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砂漠に降る花  作者: AQ(三田たたみ)


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第四章 プロローグ2 〜再会がもたらすもの(2)〜

 パーティ会場に入ったアレク、リーズ、カリムは、そのまま壇上に上がった。

 顔見知りへの挨拶まわりをしてたナチルも加わり、リコもその場に呼ばれた。

 シャイなリコは、侍女服のスカートを握り締めながら、かなり緊張した面持ちでうつむいている。

 ナチルとリコについては、既に皆が良く知っているということもあり、名前を言って頭を下げただけで、奥へ引っ込んだ。


 サラプロデュースの、裏サプライズが始まる。

 三人のにわか王子が、舞台左手、ルリ姫の脇に並んだ。


 アレクは、幻の勇者と自治区領主、二つの顔を使い分けて来たが……今は、一人の王子だった。

 完璧な猫かぶりスマイルと勇者の肩書きに、若い侍女たちは頬を紅潮させて見つめている。

 手の届かない王子より、手の届きそうな平民……黒騎士も幻の勇者も、この国の女子にとっては手近系アイドルポジションのようだ。


 アレクの隣に立つリーズは、いつもより背筋を伸ばしつつも、「弟でーす」といつも通りの軽い挨拶を一言。

 のほほんとした癒し系キャラだが、やはり王子服パワーでキラキラ度がアップしている。

 特に、両サイドに目つきの悪い男が並んでいるので、ひょろりと背が高く笑顔の優しげなリーズは、それなりに素敵な王子に見える。

 大工仕事で筋肉がつき、少し日に焼けたのも逞しさアップのポイントかもしれない。


 最後に挨拶したのが、カリムだ。

 睨むと底冷えするようなアレクの三白眼と違い、苦痛に耐えるような、いらだたしげな少年の目つき。

 実際、カリムの心には大きな葛藤があった。


 自分が襲われたあの事件で、事情を聞きに来ていた騎士たちとは面識もあり、良くしてもらった感謝の気持ちはあった。

 しかし、このような形で対面するとなれば別だ。

 彼らは仲間ではなく、敵なのだから。

 そして今自分は『敵国』の中枢にいる……自国の代表として。


 鼻からゆっくりと息を吸い込み、肺のすみずみまで空気を取り入れると、カリムは出来る限りの落ち着いた声色で話し始めた。


「ネルギ国第一王子筆頭補佐官、カリムと申します。このたびは」

「――キャアッ!」


 突然の、サラの悲鳴。

 カリムが何事かと声のほうを向いたとき、視界が赤いカーペットの上に小さな塊を見つけた。

 椅子から崩れ落ち、はかなく倒れ伏せる妖精のような少女。


 とっさに床は下りたサラは、ルリの上半身を抱きかかえた。

 壇上の後方に下がっていたデリスが、真っ青になって駆けつける。


「大丈夫だ、すぐに治す」


 いつの間にか近づいていたエールが、右手をルリの額にそっと当てて、治癒の魔術を施した。

 息を詰めて状況を見守っていた人々は、震える睫毛がゆっくりと持ち上がっていく姿に、安堵のため息を漏らした。


「ルリ、どうした……?」


 至近距離で自分を見つめるエールと、胸の前に回された黒騎士の腕、両脇にはデリス、リグル、クロル。

 その向こうには、腕組みをしている国王。


「あ……私……ごめん、なさい」


