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ビヨンド・ザ・モルド・ホライズンズ  作者: 四重茶
セストラリア海篇
9/14

8 樹海での交戦

アバーストは生物を嫉み、妬み、恨み、憎む。

だがその対象は同じアバーストに対しても平等に振りまく。

そもそも、アバーストという区分自体がイス・フィエンスによって作られたものに過ぎない。

憎悪の海から生まれた怪物は、みな平等に憎いのだ。


結果を言うと、余計な欲がなくなったためかアイサンスは食糧の確保に成功する。

日が暮れて橙が空を染める頃に鹿のような生物と遭遇した。

鹿っぽいので鹿みたいになるかは分からないが見た目の抵抗感がなくなるのは幸いだ。

鹿みたいな奴に気付かれないよう忍び寄り、20メートルらへんでアイサンスは考えていた方法を試す。

やることはスランブムルの時に使った生力(ルラーナ)を固形化する【ルラーナ・ゾルディフィション】で細い針状のものを作ってそれを投擲することだ。

生力の放出でばれないかとアイサンスはひやひやしたが20メートルの距離で慎重に作れば警戒心が強いであろう草食動物相手にも気取られないようである。

掛け声を出さないようにして、これまた少しづつ作動させた【フィジカル・ブーステット】で強化した腕力で生力の針を投擲する。

不思議なことに脳裏には相手の頭を貫くためのビジョンが浮かんでいた。

その通りに投げると音も無く針は足元の草を食べるべく首を下ろしていた鹿のような奴の頭を見事に打ち抜く。

糸が切れた人形のように鹿は崩れ落ち、ヒクヒクと痙攣したのち、絶命した。


「・・・・・南無」


生きるために仕方ないとはいえ、シラフで生き物を殺したためかアイサンスは思わず崩れ落ちた遺体に哀悼を捧げる。

さて鹿のような生き物だが現実の野生の鹿は大量のダニと蚤とかの寄生虫だらけで触るのが難しいと言われている。

アイサンスが近づくと小さい何かがぴょんぴょん跳ねていたので減ってはいけないものがさらに減った。


「これじゃあ触れられねぇっす」


『情けない事を言うな』


スランブリングに叱咤されるも洒落になっていない光景にアイサンスは思わず涙目となる。

どうしたものかと悩んだところでスランブリングが『生力をぶつけて追い払えばよいのでは?』というアイディアを出して事なきを得た。

生力の流れを鹿に流すと小さい点が泡を食うように跳ね回りながら地面へと飛び出していく。

ひっくり返して反対側も丁寧に処理したところで血抜きをはじめる。

インドア派なので血を抜くと生臭くなくなる程度の知識しかないが何事もトライアンドエラーということで試してみる。

斬首するのにも【ルラーナ・ゾルディフィション】で手刀に薄く刃を作るイメージを起こしてみると恐ろしいぐらいにスパッと切れてしまった。

その後は近くの大木によじ登って吊るす事で血を抜く。血の臭いで肉食動物が寄ってくる危険性があったがどんぶり勘定でも5,6メートルはあろうかという高さを見ると安心感を覚える。

腹を満たすために生力を使ったため余計に空腹感が強くなる悪循環が起こったが時間が無いこともあってアイサンスは焚き火用の燃料を探すこととした。

前みたいに火炎放射を続けるのはエネルギー効率が良くないと判断したためだ。落ち葉や枯れ枝を探し、湿気がないものを選んでかき集めていく。

日暮れの頃合になると木の枝はそれなりの量が揃うこととなった。


「ふいー。こんなもんかな」


ちょっとした達成感からアイサンスは一息つき、先ほど仕留めた今夜のご飯が吊るされている木へと向かった。

幸いにして吊るした獲物は無事であったがひとつ大きな問題が発生していた。


「・・・あちゃ~」


危惧していた通り、血の臭いに誘われた存在が木の周りを囲っていた。

しかしアイサンスが予想していたのは狼といった嗅覚が鋭い獣だったのだが。


「アレは・・・人間?」


アイサンスよりなお小柄であるが、二足歩行。容姿は少し猿のように口元が尖っているが人に近く、ぽっこりとした内臓を押し出して主張する腹を見ると妖怪の【餓鬼】を連想させる。

