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砂漠に降る花  作者: AQ(三田たたみ)


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第三章 閑話3 〜名探偵クロル君の休息(1)〜

 コーティと壮絶な女のバトルを繰り広げた日の午後、図書館四階。

 サラは小さな折り畳み椅子に座り、紙コップのお茶をすすっていた。

 狭くて薄暗くて埃っぽくて、壁際に積まれた本の束からは古い紙の匂いが漂う……そんな場所に、不可解な居心地のよさを感じつつ。


「もう終わったの? 事情聴取」

「うん、まあ大体ね」


 王子様の衣装が無くても、微笑むクロルはやっぱり王子だ。

 そして、ドレスが無くてもサラは……。


「黒騎士サマは、もう終わった? 出発の準備」


 サラは、腰に差した黒剣に触れた。

 久しぶりに手にしたというのに、いつもここにあったかのようにしっくり馴染む。

 伸びかけた髪を切り、こざっぱりしたサラは、少年騎士の強気な笑みを浮かべながらうなずいた。

 耳や首元がスースーして、なんだかくすぐったい。


 サラの荷物は、この衣装と剣だけ。

 いただいたドレス等は、部屋に残していく。

 誰かに譲るか、いっそ処分してもらった方が良いかと思ったものの、あっさり却下された。

 サラの体型に合わせて作られたからというよりは、国王が「どうせすぐに戻ってくるんだろう?」と当たり前のように言ってくれたので、そのまま置かせてもらうことにした。


 豊かで暖かいこのオアシスを立つことに、未練は無い。

 ただ、抜けない小さな棘のようなものが、サラの胸には残ったままだった。


「あの、侍従長は……」


 戸惑いながらも、問いかけずにいられないサラ。

 小さな折り畳みテーブルの向こうで、クロルは笑った。


  * * *


 事件の真相解明は、全てクロルの推理どおりに進んだ。

 クロル立会いのもと、重要参考人のみに行われた事情聴取で、背景は昨日のうちにほぼ明らかになった。

 医師長や魔術師長……その他、薬を飲まされていた者たち。


 なぜクロルが刑事のようなことをしたのかというと、一つ大きな理由があった。

 口を開くことのできなくなった侍従長の代わりに、クロルの特別な力が披露されたのだ。

 母の胎内にいるときから、一度耳にしたことは忘れない……そんな恐ろしい記憶力は、侍従長の罪を再生するレコーダーとなった。


「侍従長は、代々王族に仕える側近の一族なんだけどね……彼で、その血筋は途絶えるんだ」


 侍従長に兄弟はいない。

 そして、結婚もしていない。

 人生の全てを、王族の教育と国の繁栄に費やしてきたという。


「でも、僕だけは知ってたんだ。彼が本当は誰を好きだったかをね」


 赤ん坊のクロルに、侍従長は何度も語りかけたのだという。

 クロルの母親が、いかにわがままで、お転婆で、昔から自分を困らせてきたかを……。

 まるで『動物の耳はロバの耳』のよう。

 サラの中で、頑迷な老人という侍従長のレッテルは少し変わった。


「じゃあ、好きな人……王姉に協力するために、闇の魔術を?」

「うーん、まあキッカケはそうかもね。月巫女が来たのも大きいし。ヒントを与えたのは、全部あの女だから」


 クロルは何かを思い出したように顔色を曇らせ、うつむいた。


「侍従長は、悪魔に祈ったんだ。自らの命が永遠となることを。永遠に、この国の繁栄を見守りたいと」


 小さなクロルを抱き、狂ったように笑いながらそう告げたのは、魔女が生まれた日の夜。

 それは、彼の愛したお転婆な姫が、その器だけを壊して消えた日。

 仕えてきた三人兄弟の二人を失い、侍従長にはもう国王しか残っていなかった。


 国王を支え、この国を守ることだけが、彼の支え。

 闇の魔術に蝕まれていく体を捨て、新たな器へ移動することを考えている中で、侍従長は……エールに目を留めた。

 彼の愛しい女性が最後まで執着し、殺しそこなった人物へ。


「魔術師長と医師長を巻き込んだのは、エール兄がターゲットだったから……僕はそう思ってる」


 侍従長が、魔術師長たちを操りながらも、必死で光の宝石を捜していたのは本当のこと。

 王姉の魂を捧げる以外の方法で、エールを傷つける闇の残滓を追い払うべく、努力していたという。

 ただし、エールが回復したその後は……。


 甘酸っぱいフルーツエードの味とともに、苦い記憶が蘇る。

 自分には、気付けなかった。

 コーティもエールも、その中に別の誰かが居たことを。


「エール兄への執着が激しくなるにつれて、僕への興味は薄れていったみたい。僕としては、おかげでいろいろやりやすかったんだけどさ」


 ありとあらゆる手段で国王を脅かす者を排除していく、冷酷な処刑人となった侍従長。

 月巫女は、そのために必要不可欠なツールであり、共犯者だった。

 その証拠を少しずつ集めていった、幼いクロル。


「闇の魔術で一番簡単なのが、物質の空間移動なんだ。何も無い空間に、モノを移動させる。風の力を使えばモノはずっと消えないけれど、闇の力を使えばモノは一度この世界から消える」


