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ビヨンド・ザ・モルド・ホライズンズ  作者: 四重茶
スランブリング大洞窟篇
6/14

5 大洞窟の遭遇


眼が覚めるとアイサンスは身体に鈍い痛みが走るのを感じる。

これは、筋肉痛という奴である。


『やれやれ、全く無謀な奴だなお主は』


呆れ果てるような声が頭の内側で響いた。

彼の身体に住まうもう一つの住人、スランブリングだ。


「生きてる」


『うむ、生きておるぞ』


アイサンスの零した実感にスランブリングは呆れるように答えた。


「いぎでるぅ〜!!」


その生の実感にアイサンスは堪らず大声をだして噛み締めた。

思わず派手に動くが、筋肉痛で悶絶して動けなくなる。


『戦闘に関して教えていなかった俺の責任でもあるが、いやはや…馬鹿げた奴に喧嘩を売ったな』


「…やっぱりやばい奴でしたか?いや、やばい奴ですよねアレ」


アレ、アイサンスに討伐されたスランブムル(ミミズもどき)が隣で果てていた。

自分でも意味がよくわからない感情でふっかけたわけたのだが。

それと同時に腹の虫が待っていたと言わんばかりに鳴った。

そして空腹感が一気に来た。

そう、アイサンスはこの空腹感を黙らせるためにこのミミズもどきに喧嘩を売り、そして勝利した。


「腹が…減った…」


緊急的な睡眠が終わって次に来たのは凄まじい空腹感。

さて、食料を確保したのだが。


「これ、食えるかな?」


興奮過ぎ去って思ったのはそれであった。

溶岩を吐き出すようなヤバイミミズのような奴、間違いなく珍味(ゲテモノ)だ。


『一応、こいつも竜だ。まあ行けるだろうよ』


楽観的にスランブリングは語った。

アイサンスはもう不安感で一杯になる。


「ドラゴンステーキって美味いのかなぁ」


未知と不安からアイサンスは嘯くが腹は叫ぶ、奴を食せと。

ままよ、とアイサンスはスランブムルの解体を始めたのだった。

 


-



端的に言うと美味であった。

やったこともないことをやって数刻無駄にするのもあれど9メートルもあろうかと言う巨体からは想像が出来ないほど美味しかった。

霜が降った肉は高級肉を思わせる甘みと肉のジューシーな味わいが広がり、スランブリングに即効で教わった能力(アビリティ)で作った火炎で炙っただけでも次々と腹に入っていった。

この体は不思議だ。

9メートルはある巨体の肉を次々と放り込んでも一向に膨らむことなく平らげたのだ。

解体で手こずったのも含めてそういう補正がかなり強かった。


「ご馳走さまでした」


手を合わせ、糧となったミミズもどきの成れの果てにせめてもの供養を捧げる。

辺りに食べられないと直感した内臓と骨格が散乱しており、少し品のない状態である。


「…せめて綺麗に整えた方が良いよね?」


『別に打ち捨てても良いのでは?』


アイサンスの質問に対してスランブリングはあっけんからんとした感じで言った。

こういうのは気持ちの問題ではある。

殺生のような時はちゃんとした方が良いとアイサンスは思っている。


「他の奴が血の匂いを嗅いでこっちに来そうだし、せめて内臓は荼毘(だび)しよう」


意外と荼毘というのは火力を求められる。

アイサンスの前世、片沼駿太の生きた世界は電気炉というもので一時間で骨にするが、少し遡るとディーゼルなどの燃料で燃やしており、冷却を含めると数時間は掛かったという。

