心の心の勝負
対局が始まると、それまでの和やかさは影を潜め、大会特有の緊張感が走り出した。
これまで何度も味わった空気。脳の奥深くに仕舞っていた欲を掻き出す空気。勝利という名の欲が露わになる空気。試合前には「負けても良いから楽しくやろう」なんて悠長なことを思っていても、勝利への執念を燃やす者と対峙した瞬間、欲望が剥き出しになる。亮也の妄想など関係ない。
勝ちたいと心底から思わずに、心と心の勝負が成り立つはずがない。
一局目は、段位に差があった為置き碁であったが、序盤から優勢を確立しそのまま逃げ切ることができた。
私の碁は、言うなれば「奔放」である。
静と動なら動、柔と剛なら剛だ。それも、極端に偏っている。内向的で受動的、かつ自己表現の不器用な普段の私とは対照的と言ってよい。生まれ持った性格はそう変わるものではないが、せめて盤上では異なる自分を演出したいと思うのである。普段が良いとも悪いとも思わないが、碁を打つときに内に秘めた感情を発散することで、メンタルの均衡を保っているのかもしれない。
二局目を辛勝したあと三局目で惜敗し優勝の可能性はなくなったが――因みに、チームの成績も2勝1敗だ――、最終局の勝敗次第で勝ち越しか否か決まる為、チームとしての士気は持続している。
最終局の相手は、私と同段でここまで全勝している強敵で、席につくと緊張が走った。
ふと相手の顔を見ると、私と同じくらいの年齢の男性で、少し亮也に似ていると思った。
誠実そうな瞳に、利発な印象のショートヘア。亮也が観ているような妄想を抱いているのに、それでいて亮也と戦っているような不思議な気持ちになりながら、「よろしくお願いします」と一礼した。
白番で、私は8手目まで前例のない独創的な布石を完成させた。