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第三章 閑話3 〜名探偵クロル君の休息(2)〜

 新しい紙コップを用意して、クロルがお茶を淹れなおしてくれた。

 至れり尽くせりなお姫様扱いは今日が最後だろうしと、サラはその好意をありがたく享受した。

 熱いお茶に癒されるサラに、クロルの懺悔の声が届く。


「ゴメン……僕がもっと早く動いてたら良かったんだ。コーティのことも、エール兄のことも……」

「ううん! クロル王子のおかげで、こうして事件が解決したんだもん。本当に良かったと思うの」


 慌てて否定しながら、サラは心を落ち着かせるように、黒い剣の束を握り締めた。

 もしもあのときダイスあったら……と考えかけたサラの心に、天邪鬼な魔術師の顔がふっと蘇る。

 サクラ並木で別れたときに初めて見た、真剣な表情。

 苦しげに眉根を寄せ、必死で何かを耐えていた。


「魔術にも、道具にも……頼り過ぎることが、人の心を弱くする」


 零れ落ちたサラの呟きに、クロルは瞳を強く光らせながらうなずいた。

 あの時、魔術師ファースが口に出さずに堪えたのは、そういうことだったんだろう。

 自分の力でやりとげなければならないと。

 国王が“魔法の水”に頼る自分を止められなかったのも、全部裏表なのかもしれない。


「侍従長も、自分で最後と思ってたのかもね。盗んだ本はすべて処分したって、あの月巫女が言ってたし」


 クロルの台詞に、サラはうなずいた。

 侍従長は賢い人だから、充分自覚していたのだろう。

 自分が、人の道を踏み外したことを。

 そしてこの先、自分と同じような人間が出て来てはいけないと。


  * * *


 昨日の深夜までかかった、事件の大掛かりな調査の前半は、クロルの証言が中心だった。

 侍従長がクロルに『懺悔』をしなくなって以降の行動は、月巫女が補足した。

 そこには、サラも立ち会っていた。


「あのときの、クロル王子の誘導尋問、すごかったね」


 苦笑したサラに、クロルは心外とばかりに頬を膨らませる。

 

 国王以下、重要人物がずらりと首を揃えて見守る中、月巫女は無表情で椅子に座っていた。

 飲ませていたという銀の髪を、もう一本たりとも落とさないよう、ひとくくりに結わえて。

 中には「切り落としてしまえ」という意見も出たけれど……国王が止めた。


 クロルと国王の連携によって、月巫女の責任を問う前にすぐできることから決まっていった。

 まずは、三つの塔の封印をより強固にし、赤い花の広場を墓地として整えること。


 おとなしく聞いていたエールは、疲れた顔を真っ直ぐ上げて、封印強化の実行役を名乗り出た。

 傍に居たリグルは、騎士たちによる森の整備を約束した。

 アロハシャツ姿の文官長は、ぎょろりと飛び出た目を細めながら、全ての発言を記した。


 何も知らなかった王姉が隠れ家として逃げ込み、エールが引継いだ小さな楽園は、この国の暗部として人目に晒されることになった。

 過去、逃げ出した二人を探してあの広場を何度も訪れたというデリスが、切なげに国王を見上げていた。

 砂地はかなりの深さまで掘り起こし、遺留品を全て回収した後は、デリスが鑑定を行うことになった。


 誰もが苦しい胸のうちを隠しながら、事務的に話を進めていった。

 そんなやりとりを、月巫女は何も映さない透明な瞳で見ていた。

 誰に何を問われても、繰り返された言葉は一つ。


『私はただ、周りの方から望まれることに協力しただけです』


 彼女のささやきは、真実だった。

 それなのに、その言葉はもうみんなの心に届かない。

 真実も、角度を変えれば嘘になることが分かったから。


 月巫女の嘘を暴いたのは、クロルの質問だった。

 王姉のことで悩める侍従長に、闇の魔術の存在を示唆し、銀の髪を与えた。

 見返りに、王妃の座を求めた。

 自分の口では何も言わずに、それら全てを侍従長に悟らせ、命じられる側にまわった。


「月巫女って、本当は誰よりも純粋な人なのかもしれないね」


 クロルの誘導尋問に抵抗する様子も無く、思うままを口にした月巫女の姿が、あの夜サラの部屋を訪れたコーティと重なった。

 コーティの振りをした月巫女は、とても素直で……あっという間に尻尾を出した。

 少し舌ったらずなしゃべり方をしていたような気がする。


 あの夜フルーツエードを準備したことを、本物のコーティは知らなかった。

 つまりは月巫女自身が、サラが本当に喜びそうなものを考えてくれたのだろう。

 単に毒を飲ませるためなら、ただのお茶でもジュースでも良かったのに。


 闇の魔術を操る、純粋な乙女。

 どうしても憎みきれないのは、砂漠の王宮にいるあの無邪気な少女と重なるからだろうか?