 飲み終わってグシャリと潰した紙コップを、上手に手の中へ隠して、クロルはサラの目の前でパッと開く。

 サラは、猫型ロボットの出てくる漫画に、そんな便利な道具があったかもしれないと思った。

 魔術というものは、その漫画に出てくる道具と一緒だ。

 万能ではないし、何より利用する側の気持ちが問われる。


「侍従長も、最初はモノが移せるだけでいいと思っていたんだ。でも闇に囚われた侍従長は、自分の肉体を移動できるようになってしまった。結界をも越えられると気付いた後、彼は真っ先にここへ来たんだ……」


 クロルは、指先で天井を指しながら、緊張感無くずずっとお茶をすすった。


  * * *


 真っ直ぐ上に伸ばされたひとさし指が、『この指とまれ』と誘っているようで、サラは思わずその指を掴んだ。


「……なにこれ。意味あるの?」

「うん。私の世界では、親愛の証」


 何の色にも染まっていない子どもだったクロルを、知らず闇に染めていこうとする大人たち。 

 でも、国王や文官長、デリス、そしてなにより兄弟によって、クロルは守られた。

 自分がもしそこにいたら、きっとクロルとめいっぱい遊ぶだろう。

 鬼ごっこなら勝てるけれど、かくれんぼだったら絶対勝てないかも?


 一人楽しそうに笑うサラの手を振り払って「やっぱり変な女」と呟いたクロル。

 サラは笑顔を消すと、部屋の低い天井を見上げた。

 普段は決して火の灯らない豆電球のようなランプが、何も無い天井にポツンと付いている。

 クロルが開発した、重さ測定装置だ。


 もしもこの上に何かが乗れば、土の魔力が働いてそれを知らせるしくみらしい。

 あかりが灯るたびに、この王城から誰かが消えた……。


「侍従長は、封印された部屋の中に見つけてしまったんだ。赤い花の咲く広場の秘密を」


 決して見てはならない禁呪関連の書物には、遠い過去にこの城で行われていた、おぞましい事件の詳細が記されていた。

 クロルは「これから言う話は、全部推測なんだけど」と前置きしつつ、語ってくれた。


「三本の塔が作る逆結界は、ずいぶん昔から重要人物の処分場として使われていたらしいよ。言われてみると、歴代の王族の中でも存在を消された人物がけっこうたくさんいて、その大部分が“失踪”って扱いだから」


 嘘をつかないクロルの言葉は、真実になる。

 目を閉じれば浮かぶのは、はかなげなコーティの笑顔。

 昨日の朝、コーティを抱えた侍従長は、開かずの間の最奥へテレポーテーションを行う。

 自分の髪を引きちぎってコーティとともに置き、もう二本の塔にも髪を置いてを回った後、何食わぬ顔で会議へと現れた。


 国王と王子たちの、くだらないやりとりに怒りを露にしていた侍従長の表情が、サラにはもう良く思い出せなかった。

 クロルは、バカバカしいやり取りに加わりつつも、ずっと侍従長を見ていた。

 生まれてすぐに彼の罪を知ってから十三年、ずっと見つめてきた。

 それがクロルの罪だとしたら、もう解き放たれていいはずだ。


 サラの瞳が少しずつ潤んで、輝きを増していく。


「でも、コーティが助かって本当に良かった。もし間に合わなかったら、私……」


 助かったのは、コーティの心に現れた新しい恋人のおかげ。

 今度その話になったら、一緒に『彼のどこが素敵か?』なんて語り合うなんてのも悪くないなと、サラは涙目のまま笑った。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











 この話も、大幅改稿しました。ガンガン説明入れちゃいましたが、ついてきてもらえてるか心配……。というか、アップの時間がこの連載始まって以来ワースト! 土下座で謝ります……アップする直前に書き直しながら頭が悪くなって、「ちょっと仮眠とって、すっきりしてからアップしよー」なんて思ったら、なんということでしょう……これぞ侍従長の呪い。どうやら何者かに操られていたようです。嘘です。(←嘘はつくけど正直者)とにかく、分かりにくい説明調な台詞は後日修正しますので、今はご勘弁を〜。

 次回は、シリアスな補足の後半戦。クロル君のもう一つの秘密も明らかに……。もうちょい明るいテイストでお届けする予定です。


※あちこちに告知させていただいてますが、短編『チビ犬とムツゴロウの恋愛事件簿』絶賛PR中です。この機会にぜひ読んでやってください。サラちゃんより賢く、クロル君より腹黒な(?)サヤマ君という名探偵男子が、チビ犬ちゃんのために犯人探しする話です。爽やかスッキリな読後感を保障します。

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