その荼毘でアイサンスは自身の火力の全開がどの程度なのかを試すつもりでいる。


『なんか企んでおるな?』


勘付いたスランブリングは不安そうに語りかけてくる。


「大丈夫、ちょっと限界って奴を調べるだけだから」


『せっかくの生力が勿体無い気もするが…』


「けち臭いこと言ってんじゃないよ…」


ドケチなドラゴンは置いとき、アイサンスは先程教わった能力を再び展開する。


「グラビング・フェノメノン」


生力(ルラーナ)を捧げ、器官など関係なく事象を引き出す能力。

魔法のようなものかと思ったがスランブリング曰く【世界の構成】に干渉して現象を呼び起こす能力らしく別物だという。

ちなみに、世界を書き換えるのに何も捧げないで執り行うものが【魔法】だそうだ。

そしてこの世界の大半の存在はなんらかの【色】を持ち合わせており、その色に沿った事象が顕著に出やすい。

だからアイサンスはイレギュラーなのだ、とスランブリングは語った。

無地のキャンパス、アイサンスは色が無く他の色へ直ぐに染まることができるという。

おまけに色同士の競合を無視して自在に発揮可能、オールグラウンダーという奴である。

話を戻そう。

アイサンスがいま望むのは自身が最大で出せる火炎。


「んぐぐ…」


少し生力を持ってかれ過ぎた。

まだアイサンスは生まれたばかりであり、このあたりの制御に関しては不慣れ極まっている。

口元に出力口、というべきものを展開させ息を吐き出す要領で叩きつけることにした。


「ホッッゲエエエエエエエ!!」


と叫んでグラビング・フェノメノンで出力させた火炎を放つ。

それは半ば光のような物であった。

白熱した火炎は食べ残しを忽ち飲み込み、灰に変えた。


「スランブリングさん?」


なにかやったのかとアイサンスは語りかけるも。


『何もしていないぞ?』


と呆れたようにスランブリングは返した。


「いやいやいや待て待て待て。そら火力欲しいからかなり強めなのを考えたんだけどさ!」


ビームを出せとは言っていない、とアイサンスは頭を抱えた。

割と自分、とんでもない奴になっている。


『今のは俺がよく使ってたブレスによく似てるなぁ。やはり影響は少なからずあるというわけか』


「あんたの得意技かよ!?」


冷静に受け止めてるスランブリングの様子が腑に落ちなかったアイサンスであったが理由がやっと分かった。

思えば彼は災いの火なのだから驚かれると情けなさを覚えてしまいそうだ。


「どっちにしても最大火力は自重だなぁ」


余波でも高熱で赤色に発光し、陽炎を放つ骨を見てアイサンスはゾッとする。

適当に放っているとたちどころにスランブリングの二の舞だ。

敵をしこたま増やすのは冗談抜きで不味い。


「あー骨髄とか食べてみたかったんだかなぁ」


味はともかくとして、骨髄は栄養満点で猿人たちが肉食動物の食べ残しを漁って主食にしていた程だ。

愚痴を言ってもしょうがないとアイサンスは気持ちを切り替える。


「さて、出発しますかな」


景気をつけてアイサンスは続いて行く洞窟へ再び歩みを進めていった。

フィールドスキャナーを使って周辺の地形を把握し、上へと登る道筋を辿る。

なんらかの意図を持って作られた道と無造作にうねっている地形などが眼に映る。

後者は恐らくあのスランブムル(ミミズもどき)が掘った跡なのだろう。

前者は、あの意図的にスランブムル(ミミズもどき)の動きを封じる広さの空間を作ったというのだから恐らく人、もしくはそれに近い知能を持った生物が掘った鉱山やトンネルの可能性が高い。

