第四章(1)旅立ちの朝
パーティ終了後、リコだけを残してサラたちは領主館に戻った。
リコは、そのままもうしばらくデリスの元で侍女修行をするとのこと。
ほんの少し『人質』の匂いも感じたが、それならそれで構わない。
サラが、この国を裏切ることは決して無いのだから。
ナチルに作ってもらった滋養強壮系の夜食をつまみながら、サラはアレク、カリムとミーティングを行い、しっかり六時間ほど睡眠を取った後……朝がやってきた。
* * *
朝食をとっていたサラは、馬のいななきを耳にして玄関を飛び出した。
「グリードさん、おはようございます!」
「よっ、黒騎士殿。よく眠れたかい?」
領主館前まで迎えに来てくれたグリードは、幌のついた二頭立ての馬車を操っていた。
幌馬車のつくりは頑丈そうで、箱型の荷台の両サイドには窓が二つ。車輪の方をのぞき込むとバネもついており、なかなか乗り心地が良さそうだ。
グリードのすぐ前で鼻を鳴らしている小柄な馬は、少し眠たげな表情で石畳をカシカシと蹴っている。
サラは、以前良く配達に来てくれた、冷越酒店のおっちゃんの軽トラを思い出した。
おねだりして、運転席や荷台に乗せてもらって遊んだっけ。
「ねえ、これって運転難しいんですか? そこ座ってみたい!」
朝からハイテンションなサラに、サラを追ってきたアレクが、ポンと頭を叩く。
「サラ、遊びに行くんじゃねーんだ。もっと緊張感持てよ?」
「うー……はい。そーですね」
手綱を握るグリードが苦笑しつつ言った。
「また今度、余裕があるときに教えてやるよ。とりあえず、この旅は出来る限り飛ばすから、勘弁な」
素直にうなずいたサラは、荷物を持ってこようと再び門をくぐり玄関へ戻った。
馬車の旅は、ラクタよりは早いもののけっこうな時間がかかると、昨夜教わったばかりだ。
グリードが戦地を離れて以降、戦闘はより激化しているとの情報もあり、余計なことをしている暇はない。
「――っと」
玄関を開けようとした同じタイミングで、内側から扉が開かれた。
出てきたのは、カリムだ。
朝はあまり機嫌が良くないカリムは、眉をひそめ仏頂面をしている。
カリムの手は何かを掴み、肩の後ろへ回されていた。
「あっ、カリム。荷物持ってきてくれたんだ」
笑顔で両手を差し出したサラを無言でスルーし、そのままスタスタと馬車の荷台へと向かう。
運んでくれてありがとう……そう思ったサラは、違和感に気づいた。
カリムの両手には、二つの大きな布製ナップサック。
一つは、サラが昨夜旅の荷物を詰め込んだもの。
もう一つは……?
「ああ、今回カリムも行くんだってさ」
「はぁっ?」
「アイツには負けたよ」
笑い上戸なアレクが、駆け寄ってきたサラに白い歯を見せた。
「昨夜お前が寝た後、アイツと勝負したんだ。ナチルに審判やってもらったんだけど……アイツが俺を言い負かすなんて驚いたよ」
「どういうこと?」
「この話聞いたときから、俺がついてく予定だったんだけど、アイツに取られた。魔力もねーのに……ったく」
どうやら、国王はアレクにも旅の供を打診していたらしい。
アレクには仕事があるけれど、自治はリーズに、道場はカリムとナチルに任せればなんとかなる。
その話を告げたところ、カリムが「俺も行く、絶対行く」と言い張り……ついには席を奪われたとのこと。
勝負の内容は、ルール無しのディベート。
第三者であるナチルを、より説得できた側の勝ち。
「アイツ、最後は自力で行くっつってたぞ。国王の許可証も無いのに、トリウムの人間が入れる場所かっつーの」
「カリム……ばか」
こうして立ち話をしている間にも、カリムはグリードに丁寧な挨拶をし、すでに幌の中に乗り込んでしまった。
田舎の電車のように、縦に開く窓を半分持ち上げ「早く行こうぜ」と声をかけてくる。
そのとき、食べかけの朝食を包んでくれたナチルが、小さな手提げを持って玄関から出てきた。
まだ少し暖かいベーコンエッグトーストの、香ばしい香りが漂う。
手提げを受け取ったサラは、ナチルの瞳に涙が浮かんでいるのを見つけた。
