第三章 閑話3 〜名探偵クロル君の休息(3)〜
亡くなったとばかり思った侍従長が生きていた。
その種明かしは、凄腕シェフ・クロルの手によって、三分クッキング風にあっさり説明された。
「確か、闇の魔術が解けるには、それをかけた人の命と引き換え……じゃなかった?」
ちょっと不器用なアシスタントもなんのその。
魔術についてうろ覚えのサラが問いかけても、クロルは良くぞ聞いてくれましたとばかりに余裕の笑みを浮かべる。
「まあ、ラッキーなとこもあったんだけどさ。僕があの塔から拾ってきたもの、覚えてる?」
「うん。なんか、髪の毛っぽい……」
ていうか、髪の毛なんだけど。
サラが露骨に嫌な顔をするのも気にせず、クロルは言った。
「侍従長は、空間転移の魔術を完璧には使いこなせなかったんだろうね。自分の髪を贄として要点に置くことで、魔術を強化したんだ。きっとコーティが“赤い花”に変わったら、回収するつもりだったんだろうけど……」
クロルの使う暗喩は、直球ストレート以上にキレのあるカーブだった。
サラの背筋が、またもやゾワつく。
咲き誇っていた赤い花の数だけ、人の死があった……そんなリアルなイメージを呼び起こされる。
広場は墓地になるけれど、一人一人の墓標を立てるスペースはないので、調べがつく限り全員の名前を刻んだ、大きな墓石が置かれるという。
「あの髪の毛、侍従長が死のうとしたタイミングで引きちぎったんだ。広場に移動する間、ズボンのポケットに入れといたら、土壇場で見当たらなくなっちゃって、どーしようかと思ったよ」
ズボンごと燃やさなきゃいけないとこだったと、白い歯をキラリと光らせて笑うクロル。
もしそんな姿になったら……と、サラはリアルに想像しかけて、止めた。
脳内にデリスが現れて「サラ姫様、はしたない!」と、強烈なお叱りが飛ぶ。
「はい、ゴメンナサイ」と呟いたサラは、首根っこがちぎれるくらい頭を強く振って、話に集中しなおす。
「えーっと……その髪の毛が、侍従長の身代わりに?」
クロルは、軽くうなずいた。
「アレは贄だったんだけど、侍従長の肉体の一部でもあったからね。ただ侍従長の魂は、毒を飲んだ時点でもう冥界へ行ってしまったんだ。贄が壊れて、術者が死んで、対象となったコーティはまだ生きていた。いろんな要素が重なって、あの結界は消えたんだ……」
うつむいてしまったクロルとサラは、黙ってお茶をすすった。
* * *
魂だけが冥界へ行ってしまった侍従長は、空っぽの器になった。
家族は居ないので、このまま王城で暮らすという。
国王は、子どもの頃から世話になってきた侍従長が、まるで赤ん坊のように笑う姿を見ながら「これで良かったのかもしれない」と言ったそうだ。
「私もここを立つ前に、一度挨拶しに行かなくちゃ……」
いつも眉間に縦ジワを寄せていた侍従長が、生まれ変わって無邪気に笑う姿が見たい。
人の命を奪ったことは、決して許されない罪だけれど……罪は、いつか償えるものであって欲しいと思うから。
「そうだ。あとね、もう1つ仕掛けがあったんだよ」
ぼんやりしていたサラは、クロルの話に現実へと引き戻される。
「それは、サラ姫サマのおかげ!」
「私のおかげって?」
やけに嬉しそうな、ニコニコ顔のクロル。
サラがお茶をすすりながら、何の気なしに問い返すと。
「会議のとき、途中で休憩入れたよね? あのとき、全員に君の髪の毛入り茶を出したんだよー」
その瞬間、サラは吹いた。
2度目の至近距離スプラッシュ攻撃を受け、さすがのクロルも……。
「あーあ、また汚されちゃったよ。でも、許してあげる……僕の嫁だしね」
白い綿シャツの袖で、ごしごしと顔や髪を拭いながら、氷の微笑を浮かべるクロル。
むせ返って苦しい喉をさすりながらも、今回は突っ込まずに「はい、ゴメンナサイ」と謝ったサラ。
「ていうか……いったいどこで、そんなものを……」
いずれエールに飲ませようとは思っていたものの、実際自分が飲まされたとなれば話は別だ。
なんだか動悸息切れがする。
「んー、内緒と言いたいとこだけど……実はリコちゃんから譲ってもらったんだ」
クロルの手腕に、サラは心の中で白旗をあげた。
髪の毛茶の原料は、リコが大切に拾い集めた『サラの枕元&ブラシ抜け毛コレクション』だったという。
