いすぎる小悪魔スマイルに、サラはトキメク胸をおさえた。
今日のクロルは、初めて見る魔術師ローブ姿。
丈も合わずぶかぶかのそれは、きっとまたエール王子から盗み出したのだろう。
「それにしても……このこと、ちゃんと誰かに言ってきたの?」
「皆の前で言ったじゃん。僕も戦場に行くって」
「言ってたけど……」
「まあ置手紙もしたし、大丈夫だよ。僕こう見えてタフだし」
確かに、とうなずくサラと、同意を得て無邪気に笑うクロル。
カリムがぼそっと「バカ王子」と呟くのも気にせず、ニコニコしている。
幼少期、一般貴族として田舎で過ごした兄弟たちと違って、クロルはもしかしたら生まれて初めて王城の外に出るのかもしれない。
「でも、結界はどうやって抜けてきたの?」
「んー、ルリ姉が言ってたじゃん? 結界のどっかに穴が開けてあるって。探したらすぐ見つかったから、それもちゃんと手紙に書いといてあげたし」
さもイイコトをしてあげたという満足気な笑顔に、サラは再び大きなため息をついた。
* * *
大して進まないうちに、車酔いしたと泣きついた自称タフガイなクロルは、カリムの魔術で少しだけ腰を浮かせながら言った。
「ところで、戦地の状況ってどこまで把握してるの?」
「昨日、国王たちから大まかな戦況を聞いて、あとはアレクから盗賊ルートの情報をちょっとね」
「ふーん。その盗賊ルートってやつ、僕にも教えてよ」
サラは腕組みすると、自分の中で情報を整理した。
シシトの砦は、もともと国境線よりずっとトリウム側に入った場所にあった。
元々は国境エリアを守る、辺境伯のシシト氏の城だった。
トリウム軍も、開戦当初はもっとネルギ側に陣を築いてたが、ネルギ軍に押されて少しずつ後退していった。
今ではその城に篭城に近い形で立てこもり、結界が作れる騎士たちによってなんとか落城を阻止している。
簡単に言えば『防戦一方』というのが、国王たちから聞き出した簡単な戦況だった。
「砂漠とオアシスを旅する盗賊たちが見た限りでは、とにかく砂漠化の進行が早くなってて、砦の周りはもう砂に覆われてるんだって。騎士にとって砂嵐を起こされたら目が利かなくなるし、外へ出て戦うのは難しいから立てこもるしかないみたい。あとは、ネルギ軍の魔術攻撃もそうとう強力みたいよ。大きな竜巻が起こってるのを、たびたび見かけるって」
砦の広さがそれなりにあることが幸いし、トリウムの騎士たちは忍耐強く抵抗を続けている。
生き残っている人数は約千人で、別途魔力の強い騎士を中心とした補給部隊が居る。
我慢しきれずに打って出た騎士たちが、もうずいぶん亡くなってしまったのだと、グリードは悲痛な面持ちで語ってくれた。
「特に最近、ネルギの攻勢が激しくなってるみたいで……」
サラは、口篭った。
ネルギの美しい少女たちが、攻撃のエネルギー源となっているのだ。
目や口を潰され、ただ殺戮のために戦地へ送られた少女たちの存在は、サラが直視したくなかったことの一つ。
黙りこくったサラの代わりに、カリムが重たい口を開いた。
「王子には、正直に言おう。ネルギの魔術師団が操るのは、主に炎と風。熱風によって城壁を溶かしたり、余分な水を消費させたりする。また砂嵐を巻き起こし、砦そのものを砂に埋める戦略もある。ただし、そこまでの力がある魔術師は一握りで、残りの魔術師は水を呼ぶためだけに存在する。ネルギの魔術師は、完全なトップダウンで……トップは魔術師長でもあり、指揮官でもある“キール”だ」
苦い表情のカリムを見て、サラは感じた。
キール氏とカリムは、相容れない存在なのだろう。
「うん。良く分かった。ネルギの戦略は、主要な魔術師に頼ってる。その魔力が枯渇しては、しばらく攻撃停止。復活しては大規模攻撃をかける。それで今回は、そのトップを説得しよう……そういうことなんだね?」
サラが不安げな面持ちでうなずくと、クロルは鼻で笑った。
「無理じゃないかなー。またノープランで突っ込むの? ネルギは、うちの国みたいに甘くないと思うよ」
クロルはサラから視線を移し、正面に座るカリムを見つめた。
同意を求めるような眼差しに、カリムは吐息混じりに答えた。
「サラ姫の顔は、残念ながら軍にも広まっていない。だから、サラが交渉することにメリットはほとんど発生しないだろう。そして……俺もキールとはほとんど接したことがない。彼は戦争が始まってすぐに戦地へ立って、一度も戻っていないから。正直、顔も良く分からないくらいだ。向こうも俺のことは、名前くらいしか知らないかもしれない」