そんな奴が12体ほど鹿を吊るした木に群がっていた。

キーッキーッと嫌な声を上げながら跳躍しているが精々2メートル届くぐらいであり、全く高さは足らない。


『あれがイス・フィエンスには見えんなぁ・・・』


スランブリングが声色的に嫌悪感を滲ませながら呟く。

見るからに洞窟の中で遭遇した人と同じ種とは思えない。

ホモ・サピエンスとチンパンジーのような違いといえば分かりやすいだろう。


「スランブリングさん、アレがなんだか知ってます?」


『俺が封印される前には存在していなかった、としか分からんな』


どこか忌々しげにスランブリングはそう呟いた。

外界から切り離されて封じられた彼は情報を手に入れる機会などないだろう。

しまった、とアイサンスはその失敗に気付き申し訳なくなる。

だがスランブリングの言葉は別の疑問を呼んだ。


「てことは、ここ1000年で生まれた存在なのか」


だが、進化の歴史において1000年とは非常に短い期間だと言える。

自然淘汰によって生き残りやすい個体が子孫を残し少しづつ姿を変えるとしてもだ。

いきなり似て非なる種が生まれるのは不気味である。


『それはそうと、アレはどうするのだ?』


「どうするって言われてもなぁ・・・」


スランブリングの問いかけに対してアイサンスは当惑の声を上げた。

薄暗いがどれもこれも話が通じそうな雰囲気を出していない。目は血走り、歯をむき出しにして興奮している。

肉自体は回収することはできるかもしれないが、その後が問題だ。

迷わないよう近くに燃料を集めたため安心して飯にありつくことは難しいだろう。


「追い払うしかないか・・・?」


しかし追い払うにしても数が問題となるだろう。

相手は12体。余程の事がない限り勝つのは難しい。

キリンとライオンほどの違いがあれば無くもないがアイサンスは相手の力がどの程度のものかは判断する材料が無い。

跳躍力が低そうなのは確かだが人のような四肢がある。

これは物を持つことができるということだ。跳ぶ力が低いことからチンパンジーや原始的霊長類のような樹木の上で暮らすようなタイプではないだろう。


「うーん・・・追い払えるのか?」


やはり判断を下すには情報が少なすぎるとアイサンスは渋る。

だがせっかく仕留めた夜食を見す見す横取りされるのは癪に障るというものだ。


『まあなぁに、お前さんならあれが100体集まろうと勝てるもんだわな』


スランブリングはやはり楽観的に状況を捉えているようである。

アイサンスはその判断材料が一体どこから来るのかさっぱりだ。


「その楽観的分析はどこから来てるんですか・・・?」


いい加減にしてほしい、と言外に含ませながら聞いてみた。


『【人間(フィエンス)】を相手した時もそうだが生力の保有量と出力、生成量は思ったよりはっきりとした力量さとして現れるものでな』


と戦闘のことになると嬉々として饒舌になるスランブリングが滾々と説明しだした。

この世界の戦闘における基盤は生力に由来する。霊術(プリメント・ティクル)なり能力(アビリティ)を使うなりには基本、生力を使用するためだ。

これを使えるか否かでは話は大きく変わってくる。【人間(サピエンス)】に例えるなら10歳の少年がフィジカル・ブーステットを使用すれば使わない成人2人を相手取って余裕で勝てるそうだ。

