第三章 閑話 〜名探偵クロルの事件簿(7)〜
今、サラのグループと、エールのグループの間には、2人の男が立ち尽くしている。
一人は、魔術師長。
もう一人は、医師長。
二人は対照的な表情で、クロルを見つめていた。
強気に睨み付ける魔術師長と、落ち窪んだ瞳に陰を落とした医師長。
クロルは、その二人からあっけなく視線を外すと、エールたちが居るグループへ声をかけた。
「皆にもう1つ聞くけど、その大して効かない薬を飲むようになったきっかけは、特定の人物に勧められたから……これはどう?」
「――黙れっ!」
耐え切れずに叫んだのは、魔術師長だ。
憤怒で顔を赤黒く染め、握り締めた両手をぶるぶると震わせている。
「あなたは何をおっしゃりたいんですか! 確かに私は彼らの悩みを聞いてきましたよ。体調が悪いなら薬や栄養剤も勧めました。それはあくまで、彼らのことを考えて……」
「うん、そうだと思ってたよ。だから、魔術師長はそちら側にいるんだよね……自分自身も、薬を飲まされた側に」
クロルの視線は、徐々に鋭くなる。
美しい花さえも凍るような、氷の微笑。
「魔術師長、あなたにも悩みがあったんですよね? だから薬を飲んでいた。それであなた自身は、自分の悩みを誰に相談したのかな?」
「それは……」
言いよどんだ魔術師長は、頭にかぶったフードを取り去った。
サラよりも背が低く、どちらかというと生真面目で普段は大人しいであろう魔術師長。
エールの次に魔術に長けている人物だけあり、瞳の力は強い。
フードを脱ぎ、日の光に照らされた瞳は、ギラギラと猛獣のように輝いて見える。
魔術師長は、強い光を放つその瞳を、ゆっくりと動かしていく。
自分の最も頼りにする人物を求めて……。
その目が捕らえたのは、国王の傍に佇む、1人の人物。
「――侍従長殿! この茶番はいったい何なんですか!」
疲れ果てた砂漠の旅人のような足取りで、侍従長がふらりと前へ歩み出た。
* * *
自己申告では『体調は悪くない』と主張し、サラたちのグループに残った侍従長。
今こうして明るい日差しの下に立つと、今にも倒れそうなくらいひどい顔色をしているのが分かる。
それでも侍従長は顔をあげ、背筋を伸ばし、クロルを正面から見上げた。
一度歯を食いしばり、会議開始の号令を告げるかのように、張りのある声で問いかける。
「確かに私は、魔術師長の相談に乗ってきました。そこに何の問題が?」
クロルは、魔術師長に「ありがとう、あなたはもういいや」と告げると、侍従長に真っ直ぐ向き直った。
侍従長は、彫りの深い顔立ちを歪めるような、老獪な笑みをクロルに向ける。
斜め上から見下ろすクロルは、そんな笑みさえも鼻で笑い飛ばすような、いつもの冷笑を浮かべている。
先に戦いの口火を切ったのは、クロルだった。
「侍従長、あなたが魔術師長たちに、薬を飲むように勧めたんだね?」
「ええ、気持ちを落ち着かせるにも、病を治すにも、薬草の力を直接取り込むことは良い事ですから」
「では、こんなことも言ったのかな?」
『王城の宝物庫に、光の精霊を閉じ込めた宝石がある』
サラの近くに立つ文官長が、ニヤリと笑った。
エールの傍へと下がった魔術師長も、さすがに反発する雰囲気ではないと察したのか、クロルの発言を肯定するように軽くうなずく。
侍従長の黒い瞳が、一気に色を失くす。
「それは……」
「この国に、そんなモノがあったなんて、僕は知らなかったよ。誰がどうやって入手したのかなあ」
古くくすんだ木のベンチから、ぴょこんと飛び降りるクロル。
彼の行動に、一歩二歩と後退っていく侍従長。
その脇には、真剣な表情の魔術師長と……明らかな怯えを見せ、目を瞑る医師長。
三人を見つめる多数の目。
彼らの様子を黙って見ていたエールが、耐えかねたように声をかけた。
「クロル!」
「エール兄は、もうちょっと黙ってて?」