今もまた掘っている可能性があるので一番遭遇率の高い存在かもしれない。

そうなるとトカゲ姿のアイサンスでは交戦対象と見なされる可能性がある。

実績もなく、突然スランブリングの気配を吐き出すトカゲが現れたら災火竜の転生体か、となって命懸けで仕掛けてくるだろう。

できればそういう避けれる可能性は避けた方が良いだろう。

会ってはみたいが、会うとまずい。

その矛盾にモヤモヤしたものを覚えながらアイサンスはデジタル調の視界を進む。

上層に近づくにつれ、視界のあちこちにアンラインキャプチャーで引っかかる動く熱源、つまり生物が増えた。

大半はアイサンスよりも小さいものばかりである。

時折、群生しているものに会うと減ってはいけない精神の数値がガリガリと削れることがあるがなるべく迂回していく。


『不快ならば潰してしまえば良いのでは?』


そんなアイサンスを見てスランブリングが呆れたように声をかけてきたがそれは論外である。


「そういう脳筋思考は良くないですよ」


まあ、こっちの進行を妨げるなら致し方ないが、避けれるものは避けるべきである。

なにかが見えただけでどういったものかが分かったわけではないのだ。

逆に潰すととんでもない事態を引き起こしかねない。

触らぬ神に祟りなしという訳だ。


『うぬぬ、折り合いというやつか。面倒よなぁ』


「面倒な上にがんじがらめでもいけない。塩梅も大切なんですよ」


『確かにの…』


スランブリングは自身の苦い経験を思い出したのか少し萎れた言葉を発した。

だが、その塩梅を調節するのがいかに難しいかは前世の人間関係での彼是で嫌という程思い知らされている。


「でも、勝手に決めつけられて勝手に因縁付けられるとどうしようもないですよねー」


ついそんな愚痴をアイサンスはこぼす。

スランブリングは黙ってはいたが同意のような感覚が流れてきた。

この後はひたすらに会話もせず、黙々と洞窟を探検していった。

途中で天井一面に張り付いた蝙蝠のような生き物などに遭遇したが幸いにも肉食や吸血種では無かったらしく互いに牽制するだけでうまくやり過ごすことが出来た。

その後も小さいながらも美しい宝石などを発見したりするも道具袋とか収納用亜空間能力などいう便利なものがないアイサンスは泣く泣く諦めて前進していく。

もし、人との共存を考えるなら物々交換や貨幣があるのならそれと交換するという手段になるのだがこれも何か一計を考えなければならない。


「そうだ。あのミミズのときにやった生力を実体化させるアレで何とかなるか?」


無いのなら作るしか無いとアイサンスは閃いたが。


『やめておけ。ルラーナ・ゾルディフィションはかなりの生力を捧げるし、立上型は奏上し続ける必要があると言ったであろう?洞窟を出る前に干からびるぞ』


とスランブリングに呆れられた口調で否定された。

というかあの現象も能力だったのか。

路銀ぐらいは確保したかったのだがとアイサンスは考えていたが問屋は中々卸さないようだ。


「うぬぬ…やはり諦めるか…」


と考え事をしているうちに一際大きく、真っ直ぐ、平らに伸びた洞窟を捉えた。


「これって…」


なにかの幹線道路なのだろうか。

アンラインキャプチャーでは車両のようなものは捉えていないが人の往来には些か広過ぎる。

掘削機械で掘ったレベルの大きさである。


「やっぱり、居るんだなぁ・・・人間」


文明の痕跡を発見してアイサンスは複雑な気持ちを抱える。

スランブリングの出した単語とこれを見て確信に至った。

まだその姿をちゃんと確認したわけでもないが先ほどの懸念が嫌でも浮かぶ。


『大通りか・・・アイサンス、お主はどちらへ行く?』


ネガティヴな想像して固まっていたのに焦れたのかスランブリングが語りかけてきた。

はっと戻って来れたアイサンスはスランブリングに感謝しながら言葉を捻り出す。


「ぶっちゃけどっちでも良いんですよね」


この大きな洞窟が幹線道路だというのなら必ず外へと繋がっている。

範囲重視で探知できる1キロ範囲に出口のような地形は見当たらないが大きなショートカットという意味合いを持って生まれている。

しかし1キロで見つからないとなると結構な長さを誇るようだ。


「日本で一番長かったトンネルが・・・どのくらいだったっけな?」


2、3キロぐらいかと考えているアイサンスだが実際のところは青函トンネルを除くと東京首都高速にある山手トンネルの18.2キロである。

しかし、火山を長大にくり貫くとなると火山ガスによる爆発事故や固い岩盤による掘削困難な区画、湧き水の処理問題などありとあらゆる危険が伴う。

おまけにこの世界においてはスランブムルのような地中を突き進むデカイバケモノが跳梁跋扈するのだ。

洞窟を掘り進められただけでも素晴らしいのにその後の通行に大きな危険があるのは正直、デメリットとして大きい。