リアルに気持ち悪すぎるが、自分の髪が貴重品ということはようやく実感できた。
それを飲んだことで、月巫女の薬の力が少し抑えられて、結果的に侍従長の命が救えた……。
まったくオヌシはたいした髪じゃ、褒めてしんぜよう。
へへー、ありがたいお言葉。
短くなった横髪を指先にくるくる巻きつけながら、サラが時代劇な妄想を広げかけたとき。
髪を拭き終わったクロルが、スッと立ち上がると、細い指でポチポチとボタンを外し……シャツを一気に脱ぎ捨てた。
突然目の保養……いや、目のやり場に困るような、色白華奢な上半身が現れ……サラは、目をまん丸にしてそれを凝視した。
なんて美しい……。
ああ、美少年アイドルに熱狂してた日本の友達に、この生写真をプレゼントしたい……。
いや、その前にこの転写イラストで、コーティを転ばせて……。
サラの邪な視線をスルーし、クロルはベッドの脇に腕を伸ばすと、床に置いてあった紙袋から新しいシャツを取り出して羽織る。
濡れたシャツは、ベッドの上へ無造作に放り投げようとして、ピタリと動きを止めた。
「あっ、そーだ。忘れてた!」
摘んだシャツをテーブルに乗せると、もぞもぞと指を動かして、胸ポケットから何かを取り出した。
* * *
クロルが濡れたシャツから取り出したのは……小さな黒い小袋。
「サラ姫、お願い! コレ、こっそりエール兄に返しといてくれない? どっかで拾ったとか言ってさ」
唖然とするサラの手に、小袋が渡った。
握り締めると、ジャリッとしたアレの感触。
リコの手から、エールに渡ったはずの髪の毛お守りだった。
「本当は、会議の前にちょこっと拝借しようと思ったんだけど、念のため前日からぬす……借りて、効果試してみたんだよねー。リコちゃんが、いろいろ面白そうなこと言ってたからさ」
影の国王様は、いつのまにかリコを完璧に落としていたらしい。
がっくりうなだれるサラの耳に、問題発言が飛び込んでくる。
「それが無かったせいで、エール兄あの晩あっさり体乗っ取られちゃったのかもね。悪いことしちゃったなあ」
なんら悪びれずに笑うクロルに、サラは力なく問いかけた。
「しかし、またなんでソレを……?」
「うん。月巫女に“嘘”がバレないようにするためだよ?」
僕の嫁は、砂漠のお姫さま〜と、即興で妙な歌を口ずさむクロル。
サラは、自分の立場が首の皮一枚でつながったあのシーンを思い出し、今さらながら真っ青になった。
『僕に任せて』の言葉の意味も、思い出した。
テーブルにゴツンと額をぶつけながら、サラは叫んだ。
「――ゴメン! あのときは、クロル王子のおかげで助かった。ありがと!」
この城へ来てからというもの、次から次へといろいろなことがありすぎた。
ものすごく大事なはずなのに、うっかり忘れてしまったことが他にもある……そんな気がする。
というか、自分は案外強運の持ち主なのかもしれない。
大事なところで、必ず助けが入るのだから。
顔を上げ、首の皮をむにむにと摘みながら、大きなため息を漏らすサラ。
変な鼻歌を止めて、脱いだシャツをベッドに放り投げながら、クロルは「別にいいよー。ただ、エール兄には絶対黙っててね?」と念を押した。
↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。
ああ、また話が長くなってもーた。なかなかラストにたどり着けないけど、だんだんアホな小ネタ盛り込みが調子に乗ってきました。小ネタモアザンラブ! と叫んで、もっと入れたいのはヤマヤマなのですが、本当に話が進まないので止めておきます。これでさすがに大部分の伏線回収できたと思うけど、どーだろう……なんかもう本気で読み直したくなくなってきましたが、八月中には全体ざっくり見直すつもりです。あ、仕事がズルッと間延びしたので、七月中は苦しくなってきました。この話も、さすがに八月中に終わるだろうと思ったら……かなりギリです。あと六十弱。まるまる二章分! ヒー! ムンクになりそう。
次回は、今度こそラスト。クロル君の告白編です。あと、一個童話を作りました。物語のエッセンスに即興で作ったんだけど、ちゃんと書いても良さそうな……。