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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

君の隣と心音のリズム

作者: 千助

何となく、書きたくなって書きました。こんな空気の短編が好きです。

どく、どく、と胸の中が規則的に異常に脈打つのを感じる。

息が苦しくて、手が冷たい。冷や汗をかいて気持ちが悪い。

上等な生地の制服から伸びる手の爪は紫色だった。

「…これは、不味いね。どうし、たものか」

癖になった、自分への問いかけは、息切れて不自然になった。色褪せていく世界に危機感を覚え、だが思うに任せない体では危機回避行動もままならない。どうにかしなくては、という焦りばかりが募っていく。

あいにくと今この廊下を歩いているのは自分だけだ。授業が終わって久しい放課後など、誰もが己の鍛錬と人脈作りに勤しんでいるはずだ。図書室で暇を潰す人間など、素行に問題のある生徒くらいのものだが、そもそも素行の悪い生徒は図書室などという味気のない場所へ足を運ばない。

自分が素行の悪い生徒だと思っているだけであって、本来素行の悪い生徒という定義には当てはまらないことはわかっている。

ただただマイペースなだけだ。

「それも十分、悪癖だと、思う、がね」

自嘲して、壁に寄りかかった。

足に力が入らない。そのまま壁にそってずり落ちてもおかしくない。

誰にも見つけて貰えなければ、最悪、自分は今ここで、学校の三階の廊下なんていう味気も雅もない場所で、誰にも看取って貰えずに孤独に死ななければならないかも知れない。

「十分に、有り得る、話だな」

なんて格好のつかない最期だろう。

これでは実家の生母や父である現当主さまに顔向け出来ないどころか、世間の語りぐさになりかねない。

「それでは、困るのだが」

視界に星がちらつき始めた。

額が床に引っ張られる。

もどかしい吐息がため息のように漏れた。



「セドリック!!」



崩れ落ちそうだった体勢を何とか立て直して顔を上げ、声の飛んできた背後を振り返ると、汗だくの同室の友人が駆けてきて、自分目掛けて、うんと心配そうな視線を投げて寄越した。

「セドリック、お前、なんて顔色してるんだ。発作か?薬は?」

「薬、は、…部屋、だな。忘れた」

「忘れたって、ばっ、お前、はあ?ぼんやりし過ぎだろ!大丈夫かよ」

「ははっ、この、有様……っ」

どうやら笑っている場合ではなくなってきたらしいと見え、ぐっと、情けない声が出て、頭が真っ白になるような痛みが胸を貫いた。

「セドリック!!今薬持ってくるから、待ってろよ!!いいな!!」

返事をしようにも、胸の奥で爆発した痛みが口の中で反響して、ピリッと血の味が広がった。友人が駆けていく。急速に自分から離れていくのを感じる。温もりが遠ざかる。

「行く、な」

心細い。久しぶりの感覚だった。

体に衝撃が走る。床が近く見える。膝が落ちたらしい。うずくまって、痛みに吠えた。無論、声なぞ出さないが。

どれ程そうしていただろう。

廊下の天井と、友人の顔が一緒に映り込んで、何度か目を開けたり閉じたりして、頭の中を整理した。

「セドリックっ」

友人がすがりついてきた。

「いっ、行かなくて、良かったっ」

この世の終わりのような顔で、涙をこぼしている。

「神様、連れていかないでくださって、ありがとうございます…!!」

敬虔な彼は、手を組んで、力いっぱい握りしめて、拳が白くなるほど真剣に、天の父へと祈りを捧げた。

「嫌だな、リリィ、僕の、力なのに、神のおかげとか、言わないでよね」

掠れる笑い声をたてたらまた胸の奥でドンっと衝撃が走って顔を顰めた。

「不敬だぞ、セドリック!そんなこと言ってたら、本当に死んでしまうぞ!助けて頂いたんだ、感謝の祈りを捧げるのは当然だ!」

「馬鹿、言わな、いでよね…っ、僕の、生命力、であって、断じて、神なんて、不確かな、ものじゃ、ないからな」

体を起こして、息を整える。

今しばらくは動けそうにない。

「セドリックは頑固だな。」

「リリィ、も、頑固」

「お互い様だ。立てるか?」

「少し、したら、戻る」

「何馬鹿言ってんだ。ほら、肩貸せ」

「いいよ。君は、忙しい、だろう」

「あのねぇ、セドリック。君のことは先生だって承知なんだし、この後お医者だって呼ぶだろう?その時僕がのこのこ稽古に出ていてみろ。カミナリものだぞ?同室の友の癖して何してやがる、ってさ」

確かにそうである。正論だった。返す言葉も、気力も削がれ、仕方がないので肩を差し出した。

「よろしく、頼む」

「はいよ、頑固なセドリック」

肩を組み、立ち上がるが、膝が折れて上手く立たない。壁に捕まるが、手の力も入らない。

「無理そうだな。よし」

友人がひとり頷いて、自分の体を、どういう具合でか、背中に背負い、こちらとしてはいつの間にか背中に背負われ、すたすたと歩き出した。

「重いだろう」

「いんや、軽い軽い」

「嘘つけ」

「そう拗ねるな。俺が力持ちなんだ」

「気を遣ってくれるな」

「どっちだよ」

友人がははっと笑う。

眠くなってきた。

肩に顔を埋めると、泣きそうな目をしたリリィと目が合った。

「セドリック」

「ごめん…眠い」

「…っあ、ああ。」

「そんな顔しないで」

「うん」

「寝るだけだ」

「うん」

「おやすみ」

「うん」

本当に君は可愛いな、と心で呟いて、どうか自分の心音が彼に伝わりませんようにと願った。

どうかこのまま、彼の隣を僕にください、寿命が縮んだって、構いやしないから、と。

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