第三章 閑話2 〜妄想乙女コーティの恋人〜
王城一階、医務室前。
サラがそっとドアを開けると、ベッドの上に人影が見える。
ベッドから上半身を起こし、出窓から差し込む光を受けて輝くのは、マットで美しいブロンドヘア。
後方に「起きてるみたい」とささやくと、サラはあらためてドアをノックし、室内に入った。
「サラ姫さま! デリスさま……」
コーティは、生きていた。
事件の翌日だというのに、体を起こし笑顔を見せられるのは、まさに奇跡の回復力。
やつれた表情の中にも、力強い生気を宿した瞳で微笑んでいるその姿に、サラは安堵の溜息をついた。
昨夜と今朝は軽い食事を取り、本物の薬も飲んだということで、あとはゆっくり静養して落ちた体力が回復するのを待つばかりだ。
「わざわざいらしていただいて、ありがとうございます!」
「ううん……あの、これお見舞い」
サラが用意したのは、コーティの心の傷を癒すべく考え抜いたもの。
薄っぺらい紙包みを渡すと、コーティは不思議そうに首を傾げつつも、丁寧に紙を開き……。
「なんということでしょう……!」
見事、完全復活した。
それは、サラがちょっぴり仲良くなった魔術師長に頼み込んで入手したもの。
転写イラスト集『魔術師ファースの全て〜レジェンドオブファース〜』のボツ作品たち。
もちろん、非公開の一点ものばかりだ。
「ねえ、サラ姫さまもご覧になって! このナチュラルな表情! 本当はこんな顔が見たかったんです! ああ、半開きの口元からヨダレの垂れた寝顔……素敵すぎます……」
呟くコーティの口も半開きになり、ヨダレがキラリとのぞく。
放っておけば永遠に続きそうな妄想波状攻撃に飲み込まれつつも、これぞコーティ、良かった良かったとうなずくサラ。
普段は辛口なデリスも、悲惨な事件から生還したばかりのコーティの元気な様子に、涙を堪えながら優しく見守っている。
サラは、キリの良いところで話しかけた。
今日の目的を達成するために。
「あの、コーティ? ちょっと聞いてもいいかな?」
デリスが横に居るのは、証人代わり。
ドアを隔てた廊下には、警備隊長以下、騎士や魔術師たちがずらりと並んでいる。
この事件のために、昨夜結成された調査部隊だ。
騎士たちはもちろん、集められた魔術師たちも、薬とは無関係の者ばかり。
彼らはふくよかな体とおおらかな人柄を併せ持ち、今まで激しく対立してきた騎士たちとも、それなりに打ち解けているようだ。
あの地獄の中でどんなことがあったのか……。
同じことを聞き出すならば、男性よりは女性の方が良いだろうという魔術師長の配慮から、全ての事情を知っており、コーティとなんだかんだ一番仲が良かったサラが選ばれた。
王城におけるコーティの母であり、サラの警護係として抜擢したデリスも。
「わかりました。例の件、ですね……」
思慮深いコーティは、サラが具体的な言葉を口にする前に、自ら語り始めた。
* * *
「私は、思い出してしまったんです。あの夜のことを……」
コーティは、淡々と語った。
一昨日の夜、体を操られる前に彼女の部屋を訪れたのが、誰だったのかを。
「侍従長様は、音も無く私の部屋に入ってきました。そして言いました。また少し体を借りる、と」
先に事情聴取を受けたエールは、一昨日の夜に侍従長と会った記憶は無いと言っていた。
それは単純に、薬への依存度の違いだったのかもしれない。
薬漬けが一番ひどかったのが、エール。
その次が、魔術師長と医師長。
ただし後者の二人は、その薬の正体にうすうす気付いていたようだが……。
「侍従長に、恐ろしい魔術をかけられたと気付いた私は、朝一番で侍従長を訪ねました」
ぶるりと体を震わせて、自分の腕で自分を抱きしめるコーティ。
サラが痩せた背をさすると、コーティは「ありがとうございます」と笑みを浮かべる。
コーティが必死で紡ぐ言葉を聞き漏らすまいと、サラは集中した。
「侍従長は、ひどく疲れた顔をしていらっしゃいました。まるで物語に出てくる幽鬼のように暗い表情で、私に近づいてきたのです。私は不思議な魔術で束縛され、強引に薬をたくさん飲まされて……意識を失いました」
そこから、コーティがどんな目にあったのかは、サラとデリスの方が詳しい。
コーティが連れて行かれたのは、三つの塔のうちの一つ、審判の塔の隠し通路の中。