 血の気の失せた表情が、なんとも痛々しい。

 サラは「具合が悪いなら、医務室へ」と告げ、うなずいたリグルがお姫様抱っこを試みようと、腕を伸ばしたが……その手は、細い指先で乱暴に払いのけられた。


 爪の先が当たってピリッと痛みを放つその手を握り締め、呆然とするリグル。

 その目は、信じられないものを捉えた。


 ふわりとなびく髪と、床を跳ねるドレスの裾。

 青ざめた陶器のような肌を、一気にピンクに染めながら、一人の男の胸に飛び込んでいく可憐な妹。

 相手も、驚愕に目を見開いている。

 自分の胸にぴったりと密着する妖精を前に、カリムはボソリと呟いた。


「……てめー、誰だよ」


 一瞬、会場はシンと静まり返った。

 思わず顔を上げた妖精は、その瞳に映る険を確認すると再び倒れ……静寂はパニックへと変わった。


 きっとルリ姫は、カリムを気に入るに違いない。

 サラの仕掛けた裏サプライズは、成功しすぎてしまった。


  * * *


「申し訳、ありません……父様、お兄様……皆……」


 王族専用の控え室にある、豪華な革張りソファーに体を沈めながら、ルリが呟く。

 パーティ会場を一旦抜け出したのは、国王、王子たち、デリス、サラ、そしてゲストの四名とリコ。

 当然、カリムも混ざっている。

 部屋の隅、自分から一番遠くに陣取って、不機嫌そうな表情で壁際にもたれかかるカリムを見つめながら、ルリは意を決したように顔を上げた。


「実は私……武道大会予選の日に、暴漢に襲われたんです」

「バカなっ!」


 叫んだリグルを羽交い絞めにしながら、エールが続きを促す。


「ルリ、まさかこの城内で……なわけはないよな?」

「はい、あの日私はお忍びで城を出ました。その直後です」


 涙を堪えながら淡々と話すルリ。


「仲良くしていた侍女に、私は城下の祭りが見たいとねだったのです。いつものように我侭とあしらわれてしまうかと思ったら、その侍女が本当に手引きしてくれて……初めて、この城から出たんです」

「お前が結界を抜けたなら、俺は察知するはずだが?」


 エールの厳しい追求に、ルリは押し黙ると、ある言葉を漏らした。


「結界には、穴があけてあるのだと言われました。そこを通り抜ける便利な“薬”もあるのだと」

「飲んだのかっ!」


 リグルが再び叫んだ。

 耐え切れ無くなったルリは、透明な涙をポロリと零した。


「ゴメンナサイ……外の世界を、見てみたかったんです。すぐに侍女とはぐれてしまって、戻らなきゃと思ったときはもう遅くて……そのとき、助けてくださったのが、あの方です」


 ルリの視線は、再び部屋の隅へ。

 涙で潤んだ視線を受け、カリムはばつが悪そうに頭をかいた。


「悪いけど、俺は何も覚えてない。女の顔を覚えるのは苦手なんでね」


 すぐ傍で様子を見ていたリコが、ほんのり赤くなったカリムの耳を見つけて、笑いをかみ殺す。

 あっさり否定され、沈んだ表情のルリが、か細い声で話を続けた。


「私には、とうてい治せない傷を負われて……私は誰かに助けを求めました。その後、私の記憶は曖昧になってしまって、気がついたら侍女に連れられて、王城に戻っていました。きっと、変な薬を飲んでしまったせいで、夢を見たのだろうと思いました。そう思い込もうとしていたんです。だけど、あなたを見たときに、夢ではなかったと知りました。私の胸は震え、心は嵐のように乱れて……」