クロルに突っ込まれたことは、昨夜アレクとカリムにも言われたことだった。
水戸黄門の印籠があればいいのに、とサラは思った。
本音を言えば、少しだけ「あなたはもしや……サラ姫様ではっ? ヘヘー!」という展開を期待していたのだ。
カリムは、背筋を伸ばしてクロルを見つめた。
「クロル王子に問いたい。ネルギ軍は危険だ。戦場へ行ったら、二度と帰れないと分かって旅立つものばかりだ。水を欲し、命を欲するその執念が、この戦いを互角に持ち込んでいると思う。長年積み重なった執念は、果たして“説得”という手法で覆るものなのだろうかと……」
カリムは、珍しく饒舌だった。
そして、誰よりも真剣だった。
カリムの悲しみが伝播し、いつしか顔を伏せるサラ。
「それは、僕にも分からない。ただね、僕の武器は“言葉”と“知恵”だから……」
力を持たないサラにも、それは同じだった。
多少の武力と、黒剣の助力、そして魔術を受け付けない体質……それだけで、ここまでやってきた。
一対一だったり、話の分かる相手だったり、なにより余裕のある生活という土俵の上で通用したことばかり。
言葉を受け止める余裕の無い相手には、力で言うことを聞かせるしかないのか……。
サラの思考は、深く暗い闇の中へと沈んで行った。
* * *
戦場への旅は、順調に進んだ。
それなりに魔力があるグリードが居たことで、水や火などは贅沢に使えた。
水については、この地がまだオアシスエリアということもあったが、戦地へ近づくにつれて水を呼ぶことは厳しくなっていく。
大きなタライにお湯を張り体をすすがせてもらいながら、お風呂はそろそろオシマイだなとサラは思った。
三度の食事も、主にグリードが作ってくれた。
干物中心だったが、砂漠の旅を経験したサラとカリムにはまったく苦にならず、むしろご馳走感覚だ。
一人クロルだけはなにやら唸りながらも、一生懸命食べていた。
夜は幌の中の荷物をどかし、全員で川の字になって寝た。
誰がサラの隣になるかで初日の夜は大いに揉めたが、最終的には壁、サラ、グリード、カリム、クロルという並びに落ち着いた。
クロルがもっとも表情を輝かせたのは、やはり日中だ。
電車の窓にかじりつく子どものように、瞳を輝かせて風景を眺めていた。
時には、図鑑でみた動物や植物を発見したり、地質や鉱物の話をしてみたりと話題も豊富で、サラは旅の途中まったく飽きることはなかった。
唯一、クロルが音を上げたのは、各食事の前に行われた訓練。
「そういえばクロル王子、このあいだ“体鍛える”って言ってたよね?」
サラの一言に、クロルは若干腰が引けつつもうなずき……そこから、グリードとカリム、二人の一流騎士によるトレーニングが始まった。
特に腹筋や背筋などの筋トレは、負けず嫌いでクールなクロルも、げんなりした表情を見せた。
それでも、少しずつこなす回数を増やしているのはさすがの根性だなと、カリムとグリードは苦笑した。
クロルの動きが止まるたびに、サラがこっそり「ハリセンボン」と呟いていたのは、二人には内緒のこと。
たった三日と少しの旅だった。
さまざまな課題を抱えたまま、馬車は戦地へと到着した。
↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。
あっさり戦地到着です。新キャラ出さないと言いつつ、シシトさんとキールさんには多少出ていただく予定。今回戦争について、少しだけ語らせてみました……皆さんなら、どうしたら良いと思いますかね。一応、この章の最後には作者なりの回答を出すつもりなのですが、非常に深くてギリギリまで悩んでしまいそうです。しかし、毎度副題がかなりテキトーになってしまいます。もっと『なにこれ?』的な面白いタイトル考えたいんだけど、なかなかピンと来ず。第一章のときはノリノリで考えてたんだけど、今となってはもっとも恥ずかしい……恥部です。3+27とか、もうアパッチのオタケビが飛び出そう。あのハイテンションな時期は二度と来ないような気がする。青春は一度だけ。(←名曲です)
次回は、砦に入ってご挨拶。サラちゃんたちには、予想以上に厳しい風が吹きます。まあ、一瞬だけね。