クロルが「行き止まり」と告げたその先には、見えない扉があったのだ。
その扉が開かれるとき、空間はゆがみ、広場へと転送される一本の道が現れるという。
道を開き人を誘うのは、闇の精霊。
あの花畑は、単なる結界ではなく、闇の精霊が集う小さな“精霊の森”だった。
「気付いた時には、私は暗闇の中でした。闇の中で、ずっと戦っていました……私の、兄と」
サラにとっては、初めて聞く話だった。
コーティが、実の兄から暴力を受けて育ったこと。
魔術師ファースが、兄を5年前の武道大会で死なせたこと。
兄が死んでからも、心の傷がなかなか癒えなかったこと。
「この王城へ勤める際に、私は聞かれました。何か体調は悪くないか、悩み事は無いかと……そのときに、兄の話は正直に伝えました。採用が決まってすぐ、あの薬を処方されて、何の疑いも無く飲んでいました」
面談をしたのは、魔術師長と数名の魔術師、そして……月巫女。
「まさか自分が……別の誰かに乗り移られるなんて、私には、想像もつかなくて……」
口篭ったコーティの背を優しくさすりながら、サラは「もう充分。ありがと」と声をかけた。
* * *
昨日の昼、王城に戻ってすぐ医師長が全てを白状した。
エールが『光の宝石を練りこんだ』として飲まされていたあの薬も、コーティや他の魔術師たち、また数名の文官や侍女が飲まされていたものも、全ては同じ原料が使われていた。
それは、月巫女の髪。
サラの髪と同じく、精霊に好かれる美しい銀の髪。
ただし、月巫女の髪は、闇の精霊を呼び寄せるもの。
コーティたちが飲まされていたのは、心に巣食う闇を少しずつ増やしていく、悪魔の薬……。
「――だけど私、分かったんです!」
突然明るい声を出したコーティ。
キッパリと顔を上げ、魔力を滲ませる力強い瞳でサラとデリスを見て。
少しだけ涙ぐみながらも、心からの笑顔を作った。
「兄との経験があったからこそ、今の私が居るって。兄がいたおかげで、こんなにもファース様を好きになれたこと……私は、本当に幸せだと思っているんです」
感無量といった表情でお土産をギュッと抱きしめ、「やだ、シワが入っちゃう!」と慌てて手のひらを当てる。
紙のシワを復元するなど、魔力の強いコーティにはお手の物。
唇を尖らせて、フーフーと息を吹きつける姿が、なんとも愛らしい。
元通りになったお土産を、慎重な手つきで枕元にどけながら、コーティは夢見るように呟く。
「ファース様は、私を現実の兄から救ってくださった……」
とろけそうに甘い、極上の笑みを浮かべるコーティ。
同じ女性同士なのに、見ているだけでドキドキするほどの、恋する瞳だった。
少し赤くなりながら、コーティに魅入っていたサラは……次の台詞で一気に目が覚めた。
「そして、私を兄の亡霊から救ってくれたのは、緑の瞳の……」
「――ワアアアッ!」
サラは、病み上がりのコーティに容赦なく飛び掛り、至近距離で睨みつけながら「あのひとのことは忘れてっ!」と叫んだ。
「いいえ、忘れられません! 彼は私の、新たな心の恋人ですからっ」
「ヤダ! それだけはダメっ!」
顔をリンゴのように赤くしながら、ムキになって否定するサラがあまりにも可愛くて、コーティはくすくす笑い出す。
2人のやり取りを見ていたデリスは、「最後の話は、聞かなかったことにしておきましょう」と苦笑した。
↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。
基本ほのぼのエピローグでした。コーティちゃん、これでようやくトラウマ吹っ切れて、幸せな妄想乙女ライフへまっしぐらです。しかし、リアル男子とお付き合いできるかは……そのうち考えます。お相手候補は何人か考えてるんだけどねー。というか、アノヒトがいいかなと思ってるんだけど……このネタは最終章あたりでまた。お薬の中身は月巫女さんの髪でした。闇の魔術の、転送ってかテレポーテーションについては、もうちょい分かりやすい伏線作っとけば良かったかなー……そのうち加筆修正するかもです。各魔術でどんなことができるかリストとかあれば便利かも? 侍従長と月巫女さんについてなど、もうちょい細かい話は次回クロル君に説明させようと思います。
次回、クロル君と最後のデート。やっぱ2回分くらいになっちゃいます。補足説明が多すぎる……はー。