まあそのスランブムルはアイサンスが狩猟したのだが、あれが最後の一頭という訳ではないであろう。


『えぇい、早くどっちに行くか考えろ』


唸りながらまた脱線するアイサンスにスランブリングが痺れを切らせて強く出てくる。

しかし判断材料が無いとなるとアイサンスとしても迂闊に決めるのは難しい。


「スランブリングさんは外のこと知らないでしょ?どっちが外界に近いかなんて分かったもんじゃないしなぁ」


『いまさら歩く距離に差異を求めてどうする?ならば俺が決めてしまうぞ』


明かにイラついている傾向を感じ取りアイサンスも少しあせる。

こういうときに判断するのは不味い。


「いっそのこと一旦休憩しちゃうかなぁ・・・」


スランブムルと戦った部屋を出発してからかなり時間が経った。

分かれ道ならば少し落ち着いてから決めてしまえばよい。

そこまで時間に追われている訳ではないのだから。


『良いのか?疲れてはおらぬのだろう』


進めるうちに進むべきと急かすスランブリングであるが何かあるのだろうかとアイサンスはいぶかしむ。


「なに焦ってるんですか?」


『いや、一刻も早く出たいのにここで立ち往生するのは矛盾していると思っていてな』


要はただのせっかちであっただけあった。


「だったら少し落ち着きましょう。【急いては事を仕損じる】という言葉の通り、焦っては大きな失敗をしちゃいますよ」


『うぬぬ、至言であるな』


あっさりとスランブリングは納得してくれた。

近場の岩に腰を下ろしてもう一度、この時点で得られる情報を探ってみる。


「出口が近いならどこからか風が流れ込んでくるはず」


わずかな空気の流れでも良い、気を研ぎ澄まして観察してみることとする。

しかし1キロの範囲内に出口が存在しないのなら風が流れるかは分からない。

インドア派だったためか知識としてもあまり無いというのが正直なところだ。


『風の流れを読む感じか。ディアナウスの攻撃が見えなくて感覚頼りで避けてはいたがそれが応用できるか』


と思わぬスランブリングの助力にアイサンスは豆鉄砲を食らう。

しかし結果は芳しくない。


『ん~風の流れが無いな・・・』


大気もまた、高いところから低いところへ流れる。

平衡を保つためである。

それが無いということはこの洞窟は外の気圧とほぼ変わらないというのだろう。

それか出入り口が遠すぎるか現在地がちょうど洞窟の真ん中という可能性だ。


「どんぴしゃ真ん中かよ・・・」


本当にどっちに行きたいか迷い始める。

もうこうなったら勘で行くかと投げやりになったときである。

視界の隅にアンラインキャプチャーが拾った不可視の光が瞬く。


「!?」


思わず身構えるアイサンスであったが、その光はかなり遠いほうから見えるものであった。

距離にして1キロを若干超えた辺りか。


「段々近づいてきている・・・」


この身体の視力がどの程度かはいまいち分からないが、光源の形を把握しようと目を凝らす。

手足が長く、真っ直ぐに立つその姿は。


「―――人間だ」


とうとう、その姿を確認した。

人間、その知性と好奇心で地球の覇権を握った生き物。

それに酷似した身体つきをした存在が自分と距離を1キロ隔てて存在している。

アイサンスは言い知れぬ恐怖感を抱く。

もっと恐ろしい存在相手にそんなことを抱くわけでもなかったのに。


『どうしたアイサンス?』


たじろぐアイサンスを見てスランブリングが声をかけてきた。

彼なりに心配してのことだろう。


『何を怯える必要がある。お主だったらあの程度、楽に始末できるはずさ』


「・・・励ましてるつもりなんでしょうけどそれはちょっと・・・」


まだ戦うと決まったわけではない。

この洞窟が未開通ならば工事の関係者であろう。


『数は4。中ほどに居る者からそこそこの生力を感じ取れる・・・ヴェルステリアの霊術士(プリメンタラー)部隊の連中に似てるな』


またアイサンスが知りえない情報が出てきた。


「ぷ、ぷりめんたらー?」


『簡単に言うと、能力が使えない者が能力と同じ効能を現す不思議な術を行使する連中だ』


スランブリングの分かりづらい説明から噛み砕くと一般的に想像される魔術師や妖術師といった人たちに近い存在か。

各種遠隔攻撃、サポートのような魔法が使えるというわけか。


「ということは前は策敵警戒ができる身軽な人で、後ろは後詰のどっしりした人かな?」


基礎的な警戒が上手くできた単縦陣だ。

かなり手馴れていると感じでことを構えるにしてもデメリットが大きすぎると直感する。

獣とやりあうのとは訳が違う。


『生力の全体総量でお主の足元にも及ばぬが・・・』


スランブリングは謎の自信と交戦意欲を持っている。

生力とは・・・アイサンス的にはマジックポイントとかマナポイントとか、RPGでいう【MP】に該当するものだと考えている。

では、装備を含めた【総合戦闘能力】ではどうなのだろうか?

