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濡れ髪  作者: sandalwood
6/8

 大会当日の朝、軽くシャワーを浴びて散策に出かけた。5時に起きたので、時間は十分にある。

 相変わらず髪は方々に水気を帯びており、春の準備に出遅れた3月中旬の風が心地よく吹き抜ける。肌寒いが雲ひとつない快晴を背景に、25分コースを歩く。朝の散策は珍しく、見慣れた町並みが新鮮に映った。夜とは異なる風景、異なる空気。それに溶け込むように、静寂も異なる様相でそこにいた。どう違うのかと聞かれるとうまく説明できないが、普段夜中に感じる静寂と今のそれとは、確かに違うものであった。僅かに活気を帯びているとでも言おうか。新聞配達に勤しむ学生が、自転車で颯爽と過ぎ去っていく。


 例の公園のベンチに座り小休憩をとる。こんな天気のよい朝には、古内東子の「朝」を聴きたくなる。

 サビの“目覚めたときそこにあなたがいたら ああどんなにどんなに幸せでしょう”というフレーズを口ずさんだとき、ふと亮也が脳裏をよぎった。健全で賢い亮也。静寂を尊ぶ亮也。もう失ってしまった。

 家に戻り、身だしなみを今一度確かめる。普段よりほんの少しだけ手厚く決めたメイクは、言うなれば気合いの象徴である。引き出しから、もう久しく触れていなかった十字架のネックレス――亮也から誕生日に貰った品だ――を取り出し、身に付けた様を確認する。そうすると、なぜだか安心感を覚えた。思わず「ふふ」と笑みを浮かべ、もう一度家を出る。アルバム『Strength』を聴きながら、3つ目の俗なルートを通り抜けた。


 団体戦は5人1チームで、私が参加するクラスは級位者も含めたハンディ戦なので――実際私のチームにも級位者が1人いる――、無差別クラスの参加者と比べるとそこまで張り詰めた空気感ではなく、和やかな雰囲気である。学生の頃から大会にはよく出場していたが専ら個人戦で――高校・大学ともに囲碁部は無かった――、団体戦は今回が初めてだ。久しぶりに会う仲間たちと再会を祝いつつ、団体戦というシチュエーションを味わうことができれば十分だろう。

 私は、でもこの大会を特別なものとして捉えていた。主将としてチームを牽引しなければならないという責任感もあるが、主たる理由ではない。亮也が観ている気がしたのだ。もちろん、それはお得意の馬鹿げた妄想である。4年も前に別れてから一度も連絡を取っていない――その上囲碁も知らない――亮也が観戦に来るなんて発想が、どうして生じるのだろう。自分でも理解し難い滅裂な思考であったが、そのせいで必要以上に気合いが入る。無論、そんな発想や感情は他のメンバーに打ち明けることなく、そっと内に仕舞う。大会開始までの時間、亮也の妄想は捨てて仲間たちと談笑に興じた。

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