第三章 閑話 〜名探偵クロルの事件簿(6)〜
むせかえるような花の香りが消えた広場。
誰もが、息を呑んで彼女の伸ばされる人差し指の行く先を見守っていた。
3cmほど伸ばされ、光沢のあるマニキュアで装飾された爪の先が、ゆらりと迷うように一度振れる。
ダイスが転がったときの、何倍もの緊張が漂う中。
月巫女が指したのは、彼女のすぐ近くに居た人物。
「――俺、か?」
彼女に唯一、感情を与えることの出来る……国王その人だった。
* * *
月巫女は、絶対に嘘をつかない。
それは、この場に居る重鎮たちの誰もが知っている。
「俺は、知らんぞ……?」
国王は整えられた御髪をぐちゃりとかき混ぜた後、右手をあごに添えながら、考える人のようなポーズを取る。
そんなしぐさも、クロルと似ているかもしれないと、サラが思ったとき。
月巫女は、泉に小石を落としたような、ゆるやかに広がる波紋のような不思議な音色で、ささやいた。
「あなたさまは、私をお連れになる際に、この花を踏みしだいていらっしゃいました」
その台詞で、誰もが察した。
この花は、精霊の森に咲く花なのだと。
しかし、森を彷徨う中でその花を見ているはずの国王は、あっさり即答。
「残念ながら、記憶に無いな。あの時は、無我夢中で……足元に咲く花を見ている余裕など一切無かったからな」
そうですか、と呟いた月巫女は、無表情のまま再び国王の影に隠れた。
雲の切れ間から差し込む月光が再び雲に隠れた……そんな、瞬きする間のやりとり。
月巫女の声を聞いたのは初めて、という人間も居たかもしれない。
腕組みをし、そのやりとりを高みから見下ろしていたクロルは、と笑った。
サラが『危険』と認識する、あの笑み。
「ふーん……そういうこと。まあ、構わないよ。まだカードは残ってるからね」
クロルは、くしゃりと乱暴に前髪をかきあげる。
十三才の少年とは思えないような、艶のあるしぐさと目つきだった。
隠れた月の代わりに現れた、闇夜を照らすかがり火のような熱い視線に、再び全員が注視する。
一人、サラの心はまだ赤い花にとらわれていた。
首から上だけ左右に動かして、視界をくるりと一周させる。
歩いて来た小道側の城内と、逆側の城門方面……建物部分の奥に、均等な感覚でそびえ立つ3本の塔が見える。
赤い花は、闇の魔術が行われた証に咲く花なのだろうか……。
「では、話を少し戻そうか……サラ姫!」
「ファイッ!」
突然の指名に、舌を噛みつつ返事したサラ。
思わず額にビシリと手を当てる『敬礼』のポーズが飛び出てしまったのは、警察官である遠藤パパによるしつけの賜物だ。
クロルは、そんなサラのリアクションに思わず噴出しかけるものの、とっさに口元を覆って我慢した。
「あー……さっきの話の続きね。エール兄が倒れたとき、飲ませた薬って覚えてる?」
そろりと手を下ろしたサラは、右手の人差し指と親指で小さな輪を作ってみせた。
「これっくらいの、白くて丸い玉だったよ?」
「それの説明簡単にしてもらえる? 原料が何でできてるかを、ね」
サラは、そんな大事なことを言っていいものかと、思わずクロルとエールの間へ視線を行ったりきたりさせる。
エールがしばし逡巡したのち、苦笑しつつうなずいてくれたので、サラは言った。
「光の精霊を閉じ込めた宝石があると……それを磨り潰して混ぜたものだと聞きました」
「ありがと。じゃあ、次は文官長!」
花畑側の集団から「ちょっと失礼」と言いつつ、小柄な男が歩み出てきた。
* * *
騎士たちと比べれば、高さも横幅も半分しかないような、猫背の老人。
他のメンバーが、それなりにパリッとした衣装に身を包む中、彼は異質にも『アロハシャツ』に近いような、派手な色の薄手のシャツ一枚。
確か、さっきの会議ではそれなりに見られる姿をしていた気がするので、会場を出るときに上着を脱いできたのかもしれない。
