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俵万智の短歌「焼肉とグラタンが好きという少女よ私はあなたのお父さんが好き」にインスパイアされたショートショート

作者: salty sugar
掲載日:2019/05/28

焼肉とグラタンが好きという少女よ

私はあなたのお父さんが好き




庭からは賑やかな声が聞こえてくる

よく晴れた日曜日

私は見慣れないリビングに一人の少女と居る


一人の男の視線を強烈に、感じながら




「新築の課長んちで、今度バーベキューしましょうよ」


1ヶ月前

珍しく参加した課内の呑み会の席で

空気も読まずそう言ったのは

今年入社2年目の高橋くんだった


私の所属する課は

呑み会が多い

私はこの会社しか知らないから

そんなものだと思っていたけど

親友の美久に言わせると

今どきそんな職場は珍しいんだそうだ


でも私は何回かに一度しか参加しない

出ても必ず一次会だけ

だって準備しなきゃだから


毎回二次会が終わると必ずやってくる彼

この関係が始まってから

もう1年半になる


三次会は渚のマンションで…

彼はいつからかそう言うようになった


最初は興味本位だった

不倫のもともとの意味は

道徳に反すること

妻帯者とするセックスは

それほどイケナイコトなんだろうか


全然わからない

だから彼と身体を重ねた


でも結局何もわからなかった


ただひとつ

彼とのねやごとを重ねるなかで

ただひとつだけわかったことがある


彼とのセックスはいい

ただそれだけ


呑み会の後の情事

私のマンションで

彼の愛の囁きが聞ければそれで満足だった



少なくとも

この家に入るまでは…



言い出しっぺの高橋くんが

バーベキューパーティーの出欠を取った


少し迷ったけど

参加に丸をつけた

好奇心を抑えられなかった


彼は私の前で家族の話はしない

奥さんと7歳になる娘さんがいるのは知っている

でも、私が保有する情報はそれだけ


仕事中

二人っきりになる瞬間を見計らって

彼は言った

「来るの?」

「うん。単なる好奇心。でも大丈夫だから」

最後の「大丈夫」という言葉を聞いた瞬間

彼は少し安堵の表情を浮かべた


わかりやすいなぁ

でもそこが好き


仕事では沈着冷静な彼が

私の前で見せる無防備さ

そのギャップに惹かれたことを

改めて思い出す




初めて見る彼の奥さん

スレンダーで凛とした女性だ


意外だった

彼女に対する思いは何もなかった

ああ

この人が彼の奥さんなんだ…

という認識だけ


それは

自分の方が彼の寵愛を受けているという自信から来るものなのか

それとも

無意識のブレーカー機能が働いて

全ての感情をシャットダウンしてしまったからなのか


わからない

理由なんて探さなくていい



庭でバーベキューの準備をしていると

一人の女の子が近づいてきた


「こんにちは」

はにかみながら少女は

「こんにちは…」

と返した


はにかみかたが一緒だ…

彼のDNAには

はにかみかたまで含まれるのだろうか


小春と名乗った少女は

何故か私にまとわりつく

私より若くて可愛い女性は他にもいるのに


彼のDNAには

私に惹かれる遺伝子まで含まれるのだろうか


そう考えると少し可笑しくなってきた


「ねーねー、渚おねえちゃん、お家の中でお話しよ」

屈託のない笑顔で

小春ちゃんが誘ってきた


小春ちゃんが彼から許可を貰いリビングへ

品の良いミッドセンチュリーの家具が並ぶリビング

カリモク60の黒いKチェアに並んで座る


足をブラブラさせながら

とても楽しそうに話す少女

しぐさがとても似ていて

目の前に彼が居るような錯覚に陥る


さっきから、庭に居る彼の強い視線を感じていた

気になって当然だ

でも大丈夫

大丈夫って言ったから


不意に目の前の少女がこう言った

「私はね、焼肉とグラタンが好きー

焼肉はお父さんが連れてってくれて

グラタンはお母さんが作ってくれるんだ

渚おねえちゃんは何が好き?」


なんて答えればいいんだろう

好きな食べ物という指定はなかった

だとしたら

やっぱり私は

あなたのおとうさんが好き


その一言

たった一言で

この幸せな風景は崩壊する


言いたい…


別に彼女を不幸のどん底に陥れたい訳ではない

ただ言ってしまったらどうなるんだろうという好奇心


その昔

デカダンスに魅了されたある作家は

一個の檸檬を爆弾に見立てて

それを書店に置いた


でも私の中にある爆弾は

檸檬なんて可愛いものじゃない

殺傷能力抜群のプラスチック爆弾


グラタンも

焼肉も

このミッドセンチュリーの家具たちも

一瞬にして吹き飛ばしてしまう


誰かに怨みがあるわけではない

単なる好奇心


もう駄目だ

抑えることが出来ない


言いたくて仕方がない



「私はあなたのお父さんが好き」



そう言おうとしたその瞬間


「お肉焼けましたよ〜」


高橋くんだ

相変わらず彼は空気が読めない



「ねー、渚おねえちゃんは何が好きなの〜?」

リビングから庭に移動するあいだ

小春ちゃんが改めて聞いてきた


「おねえちゃんはね…

バーベキューが好きなんだよ」

笑顔でそう答えた

「私もバーベキュー大好きー」




爆弾は

まだ私の中に、ある


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