ヒラヒラと片手を振り、にべも無くあしらうと、クロルは静かに侍従長へと近づいていく。
「もう1つ。あなたは今朝、会議が始まる前にどこで何をしていた?」
うつむいて立ち尽くす侍従長の肩に、そっと手を触れる。
見るものの心を射竦め、石に変えてしまう悪魔のような眼光で。
「最後の質問。あなたは昨夜、いったいどこで何をしていたのかな……?」
侍従長は、そこで屈した。
クロルから離れようとしてよろめき、両膝を折り、そのまま土の上に崩れ落ちた。
* * *
見ていた者は、何も動けなかった。
侍従長とは旧知の仲である国王ですら、驚愕に目を見開いて事態を見守るだけだ。
クロルの推理……いや、確信に満ちた瞳で告げられたその“事実”は、誰も覆すことができなかった。
「あなたが、ずいぶん前から三つの塔の封印を破っていたのは知っていました。特に、図書館塔の五階から、禁呪に関する書物を盗み出したのは、ずいぶん昔のことのようですね……」
まあ、善良なあなたが独りで発案したとは思いませんが、と笑顔で続ける。
サラは、空っぽの図書館五階フロアを思い出した。
あの場所には、本来誰も見てはならない本が置いてあったのだろう。
「あなたは、禁呪を学んだ。忌まわしい闇の魔術に手を染めた。自らの魂を体から切り離し、人の肉体を乗っ取る……そんな危険な魔術を」
これも、魔女の呪いなのだろうか?
サラの正面に見えるのは、あの日の発作のように苦しげに眉根を寄せ、浅い呼吸を繰り返すエール。
魔術師長が傍に寄り添い、エールを支えている。
治癒の魔術も与えているのか、二人の体の間には水の膜がゆらゆらと舞っている。
サラの隣にいるルリも、つぶらな瞳から透明な涙を流していた。
デリスがルリの腰へと手を回し、その反対側からはリグルが肩を抱いている。
そしてサラの肩には、今までほとんど接点の無かった文官長の手が置かれていた。
「もちろん、誰もがそんな禁呪にかかるわけじゃない。だから、それをやりやすくするための“毒”をばら撒いた」
サラは再びエールを気にしたが、うつむいていてその表情は分からない。
視線をその手前に移すと……座り込んだ侍従長の背中に、くっきりと背骨が浮いているのが見えた。
この中の誰よりも、彼は痩せている。
いつも背筋をしゃんと伸ばし、だぶついた服を着て声を張り上げているから、気がつかないだけ。
彼の心もまた、闇に囚われているのだ。
「まあ、中には操られたことにも気付かない、根っからのお人好しも居るみたいだけどね?」
微笑みながら、うつむき震えるエールへと視線を投げるクロル。
サラは、無意識に手のひらを首元へ這わせる。
虫刺されのような、赤い跡が残る場所へ。
この小さな赤い花を残したのが誰なのか、もうサラには充分わかっていた。
↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。
だいぶ解明されてきました、王城に巣食う魔女の影……いろんな意味でキツイ話です。作者の苦悩が、お分かりいただけましたでしょうか。(←大げさ)この暗いクラーイ話の中で、救いはアロハじーちゃんこと文官長様です。もうちょっと彼のことをちゃんと書きたかったけど、今はいっぱいいっぱいさー。ああ、ギャグが書きたい……ギャグ……。では、究極の選択。エール味の侍従長と、侍従長味のエール、皆さんはどっちがいいですか? サラちゃんが襲われたのはエール味の方だったけど、そこに「俺が本当のエールだ!」と、オッサン侍従長が飛び込んできたら……俺がアイツでアイツが俺で。作者は見た目若い方がイイと思ってしまう愚か者です。今夜は眠ります。金と銀のコップに酒入れて街を走ります。(←マッチの歌から妄想中)
次回は、侍従長様懺悔の回。いろんな意味でしんどい話、もうちょい続きます。ご辛抱くださいませ。