諸兵科連合の脅威は上辺程度ではあるが軍事を齧った身(ミリタリーマニア)としてアイサンスは理解しているつもりだ。


「それでも【見えない戦闘力】というのは侮れないものですよ」


珍獣扱いされて捕縛された挙句に動物園暮らしなんという結末もありえる。

動物園暮らしはそれはそれで安定するがあくまで家畜の領域での話しに過ぎない。

アイサンスはそこまで諦観もしていないし、あくまで対等にお付き合いしたいと考えている。

何となくではあるが、今は接触するべき無いと直感が囁いている。


『それは俺も把握しているさ。その上であのデザヴェリスと俺が混じったような気配がしたあの竜と比べれば楽勝の部類だな』


「なんか、今はそういう気分じゃないので」


スランブリングとああでもないとしているうちに熱源との距離が700メートルを切った。

そのとき、向こうもこちらを察知したのか一旦停止する素振りを見せた。

ここまで来るとはっきりと影を見れるようになった。

どう見ても警戒している素振りだ。


「・・・・逃げるか」


文句を垂れるような雰囲気でスランブリングが何かを呟いたがお構いなしにアイサンスはフィジカル・ブーステッドを作動させた。

一瞬で時速100キロを超える速さにまで加速し、洞窟を一気に駆け抜けた。




―――――




少し時計の針を遡らせる。

スランブリング山脈、ジェグローリス大陸の中央部南にそびえている平均2000メートル級の火山山脈である。

その山脈の大部分に張り巡っているスランブリング大洞窟を進む男女4人組のグループが居た。

彼らは【メーセナティー】と呼ばれる組織に所属している者たちだ。

災火竜スランブリングを含む四竜が衝突したあとに起きた界力(モルナ)の異常噴出によってか、世界各地で凶暴強大な怪物【アバースト】が突如発生したのである。

ヴェルステリア崩壊最大の理由だとも言われているアバーストは界力の溜まり場で唐突に生まれる摩訶不思議な存在であり、普通の生物のように繁殖しつつ、無から有が生まれるという古今において原因が解明されない神秘でもある。