 ルリの涙は止まっていた。

 涙の代わりに、つぶらな瞳に浮かんだ淡い煌めきは……。


「ふーん。ルリ姉……コイツに惚れたね?」


 その場にいた誰もが、絶句した。

 再び意識を失いかけるルリと、氷の微笑を浮かべる小悪魔クロルをのぞいて。


  * * *


 ルリが白い喉を鳴らして飲んでいのは、どろりとした緑色のお茶。

 エールの薬でもある……サラの髪の毛茶だ。

 これをこしらえるために髪を切ったサラは、複雑極まりない表情で髪をいじりながら、美味しそうに飲み干すルリを見ていた。


 薬を飲んだのは一度きりだし、もう大丈夫と主張するルリに、リグルが無理やり飲ませた。

 もしかしたら、ルリの心に灯ったモノを、ごまかそうという気持ちもあったのかもしれない。

 大きくなったらお兄様と結婚する、と抱きついてきた幼いルリの姿が、リグルをほんの少し涙ぐませていた。


「もう皆、落ち着いたかな?」


 お前のせいでという、ほぼ全員からのツッコミの視線を華麗に交わすと、名探偵モードになったクロルは、てきぱきと話を進めていく。


「僕、前から思ってたんだけどさー。ルリ姉もしかして、侍従長に目をつけられてたんじゃないの?」


 部外者のアレクたちが居るのも構わず、クロルはあっさりとその名を出した。

 ルリは、細い指先を唇に当てながら、少し考えるように目線を揺らした後、首を縦に振った。


「確かに、侍従長にはときどき言われてたの。でも、小さなことよ? 私が定期的にバラ園でお茶会するのを、皆の仕事の邪魔になるから止めろって……」

「うん、そうだよね。エール兄が狂い切らないのも、誰かが赤い花に近づくのも、侍従長にとってはすごく面白くなかったんだろうね」


 クロルの語る内容を受け止めながら、サラは深いため息をついた。

 ルリを嵌めたという侍女も、きっと薬で操られたのだろう。

 こんなことは、他にもあるのかもしれない。

 まだ、事件は終わっていないのだ。


「あとさ、リグル兄?」

「なんだよ……」


 ルリの頭が置かれているソファのひじかけに両手を乗せ、力なく座り込むリグルに、クロルが言った。


「僕、ルリ姉を襲った犯人、分かっちゃったかも」

「――はぁっ?」


 飛び起きたリグルのせいで、ルリの横たわるソファ……いや、部屋全体がずしりと揺れた。


「その前に、確認しなきゃね」


 黙ったまま腕組みしつつ、成り行きを見守る国王。

 一重の目を細めながら、冷静に状況を判断するエール。

 動揺のせいか、汗だくのリグル。

 ただ目を丸くして、クロルを見あげるルリ。

 そして、彼らのやりとりを傍観するだけのサラたち。


 皆が注視する中で、涼しげな表情をしたクロルは、颯爽と部屋の隅に歩み寄った。


「お前……えっと、何て言ったっけ? カリブ?」

「カリムだ!」


 わざとだ……と、サラは思った。

 小姑じゃなくて、姉の邪魔をする弟の場合は何て言うんだろう。

 しかし、このシスコン王子たち……特にクロルは、きっとカリムの天敵になるに違いない。


「君の記憶力がとんでもなく悪いせいで、事件の解決がこんなに遅れたけれど……まあ、ルリ姉を守ってくれたことだけは感謝してもいいよ」


 カリムの瞳が、一気に戦闘モードへ変化した。

 殺気を察知して、今まで大人しくしていた、一人の男が動いた。

 目の前の小柄な少年へ向かって、伸ばされかけた腕が、いつのまにか別の腕に締め付けられている。


「まーまー、王子様も許してやってよ」


 片手でガッチリと腕を取ったまま、伸びかけの長い前髪をぐしゃりとかき混ぜる大きな手。

 カリムが絶対に逆らえない、兄貴分。

 ニッと笑ったアレクが、可愛い弟分を叩きのめす爆弾を投下した。



「こんな老け顔だけど、カリム君はまだ十八才だからさっ。女の子は、胸しか見てないんだって!」



 兄貴分の腕の中で、カリムはぐったりと力尽き……固まっていた全員がすかさず反撃ののろしを上げる。

 胸……と呟きながら、ドレスの胸元からのぞく谷間に手を当てるルリと、無言でハンカチをルリの胸元に広げるデリス。

 「最低っ」と叫び、殺意を込めて睨みつける黒騎士と、同じく殺気立つリグル。

 国王とエールは失笑し、クロルはお腹を抱えて大爆笑。

 アレクは、怒りを露にするサラを見て、してやったりのニヒルな笑み。


 リーズとリコは、いざというときには猫に頼ろうねとアイコンタクトを取った。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











 はい、とうてい終わりません。プロローグ、あとニ話分……。さて、今回の裏サプライズ、予想されてた方はいらっしゃったでしょうか? いたらエライというか、天才! けっこうな伏線置いてるこのお話ですが、さすがに第二章からは時間が経ってしまい……まさに記憶力との勝負です。第二章ってなんだっけという方は遠慮なく読み直してください。作者羞恥プレイですが……そろそろ慣れてきました。ルリちゃんとカリム君のカップリング、どーでしょ? 作者的には、口数少なくて偉そうな日本男児と大和なでしこ、に見せかけて肝っ玉母さんのルリちゃんは、いい感じと思ってます。カリム君のハートはまだサラちゃんにあるので、後はルリちゃんの胸……じゃなく、腕の見せ所。シスコン王子を巻き込む陰で、一人漁夫の利を狙うアレクさまは狡いオトナです。

 次回は、クロル君の簡単謎解き後半と、地下牢探検編。もう一つの意外なカップリングにもご期待くださいませ。うふ。

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