「それはサラ姫が純粋だから、そう見えるんじゃない? 僕から見ると、あの女は真っ黒でドロッドロ!」


 顔をしかめながら舌を出すクロスに、サラは「王子! はしたない!」と、デリスの口真似で応戦する。

 クロルは、亀のように首を引っ込めて「ゴメンナサイ」と笑った。


「デリスばーちゃんにも、いっぱい迷惑かけちゃったよ。これから親孝行しなきゃねー」

「あっ、私もう一個、デリスを喜ばせるネタ思いついちゃったんだ」


 今晩開かれるサラのお別れパーティに仕込んだ、一つのサプライズ。

 想像しただけで、自然にサラの頬はつりあがってしまう。


 パーティには、サラの好きな人たちや、お世話になった人がみんな集まる。

 サラの指を縫ってくれた医師長も、コーティへのお土産をくれた魔術師長も。

 一度は闇の魔術に狂わされた人たちも、全員が許されたのは、国王の鶴の一声があったせい。


『最初に狂ったのは、俺の弟。狂わせたのは俺。月巫女や侍従長をおさえられなかったのも……この事件の根本にあるのは、すべて俺の判断ミスだ』


 国王が頭を下げたとき、隣で支えたのはデリスだった。

 体の自由を奪われていた月巫女は、椅子の上に座ったまま、無表情のままその姿を見つめていた。

 サラは、少しだけ涙ぐみ……すでに“影の国王”というニックネームが定着した若干十三才の少年は、いつもどおり冷たい手で、サラの手を握り締めていた。


 その後すぐ、医師長と魔術師長が、泣きながら土下座をした。

 闇の薬をばらまく役目として二人が取り込まれたのも、すべては自分の弱さから。

 彼らは、心の奥に閉じ込めていた自らの闇を吐露した。


『死者の魂を、蘇らせたかった』


 それは、魔女となった王姉が求めたもの。

 大事な人を失った者が、一度は必ず囚われるだろう闇。

 侍従長が少しずつ人間の域を超えていくことを、二人は恐れながらも憧憬の目で見つめていたという。


  * * *


 医師長と魔術師長、二人の体に回った毒は、あの広場で赤い花が消えた瞬間に抜けたらしい。

 コーティと、侍従長の二人の命を救いたいと願ったときに。

 死んでしまった人を蘇らせることはできないのだ。

 そのルールを覆すために、他の誰かの命を犠牲にしなければならないなら、自分が冥界へ行くまでもう少し待てば良いだけ。


 魔女は、待てなかった。

 最初は止めようとしていた侍従長も、結局はその魅力に引きずられてしまった……。


「それで、侍従長は……?」

「うん、元気みたいだよ」


 サラは、ほうっと吐息を漏らした。

 あの時死んだと思われた侍従長も、実は生きていた。

 クロルが、生き返らせてくれた。

 どんな魔法を使ったのかは、誰も知らない。


「サラ姫だけには教えてあげようか? なんてったって僕の嫁だしっ」


 とても嬉しそうに聞いてくるけれど、サラは「いいえ、要りません。そして嫁にもなりません」とシャットアウトした。

 チェッと唇を尖らせるクロルは、本当にかわいい。

 ちょっとクールで皮肉屋だけど、素直で賢くて優しくて……最高の弟分。


「本当はね、昨日のためにいろいろ仕込んでたことがあってさ」


 子どもの頃の国王に似るといわれる、いたずらっこな笑みを浮かべて、クロルは魔法の種を明かしてくれた。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











 またもや中途半端なとこで切れてすみません。もうそろそろ、説明はイランでしょう……。作者の頭もどんどん悪くなってきましたよー。拾い忘れた伏線ボロボロ、英単語や方程式のように落っこちていきます。また全面見直しの際には、ペコペコしつつ修正するかもしれません。いや、来る、きっと来る……。侍従長は、とりあえず死なせませんでした。この話では、極力人の死は無しの方向でいきます。死んじゃってはいないけど……というのは次回簡単に。

 次回は、クロルにちょっとイチャつくチャンスをあげつつ、クロル君のちょっとした秘密暴露予定。ずれ込んですみません……。

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