獣に良く似た姿であるが体格も凶暴さも異常なほどにまで高くなっている。

100年ほど前、アバーストの大量発生に伴いそれまで各国または個人が独自にしていた対策を一手に引き受けるアバースト専門の駆除組織が結成された。

これが【メーセナティー】である。

そんな彼らは各々が得意とする武器を携え慎重に洞窟を進んでいる。

目的は月一に組織から出される情報収集任務だ。

要は大陸各地のアバーストの動向を探るフィールドワークである。

しかし、リーダー格の男はいつもと違う雰囲気にいささか戸惑っていた。

少し、静か過ぎるのだ。

これは一度だけ会ったこの大洞窟の主であるスランブムルと遭遇したときと良く似ている。

確かに最近は活動がやけに活発となっているという噂が流れていた。

そのため何時もは採掘やアバースト狩りで賑わっている洞窟は静かではある。

だがそれにしては異様だ、とリーダー格の男は真っ先に感じた。


「静か過ぎるな」


余りにも異様で思わずそうこぼしてしまった。

前を行く斥候係の女性がそれに同意した。


「全くだね。気持ち悪いくらいさ」


飄々としている彼女はスランブムルと遭遇して同行していたメンバーを失っている経歴を持つ。

リーダーと一緒でスランブムルの恐怖を身で味わっている。


「す、スランブムルが現れるのでしょうか・・・?」


陣形の真ん中に居る少女が怯えを隠せない声色で伺ってきた。

あったらこの人数では一巻の終わりだからだ。

人間より遥かに速く強大なあの竜は数々のメーセナー(メーセナティーの構成員の名称)を返り討ちにしてきた。


「それに近いって言うのは事実ね」


斥候の女が若干強張った声で肯定した。

だがリーダー格の男はそれとも違う空気を感じ取っていた。


「・・・・さっきからアバーストが全く見かけないな」


今、彼らがいる洞窟はスランブリング大洞窟で一際大きく長い部分。

ヴェルステリアが造ったとされる【中央大洞窟】でかなりのアバーストが湧いてくるホットスポットでもある。

スランブムルが居ようが居まいが何らかのアクションを起こし続けている。

筈なのだが現状は不気味に静かだ。


「大丈夫なんですか・・・?」


後方で殿を担当している新人の青年が不安そうに呟いた。


「・・・分からん。分からんが―――」


リーダーが言葉を言う前に斥候が何かを見つけたようだ。


「前の方に何かいるね・・・」


瞬間、メンバー全員が強張る。


「アバーストか?」


リーダーが尋ねたが斥候は少し困ったような反応を示した。


「ごめん。分からないわ」


一瞬だが何かの影を捉えたらしい。


「波長を探って見ます」


中心にいる少女が目を瞑って集中する。

アバーストは【能力(モルデフィソン)】を保有していることが多い。

世界の摂理から贈られる【祝福】とも言われるそれは世界を捻じ曲げ、自分の理を生み出すという。

たとえば火炎を吐き出す、凍てつく息吹や雷電を放つなど、自然現象を体現する。

その際に生力を使うためそれが押し出されて界力が不自然な流れを起こすという。

彼女は珍しい霊術士のメーセナー。

その界力の乱れた波長を捉えることができる。


「んっ・・・確かに前の方に何かが居ます」


一瞬の影を見逃さない斥候の目のよさにリーダーは舌を巻きつつ、少女に敵の判別を頼む。

アバーストの種類によって流れが異なるという。

視界がうまく確保できなくともこれで敵への対応を決めることが出来る。

しかし少女は困惑した表情を浮かべる。


「・・・感じたことの無い波長です」


「新種か」


リーダーはほんの少しだが強張った声色でその単語を発した。

アバーストの新種は偶にではあるが発生する。

大抵は特殊個体として出現して、確認されてきたものより強力なものが多い。

繁殖されると厄介なので発見され次第、排除するが初見で討伐を強いられる為に犠牲を覚悟せざるをえない。


「恐らくは・・・」


何か引っかかるのか少女の返事はか細い。


「何か解せないことがあるのか?」


こういうのは良くない、感じたことを胸にしまってしまうとそれが組んだ仲間全員の命取りとなる可能性がある。

リーダー格の男はその失敗を一度してしまった。だから繰り返すことはしない。

少女は思い切った感じに語ってきた。


「アバーストの波長って、荒々しく、棘があって・・・なんと言いますか、乱雑なんです」


だが、いま感じている波長は恐ろしく【整っている】そうである。

すべてが制御されて、望みを果たしている。


「かなりヤバい相手だなたぶん」


そういった輩はであったことは無いがメーセナー同士のうわさでは【四竜】といった国家相手に戦える存在ネーザリア・ミューダーはアバーストのような波長の乱れが殆ど無いという。

獣が力を完全に制御するというのはそれだけ人間(イス・フィエンス)にとって不味い状況なのだ。


「・・・慎重に進もう」


少女と青年は少し目を剥いたが斥候は賛成した。

まだ何かが分からない以上、何らかの成果を持ち帰らなければメーセナーの名折れだ。

そうして歩を緩めながらも再び前進をはじめる。

息をしのばせながらゆっくりと着実に。

ある程度近づいたところで斥候が手を上げた。


「見えたわ」


なるべく小さい声でそう告げてきた。


「どんな奴だ?」


まだリーダーの視界には映っていない。

だが斥候が見えたというのなら用心に越したことがないと自身の武器に手をかけた。

刀身だけで1.2メートルはあろうかという両刃剣である。


「背丈はちょっとした子供程度はあるわね・・・」


大抵のアバーストはかなり大柄で成人の背丈を軽く凌駕する。

しかし前に居る謎の存在はそれとは逆行する形で小柄だ。

これはこれで高い機動力を持つ可能性もあるためやり辛い。


「ッ!?」


リーダーが剣を抜いて構えようとしたとき、少女が叫ぶ。


「界力の乱れがっ!不味いです!」


しまった、とリーダーは息を呑んだ。

相手は既にこっちを捉えていたのだ。

界力の乱れは相手が能力を使用した何よりの証拠。

つまるところここは相手の間合いであり先手を取られた。

やられる!、そう思ったが展開はリーダーの予想を裏切るものであった。

目の前の存在は自分たちの進行方向と同じ向きに駆け抜けたのだ。

それもものすごい速さでだ。


「・・・・なんだったんだ」


張り詰めたものが解けてリーダーは呆然と大洞窟の暗闇を眺めながらそう呟いた。


「追う?」


斥候が聞いてくるが声色的に積極性を感じられない。

彼女とは今後とも上手くやっていけそうだ、とリーダーは安心する。


「・・・やめておこう」


なんであろうと、自分たちはあの未知の存在に【生かされた】という事実は覆らない。

自分たちは討伐を目的としたわけではない。

ならば、この情報は是が非でも持ち帰らなければならない。


「賛成よ。アレはヤバいわ」


やはり斥候も今のでわかったみたいだ。

少女は今でも恐怖で震えていたし、新人に至っては叩き付けられた界力を食らって腰を抜かしていた。

これでは探索の続行は困難、撤退が妥当である。

重い溜息を吐きながらリーダーは腰を抜かした新人を起こしに行く。

情けないとは思わない、気絶しないだけまだマシだからだ。


若干修正しました。

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