「昨日調べてもらったこと、言ってくれる?」
クロルの視線が、再び鋭さを増すものの、その口調はやわらかい。
文官長も、にいっと笑い返す。
いたずらを企む、じーさんと孫のよう。
「まあ、簡単に言いますとな。この国……森の向こうはさておき、この半島内には“光の精霊を閉じ込めた宝石”なんてものは」
一人の男が、叫んだ。
「――クロル王子! この茶番は何なんですかっ!」
クロルを苦手としている……いや、そのレベルを通り越したような罵声。
あからさまな敵意を込めて睨むのは、魔術師長だった。
口の端を吊り上げるような、皮肉げな笑みを浮かべると、クロルは告げた。
「魔術師長殿……あなたは黙っていてくださいね? ていうか、邪魔するな」
どうやら魔術師長は、虎の尾を踏んでしまったらしい。
もはや隙というものを完全に消し去ったクロルは、テキパキと情報整理を進めていく。
「まず話は、先日僕たちが偶然この広場を訪れたところから始まる――」
クロルの上げた『違和感』は、3つ。
荒れ果てた茨の道の先に、美しい花が咲いていること。
その花が、庭師も知らず、図書館の図鑑にも出ていないものであること。
ここに到着した直後、エールの体調が突然崩れたこと。
「赤い花が“禁呪”がらみだってことは、すぐに分かったよ。となると、僕より何百倍も魔力が強くてネチコ……繊細なエール兄が気付かないのはおかしいなって」
エールは、食い入るような眼差しでクロルを見つめている。
エールの傍に居る魔術師長も、その脇に並ぶ魔術師たちも。
「おかしいことはもう1つ。同じ魔術師でも、この“闇の花”に反応する人と、そうでない人がいる……この違いは何だと思う?」
エールも含め、誰もが顔を見合わせるだけで答えようとしない。
『闇の花』という物を、見るのも聞くのも初めてなのだから、それは仕方の無いこと。
そんなことを考えているのだろうか?
彼らの表情には、覇気が無い。
しばし答えを待っていたクロルだが、そのうち腕組みし、つま先をトントンと打ち鳴らし始めた。
ヒントを与えられても沈黙を続けるグループに対し、クロルが溜息混じりに告げた。
「もう時間が無いし、答えは出てるからハッキリ言うね? 君たちは、エール兄と同じく何らかの薬を飲んでいる……違うかい?」
* * *
小道側に立つ魔術師たちは全員、自分の持つピルケースをまさぐった。
それは、効果を信じて疑わず、当たり前のように頼っていたアイテム。
そのしぐさだけで、クロルの推理が正しかったことが分かる。
サラも、エールの飲んでいた薬を思い出した。
特殊な宝石を練りこんだという、あの真珠のように輝く白い粒……。
サラは思わず、自分の唇を指先で触った。
まさか、と。
「その薬を飲んで、体調が改善した人って、どのくらいいるの? 居たら手を上げて?」
エールも含め、誰一人手を上げるものはいなかった。
ほぼ全員が呆然として、クロルを見詰め返す。
魔術師長だけが苦々しい表情で、クロルを睨みつけていた。
集団の奥に潜んでいた医師長が、周囲から押し出されるように、ゆっくりと前に歩み出た。
↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。
またもや、ギリギリで改稿してしまいました。ダメだー。展開もたもたしてまう……。この辺は来月またちょっとずつ過去テキスト修正するときにチェックしなおしますわ。ついでに、前に書いたとこでデッカイ設定ミスを見つけてしまい、サクリと修正いたしました。長い話書いてたら、こんなこともあろーて……ゴメンナサイ。とりあえずこの後書きも、また後日追加するかもです。
次回は、お薬の話とそろそろ本当に佳境。今度こそ。
 