それを多く持ち、多く出力できるということはそれだけできることが多くなるし、規模も大胆になれる。

おまけに生まれもった【色】に影響されないアイサンスは使おうと思ったものは何でも使えてしまう極めて異例な存在、その択は無限大と言ってもいいだろう。

とはいわれてもアイサンスにはいまいちピンとこないのが正直なところである。

無限大の可能性というのは聞こえは良いが、要は視界いっぱいに地平線を広げる真っ平らな大地のようなものでその広大さに戸惑ってしまうのだ。


『物は試しだ。殴ってみるといい』


踏ん切りがつかないアイサンスに痺れを切らしたのかスランブリングが物騒なことを提案してくる。

とはいえ、まだ敵対するとは決まっていない。


「いやいやいや、いきなり殴りつけるのはどうなのさ?」


『アレはどう見ても敵だぞ。分からないのか?』


あきれ返るようなスランブリングの言葉にアイサンスは引っかかりを感じる。

確かに自分が仕留めた獲物を横取りしようとしているのだから容赦することは無いのが、餓鬼のようなものは相変わらず騒ぎ立てている。

アレだけ騒いでいると他の捕食者を呼んでしまうかもしれないのだが彼らはどうやって生きているのだろうか、と他人事のように考える。

だがアレは一向に諦める気配は無いし、ここで食い物を渡す気は微塵も無い。


「・・・追い払うか」


やっとこさ重い腰を上げたアイサンスであったが既に日は落ち込み暗闇が深くなっていた。

そのため【アンライン・キャプチャー】を起動させてある程度の視界を確保する。

先ほどの【ちっちゃい悪魔】相手にやった生力をぶつけて追い払うを考えたが余りにも収支が釣り合わないので普通に却下した。

取りあえず、そこらにあった小さい石ころを投げつけてこちらの存在をアピールしてみる。

軽い気持ちで小石を投げたが、結果は思っても見ないこととなった。

その弾道は真っ直ぐと言っても過言ではなかった。それだけの速力が出ればたとえ小石だろうと生物を殺傷しえる武器になる。

べごっと生肉に硬いものがぶつかる耳障りな音が響き、餓鬼のような奴の一体に直撃する。

後頭部に直撃したそれはそのままばたりと倒れ、ピクリとも動かなくなった。


「え、え、えぇ・・・?」


その事態にアイサンスの思考がホワイトアウトする。


『まあ、こうなるわな』


スランブリングが呆れた声色で呟いた。

そして思考が戻るにつれアイサンスは血の気が引いていく。

やってしまった。これでは平和的解決は望むべくも無い。

時間にして10秒もしない間、呆けていたが聴覚に突き刺さる声でアイサンスは我に返る。

見ると残りの餓鬼みたいな奴ら11体が全員アイサンスの方を向き、けたたましく声を上げながら威嚇しだしている。

めちゃくちゃ興奮していらっしゃる、と暢気に考えてしまうアイサンスだが1体が飛び掛ってくるのを見てギョッとする。


「うお!?」


反射的に左腕に拳をつくり、振りぬく。

目標の右頬にクリーンヒット、バケツをハエ叩きで叩き付けた様な音が響き、餓鬼のようなものが吹っ飛ぶ。

それは近くの巨木に横殴りにたたき付けられ、物言わぬ何かに変わった。


「な・・・」


あっけない殺生にアイサンスは言葉を失った。

弱すぎる、手加減しようにもレベルマックスのユニットで序盤の敵を殴り倒すかのような圧倒的差を感じた。

一連の出来事を見たためか他の餓鬼らが激昂するかのように叫ぶ。

どうやら怯えるという言葉は彼らには無いようだ。

舌打ちをしながらアイサンスは早くこんなことを終わらせるべく【フィジカル・ブーステット】で身体能力を強化し、突撃する。

あっという間に間合いを詰められた一体の首根っこを掴み、力任せにでたらめな角度にへし折る。

鈍く耳障りな音が響き、掴まれた固体は即死した。

そのままアイサンスは死体を他の奴に目掛けて投げつける。

弾丸のように真っ直ぐ飛んだ死体は2体ほど巻き込んで暗闇へ吹っ飛んでいく。

残りは7体、と考えた直後に死角から餓鬼のような奴が飛び掛る。

カウンターの裏拳は間に合わず、咄嗟にアイサンスは飛び掛ってきた餓鬼のような奴の腕を掴む。

身体能力を強化している為かそのまま相手の拳を握りつぶしてしまう。

餓鬼は悲鳴を上げつつもなおも戦意を折らず、空いている腕を伸ばすがこちらもアイサンスに難なく捉えられて同じ結末を迎える。

流石の狂乱振りでもその激痛に鼓膜を破らんとするような絶叫を吐く。

そこへ呼応するかのように背後から別の餓鬼のような奴が飛び掛ってくる。


『アイサンス!』


スランブリングの声が脳裏に響く。

条件反射のようにアイサンスは掴んでいる餓鬼を放し、そいつの股間に短い脚をねじ込む。

悲鳴を上げさせる暇も無く、アイサンスは投石器のようにバク転しながら掴んでいた餓鬼を飛び掛ってきた奴にたたき付けた。

顔面同士が相対速度も合わさって悲惨なぐらいな勢いで衝突し、頚椎がへし折れる鈍い音が夜の樹海に響きわたる。

残り5体、見ると然しもの狂乱餓鬼どももひるんでいた。

目の前で次々と仲間が呆気なく屠られたのだから当然といえば当然か。

だが戦意は折れていないようにアイサンスには見えた。

彼の視点からするとそう見えるかもしれない、ということだが敵の心は折れていないのは確かだ。


『ふむ・・・これだと増援を呼ばれる可能性があるな』


スランブリングがその懸念を口にした時、アイサンスは眉をひそめる。

戦意はある、だが逃げるとなると逆襲するため、仲間を呼ぶ可能性があるのは道理だ。

となると、殲滅することが逃走、休息の時間を確保するもっと確実な手段となる。


「あーもー、降伏とかされても面倒なのは確かなんだけど・・・」


幸い、分散して逃げるということを相手は考えてる素振りは無い。

勢いで殲滅するに問題はない、というかそれしかないような予感をアイサンスは感じている。

今度は向こうから切り込んでくる。

拳を作り、アイサンスは間合いに入ってくるのを待ち構える。

残りは5体しかいないのならば先ほどまでの感触なら直ぐに片が付くはずだ。


既に夜の帳が落ち、暗闇が支配する樹海に断末魔が次々と響き渡っていった。

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