常に大人びたフリをしていた少女も、昨日から涙腺が壊れてしまっているのかもしれない。
サラは「ありがと」と受け取ると、一度軽くナチルを抱きしめた。
俺もーと言いつつ両腕を広げるアレク。
サラが親愛の抱擁をしかけたとき、馬車から「早くしろっ!」の怒声が飛び、サラはゴメンと叫んでその腕をするりとかわした。
そのまま馬車の荷台へ飛び込むと、カリムを半分おしのけて窓から顔を出す。
「サラ様、お気をつけて行ってらっしゃいませ! カリム様も!」
「サラ、カリム、元気でなっ!」
「うん、行ってくる!」
ギシリと車体をしならせながら、サラとカリムの乗り込んだ馬車は、戦場へと走り出した。
* * *
車内は思ったより広く、そして狭かった。
窓際のスペース以外は、全て物資が占めている。
この幌の中で、大柄なグリードと三人、川の字で寝ることはできないだろうし、きっと荷物の中に寝袋が詰まれているのだろう。
二人は黙って朝食の残りを食べ、その後は一番くつろげる体勢を求めて移動した。
衣類の詰まった袋をクッションに、自分たちの荷物を背もたれにし、お互いが窓の下で足を伸ばして座る姿勢で落ち着く。
「でも、なんでカリムはついて来ようと思ったの?」
サラの素朴な質問に、正面に座っていたカリムはふいっと顔を逸らした。
ときおりガタガタと上下に揺れる馬車の中でも、カリムの周りはなぜか静かだ。
伸びた髪と、整えられた眉、キリッとした目、そしてシャープになったあごのライン……完璧に整った戦士の横顔は、窓から差し込む朝日に照らされて美しい。
そのまま型に流し込んで像にしたいくらいだ。
「ねえ、なんでよ?」
「……」
「答えないと、蝋人形にしちゃうぞー」
サラの微妙な脅しにあっさり屈したカリムは、ため息とともに告げた。
「お前に、これ以上ネルギの咎を負わせたくない」
「どういうこと?」
「この問題は、俺たちが解決しなきゃならないんだ」
ぶっきらぼうな口調とその内容は、癪に障った。
「なにそれ、なんで今さらそんなこと言うわけっ?」
突っかかるサラから目を背けたまま、カリムは言葉足らずを自覚しつつ呟いた。
その言葉が、ますます火に油を注ぐと知りながら。
「そもそもこの世界の事に、お前は首を突っ込みすぎなんだよ」
「あんたたちが、私をここに放り込んどいて、それはないんじゃないのっ!」
「それはっ……」
本格的な口論がスタートしかけた、そのとき。
「あー、それはねっ」
サラの右奥、ちょうどカリムとグリードがいる仕切りのあたりから、くぐもった人の声がした。
カリムがとっさに立ち上がり、臨戦態勢をとる。
二人が見つめる中、腰の高さほどまである大きな麻のズダ袋から、ゴロゴロと缶詰が降り……中から、薄茶色の頭がぴょこんと飛び出した。
「カリム君、サラ姫のこと守りたくてしょーがないみたいだよ?」
「――クロル王子っ!」
サラの叫び声が届いたのか、急ブレーキをかけて止まる馬車。
よろけたクロルが、サラの胸に飛び込んできた。
ふわふわの栗毛を抱きとめながら、サラは大きなため息をついた。
↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。
ということで、旅のスタートです。道連れ二人、予想当たりましたでしょうか? クロル君は、やると言ったら絶対やるのです。缶詰に紛れ込むというのは、この世界では定説のようですが、缶詰工場の所在やら化け学的なツッコミはご容赦くださいまし。しかし、チャックが存在すればエスパーイトウ氏みたいなことをさせたのに残念。話を元に戻しましょう。カリム君とアレク様、どっちを連れて行くか迷ったのですが、自国の軍に対峙するというのに、責任感の強いカリム君が黙って見送るわけないなーと。アレク様とクロル君だと、毒舌キャラがかぶるから、という理由ではありません……ゴホゴホッ。今回のギャグは「蝋人形」です。ネタは当然デーモン閣下でございます。作者は東京タワーが大好きです。
次回は、あっという間に戦場到着しつつ、戦地の状況についてライトに説明します。戦争はメインテーマではないので、なるべくあっさりと。